09
左右の弾丸の間を、俺は魔法罠に向けて滑り込む。
ガゴンと鳴り響くのは二人が蟹に体当たりした音だろう。音の鈍さが蟹の大きさを表していた。
そして俺は身体を光らせ、真理の目で魔力の円を凝視する。
…すると見えてきた。意味ではない、概念を記した円の中に、誰を対象とするかの「意思」が。
そして俺はその「意思」だけを指先で引きちぎり、あらん限りに叫んだ。
「蟹を放せぇー!!」
次の瞬間、エアスラッシュで牽制までして蟹をこちらに呼び込むと、大蟹は左右に逃げた男達には目もくれず俺に突進してくる。
腰が抜けそうな、2度目の感覚。
ビッグボアの時と同じ、巨大生物との超至近距離対峙。
思わず飛び退きそうになる身を抑え、俺は緑に光りながら罠に自分の魔力をぐっと込めた。
ドゴン!
そして蟹は穴の底に落ちた。
3m近い円形に開いた垂直の穴は、深さはそれ以上である。
幾ら大蟹といえども一足飛びに飛び出せる深さではない。
それどころか自重による墜落の衝撃で、蟹は気絶しているようだった。
「よっしゃやったな!まさかホンマにやるとはおもわんかったで!」
「しかし…こんな巨大なピットフォール初めてだ。それにさっきの光は…」
細かいこと言わんとき!と、ドムが制止する。ドム自身は穴の底に降りて蟹全体を生け捕りにする気らしい。
するとネスが恨みがましそうに言った。
「なんでも秘密にさせて…甘過ぎますよ」
そう言われたので、俺は大きな声でこういってやった。
「ただのELラインつきの筋電位インターフェイスに軽い脳サイバネ入れた生得遺伝子改造者だよ。ちなみに親は両性派で俺の性別も両性な」
するとネスは言葉を失って、ぽかんと斧を取り落とし掛けていた。
穴の底に向かっていたドムも落ちかけていたので、ちょっと矢継ぎ早に言いすぎたかもしれない。
「すまない…今まで女性扱いしていたが…それで良かったのか?」
マックに至ってはそんな紳士的な事まで言ってくれる。
「いいんだよ、見た目女性だからね。俺も対外的には急所の増えた女、くらいの気分でいるし。女扱いで十分さ」
一方ドムは穴の底で両性、両性と呟いていた……
で、結局大蟹の生け捕りに成功した俺たちはその足で帰る事になった。
両性、両性、と呟くドムが講師として役に立たなくなったせいでもある。
悪いことをしたかなー、と思っていると、突然ネスが俺に話しかけてきた。
「……俺が聞きたいのはそう言う事じゃ無かったんだ。すまない、いらないことを言わせて……」
そしてネスはボソボソと俺に不審の目を向けていた理由を口にした。
あの強奪者による武装や部位の強奪や、盗賊スキル保持者の多さから、口さがない連中はウチのことを盗賊ギルドって呼んでいる云々。
過去にギルマスがPC達から恐れられるような事をした云々。
「そこで盗賊技術を学ぼうなんて奴を、信用できる訳がないだろう?」
その上、自称初心者なのに大猪の肉を持って来たのだ。
なるほど、そう言われればそういう目も向けたくなるかも知れない。
だが過去は過去だしこのギルドの活動は活動だ。
「後ろ暗い物があるわけじゃないなら、もっと自分たちのギルドに誇りを持つんだ。君が選んだギルドなんだろ?」
そういって俺は微笑むと、ネスははにかんで目をそらすのだった。
「そういや盗賊って他にどんなスキルがあるんだ?」
時々言葉を返してくれるようになったネスに、道すがら俺は、お前知ってる?とそんな事を聞く。
「ああ、俺も盗賊は持ってるんだ」
そうだったのか。
そのままネスが言うには、盗賊に可能と思われる大抵の行動は誰でも道具さえあれば出来るのがほとんどらしい。
罠・鍵開けに地図書きに斥候、忍び足に暗夜行動、どれも補正が付く、という程度だそうだ。
唯一、「盗賊」が無ければ出来ないことは、PC、非敵対NPCの持ち物をスリ取ることだけらしい。
敵MOBやPKにより「強奪」する事はその限りではないが、それを知らないで上の盗賊の特性を知る奴らは、自分たちを盗賊だけで構成されていると見るのだとか。
しかし、そもそも人から物を盗むのは成功率が高い物ではないから滅多にやる奴はないとかなんとか。
で、普通は失敗してバレ、町中なら衛兵に捕まるのだという。
……あの時始めたばかりのテンションと男のだらしなさの余りついついやっちゃったけど成功して良かったぁ…
いきなり札付きPCになる所だったよ。前科は1?だけど。
そんなこんなで一行は街のギルドホームまでたどり着き、俺は料理されているはずの大猪の肉を御馳走になる事になった。
「あなたがブレイドさんね!綺麗な顔してるじゃないの、もう出来るから座って待っててね!」
扉を開けたら開口一番赤毛にそばかすが目立つストライプの女性にそんな事を言われた。
半ば戸惑う俺を尻目にドムとマックは大蟹をどうしようかと相談しにか上に所に行ってしまった。
部屋にいるのは突っ立っているネスと、優雅にお茶を飲むロッテだけである。
「ごきげんよう」
「あ…はいどうも」
この人の破壊力はやっぱり慣れない。
「あの女性はウェンディ。いわばここの料理長ですわ」
と、説明してくれたものの戸惑っていると、テーブルの上に照り輝く巨大な肉塊がやってきた。
「おまちどうさまー!可能な限り肉の味を生かしつつ、柔らかく食べられるように煮込んでから焼いたのよ!たっくさんたべてね!」
ドン、と置かれた肉の前に座った俺の横には、どしんどしんとネスやロッテが遠慮もなく腰掛けてきた。
「あるものは食べる。これが「ファーストフード」の掟だ」
「では、いただきましょう」
そう言うが早いか、二人はナイフで肉を切り分け、猛烈な早さで食べ始めた。
他のメンバーの分は?とかそんな疑問すら浮かぶ勢いに、最早負けじと俺もナイフをふるって肉を削り取り、かじりつく。
とろける甘い脂肪が野趣溢れる肉の臭みを旨味に変換して、舌が痺れるように熱い。
旨い!
