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17_頑張らなくていいなら頑張りたくないけどやっぱりちょっと頑張るわ

 睡眠グッズを売れないことについて、マーシーは直接説明したいとのことだった。


 私とシエラはマーシーに呼ばれて商会の事務所に行った。





「ネージュさんよ。うちの商会は商品のジャンルごとのギルドを持っている。で、今回はあんたの考えた睡眠グッズを売るための専用ギルドを新しく作ることにしたんだ。ラウル・睡眠ギルドだな」

「まんまの名前ね」

「わかりやすい方がいいだろうと思ってな。で、販売のための諸々の手続きを進めていたら、複数の有力貴族からうちに文句がきたんだ。睡眠グッズなどけしからん、人間を怠惰にして国への反逆をするつもりか、人倫に悖る所業だ――そんなメッセージが届いてね」



 商品開発するだけならともかく、出来上がった品を市場に出すにあたって、うちの商会だけで完結させることは出来ない。どうしてもどこかで別のギルドに情報は漏れるものだ。どこかから睡眠グッズの噂を聞いた貴族たちが動いたらしい。




 私たちを紅茶でもてなしつつ、マーシーはそう説明した。




「この国の文化は眠りすぎることを良しとはしていない。商品を売り出したら最初は批判や反発をくらうことは予想していたが、販売前にここまで圧力を掛けてくるとは思っていなかったな……」



 ぼやくマーシーを受けて、シエラがそっと私に耳打ちしてくる。




「ネージュ様。このギルドにローハイム家が関わっていることは秘密にする――その方針で良いのでしょうか。ローハイム家の家名を出したら発言を撤回する貴族も出てくるかもしれません」

「シエラ。これは私が趣味でやっていることだから、家の名前を出す予定は無いわ。マーシーに矢面に立って貰って、私は裏で開発だけする。その方針は変えない。旦那様……アロイスは何でもやってくれていいとは言ってたけど、家名に影響がない範囲でって言ってたもの。ここまで反発がある中で家の名前を出すとリスクがあるわ」

「ならどうする。うちを紹介したベルモンド家に矢面に立ってもらうか?」

「……うーん。ちょっと思ったんだけど。売れないなら、それはそれでいいんじゃない?」

「どういうことだ?」

「シンプルなことよ。睡眠グッズを売るのは中止するのよ」

「なに?」

「ネージュ様……?」




 私の提案に、マーシーもシエラもぽかんとしている。

 私は続けて言った。




「私にとって一番大事なのは、私が心地よく寝ることよ。二番目に大事なのは、私の周りの人が心地よく寝れること。貴族たちが反発してる状態で、商品を安定して販売するとこまで持っていくには、多分いーっぱい頑張らないとダメなんでしょ? 寝れない夜も出てくるかもしれないわ。私はそんなのイヤ。睡眠に支障が出るくらいなら私は頑張らないわ。シエラ、今まで着いてきてくれてありがとうね」

「……そ、そうですか! ネージュ様の考えた数々の品が世に出ないこと、口惜しくはありますが、私もネージュ様のご意向を支持します!」



 シエラも私の意見に従ってくれるみたいだ。よかったよかった。

 ――という訳で、マーシーに最後の挨拶をすることにする。




「終わってみれば短い付き合いだったけど、あなたが色々と動いてくれたことには感謝するわ。私から謝礼を払うべきかしら」

「いや。そんな契約はしていないから、心配は無用だ。が……ネージュさんよ。他の契約事項については、覚えているか?」

「ん?」

「うちがあんたに商品開発用の魔道具を渡したのは、将来的に睡眠グッズをうちのギルドで売るため。商品を売ることなく開発中止するなら、魔道具の効果は失われる。作ったものも消え去る。そういう契約は承知の上で、商品開発は中止する。それでいいんだな?」

