終わりの雨と、絶望のギロチン
冷たい雨が、容赦なく私の身体を打ち付けていた。
重く湿った灰色の空は、まるで今の私の運命を象徴しているかのようだった。
泥水にまみれた靴は、一歩を踏み出すことすら困難にさせている。
それでも、背後から荒々しく突き飛ばす兵士の手は止まらない。
「さっさと歩け、稀代の悪女め!」
「マリア様をいじめた天罰だ!」
「王太子殿下を裏切った女にふさわしい末路だな!」
沿道に集まった群衆からは、怒号と共に石や腐った野菜が次々と投げつけられた。
飛んできた固い石が頬をかすめ、鋭い痛みが走る。しかし、それ以上に私の心を抉るのは、向けられる憎悪の視線だった。
ここは王都の中心にある広場。
そして私の目の前で黒黒とそびえ立っているのは、死を告げる断頭台だ。
私の名前は、セレスティア・フォン・ローゼンバーグ。
歴史あるローゼンバーグ公爵家の長女であり、この国の王太子、レオンハルト殿下の婚約者だった。
……いや、「だった」と過去形にすべきね。つい三ヶ月前、王立学園の卒業パーティーで大々的に婚約破棄を宣言されるまでは。
『セレスティア! 貴様のような嫉妬に狂い、私の愛するマリアを階段から突き落とすような悪逆非道な女は、未来の王妃にふさわしくない! 貴様との婚約は破棄し、ここにいる心優しきマリアを私の真の婚約者とする!』
煌びやかなシャンデリアの下、数百人の貴族たちが見守る中で放たれた王太子のその言葉は、私にとって完全に寝耳に水だった。
私はマリア――継母の連れ子であり、私にとっては血の繋がらない義妹――をいじめたことなど、ただの一度もない。
むしろ、公爵家の中で虐げられていたのは私の方だった。
実の母が亡くなった後、後妻としてやってきた継母のエレナと義妹のマリアは、徐々に父親の愛を独占していった。
彼女たちは屋敷の使用人たちを金と権力で手懐け、私を「わがままで性格の悪い公爵令嬢」に仕立て上げていったのだ。
私がいくら無実を訴えても、誰も信じてくれなかった。
実の父親である公爵でさえ、「我が家からこのような罪人を出して恥ずかしい。
もはや私の娘ではない」と私を冷酷に見捨て、勘当したのだ。
(どうして……どうして私が、こんな目に遭わなければならないの……?)
断頭台の冷たい木の階段を上りながら、私は雨に霞む観覧席を見上げた。
そこには、ふんぞり返って座る王太子レオンハルトと、彼の腕にすがりつくようにしてこちらを見下ろす義妹のマリアの姿があった。
マリアは、可憐な顔を涙で濡らしながら、私のために悲しんでいるような素振りを見せている。
しかし、そのドレスの袖口で口元を隠す彼女の瞳は、三日月の形に歪み、はっきりと私を嘲笑っていた。
(ああ……全部、あの女の罠だったのね)
私が邪魔だったのだ。
公爵家の正当な血筋を持つ私が。
王太子の婚約者という座にいる私が。
だから彼女は、自分で階段から転げ落ちて怪我を偽装し、私を犯人に仕立て上げた。
そして、プライドばかり高くて思慮の浅い愚かな王太子は、その見え透いた嘘にまんまと乗せられたというわけだ。
「さあ、首を台に乗せろ。抵抗するな」
執行人の感情を持たない冷たい声が響く。
私は抵抗する気力すら奪われ、言われるがままに冷たい木の台にうつ伏せになった。
首筋に触れるザラついた木の感触と、わずかに香る血の匂いが、死がすぐそこまで来ていることを実感させる。
(嫌だ……こんなの、あんまりじゃない。私はただ、お母様が残してくれた公爵家を守りたかっただけなのに。真面目に、誰にも迷惑をかけないよう誠実に生きてきただけなのに……!)
視界の端で、執行人がレバーに手をかけるのが見えた。
もし、神様がいるのなら。
もし、もう一度だけやり直すことができるのなら。
次は絶対に、誰にも私の人生を奪わせない。
私を虐げ、利用し、あざ笑った者たち全てに、地獄の底から這い上がってでも後悔させてやる……!
ギリギリと歯を食いしばり、血が滲むほど唇を噛んだその瞬間。
ザンッ! という鋭い風切り音と共に、重く冷たい刃が私の首に振り下ろされた。
痛い、という感覚すら一瞬のことだった。
視界が反転し、世界が真っ暗な闇に沈んでいく。
それが、十八歳で理不尽に終わるはずだった、私の最初の人生の幕切れだった。




