5 皇帝の 端にも置けぬ ペンギンよ ※イラスト有
「今のは前哨戦、本当の戦いはこれからだっ!」
ペンギンは声高にそう言うのと共にフェンシングで使う剣みたいなものを手に構えた。
あれ、フェンシングの剣の名前ってなんていうんだっけ。フルートとかピエールとか、確かそんな名前の……あぁっ、思い出した! フェンシングには確か3種類あってそれぞれ使う剣も違って、剣の名前もそれぞれ違うんだっ! フルートでもピエールでもないっ!
まず有効面が1番狭いのがフルーレでフルーレで使う剣をフルーレ剣という。次に有効面が1番広いのがエペで、エペ剣の特徴は断面が三角っぽいことだ。最後にサーブル。これは突きだけでなく斬りもOKで、サーブル剣の断面はY字になっている。
ペンギンが持っている剣の持ち手はサーブル剣に1番近いと思う。持ち手にはレイピアみたいにおしゃれな装飾が施されていて、さすが怪人、と言ったところか。
さて、話が脱線したがなぜ私がどちらかというとマイナースポーツのフェンシングについて人より知っているのかというと、従兄弟がフェンシング部なのだ。フェンシングはオリンピックで行われる競技の1つだ。どうせオリンピックは4年に一度どこかでやるから、覚えておいて損はないだろう。
こんなに戦況にどうでもいい雑談をしたのにはちゃんと訳があった。私はプリチアと怪人の一対一の戦いには興味がないのだ。
アニメのプリチアが好きだったのは、派手なアクションとでかい敵が面白かったからだ。しかし、今目の前で繰り広げられている戦いは、はっきり言って地味だ。槍と剣がかんかん金属音を立てて打ち合わされる様子を述べたところで面白みはない。拮抗していたら、尚更見どころもない。
「くっやるな」「お前こそ!」みたいな暑苦しい会話だって求めていないのだ。ヒーローものだってピンチを迎えたあとに倒す流れがあるのにずっと槍とフェンシングの異種競技で双肩する力を見せられても面白くはない。
両者がほどほどに息を切らしたところで、先手を打ったのはペンギンだった。
「ふっ、なかなかやるじゃないか。でもここまでだ。秘密兵器でお前をすぐに倒してやるっ!」
ペンギンはまたしても何処からともはくアルミ缶を取り出した。そうご存知、ダジャレでよく使われるあのアルミ缶だ。スチール缶かも知れないけど、そんなのどうでもいい。最近は技術の発展に世はアルミ缶とスチール缶を使い分けることが減ってきているらしいし、大した違いはないだろう。
「はあ? 何その缶。それをどう使うっていうのよ。」
「ふっふっふっ、さあな。見てのお楽しみだ。」
ペンギンの不適な笑みと、聞こえてくるサイレンの音。公園はまた不穏な空気に包まれた。この戦いは勝敗を悟らせることなく続くのだった。
次回、インペランゴ、死す。
デュエルスタンバイっ!