「…………」




 ラウル商会と契約したときのことを思い出す。

 ――確かに、そんな条項もあったな。




「ということは……私が開発した綿だとか、即席寝支度魔道具だとか、そういったものはすべて無くなるのね」

「そういうことだな」

「……!」

「そこの使用人さんを始めとして、家の人間にも手伝ってもらったんじゃないかい? みんなネージュさんが今作っている睡眠グッズを楽しんだし、これから作るであろうものにも思いを馳せていたかもしれない。が、それらの可能性も全て無くなるということだなぁ」



 まあ、マーシーの言う事は正しい。

 即席寝支度魔道具を作るためにシエラやミリィといった使用人たちには沢山協力してもらっていたし、綿の触り心地を確かめてもらうために小さなハンカチを送ったこともあった。彼女たちは宝物にしますと喜んでいた。




「……はっ。わ、わた、私は大丈夫です。ネージュ様の言うとおり、日々の睡眠、平穏が一番ですからね……!」




 シエラは先程と同じく、私の意見を尊重しようとしている……。

 けど。

 シエラが大丈夫だって言うとき、彼女にとっては大丈夫じゃない場合も結構あるということを、私はもう理解している。



 このまま契約を破棄したとして、シエラはこの日のことを考えては残念に思うのかもしれない。

 なんなら、寝室で寝るときも考えてしまうかもしれない。

 眠れなくなってしまうかもしれない。



 …………。




「マーシー。ちょっと待って」

「なんだ?」

「前言撤回よ。やっぱり私、もうちょっと商品開発を頑張ってみたいな。ギルドで売るところまでやってみたい」

「……ネージュ様!? よろしいのですか?」

「うん。よく考えたら今まで作ったものが消えちゃうのはやっぱり惜しいなって。あなたたちみたいに、他の人たちも『睡眠って素晴らしい』って思ってくれるならそれに越したことはないしね。シエラ、これからも何かあったら協力してくれる?」

「は、はい……! 勿論です! 私に出来ることがあれば何でもご命令なさいませ!」




 シエラはぱあっと笑顔になった。……いい顔するじゃない。

 シエラを始めとした使用人たちが機嫌よく過ごしてくれる方がベットメイキングの腕もあがりそうだし、私の心地よい睡眠にも繋がりそうだし。

 それなら、ちょっとくらい頑張ってもいいかな。



 私はマーシーに向き直って言った。




「マーシー。私はローハイム家の家名は出したくない……ということは変わっていないわ。これからも矢面に立つのはあなたであって欲しい。私は商品開発を続けるから、あなたは流通させるための作業を進めてちょうだい」

「ああ。そちらがやる気になってくれたなら何よりだ。が、作業を続けるとして……貴族たちも黙っている訳じゃないだろう。今は警告の段階だが、次は本気で邪魔してくるかもしれんな」

「貴族たちを黙らせるにはどうしたらいいかしら。多少お金を渡したからといって何とかなる訳じゃないのよね。力を持っているからこそ難癖を付けられるのだろうし」

「……そうだな。こっちが抵抗したからといって、みんな大人しく引き下がるような連中じゃない。一番ポピュラーな方法は……うちらの商品はいいものだ、って認めて貰うことか」




 マーシー曰く、睡眠ギルドに難癖をつけてきた貴族たちは複数人いる。

 そして、それぞれの主張する睡眠グッズを否定する理由は、少しずつ違うのだそうだ。




(……なら、それをひとつずつクリアしていけば、少しずつ睡眠グッズを世に出すことは出来るんじゃないかな)




 物言いをつけてきた貴族たち全員をなんとか出来るかはわからない。

 でも、使用人たちやピロが協力してくれたものを世に出したいという気持ちはある。

 だから、少しずつでも貴族に認めさせることにしよう。

 睡眠は最高であるということを。

 睡眠以上に大事なことはないということを。




 ――よし、方針は決めた。

 今後どうなるかはともかくとして、今日はいい夢を見れそうだ。

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