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44.脱走兵の捜索

 

・ ・ ・ ・ ・



 夕食後、第六十三隊の面々とそろそろ塔のねぐら・・・に引き上げようか、と言い合っていた辺りだった。



「……、モシャボ三位さんみ!」



 食堂入り口の方から、年輩の予備役がきつめ・・・の声で呼びかけてくるのが聞こえる。やはり食後だった、第四十四隊の隊長とともに僕は足早に近寄った。



「……残念ながら準非常事態です。研修兵が一人、行方不明になりました」


「!!」



 いなくなったのはサシャメイル・ネーボ、十三歳。全く何の問題もない、従順な生徒だと言う。


 午後の演習からここの宿舎に戻り、沐浴を終えたあたりで姿をくらました。教官たちが施設内をくまなく探したが、どこにも少年の姿が見当たらないらしい。



「以降、捜索範囲を拡大します。一隊は塔の屋上からの遠隔捜索、もう一隊は海岸線に沿って捜索して下さい」


「……なんだ、脱走兵というわけですかな?」



 いつも物事を悪い方向に取る、第四十四隊長が言った。



「いいえ、今の時点では単に迷子・・ですので」



 年輩の予備役は、きっぱりと言った。第四十四隊長は肩をすくめる。



「……了解しました。第四十四隊は塔の上から、“超老眼”で四方を捜索してみましょう、……海も範囲に含めますか?」



 苦虫を噛みつぶしたような顔で、予備役はうなづく。


 何となく予想はできたが、やはり僕らには外に出ての捜索がまわされるらしい。


 なにごとも悪く取らないのがとりえの僕としては、感情をまじえずにこう言うだけにとどめる。



「子どもの足です、まだそんなに遠くへは迷い込んでいないでしょう。第六十三隊は東西の海岸線に沿って、探してみます」



・ ・ ・



「東西の海岸線に沿って……とは言うものの。どう考えたって、逃げる・・・なら西に見えた集落だろうね」



 施設から演習地の浜に向かう粗い小径に出かけて、僕ら第六十三隊は顔を突き合わせ話し込む。



「……南の沙漠に出れば、いずれ日干しになります」


「北の海は、……」



 ハガティとラガティのホノボ兄弟がもそもそ呟いて、絶望的な予測に二人とも押し黙る。



「東に行ったら、戦線基地にたどり着けるかもしれないけれど……」



 新兵イスラが首をかしげた。



「おまいちごうて、ほんもののお子様わらべやで? 砂舟なしに行けるもんかえ」



 やしの木変人サミは、ふんと鼻を鳴らして西へあごをしゃくる。



「モモ君の言う通り、十中八九で西の村やろうな。来る時にみえたとこ」



 ここまでの逗留で予備役から聞いていたことだが、この施設では数日に一度の頻度にて、その集落から生鮮食品を補給しているらしい。村民は軍施設で何が行われているのか全く知らないはずだが、理術士がいると言う認識はあるはずだ。



「……よし、じゃあとにかく一番可能性の高いところをあたってみよう。全員、“早駆け”詠唱……」



 それぞれが聖樹の杖を地に突き立てて、両手で垂直に構えた。……サミ以外。



「わらべや! うちにかぶせ・・・がけ頼むわ」


「え~~」



 その時、僕は額にもわっと見えないイスラのぬくみを感じる。何か思いついて、僕の広大なるおでこをぺちぺち叩いているのだ、たぶん。


 ごほん、と喉をただす咳のふりで、僕は右肘内側にイスラの名を呼ぶ。



『あのな! 皆に“かくれみの”の術かけたってや、今すぐッッ』


「……?」



 緊張しているイスラの声に押されて、僕は自分を含む五人に姿かくしの戦略補助術をかける。



「いざ来たれ 群れなし天駆あまがける光の粒よ、高みより高みよりいざつどえ つどい来たりて 我が身をみず鏡の輝きでまもれ」



 第六十三隊、五人の姿が鏡のような光の膜に包まれ、外部からの視線を遮断できる状態になった途端。僕らの足がふわん、と砂まじりの地面を離れて浮く。



「え……」


「あ……、 あーれーっっっ???」



 サミのすっとん絶叫が、夜の大気を切り裂いてゆく。


 ひゅうーーーん……!!


 突風となった僕のイスラに運ばれて、第六十三隊は砂丘をひとっ飛びに横切った……。


 ずざん!


