83 あたしを嫁にしてくれ
「まじで……? まじでゆきとがそんな大金出してくれんの!? ありえないんだけど」
桃香が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。
「当たり前だろ」
「ゆきとーありがとう」
桃香が俺に抱きついてくる。巨乳がぎゅっと押し付けられてドキッとする。めっちゃ弾力がある。
「あ!? でも俺が金を出すせいで、他の子供の命が犠牲になるってことはないんだよね?」
俺は桃香を抱きつかせたまま、氷室さんの言ってたことを思い出す。
研究者の数には限りがあるから、ミコ糖症の研究ばっかりやらせると、他の難病研究がしわ寄せをくらってしまう。
「大丈夫ですよ。ミコ糖症の研究者に資金を提供するんです。他の病気の研究者を奪って来るわけじゃないので、他の病気の患者は無関係です」
「おお!」
「それどころか、治療法が上手くいくことがわかれば他のミコ糖症の子供にも使えます。最初は何億円もする治療法も、数をこなすうちに安くなっていくでしょう。全世界でミコ糖症で苦しむ子供は数十万人もいます。多くの子供の命を救うことができるようになると思いますよ」
「ほんとに、柚子香ちゃんの命を救うだけじゃなくて、他の子まで救えるの?」
他の子供を犠牲にするっていうのの真逆じゃないか。
「はい。柚子香さんには実験台になってもらう必要がありますが。最初はやってみないとわからないことがあって、柚子香さんは怖いでしょうけどね」
「私、実験台になります」
柚子香ちゃんの声。ベッドで身を起こして俺の方を向いている。こっちの話を聞いていたのだ。
「柚子香……」
桃香が俺から身を離し、振り返る。
「私はお姉ちゃんたちに迷惑かけるばっかりだった。こんな私が役に立てるなら、何でもやります」
柚子香ちゃんの言葉は力に満ちている。前は弱々しい声しか出せなかったのに。薬が効いているとはいえ、柚子香ちゃんは自分の存在意義ってのを見出したみたい。
「えらいぞ、柚子香」
「お姉ちゃん……私、生まれてきて良かったんだ……ありがとう……ございます、氷室さん、幸斗さん。ううう……」
柚子香ちゃんは泣いて、顔を両手で覆う。
生まれつきの難病で、ずっと病院暮らし。父親に見捨てられ、母親と桃香に苦労をかけ続けてきた。柚子香ちゃんは生まれて来ない方が良かったと思っていたんだろう。
でも今、柚子香ちゃんは他の子供の命を救う役に立てると気づいた。氷室さんは柚子香ちゃんの体調を良くしただけじゃない。心も強くしてくれたんだ。
俺の体の震えは増すばかり。
小児ガンで美少女が死んで泣かされる純愛ストーリーなんかありきたりで、俺は飽きている。
俺は美少女に難病を克服してもらいたい。ハッピーエンドがいい。
「どうやって御礼をすればいいんだよ……ゆきと……」
桃香がうつむいて、呟く。
「礼なんか要らないぞ。俺は何もしていないしな」
「なわけない。めっちゃすごいお金を出してくれる」
「気にしなくていいのに。うん、そうだ……クリームパンを分けてもらったからな。俺の方こそお返しができて良かったよ」
「あほかー クリームパンと一緒にすんな」
桃香が泣き笑いしてまた抱きついてくる。
「俺はクリームパンが本当にうれしかったんだって」
「うわあ、あたしはどうすればいいんだぁー?」
「お姉ちゃんは幸斗さんのお嫁さんになるしかないよ。言ってたじゃん、いっぱい子供を産むってさ。ぐすっ」
柚子香ちゃんは顔を両手で覆ったまま笑いを含んだ声を掛けてくる。
「そうだっ あたしにはそれしかない。10人は産むぞ」
「はああああ、何だそれ」
「5人の女の子の中で絶対にあたしが一番子供を産んでやる。だから、あたしを嫁にしてくれ」
ぎゅううううう。桃香の締め付けがすごい。
正直なところ、桃香が最高にエロい体をしているんだよね。誘惑度は千紘姉さん以上。桃香と結婚したら、毎日エロいことをされまくる!?
俺はきっと今、顔が真っ赤で、ニヤついている。
「待って、待って、ほんとに俺は当たり前のことをしただけだから、気にすんなって」
「ゆきとー 大好き♡ 大好き♡」
「いいなあ、お姉ちゃん。ひっく……私も早く健康になって、幸斗さんのお嫁さんになりたいよ。幸斗さん、やさしすぎで大好き」
柚子香ちゃんまで泣き声で呟いている。
「おう、柚子香。二人で嫁になろうぜ。あたしたちでいっぱい子供を産もう」
桃香が無茶苦茶なことを口走る。
「こほん、幸斗様、一夫多妻は禁止ですよ」
氷室さんがたしなめてくる。
「言われなくてもわかってますって」
「じゃあ、やっぱりあたしだ。あたしを嫁にしろ」
「お姉ちゃん、ずるい」
「うれしいよ。柚子香がこんなに元気になるなんて。本当にありがとう、ゆきと……」
桃香が俺の胸に顔を押し付けて泣く。
俺は桃香の背中を撫でる。今まで苦労した桃香をずっと泣かせてやることした。