あぁ、また悪い癖が出てしまった。反省反省。現実逃避に意味がないと言ったのは一体いつだったか。
なんだか、私が見守ってなくてもいいことに気づいちゃうとすぐ別のこと考えちゃうんだよね。サイレンの音はすぐそこだし、警察は公園横の道路に車を停めた頃だろう。
それはそうと、ペンギンはアルミ缶を地面に投げつけた。すると缶が割れたのか中から煙がもくもくと上がる。毒物だろうか? 私や桃花がいる方は風上だから、毒物だとしても息を止める必要はなさそうだ。もし息を止める必要がある物なら、危険が及ぶのはペンギンとその後ろでわいわいやってるショーカーズと高井君なのだが……。
「うぇっ! なぜだっ、ついさっきまで風向きが逆だったではないかっ! おい、お前ら、この煙を吸ったらダメだぞっ!」
ついさっきまで風向きが逆? そんな三国志みたいな話があってたまるか。自分のおっちょこちょいを天に味方されなかったみたいな言い方すんな。
ショーカーたちはあたふたしている。高井くんは冷静に指示を出している、かっこいい。しかし、何十人もいるショーカー全員に指示は行き渡らなかったのか、数人はかなりの量の煙を吸ってしまったようだ。
そこに警察がバタバタ入ってくるが、なんのこっちゃ分からない。
「ペンギンっ! あなたあの煙はなんなのよっ⁉︎」
「ふっ、あれはだなっごほっ。一酸化炭素だっ! あれは危険だぞ、血液中のヘモグロビンに酸素よりもくっつきやすいから、酸素が足りなくなってしまうのだ!」
「っこんの最低クズ泥水ペンギンっ! あんたみたいな奴が誇り高きペンギンの姿借りるなんて失礼よっ」
不完全燃焼の際に出てくるあの気体か。じゃあ、さっき思いっきり吸い込んでたショーカーさんやばいじゃん! 濃度が高いと2分程度でも死に至るんだよ⁉︎ なんて酷いことをするのか。そりゃ桃花の口も悪くなるわけだ。ヒーローものの怪人は傍若無人であってもほいほい人を殺すようなことはしないんだぞ。
警察も怪人の言葉で状況を飲み込めたのか、とりあえず公園近くの人を避難させている。公園の中にいるのは、怪人とその仲間とプリムピーチとその友人くらいだ。警察は私以外には手出しできないだろう。
「ふん、好きに言うがいい。本当はこれを使う予定はなかったが、使わせたのはお前だぞ。どうする? その缶は我が組織特製のもの、煙はまだまだ治らないぞ?」
最悪だこいつ。そもそもなにが目的で公園にきたのか知らないが、仲間すら殺せる兵器でなにをしようというのだ。
「自分が勝てなさそうだからって兵器使ったのはそっちでしょ! 私のせいにしてないではやくそれを止めなさいよっ!」
「お前が降参するなら、止めてやろう。」
「勝ち負けとかどうでもいいから、降参してなんていくらでもしてやるわ! だからさっさとこれを止めなさいっ!」
「えぇー。そんなあっさり負けられるとこっちもやりがいがない」
「そんなのどうでもいいでしょ! はやくとめろっ!」
「どうしよっかなー」
中々割り切らないペンギンの態度に、桃花だけでなく私も腹が立った。とにかく、あの缶は危険だ。公園の砂場が近くにあったので、そこにあったバケツを手に取って私は缶を処理するためにかけよった。
桃花の方は、説得するのをやめ強行手段に出た。怪人に容赦なく攻撃する。さっきまではただの武術だったが、今はプリチアらしく魔法のような力も働いていた。電撃の音がバチバチ聞こえた。
「どうやってあの缶を処理するか、吐け」
ついに桃花は怪人にのしかかり、首に槍の先端を向け凄んだ。電撃攻撃のおかげか怪人は麻痺して動けないようだ。
「…………知らない」
「嘘もほどほどにしろ。言え」
「……本当に知らないんだ。ただ、あれを使えば一酸化炭素が大量に出るとしか説明されていない」
「…嘘でしょ」
あの缶は私がバケツを被せといたが、気体は漏れるだろう。警察の危険物処理班が幸運にも来ていたので、今はどうにかなりそうだが……
「そんな対処できない危険な兵器を、貴方達は持っているってこと…⁉︎」
プリチアにとっての本当の脅威は、バッドピーチの化学兵器の所有であった。多分。
こういうときに限って災難は重なる。ショーカーの1人がプリムピーチに急いで近づいてきて懇願した。
「仲間が苦しそうなんだっ! 俺らが言えた身でもないがプリチアの聖なる力で助けてやってくれ。頼む」
この人達は敵であっても人間、桃花にとっても助けたい気持ちは山々だろう。
「…ごめんなさい、無理なのっ、私授けられたのは槍と攻撃力だけっ、人を治す力が無いのっ!」
泣きそうな桃花の表情に、みんなが悲壮に声を呑んだ。