 西の集落の手前、灌木の茂る荒地にほっぽり出されて、ふぁっと我に返る。



『ふっ、やっぱできたぞ! 皆をまとめて運べた……すごいやん俺。そしてラガティが、なにげに一番重い……!』


「何や? 早駆けってこんなんやったっけ~? どうにも違う気がすんねんけどッ」



 勢いよく頭を振って、巻き巻き金髪から砂を振り落としながらサミが言う。



「……やたら速くて」


「早く着いた……」



 よろよろ立ち上がるホノボ兄弟の後ろ、新兵イスラがすっくと立って、聖樹の杖を構えた。



「……つどい来たりて 迷いびとの軌跡を示せ!」



 灌木の合間を縫って、足跡らしきものがぼんやり地面に白く光る。



「その子はやっぱり、ここへ来たんだ。集落の中へ向かっている……!」



 新兵イスラが示すように、足跡は点々と石組み小家の群れ建つ方向へ続いている。


 僕は背後を振り返った。ここまで来るのに少年がつけたらしい砂上の白い足跡は、東方面の先でもう消えていた。研修兵は海風が当たりやすいところを選んで歩いたのかもしれない……。塔からの遠隔捜索では見つけられないだろう。



「よしイスラ、足跡を追うんだ。その後ろにハガティ、ラガティ、サミ。皆まとまって、離れないように」



 足早に進み始める。しんがりを行く僕の耳元で、見えないイスラが囁く。



『何でか知らんけど、ちょい聞こえるんや。男の子の声』


「……逃げた子の声?」


『たぶんな。ずうっと、泣いとる』



 それはそうだろう。遊び半分で逃げるような状況じゃない。この研修は、正規理術士になるために絶対に落とせない単位につながっている。理術士の道をあきらめてでも逃げたいような、そういう理由があって少年兵は宿舎を抜け出してきたのだ……。いったい彼に、何があったのだろう?


 さびれた夜の集落に出歩く人の姿はないものの、粗末な石積みの家の窓からは、鎧戸を透かして灯りのすじが細く浮き出ていた。住んでいる人はいる。


 白く光る足跡はあちこちの家の扉の前に続いていたが、途切れめなく村の主道へと戻って、前進している。



「……何や。色んなうちの戸ぉ叩いて、助けを求めたんやろうか……?」



 そうっとサミがつぶやく。確かにそんな感じだった、……そしてどこの家でもこばまれた。


 少年の足跡はずっと続く。やがて集落を抜けてしまった。


 新兵イスラとホノボ兄弟は、黙々と歩き続ける。



「ちょっと待って、皆」



 僕は皆の足並みを止めざるを得ない。サミが、高ーいところにある頭を振る。


 目の前には、暗い海へとつながる岩場が広がっていた。ほぼ崖のようなところだ。足跡は、その大きな岩々の表面でところどころ白くぼんやりと光っている……。



「……もう、名前を呼んで探してもいい頃合かもしれないな」


「何ちゅう子やったっけ?」


「サシャメイル・ネーボ。縮めた呼称は、サシャだって」


「ほな……。サシャ、や~~」


「サーシャー!」


「……サーシャー」


「サーシャー……」



 僕は見えないイスラの指示によって、そうっと皆の“かくれみの”を解除した。



「……声、聞こえない?どこにいるのか、わからないかな……」


『さっきから、黙ってしもうてん……。この辺にいる感じはすんねんけど。 ……んー?』


「どうしたの」



 肩あたりにいるイスラの反応が妙だった。



『あの、でっかい岩の裏……、とちがう! 岩のうえッ』



 海にせり出した岩崖の頂点ちかく。危なっかしく均衡を保ってそこに鎮座している巨岩の上方を、僕は仰ぎ見た。僕のその勢いを、他の皆もすぐに察知した。同じ方向を見て、そして固まる。


 大きな影と、小さな影が一つずつ。


 巨岩の上に座って、こちらに背を向けているのが弱い夜空の明かりの中に浮いて見えた。


 その岩のそばには、小さく白く輝く足跡がちらほらと見てとれる……。研修兵は、誰か他の大人と一緒にいる!


 僕らは一瞬、息をのんだ。……もっと、ずっと長い間だったのかもしれない。僕の耳の中に、旋律・・が流れ込んでくるのがわかったから。


 低くて穏やかな、やさしい旋律……だ。


 それがすうっと薄れてんで、大きい方の影がうごめいた。ひらひら、顔のそばで手を振ったらしい……。来い来い、と僕らに向けて手招きをしている。


 今度こそ本当に“早駆け”の術を使って、僕らはすべりやすい岩々の上を進んで行った。早駆はやがけとは言うけど、足場の悪いところでも安全に歩行できるありがたい術なのである。



「よかったー。迷子ちゃんさがしに来たんでしょ、みなさん?」



 若い男性の声が上からかかる。



「ええ、そうなんです」



 代表して僕は答えた。



「……無事なのでしょうか?」


「うん、大丈夫ー。今ね、ぐっすり寝てるから……。ちょっと大変なんだけど、皆でこの岩から下ろそうかぁー」



 穏やかだけど、明るくさっぱりしたひょうきんな声だった。僕らは聖樹の杖を背帯に固定する。岩々の表面に両手両足をつけ、這いつくばるようにして、少年の身体を各方から支え、そろそろと下ろした。



