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45_ノンカフェインコーヒーを作りたい

 リンハイル達が店から去った後、私がマーシーに提案したこと。


 それは、「ノンカフェインコーヒーを作りたい」ということだった。



「ノン……カフェイン?」

「カフェインっていうのは、コーヒーに入っている成分よ。他の飲み物にも入っているらしいけど、一番ポピュラーなのはコーヒーね」




 私はそう言いながら紙にメモを取った。

 カフェインのことを前世と同じくカフェインと呼んでいるのは、その方が私にとってはわかりやすいからである。




「カフェインは身体に色んな作用をもたらす。意識の覚醒を促して、集中力を高めてくれる。それもあって、コーヒーは人気があるのよ」

「まあ、それもそうだな。コーヒーを飲む文化があちこちで人気があるのは、味もそうだが、効能も大きい。朝にコーヒーを飲むと意識がクリアになるからな」

「朝は別にいいんだけど、問題は夜なのよ。コーヒーを飲み過ぎたら覚醒作用が続いて、本来眠気が来る時間に眠れなくなる。だから私は夜はコーヒーを避けるようにしているの」

「リンハイルたちもそうしてくれたら楽なんだがな」

「でも、あの人はそうしたくないって言ってた。今の生活を崩さずに睡眠を深くすることを期待しているって言ってたよね。それならその希望を叶えれば寝具店へのクレームを止めてくれるかなって思ったの。だからノンカフェインコーヒーを作りたいのよ」



 私の説明を受けて、マーシーは思考を整理するように聞き返す。



「ノンカフェインというのは……カフェインの効能が無いという意味か?」

「うん。覚醒作用がないから、夜に眠れなくなることは防げると思う。カフェインを完全に止めたら魔術師としての活動にも障りが出るかもしれないけど、昼間のうちは従来のコーヒーを飲んで貰って、夜はノンカフェインを試してもらうの。そうすれば寝るべき時間に寝れない問題は解決出来るかもしれない」

「なるほどな……」



 私の提案を聞いたマーシーは、納得したように頷いた。



「魔術師はコーヒーをよく飲むが、それが本当に魔力を強化しているのかというのは眉唾だとは思う。俺もコーヒーは好きだが、魔法をよく使える訳ではないからな。ノンカフェインコーヒーを開発して飲んで貰ったら、魔法の方には影響せず、睡眠はよく取れるようになって、クレーム問題は解決する可能性が高いだろう」

「そうなってくれたらいいよね」

「リンハイルのことだけでなく、『飲んでも夜の睡眠に支障がでないコーヒー』なんてものを作れたら、欲しがる人間は大量にいるはずだ。コーヒーは人気があるドリンクだが、夜に眠れなくなるのがネックだとは長いこと言われていた。そこをクリア出来るなら、きっとすごい儲けになるぞ」

「本当? だったら……!」

「ただし、開発出来るなら……の話だがな」



 マーシーの声が少し沈んだ。




「……魔道具として開発するのは難しそう?」

「コーヒーではないが、『飲み物や食べ物からある種の効能を抜いたものは作れるか』は長いこと研究されてきたんだ。作物を少しずつ食べやすく美味くするのと同じようにな。作物の人力での改良には長い時間がかかるが、魔法を使えば早いスピードで新たな品を開発出来るのでは無いかと見られていた。が、今のところうまくいっていない」

「そうなの?」

「『気持ち良く飲めるのはそのままに、二日酔いを残さない酒』なんてものは昔から渇望されてきた。沢山の研究者がそれを開発しようと試みた。だが、今のところ全て失敗しているのさ」

