第二話 一本の十倍は、十本ですわね
二度目は、翌週の学園の廊下。
すれ違いざま、ロザリンド様がふらりとよろけた。
私の肩には、指一本触れていない。
ふわり。
分厚い絨毯の上に、それはそれは優雅に妖精のように座り込む。
「きゃっ!突き飛ばされましたわ!酷い、アメリー様!」
周囲の生徒たちがざわめく中、ロザリンド様は潤んだ瞳で、廊下の向こうから歩いてくるユリウス殿下を見つめていた。
私はロザリンド様の前にしゃがみ込み、その手を取る。
「まあ、大変。お立ちになって」
「え……あ、はい……」
意外にも優しい私に、ロザリンド様はきょとんとしながら立ち上がる。
私はそのまま手を引いて、廊下の窓から中庭へ出た。
「あの、アメリー様?どこへ……」
「絨毯が柔らかすぎましたでしょう?突き飛ばされたにしては、痛くもなかったのでは?」
中庭の真ん中には、学園自慢の池がある。
水深は膝くらい。
鴨の親子が暮らしている。
「十倍ですから、それなりの場所でないと」
「ま、待って、アメリー様、まさか――」
とん。
ばっしゃーん。
「つめたぁぁぁぁい!!」
グワッ、グワワッ。
鴨の親子が抗議の声を上げながら、ロザリンド様の周りをぐるぐる泳いだ。
季節は初夏。
水は冷たいけれど、凍えるほどではない。
水深は、以前ボートの授業で確認済み。
廊下の窓には、見物の生徒たちがずらりと鈴なりになっていた。
「……今度はちゃんと突き飛ばされたな」
「さっきのは?」
「座っただけだろ、あれ」
ロザリンド様は池の真ん中で、頭に水草を乗せたまま私を睨んでいた。
ええ、どうぞ睨んでください。
今のも本当にやりましたから。
そして、学園の卒業記念舞踏会。
予想どおり、ユリウス殿下は大広間の中央に立つ。
隣には、今日も完璧に巻いたピンクブロンドのロザリンド様。
「アメリー・ヴァルモン!貴様との婚約を、今この場で破棄する!」
来た。
「ロザリンドにワインを浴びせ、池に突き落とし――」
「はい、やりました」
「……え?」
「どちらもやりました。皆様の目の前で。殿下もご覧になっていたでしょう?」
「そ、そうだ!だから――」
「その直前に、ロザリンド様がご自分で三滴こぼして、ご自分で絨毯に座り込まれたところも、ご覧になっていましたわよね?」
殿下が言葉に詰まった。
そのとき、ロザリンド様が殿下の袖をきゅっと引く。
「ユリウス様ぁ……わたし、怖い……。さっきもアメリー様に、リボンを取られて……」
そう言って、ロザリンド様は自分の髪から、ピンクのリボンを一本するりとほどいた。
――この場でやるの!?
さすがの私も感心した。
度胸だけは間違いなく本物だ。
「まあ。リボンを取られましたの?」
私はつかつかとロザリンド様に歩み寄った。
「一本の十倍は、十本ですわね」
髪飾り。
真珠のピン。
宝石のコーム。
編み込みのリボン。
巻き髪を固定していたピンの数々。
ひょい、ひょい、ひょい、ひょい、と手際よく引き抜いていく。
「え、ちょっ、やめ――」
十本目のピンを抜いた瞬間。
ぼふっ。
丹念に巻き上げられていたピンクブロンドが、一気に解放されて爆発した。
その姿は、なんというか――綿菓子だった。
「……ぷっ」
誰かが吹き出す。
それが呼び水になって、大広間のあちこちから、こらえきれない笑いがあふれ出す。
「綿菓子……」
「完全に綿菓子だ……」
「いやでも、今のもリボン、自分でほどいてたよな?」
「俺、見てた」
「わたくしも見ていましたわ」
ロザリンド様は綿菓子頭のまま、わなわなと震えている。
ユリウス殿下は真っ赤な顔で叫んだ。
「と、とにかく!婚約は破棄だ!撤回はしない!」
「ええ。謹んでお受けいたします」
私は十本の髪飾りを、ロザリンド様の手のひらにそっと返した。
「お返ししますわ。私、盗人ではありませんので」
そして深々とカーテシーをすると、ドレスを翻す。
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