4 ギャルとお昼ご飯
前にも桃香が一緒に食べようと声を掛けてくれた。その時も俺は弁当がなかった。
みじめさでいっぱいの俺を桃香は笑い飛ばし、「鉛筆貸してくれた御礼だ。分けてやるよー」とクリームパンを割いて半分渡してくれた。あの時は人の温かみを感じたものだ。
孤児院育ちで、虐げられてきた俺は人間には2種類いるって知っている。俺をバカにする人間と、俺にやさしくしてくれる人間の2種類だ。ただし俺にやさしくしてくれる人間でも、内心では俺をバカにしている人間がほとんど。
クラスの他の奴らは、俺なんか基本的に眼中にない。それどころか孤児院育ちの社会のお荷物。税金泥棒とあからさまな侮蔑や敵意を向けてくる者だっている。
俺は人を見抜く目には自信がついた。桃香は絶対に俺をバカにしてはいないし、俺と仲良くなろうとしてくれている。
たとえ桃香がパパ活で稼いだ金で買ったパンだとしても俺は嬉しかった。オッサンに汚されるのはさぞや精神的苦痛だっただろう。
苦労して手に入れた金を俺に気前よく恵んでくれるなんて、なかなかできることじゃない。俺には桃香が聖女に思える。
桃香からは俺に施しをして優越感に浸ろうなんて、悪意を感じない。
俺は、ボッチ同士とはいえ女子と昼飯を食えるのは感激する。一人じゃないって思えるのだ。
俺は席に戻った。
桃香は後ろ向きに座り直す。前屈みになってて、谷間が顕わ。三次元はすごいね。
「ゆきとは今日も昼飯抜きな感じ?」
「ああ、そうなんだ」
高校生男子にとって空腹は耐え難い。恥も外聞も捨ててしまう。
「へっへー 今日のあたいはプチリッチなんだ。パンが2個あるから1個丸ごとやるよぉ」
桃香がクリームパンを押しつけてくれる。
パン2個でプチリッチというあたりは桃香が決して豊かな家の子でないことを物語っている。パパ活で稼いだお金は香水やスマホ代であらかたなくなってしまう程度しか手に入らないのだ。
「い、いいのか」
俺は早くもじゅるりとしている。
「困った時はお互い様だよ。遠慮すんなよなー」
桃香は笑顔で自分のクリームパンの袋を破る。
クリームパン2個ってことは最初から俺にくれるつもりで同じものを買ったように思えてしまう。やさしいなぁ、桃香は。俺に弁当があって、桃香に食べ物がない時は分けてやろうと思う。早くお返しができるといいな。
桃香は袋からクリームパンを半分出して、先に食べ始める。
俺もクリームパンを取り出した。
「ありがとう。で、では、いただきます」
はむっ
クリームパンを噛み締める。今日もうまい。俺はこの味を忘れないだろう。
たかだか1個100円ほどのパンで幸せを感じられるのはお得。
「うまいよなーこれ」
桃香のタメ口が心地よい。
「ああ、本当にうまい。涙が出てくるぐらい」
俺は左指で目元を拭う。
桃香は歯形のついたクリームパンを俺の机に置く。自分の席に振り返って、カバンの中を漁る。
麦茶のペットボトルを取り出した。キャップを開けて口をつける。
ごくっごくっごくっ
「はーおいしー」
桃香は半分くらい飲んだ。
いい飲みっぷりだなぁと俺は微笑ましく見ていた。水は水道をいくらでも飲めるから、別にうらやましくはない。
「ゆきとも飲みなよ」
桃香がペットボトルを突き出して来た。俺に飲み物がないことに気づいて、麦茶を分けてくれたのだ。
「いいっ それって間接キスじゃん!?」
「あはは、ゆきとってマジウケるんだけど。小学生?」
今日はあと3話投稿いたします。
お読みいただきますとありがたく存じます。