鼻から抜ける息がビッグボアの鼻息のようだった。
そしてただひたすらにとろける肉を、俺たちは貪り続けるのだった。
「ゴブリンラッシュが来たぞー!!」
食後の余韻に酔いしれていた俺たちは、外からの絶叫に叩き起こされることになった。
「ゴブリンラッシュ?」
何も知らない俺が尋ねようとすると、ネスもロッテも苦い顔をしている。
すると階段をコツコツと踏む音がして、サンダーさんがやってきて口を開いた。
「東の草原の先にある、森の迷宮よりさらに先にあるといわれているゴブリンの集落から大量のゴブリンが襲いかかってくる…いわゆる防衛戦イベントです」
そして入り口の前にいる俺の前に立つと、あの禍々しい襤褸服と杖に装備を替えて続けた。
「一匹一匹は大したことではありません。ですがいかんせん数が多いのです。ですから…私が行きます」
その目には、確かな意思が籠もっていた。
「ギルマス、止めて下さい」
「サンダー、なんでカーネルなんて呼ばれるようになったか忘れたのか?」
横から上から、ネスとマックがサンダーを止めた。
「…それはフェアではありませんわ」
「そうだね、男ならドーンと、前に出られる時に出る。カッコイイよ、サンダー」
そしてロッテと、厨房から顔を出したウェンディはそんな風に促している。
「…どうせわしは付いてくしなぁ」
「逆に、留守番しか出来ない私に意見する権利はありませんね」
いつの間にか階上から顔を覗かせていたドムとモスはそんな事を言っている。
一体何があったんだ…?
構築された防衛線の周りでは、衛兵達が「大佐だ…」と恐れを含んだ語調でサンダーを見ている。
杖を持っているから後方につくのかと思いきや、前線に出るらしい。
マックやネスやロッテ、そしてドムまでもが一緒に前線に行くようだ。
俺が外壁の上からその様子を眺めていると、俺を弓使いと見た衛兵が鉄の矢をごっそりくれた。
張り込んだものである。
そして良い場所を探していると、エリナが数人の男に囲まれていた。
……いや、懇願されていた?
「頼みますよエリナさん、コンビ組んで下さいよ!アーチャーの打ち返しとか出来るのエリナさんだけなんすよ!」
「あれは偶然ですから!そんなことそうそう出来るものじゃないんです!」
「そうそうじゃなきゃ出来るんじゃないすか!!」
なんだかよく分からないので動勢を見守っていると、エリナはめざとく俺を見つけて駆け寄ってくる。
「わたしはこちらのブレイドさんとコンビを組む約束なので、他の方とは組めません!ごめんなさいっ」
その瞬間数人の視線が俺に突き刺さり…何か負けたような目をして彼らはすごすご立っていった。
何かが来た顔をした顔の奴も居たがそれは無視しておこう。
で、問題は別だ。
「エリナ、防衛戦は良いとして、コンビってなんだ?」
それに対してエリナが言うには、コンビというのはとにかく打ち続ける事を目的とした射手と、その射手に優先目標を伝えるあまり撃たない観測手の二人組である。
コンビを組むことで、射手は射撃に専念でき、重要目標が重点的に攻撃されるため、アーチャーの戦闘能力は大きく上がるという。
だが同時に大事なことは観測手の観察能力、そして防御能力だ。
戦果の高い射手はもちろん敵に狙われやすい。その狙い返す敵を排除するのも半ば観測手の勤めなのである。
「…で、エリナは…」
前の防衛戦の時、飛んできた相手の矢をたたき落とし、番えて打ち返したという偉業を成した、とのことである。
そりゃ伝説の観測手ですわ……
「ところで、弓、返してくれませんか?やっぱり自分の弓じゃないと調子がでなくって」
そういや俺の弓はエリナと半ば無理矢理交換したもので…
「あ、はい」
気まずい空気を隠しながら俺はさらっと弓を交換した。
でも、大丈夫なのかなこの弓使って…・
『生きた森林の弓:森林の生命そのものを代弁する精霊の弓。森の加護を受けられる』
森じゃないからいいか!
