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38 姉さんが背中流してあげるね

 ◆◇◆


 パーティー後、お風呂に入る。


 3つあるバスルームのうち、俺が入るのは檜(ひのき)風呂。十畳くらいの広さだ。

 他の風呂は寝転び湯ができる浅いお風呂とジャグジー。ジャグジーの方はベランダに露天風呂もある。


 スーパー銭湯のような豪華な設備が自宅にあるなんて、タワマンの最上階はさすがである。


 湯煙に満ちた風呂場は檜の香りが心地よい。

 温泉じゃないけど、かぽーん、という音が聞こえてきそうだ。


 湯舟に体を沈める。


 おおおおおおおお

 

 体の芯まで温まるから、思わずうめいてしまう。


 窓ガラスは曇っているけど、手で拭けば、海の方が見える。

 今は真っ暗で、月しか見えないが、朝風呂をしたらさぞや眺めがいいだろう。


 天下を取ったような気分になりそうだ。

 つくづく素晴らしい新居である。


 お風呂のお湯で顔を洗う。その時、入口の扉がノックされた。


「背中流してあげね、幸斗」

 千紘姉さんの声。


「要(い)らないよっ 一人で入れるからっ」

 恥ずかしいので即レスする。


「女の子たちで毎日順番に幸斗の背中を流そうってことになったのよ」

「えええ……いいよ、してもらわなくったって」


「水着を着てるから恥ずかしがらなくったって大丈夫よ。入るね」

 カラカラカラカラ

 千紘姉さんは俺を無視して扉をスライドさせて入ってくる。俺は慌てて股間を両手で隠した。


 千紘姉さんは青色のワンピース水着。確かに裸じゃないけど、俺は裸だから恥ずかしい。千紘姉さんの胸元はメロンが二つ入っているみたいに盛り上がっている。ビキニほどじゃないけど、十二分に大人の色香を放っている。


「幸斗はまだお風呂に入ってたいわよね。私も入れさせてもらおっと」

 千紘姉さんは勝手にシャワーで自分の体に水をかけ始める。

 俺は股間を見られたくないから湯船から出られないのに。


「氷室さんがね、夫の背中を流すのも嫁の務めっていうから。女の子たちでじゃんけんで順番を決めたの」

 千紘姉さんが経緯を教えてくれる。


 いつの時代の嫁の務めだよ……今どき世間の夫は、邪魔物扱いされてるだろ。せいぜい金を吐き出すATMだ。

 嫁に背中流して労(ねぎら)ってもらえる夫なんて皆無だと思うから、氷室さんは余計なお世話を焼いてくれる。


 ちゃぽっ

 千紘姉さんが湯船に足を差し入れる。


「わーい、幸斗とお風呂。すごく久しぶり」

 千紘姉さんは嬉しそう。


 千紘姉さんと一緒のお風呂って久しぶりどころか、10年くらい前の話だろう。


 児童養護施設のお風呂に職員さんに入れられた。お互いに幼児で、男と女なんか意識しなかった。

 俺は千紘姉さんの幼き日の裸体はぼんやりと覚えているだけだ。


「広いお風呂だね」

 千紘姉さんが俺の左に座る。


 ざぶざぶざぶ

 湯船からお湯がこぼれ落ちる。


「う、うん」

 俺は緊張して何話せばいいかわからない。


「幸斗がお嫁さん選びをするなんて、大きくなったなあ。お姉さんはうれしいよ」


「い、いや、俺はまだ選びたくなかった。てか……」

 俺は千紘姉さんがいいと言おうとして口をつぐむ。本人に面と向かって言うのは恥ずかしい。


「幸斗がすごいお金持ちの家の子だったなんて、びっくり。良かったなぁって思うけど、お姉さんは複雑な気分ね」


「え、どうして?」

「だって、幸斗を私一人のものにできないじゃない。いいとこのお坊ちゃんだったら、お嫁様バトルロワイヤルをするのも当然だと思う」


「うう……お金なんかない方が幸せだったのに」

 俺としては千紘姉さんが独り占めしたい気持ちがあるとわかってとても嬉しい。でも千紘姉さんは他の女の子が俺に群がる状況を受け入れてて悲しい。「駆け落ちしようよ、幸斗」と言ってほしいのだが。


「お金のおかげで早く施設を出られたんだよ。施設にいっぱい寄付もしてくれてありがとうね」

 千紘姉さんは、氷室さんが10億円寄付したことを喜んでくれている。


「社会に恩返ししたいっていう千紘姉さんの願いはもう叶えたと思うな。後は俺と二人で暮らそうよ」

 俺はドキドキしながらプロポーズっぽいセリフを口にする。


「ん? 女の子たち6人と共同生活でしょ」

 千紘姉さんは天然なのか、わかっててごまかしているのか、俺のプロポーズをスルーする。


「ん、まあその……1年間適当に過ごして、俺は千紘姉さんを結婚相手に選ぶよ。俺は決めちゃってるんだ」

 さすがにここまではっきり言ったら伝わるだろう。


「え……」

「俺と結婚してくれるよね、千紘姉さん」


 息を飲んでいた千紘姉さんは、笑顔を取り繕う。


「幸斗がそう言ってくれるのはうれしいけど、良くないよ。他の女の子たちはみんなとっても素敵だよ。私なんかよりずっと」

「千紘姉さんが一番だよ」


「ううん。どの子が幸斗のお嫁さんになっても、お姉さんは安心だよ。施設で一緒だった私のことはもう知ってるから、他の女の子を見てあげてね」

 千紘姉さんは勝ちを譲ろうとしているみたい。俺はショックを受ける。


 選択権が俺にあるから、千紘姉さんが勝つつもりがなくても、俺は千紘姉さんを選べるけどね。

 前に麿莉奈から、「ウチにもチャンスを下さい」と言われたことを思い出す。

 まさか本命の千紘姉さん自身から、たしなめらるとは思ってなかった。


 でも千紘姉さんは誰に対しても慈愛に満ちているからな。他の女の子を気遣うのは当然か。


 いや……俺が1兆円持ってるのに、他の女の子を気遣うとかあり得ないだろ。ひたすら俺に媚(こび)を売って、他の女の子を蹴落(けお)とすのが普通。

 千紘姉さんはつくづく女神様だと思い知るね。

本作の短編版

『1兆円持ってる俺は、競馬で無双して美女にデレられてしまう』を投稿しました。


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