刻まれし永遠のゼロ
「……そういえば、なんだけどさ」
ふと、草原を歩きながらヴェロニカが思い出したように言った。
足は止めず、首だけを横に向けて続きを促す。
「この世界って、結局ゲームと同じ世界を再現したってだけの世界なの? それとも、あたしたちゲームの中に入っちゃったってことなの?」
確かに、それは少し気になるところかもしれない。
ゲームと同じ世界を再現していただけの場合、可能性としては極めて低いものの一応地球の中であることも考えられる。僕たちが知り得ないような、どこかの離島や有名ではない国などを使用していれば、さすがに分かるはずもない。
でも、それよりは地球ではないどこかに存在する異世界という可能性のほうが高いだろう。本当にそんなものが存在するのかは定かではないが、ライトノベルなどでも定番だと思うし、こういう状況なら絶対にないとも言い切れない。
けど、もし異世界だったとしたら。
ここまで忠実に、大陸や街、タイムさんという登場人物を細かく再現できるだろうか。
世界を創世できるほどチート級の能力を持った神のような人物が相手にいれば別だが、そんな可能性は考えるだけ無駄だろう。
とはいえ、こんなライトノベルの導入みたいな状況に巻き込まれてしまった今となっては、そういう有り得ないと思える可能性すら捨てきれないのが難しいところ。
そもそも、僕たちを知らない間にこんなところまで連れて来ている時点ですごいのだ。
だから、ゲームと同じような世界を再現しただけの異世界という考えはやはり拭い去ることはできない。
そして、もうひとつ。
異世界とかではなく、単純にゲームの中に入ってしまったという可能性。
そんな凄まじい技術力を持っているのかどうかは置いておくとして、この可能性ならば再現したという話は全て解決する。いまいち納得はできないが。
ここがゲームの中だったら、世界観や登場人物などがゲームと同じであっても何らおかしくないどころか、当然だとすら思う。
どちらの可能性も今の段階では有り得る気がするし、むしろ逆にどちらも有り得ないくらい現実離れしている。
だから、まだ結論を出すのには早い気がした。
「それは分からない……けど、どうにかして元の世界に戻る方法も残されているんじゃないかなって思う。っていうか、そうあってほしいってだけだけどね」
「うん、そうね」
僕の言葉に、ヴェロニカは重々しく頷いた。
が、まだ話は終わっていないらしく、更に続ける。
「もしここがゲームだったら、ステータス画面とか見れるんじゃないかって思ったんだけど、さすがに無理よね」
確かに、少しだけ分かる気がする。
某小説投稿サイトではそういうライトノベルが流行っていたらしいし、この世界もゲームであるなら、そういうシステム面でさえも忠実に再現していてもおかしくはないのかもしれない。
「なるほど……案外ヴェロニカもゲーム脳だね」
「うっさいわね。どうせあんたも一緒でしょうが」
ジト目で突っ込んできたが、何も反論できないので無視しておく。
ともあれ、試しに心の中で「ステータス」と強く念じてみる――と。
「……ふぁっ!?」
本当に出てきた。
さっきまで何もなかった虚空に、突如として半透明の四角形が出現したのである。
四角形の中には、様々な文字列が並んでいる。
名前、シオン。
職業、吸血鬼。
レベル、HP、MP、攻撃力、守備力、魔法攻撃力、魔法防御力、敏捷度、器用さ、運などの各ステータスの数字。
そして右側には、現在の僕の全身が表示されている。
やはり、思った通りテストプレイで自分が作成したキャラクターの姿になっていたか。
だが、それはまだいい。
職業が吸血鬼になっているのも、僕自身が選んだのだから別に文句はない。漫画などのように、日光に当たると灰になるとかいう設定はないみたいだし。
最初だからレベルが1なのも、他の能力値が低いのも仕方ないのだろう。
しかし。
いくら低いとはいえ、HPや攻撃力などはちゃんと二桁はある。
なのに、どうして。
運勢だけが――零なんだ。
普通は、一番低くても1じゃないのか。
何だ、0って。
普通は、その職業によって能力値の高低差が決まるものじゃないのか。
何だ、0って。
僕、一応吸血鬼なんだよね。
吸血鬼って、そんなに運が悪いイメージないんだけど。
何で、ここだけリアルを反映してるんだよ。本当だとしても、ちょっと傷つくよ。
「ちょっと、どうしたのよ。驚いたと思ったら、いきなり落ち込んだりして」
どうやら、ステータス画面は自分しか見ることはできないらしい。
せめてもの救いか……こんな数値、ヴェロニカに見られたくないもの。
「心の中でステータスって強く念じれば分かるよ」
教えると、訝しみながらも実行し、すぐに驚愕の表情へと一変した。
分かりやすい表情するなぁ……ババ抜きとか人狼ゲームとか下手そうだ。
「へぇー、まあ最初だからこんなもんよね」
「あの、0とか1とかなかった……?」
「え? さすがにあるわけないじゃない。いくら低いって言っても、全部二十くらいはあったわよ?」
「ですよねー」
ちくしょう。運営は僕に何の恨みがあるんだ。
確かに運は悪いけど、さすがに0っていうほどではない……と、思いたい。
まあ、まだレベル1だもんね。
きっと、レベルが上がれば運の数値も上がるはず。きっと。
「ねぇねぇ、そういえばシオンって職業は何にしたの?」
「僕は吸血鬼だよ。ほら、牙あるでしょ?」
言って、口を大きく開けてみる。
するとヴェロニカは顔を近づけ、口内を凝視してきた。
そこまでジロジロ見られると、ちょっと恥ずかしいな、これ。
「ほんとだ。血は飲まなくても大丈夫なのかしら」
「どうなんだろうね。あんまり飲みたくないなぁ」
でも吸血鬼というからには、血を飲まなければ大事なときに上手く動けなかったりするかもしれない。
気は進まないが、職業の特性とかがあるとしたら仕方ないか。もしそのときが来れば、覚悟を決めるしかない。
とはいえ、誰の血を飲めばいいものやら。
それに本来は八重歯のつもりで生やしたのだが、いつの間にかちゃんと牙になっていたようだ。
職業を吸血鬼にしたときに、自動的に牙が生えるシステムだったのかな。
「あたしはね、精霊使いって言うらしいわ」
「精霊使い? ってことは、精霊を使役とかできるの?」
「そうみたいね。でも、まだ一匹だけしか呼び出せないみたいだわ」
むしろ、レベルが1の時点で既に一匹使役できるなら充分な気もするが。
レベルが上がっていくと、呼び出せる精霊の数も増えていくのだろう。
このゲームでは、精霊ってのがどれほどの力を持っているのかは分からないけど、普通に強そうだ。
「じゃあ、試しに呼んでみるわね」
そう告げて、ヴェロニカは両手をパーの形にして前に突き出す。
そして、小さな声で詠唱らしき言葉を述べ始めた。
が、小声すぎて何を言っているのかあまり聞き取れない。
やがて。
目の前が淡い光に包まれ、僕は思わず両腕で顔を覆う。
目を開けると――真っ赤な犬が、ヴェロニカの前で鎮座していた。