そして再度自分の使用可能魔法を見ていると、又妙な物が増えていた。
「火魔法」
・ファイアボルト
・ファイアコントロール
・ウォームアップボディ
・ファイアピラー
「風魔法」
・エアスラッシュ
・エアコントロール
・ヒーリングエア
・エアシールド
「火風魔導」
・ファイアストーム
「火魔導」
・ファイアヤード
・ウォームアップセンス
・リトルボルケーノ
「風魔導」
・リフレッシュエア
「魔導」
・セルフエナジー・エンチャント
・マジックリヴィジョン
リトルボルケーノはビッグボア戦の物だろう。マジックリヴィジョンはどれだ?
リヴィジョンだから…ああ!書き換えか!あの罠を書き換えたり強化したりしちゃったあの!
……すごく今使える気がして来ちゃったぞ!
俺、射手だよな?
……防衛戦だもんな!仕方ない仕方ない!本気出すぞー!
バン、という刹那の音が、出来たてのビッグボアの胸当て…いや胴巻き付き胸当てを叩く。
エリナが出してくれた新作の調子は完璧…だが、初手にしては距離が遠すぎたか。
まだ地平の彼方にゴブリンの群れが見えている程度だ。
他の射手はみんな撃ち合いをまちかまえ、俺の先走りを笑っている。
…イラっと来た。
そして俺は演算を加速し、魔力を集中させると自分の目にウォームアップセンスを掛け、弓矢にセルフエナジー・エンチャントを、そして矢の力をマジックリヴィジョンで限界までふくれあがらせた。
エリナが何か凄い物を見る目でこちらを見るが気にしない。
ええい、これが開幕の一矢だ!
そして俺は敵陣の最も大きな魔力に向けて機械のように精密に、轟音を放射した。
ビリビリと城壁が震え、俺はエリナに正座させられていた。
「あんな無茶な力を見せてはいけませんといっていたでしょう!しかもなんですか、あの距離で当たると思ったんですか!?」
「…あたったもん」
「口答えは聞きたくありません!今度からはおとなしく普通に撃ちなさい!」
「…はぁい」
「はい、はちゃんと発音して下さい!」
まるで親に怒られる体である。
気を取り直した俺たちが構え直す頃には、烏合の衆のような緑の固まりの最前線が射撃戦に入る距離にまで近づいていた。
「おかしい…ただでさえ統率のないゴブリンですけど、てんでばらばらですわ」
エリナがそう言っていると、物見からの声が響く。
「おかしい!指揮官の筈のゴブリンジェネラルかゴブリンキングの存在が見えないぞ!」
近くに来るまでは隊列が整っていたから居ないはずはないんだ、と物見が叫ぶのを聞くに、おそらくあの一撃がそのジェネラルかキングを打ち抜いたのだろう。
あー…もっと近くで撃てば大将取ったって言えたのかなぁ。
そしてゴブリン側から統率のない弓の発射が始まると、こっちも一匹づつ狙って撃…っていたが途中から狙うのを止めた。
沢山居るうえに統率取れてないから大体前に撃てば当たるぞこれ。
「より多くの防具らしきものをしているゴブリンや、杖を持ったゴブリンを狙って下さい!最優先は弓を持ったゴブリンです!」
するとエリナが横から叱咤の声を上げる。
どうもそういう装備の良さそうな奴らはゴブリンナイトやソルジャー、メイジやらといった上級ゴブリンであるらしい。
そして反撃してくるゴブリンアーチャーが最優先、と。
言われた俺は身体を光らせると魔力探知で強そうな所を走査し、それらに命中するように弦から話した矢を「置いていく」
自分の全てを連射に放り込んでいると、二発の矢が立て続けにこちらに飛んできた。
すると一本はエリナが空中で打ち落とした。
そして左から飛来する二本目に対して、俺は左手に握る弓をぱっと離し、右手で掴み直すと同時に左手で空中の矢を掴んだ。
そして、番え直し射手に返した。
三本目の矢はこなかった。
そしてしばらく射撃戦が続くと、遠距離武器を持ったゴブリンの数も減り、俺も持っていた矢を全て撃ち尽くした。
一端引こう、そう言うと肯首してくれたエリナをつれて逃げざま、俺はサンダーがなぜ「大佐」と呼ばれるのかの理由を知った。
普通の狩りから突然の防衛戦です。でもそんなにつづくわけでもなく。