そして、家族に。※リチャード視点SS
リクエストSSです。
初めて彼女に会ったのは、母の再婚のための両家の顔合わせの時だった。
ややくすんでいるけれど、さらりとした金の髪。青く澄んだ大きな瞳。くるくる動く豊かな表情。
まるで妖精のようだった。
俺は、自分の義理の妹となるマリアに、つい見惚れてしまった。
「よろしくお願いします。侯爵さま」
やや怯えたようなしぐさで、マリアは頭を下げる。
「あ、ああ」
俺は頷く。自分では愛想よく微笑んだつもりだったが、彼女は怯えていた。
コミュニケーション能力の塊のような姉とは真逆で、俺は昔から人付き合いが得意ではない。
こちらは心を開いているつもりでも、俺はどうやら表情というものに乏しいせいで、相手に警戒されてしまう。
特に妙齢の女性から見ると『何を考えているかわからない』『常に怒っている』という風に見えるらしい。
きっと、マリアもそう思ったのだろう。嫌われたのかもしれない。
普段ならたいして気にしないことなのに、なぜか胸の奥が痛んだ。
その時は、義理とはいえ家族になる相手だからなのだろう──そう思った。
「リチャード、マーロウ子爵の娘はどんな娘なんだ?」
積み上がった書類をうんざりとした顔で見つめながら、レイノルドが俺に尋ねる。
そんな顔をしても、書類を溜めたのは俺ではない。レイノルドは王太子として有能ではあるが、仕事熱心ではなく、どうしても仕事を溜めがちだ。
もっとも、仕事に辟易としたら、雑談の一つもしたくなる心情はよくわかる。
「どんなとは?」
「マーロウ子爵は優秀で、しかも美丈夫だ。なにしろ、美貌の未亡人を射止めた男だ。その一人娘はまもなく社交界デビューする。気になっても不思議はないだろう?」
「それはそうですが」
義妹、マリアに注目が集まるのはわからなくもない。
「気になるのは構いませんが、義妹は子爵令嬢です。一般論から申し上げまして、王太子殿下のお相手はさすがに荷が重いと思います」
今度の夜会は、一応王太子の結婚相手を探すためのものと言われている。
とはいえ。
どんなに素晴らしい女性であったとしても、誰でもいいわけではない。いずれは、この国の国母となる女性なのだから。
「ほう。父親と違って、可愛くないのか?」
「そんなことは言っておりません。マリアは聡明で、美しい女性です」
反射的に言い返して、しまった、と思った。
「へぇ。聡明で美しい、か。会ってみたいねえ」
にやにやと、レイノルドは笑う。
「殿下の火遊びの相手に、義妹を差し出すようなことはできません」
そんなことをした日には、今よりもっと嫌われてしまうだろう。
義理の父であるマーロウ子爵にも顔向けができない。
「火遊びじゃないなら、いいのか?」
「そこまで激しい恋を殿下がなさるとはとても思えませんが、もしそうなら、臣下の身では止めようがありませんね」
答えながら、胸に苦いものがこみ上げる。
レイノルドは優秀な政治家だ。
それなりに浮名を流してはいるが、相手は選んでいるし、最低限の節度も守っている。何より本気になったところを見たことはない。
婚約者を決めかねているのは、政治的な理由の方が大きいように思う。
そんな彼が理性をとばして、子爵令嬢と恋に落ちるというのは、信じがたいものがあるが、もし本当に恋に落ちたとしたら、多分止まらないだろう。
一瞬、レイノルドの横で笑うマリアが脳裏に浮かび、俺の心臓は氷で刺したように冷えた。
「ふーん。まあ、そのうち連れて来いよ。義妹なんだろう?」
「考えておきます」
そう答えながら。
どうしてこんなにも気が進まないのか。
その理由は、まだ、自分では認めたくなかった。
眩しい照明の下で、マリアとレイノルドが踊っている。
マリアの表情は幾分固いが、相手が王太子なのだから当然だ。
二人は軽快なステップを踏む。
とても息があっている。そう思うと、目の前が真っ暗になった。
マリアの耳元でレイノルドが何かを囁く。
近すぎる距離。
レイノルドは恋をしないと勝手に思っていたけれど、マリアは違うのかもしれない。
それに、今日のマリアは、本当に美しい。レイノルドとて、打算抜きで恋に落ちることだってあるだろう。
胸の中にくすぶるのは、『兄』としての感情ではない。
兄妹ならば、ずっとつながっていられるとどこかで思っていた。
俺は、兄としてマリアの幸せを祝福できるのだろうか。
無理だ。
最初から無理だったのだ。マリアの『兄』になるのは。
「お前を義兄としてエスコートするのはこれで最後にする」
靴ずれをしたマリアを馬車にのせ、俺は告げる。
「お義兄さま」
「俺はお前の兄ではない」
驚きの表情をマリアは浮かべる。
兄と妹でも良いと思っていたのは、自分の勘違いだ。
「そんな」
マリアの声は震えている。
「初めて会った時から惹かれていた。何度も妹だと思いこもうとし、そう振舞ってきた。でも無理だった。妹ではなく、俺の妻になってほしい」
マリアの身体を抱き寄せ、俺は囁く。
他の誰でもなく、俺を見てほしい。
俺以外の男性がマリアの隣に立つのは嫌だ。
「はい」
涙を潤ませた瞳でマリアが頷く。
「私もお義兄さま、いえ、リチャードさまが好きです」
胸が熱い。
俺は、マリアの身体をさらに抱きしめる。
そして。兄妹ではなくなったけれど──俺たちは、家族になった。