「そうなんだ……。機能面に着目した食べ物とか飲み物……機能性食品を作るのって難しいのね」




 機能性食品、というのも前世と同じ名称を踏襲している。その方が私にとってはわかりやすいからである。

 マーシーはあまり違和感を感じなかったようで、私が言う言葉をそのまま使ってくれるようだった。




「魔法はイメージの世界だ。誰かが何かを成功させれば、一気にブレイクスルーが起きて、誰もが似た系統の魔法を使えるようになることもある。が、機能性食品といったか? それについては需要があるものの、長年苦戦している。長年苦戦しているからこそ、『無理かもしれない』というイメージが無意識のうちに染みついている。そういうものなのかもな。だが、ネージュ――あんたなら何とか出来るかもしれん」

「私?」

「魔術師はその家族に脈々と知識を受け継がせることが多い。丁度リンハイルの家のように。だからこそ伝統や形式を重んじるし、過去にあったことに囚われやすい。でもネージュ、あんたには特段そういったものがない。だから、いい結果を出せるんじゃないかと思ってる」

「…………」

「……ネージュ? どうした?」




 私が俯いていることに気付いたのか、マーシーは声を低くしてこちらの様子を伺ってきた。

 彼は私に期待を掛けてくれているのに申し訳ない――が、今の時点での懸念点は伝えておいた方がいいだろう。



「マーシー、私、個人的な興味でノンカフェインコーヒーを作れるかどうか試してみたことがあるの。コーヒーが好きだから、寝る前でも飲めるものがあったら便利だなって」

「……結果は?」

「うまくいかなかった。だから、正直なところ……私の中にも、私なら出来るってイメージが無いのよ」



 自分には出来なくても、ギルドの魔術師なら容易に完成させられることもあるかもしれないと思っていた。

 でも、マーシーの話を聞くとそれも厳しそうだ。




「ごめんなさい。言い出しっぺの私がなんとか出来てたら良かったんだけど……」

「いや、いい。こういうのはアイデアさえあればなんとかなる可能性もある。魔法はイメージともいうが、魔力量も成否に直結するからな。ネージュがノンカフェインコーヒーをうまく作れないのは、魔力量も関係しているかもしれない」



 マーシー曰く、その人の持つ魔力量が多ければ多いほど魔法の成功率は上がるらしい。

 スポーツをするとき、基礎体力や筋力があればテクニックが不足していても勝利しやすいように、イメージが多少ぼやけていても魔力量が多ければ成功に近付きやすい……ようだ。



(私の家系に魔法が得意な人間はいない。私の魔力量は大したものじゃない。それに加えて、肝心の『ノンカフェインコーヒーをどう作るか』の方法を私は知らない。だから、今回は今までよりつまずいているんだ)




 ノンカフェインコーヒーだけでない。ノンアルコールビールの作り方も、調整乳飲料の作り方も私は知らない。前世で成分や栄養を調整する品物の作り方を知らないままに亡くなってしまった。



(商品自体には何度も世話になったのに、作り方についてはよく知らない……。もっとちゃんと調べておけばよかったな)




 ****


 マーシーと話したのはそんなことだ。

 私たちのギルド間で秘密にしたいこともあるから、イリスには全部は説明しなかったけど、かいつまんで話した。



 元々華奢なイリスは、私の話を聞いて更に縮こまったように見える。




「……すみません。私の家……えっと、もう元家、ですけど。その要求のせいで大変なことになってしまって」

「あなたがそこまで小さくなる必要はないわよ。見た感じ、リンハイルは誰かが止めても聞き入れる感じには見えなかったし……」

「……」

「さて、私はもう少し本を読むわ。ここの風呂には浴槽がないけど、良かったら入ってきていいわよ」

「家主の方より先に入るのは……」

「私は別に気にしないから」




 そうやり取りをすると、イリスはそれなら、とぼそぼそと風呂に入ることを宣言した。

 風呂の準備を進めつつ、私は頭の中で考える。




(この部屋に来た当初は、イリスはもう少し元気だったんだけど。やっぱり寝具店の話……というか、父親の話になると萎んじゃうみたいね。そりゃそうか……なるべくこちらから触れるのは止めた方が賢明か)

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