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すれ違う想い

 昼下がりの披露宴会場。

照明の調整が終わり、スタッフたちは明日の準備に追われていた。

 厨房の奥から、鋭い声が響く。


「相沢!それっ!ソースの火入れすぎだ!」


 料理長の怒声に、場の空気が張り詰めた。

相沢は慌てて鍋を火から下ろすが、焦げた香りが立ちのぼる。


「すみません‥‥。」

「昨日までは完璧だったろ?集中しろ!」


 短い叱責に、相沢は小さく頭を下げた。

普段は几帳面で落ち着いているのに彼らしくない。


ーー結衣が、その様子をガラス越しに見ていた。


「相沢くん、どうしたんだろ‥‥」

 控室で席札を並べながら、思わず小さく呟く。




 数分後、休憩スペースで偶然すれ違う。

「相沢くん、さっき怒られてたけど‥‥大丈夫?」

「‥‥‥あ、白石さん。はい、ちょっと焦がしただけです」


 笑おうとするけど、どこかぎごちない。

その視線は結衣を見ず、床に落ちていた。


「焦がすなんて珍しいね。疲れてる?」

「‥‥そうかもしれません」


言葉の端が、どこか尖っているような

いつもの柔らかさがない。


「俺‥もう行くので‥‥」

そう言って結衣を後にする。

(相沢くん、大丈夫かな‥)




そのいつもとは違う空気を

遠くから見ていた人物がいた。



「ねぇ、相沢くん。主任と白石さん、最近よく二人で話ししているよね」

声をかけてきたのは美奈だった。

「何の話ししてたのかな〜?」

「いつからあんなに"仲良く"なったのかな」

美奈は横目で相沢に視線を向けた


「‥‥別に、俺には関係ないです」

低い声でそう返し、相沢はそっけなくその場を去った。


 美奈はその背を見送りながら、くすりと笑う。

「ふふ、やっぱり反応した」


 相沢は裏口の通路に出て、深く息を吐いた。

頭の奥がじんわり熱い。

ーー本当に関係ないなら、こんなにざわつかない。




思い出すのは、数ヶ月前のこと。


 披露宴の前夜、突然のトラブルで会場の花が足りなくなった日。

誰もが諦めムードになる中、結衣だけが動いていた。


「夜でも開いている花屋あるか探してみます。私、ちょっと行ってきます!」


 走り出す彼女の背中を、相沢は思わず目で追っていた。

雨が降り出しても、彼女は戻らなかった。

 数時間後、髪を濡らしたまま花束を抱えて帰ってきた時

その顔には疲れよりも"安堵"の笑みが浮かんでいた。


「これで新婦さんのブーケ、ちゃんと揃いました」

そう言って見せた笑顔が、忘れられない。


ーーあのとき、思ったんだ。

 この人は、誰かの幸せのためなら、自分を削ってでも動ける人なんだって。


 それからだ。

何かあるたびに、つい彼女を目で追うようになったのは

笑ってるだけで、少し安心してしまうのはなぜだろう

俺の隣ででも、ずっと笑っててほしいって思うのはなぜだろう

自分でもどうしていいのか分からなくなる。



「‥‥‥俺、何やってるんだろ」


独り言が、静かな廊下に落ちた。

手のひらに残るのは、焦げたソースの匂い。

でも今、胸の奥で焦げ付いているのは、

"結衣"という名前だった。






 


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