46_寝る前のお喋りは嘘をなくしてくれるような気がする①
私もイリスも食事と風呂、歯磨き等を済ませた。
いよいよ寝る時間になった。
そのときになって、私はあることに気付く。
「イリス……この家のベッドって、ひとつしか無いのよ。そこそこゆったりしたベッドだから、二人寝ることも出来るとは思うけど……私は一階のソファで寝ましょうか」
「いえ、そんな……むしろ私が下で寝ますよ。急に来たんですから」
「駄目よ。イリスには寝具の寝心地を確かめてもらうために来て貰ったんだから、二階で寝るのはマストよ!」
私はカッと目を見開いてそう言った。
イリスは私の勢いに気圧されつつ、おずおずと意見を出した。
「ネージュさんは私が寝具でよく眠れてるか知りたいのですよね?」
「ええ」
「それなら……なおのこと、一緒に眠りませんか。別々の場所で寝るんじゃ無くて隣で寝た方が、あの、よい観察が出来ると思うんです」
「観察、ねえ」
「研究の基本は、観察と改良を繰り返すことですから」
イリスの言葉に従って、私たちは二人で一つのベッドで寝ることにした。
女性二人、それも一人は子供だ。事前の想像よりもベッドは広く使えた。
(これならゆったりと眠れるわね。イリスなんて、すぐに寝落ちしちゃうかも)
ベッドサイドの間接照明を消し、私は脇のイリスをちらっと見る。
イリスはカッと目を見開いて天井を見つめていた。
(全然眠く無さそうなんですけど……!?)
その様子を見て、軽くショックを受けた。
私は、今まで作った寝具のことを誇りに思っている。全員に大満足してもらうのは難しいかもしれないけど、使ってもらった人には素敵な夜を過ごしてほしいと思っている。
……でも、イリスの様子を見ていると、段々と自信が無くなってくる。
私は彼女に話し掛ける。
「イリス……眠くないのね」
「は、はい。すみません」
「いや。私の方こそ悪いことをしたわ。私は寝具に自信があったけど、もしかしたら他の宿の方がよく眠れたかもしれないわね」
「……」
「あなた一人でも泊まれる宿を一緒に探しに行った方が良かったかも。あなたが家に戻れなくなったのは、私たちのギルドが関係している訳だし……ごめんなさいね」
「ち――違いますよ」
暗い部屋の中で、慌てたようなイリスの声が響く。
「あなた方が作った寝具のせいじゃない。私が眠くないのは……その、色々と考えがまとまらなくて、目が冴えてるからだと思います」
「……」
イリスはリンハイルに家を追い出された。今までとは生活がガラリと変わる。
私だってローハイム家に嫁入りする前日は眠れなかった。
イリスがそうなったとして、何もおかしくはない。
(……他の人間と話をしたら、少し落ち着くかしら?)
私はそう考えた。
イリスを眠らせるだけなら簡単だ。私のギフトで眠らせてしまえばいい。
でも、彼女が眠れないのが『悩みがあるから』という理由ならば、今日はギフトで眠らせたとして、明日以降も眠れない日々は続くのではないか。
そう考えた私は、イリスに対して言葉をかけることにした。
「ねえ、イリス。あなた、明日からのことは決まってるの? その、どこへ行くかとか……」
「は、はい。事前に父親に言われていた候補があるんです。修道院に行って、そこで魔術師として雇ってもらおうと……」
「そうなんだ。一応行く場所の目当てはついているのね」
様々な理由で行き場をなくした貴族の子女は修道院に預けられることがある。イリスも父親の紹介状を持ってそこに行けば、ひとまず生活は続けられるようになるのだろう。
私はそう理解したけど、イリスはまだ浮かない表情をしているようだった。
「イリス。今度行くことになる場所に、何か気になることがあるの?」
私の問いに、イリスは震え声で返した。
「施設自体に問題がある訳ではありません。ですが、修道院は今までの生活よりもいっそう朝が早くなります。こ……怖いんです。朝が来るのが」
「……」
「魔術師の勉強のために夜に起きてないといけない。なのにまた朝起きれない可能性がある。それで修道院も追い出されてしまったら……私は……」
イリスはぽつりぽつりと語る。
彼女は朝中々起きられない悩みを抱えているらしい。だからどこに行ってもうまくいかないかもしれない――と思っているようだ。
どんな仕事に就こうと、『起きるべき時間に起きる』という工程はついて回る。それに不安があるなら、どこに行こうと自信は持てないだろう。
「イリス。昼間も言ったけど、あなたが朝に起きられないのは睡眠時間が短すぎるからよ。大人もだけど、あなたくらいの年代なら更に長時間寝た方がいいの。夜にコーヒーを飲む習慣はやめて、沢山寝るようにすればいいのよ」
「で、でも……」
イリスはひゅっと息を吞み、たどたどしく続ける。
「コーヒーを飲み続けないと魔法の腕が下がってしまうかも。父親の懸念通りになってしまう……」
「寝る前じゃなくて、日中に飲むようにすればいいじゃない。それに、コーヒーが本当に魔法に関係あるかはなんともいえないんじゃない? 私も飲んでるけど、魔力がすごく上がったっていう実感は無いわよ」
「しかし……父親が……」
「……イリスは、どうして父親の命令をそんなに聞くの?」
私はそう質問した。
「家にいる間に指示に従うのはまだわかるわ。でも、家を追い出された今もイリスは父親のことを気にしてる」
「……」
「私は、そこまで気にしなくていいと思うけど……。そんなに家族のことを思うなんて、イリスは優しい子なのね」
それは昼間から思っていたことである。
この世界では子供は家長の意向を強く受ける傾向にあるということはわかっている。でも、イリスくらい思い詰めている子はそうそう見かけないため、不思議に思った。
だが、部外者である私がどこまで話していいかわからず、保留にしていた言葉だ。
イリスが今日の宿に困るような事態になっていなければ、伝えることはなかっただろう。
「ネージュさん、それは……違うんです」
イリスは暗闇の中で息をついて、少し切羽詰まったように返す。
「優しいからじゃないんです。私は、父親に……家族に負担を掛けたから、罪滅ぼしでそうしてただけ。それも満足に出来なかったから、見限られてしまった……それだけです」
「子供が親に負担をかけるのは、多かれ少なかれふつうのことだと思うけど……なにかあったの?」
私は思わずそう聞いた。
踏み込みすぎと言われたらすぐに話題を引っ込めようと思っていたけど、イリスは説明を続けてくれた。