「はいはいはい、ゆーっくり~」



 しゃがみこんだ姿勢で少年の頭を両手に抱え、男性もじりじり降りてくる。


 やがてホノボ兄弟が両脇から抱え込んで、研修兵の少年は無事に大岩から下ろされた。



「……かるい子だ」


「背負っていきます、隊長……」


「ハガティ、ラガティ、頼んだよ。イスラ、岩場を出たら脈を確認して、ホノボ兄弟と一緒に応急処置の施術。いいね」


「はい」


「ちょっと待って、これってその子のでしょ? お兄さん」



 男性はもう一度ひょいと大岩の上に登り上がると、少年のものらしき聖樹の杖をかざす。サミが受け取って、兄弟のあとを追い始めた。


 ひらり、やたら軽い身のこなしですぐそばに降り立った男性が、僕に笑いかける。



「保護して下さって、ありがとうございました。集落の方ですよね?」



 外部の人にあまり接触してはいけない、そうは思いつつもやはりお礼が言いたくて僕はそう聞いた。……聞いたあとで、こりゃ違うやろと思い直す。



「ん、違うの。俺ただの旅のひと。たまたまこの辺で、地元のじじばばの話を聞かしてもらっててー」



 話……? 向かい合った男性は、でっかい人だった。サミほどではないけれど、けっこう大きい僕が見上げる上背だ。


 弱い夜空の明かりの下で、その人は不思議な輝きをまとっていた。がしっと骨太な体躯に顔つき、どう見たってティルムン人とは異なる風貌。来ている衣も何だか妙ちくりんだ、あごの下あたりに布ぎれを巻きたらしている? そして特に目を引くのは、ひょうきんな笑顔を取り巻いている長ーい髪の毛だった……。うす暗いからはっきりした色なんかわからない。けれどこんな風に闇の中でもちらちらまたたく髪なんて、見たことがなかった。それも、いくつかの光が段々に混じり合っているような輝き方だなんて。



「あの子ね、ここのところ全然寝てないんだって。同室の子にひどいいじわるされて、自分を守るためにずーっと起きてるから」


「……」


「かわいそうにね。子守唄うたってあげたら、いっぱつで寝入っちゃったよ。うちに連れてったら、安全なとこで寝かしてあげて欲しいんだ」


「はい」



 完璧なティルムン抑揚で話す男性に、僕はうなづいた。


 変わった人だが、危険な人ではないと思う。



「本当に、ありがとうございました」


「いえいえ。……それであなた方ね。どうして二人で一緒にいるの?」


「は?」



 僕はぎょっとした。二人・・??


 少年を背負ったホノボ兄弟、新兵イスラと変人サミは岩場を離れてその向こうの荒地へ差し掛かっている。僕の周りには不思議な男性本人と、……僕のイスラ・・・・・しかいない。



「俺ねー、理術士は何度か見たことあるんだけどー。精霊つれて……、しかもそんなに仲良さげに、いちゃぺちゃくっつかれてる理術士なんて、ほんと初めて見たし~」



 僕は口を四角く開けた。



「……見えるんですか? 僕のイスラが??」


「イスラって言うの、彼? よろしくね。あ、俺はディンジー・ダフィル。ディンジーって呼んで」



 にこにこ笑いながら、男性はいとも簡単に言ってのけた。



「モモイガ・モシャボ……モモイ、です」



 わなわな震えながら、僕はようやく名乗った。僕の肩あたりで、イスラもやっぱりわなわなしている。



『あんた、何者やねんか!? 何で俺のこと……わかるん!?』



 緊張したイスラの声が聞こえてくる。



「うん……俺ね、東から来た“声音こわねつかい”なもんだから。色々と、わかるのー」


「東って……」



 ふぁっ、と僕はひらめく。この人、正真正銘の東部ブリージ系ってことなんじゃないか!? しかも“声音こわねつかい”って、 ……えーと! 何だったっけ!?



「あなたは今……いま、イスラのことを≪精霊≫って言いましたね?どういうことなのか、……」


「俺に教えられることなら、色々教えたげるよ。……でもさ、今はあの子を先に帰してやって?」



 ディンジー・ダフィルは、大きな手で荒地のほうを指さす。



「お願いです。どうか、……また会って話を聞かせてもらえませんか」



 正規理術士だけど三位さんみだけど隊長だけど、僕は冷静も理性もかなぐり捨てて、目の前の男性に懇願する。


 この人は、僕とイスラが知りたいこと……僕ら二人が知るべきことを、おそらく全部知っている!



「うん、いいよー。じゃあ明日の晩に、またここで。それでいい?」



 そうして僕らは、……僕とイスラは、ディンジー・ダフィルと別れた。





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