対立する二つの正義
最後まで諦めず、元の世界に戻るための方法を探し――その結果〈キーワ〉の人たちに殺されるか。
元の世界を捨てて、永遠にこの世界で暮らすか。
突然提示された二つの選択肢が、僕たちに重くのしかかる。
「あんなとこに帰るなんて、絶対に許さねえ。俺たちを捨てたあんな世界なんか、消えてなくなっちまえばいいんだァ!」
「……知らないわよ、そんなの」
不意に。
ヴェロニカが、俯き気味に口を開いた。
そして顔を上げ、ヒースを見据えて叫ぶ。
「あんたたちの事情なんて、あたしたちには関係ないでしょうが。どうしても帰りたくないなら、あんたたちだけ残ってればいいじゃない! みんながみんな、あんたと同じじゃないのよ……!」
「ちっ、理解してもらえるとは最初から思っちゃいなかったが、まさかここまで拒絶されちまうとはなァ……。じゃあ逆に、あんなとこに帰ってどうするつもりだァ? あんな世界、糞でしかねえだろうが」
「確かに、いいことばかりじゃない。辛いことだって、そりゃいっぱいあるでしょうよ。でも、たとえそれでも、あたしは絶対に逃げたりなんかしない。前を向いて、一生懸命生き抜いてやるわよ」
真っ直ぐな瞳。
自分の信念をしっかり持った、確かな言の葉。
そんなものに射抜かれ、ヒースは舌打ちとともに忌々しげに漏らす。
「せっかく、ここで生きていくことを決めりゃァ、殺さないでおいてやるって言ってんのによ……。あの世界で生きる幸せな奴らは、絶対に許さねえ。絶対に、復讐してやる。世界そのものに! 俺は、そう決めたんだよ……!」
ただの八つ当たりと言うには、あまりにも恨みが込められすぎている気がした。
自分が、辛い想いをしている。恐怖を抱き、嘆いて、苦しんでいる。
それなのに、どうして他の人たちは幸せそうに人生を謳歌できているのか。
そういった疑問が、いつしか嫉みに変わり、そして憎悪を生む。
今のヒースは、もう手遅れなほどに、憎しみの感情に支配され尽くしてしまっていた。
「この世界にいれば、何でも叶うとでも言うの?」
「何でもは叶わねえさ。ここにも、糞みてえな連中がいることくらい分かってる。けどよ、俺たちには、もうそんなものに縋るしかできねえんだよ! 現実では何の力もなくて、仲間もいなくて、何もできなかった、俺たちにはなァ……ッ!」
「そんなもの、ただの“逃げ”でしょうが!」
「うるせえ! 逃げて何が悪いんだ! あのまま、ただ我慢してろって言うのか!? 俺たちみたいな、何もできない奴らだって腐るほどいんだよ! 何も知らねえくせに、知ったような口きいてんじゃねえッ!」
「……っ」
終わりの見えない口論。
人間というのは、当然幸せな人がいれば、不幸せな人もいて。
強い人がいれば、弱い人もいて。
お互いがお互いを完全に分かり合うことなんて、不可能にも等しいのかもしれない。
だから、ヴェロニカの気持ちも、ヒースの嘆きも。
言ってしまえば、どちらも不正解で、どちらも正解なんだ。
「分かったよ、ヒース。あんたにも色んな事情があって、譲れないものがあることは。でもさ、僕も個人的に許せないものがあるんだよ。ヒース、あんたにね」
僕は、歩く。
ヒースがいるところへ、ゆっくりと。
「自分たちの信念に則って行動してるんだろうってことは分かる。だけど――」
そこで立ち止まり、僕は叫ぶ。
「――僕の大事な妹を、お前らの勝手な野望に巻き込むなッ!」
ヒースが、どんな想いで僕たちに近づき、そしてどんな目的を持っているのかは話を聞いて理解した。
でも、そこに緋衣は関係ないはずだ。
それだけじゃない。
デイジーも、ヤマブキさんも。
いくらノンプレイヤーキャラとはいえ、あまりにも無関係な人を巻き込みすぎた。
もう、ここはただのゲームじゃない。
ノンプレイヤーキャラのみんなだって、ちゃんと生きているのだから。
「……どうやったの? 何で緋衣が……」
「ちょっと洗脳させてもらったんだよ。俺の力でなァ」
洗脳。そんなことも可能なのか。
だが、それならまだ救いはある気がする。
まだ、緋衣を助けられる気がする。
「けどよ、緋衣だって無関係じゃねえだろうが。シオン、お前と同じ過去があるんだからなァ」
そうか……緋衣は、僕の妹だ。当然、昔から一緒に暮らしている。
つまり、僕と緋衣、二人での共通の過去だってたくさんあるのだ。
だから緋衣を狙ったことも、目的のためだったというのか。
ヒースが望んでいる、似たような過去を持った仲間――というやつに。
「本当は、もっとちゃんと勧誘するつもりだったんだぜ? けどよ、どうしても嫌っつーから、洗脳して無理矢理、仲間にしてやったんだよ」
「……僕のことは洗脳しないの?」
「残念ながら、同時には一人までしか洗脳できねえんだよなァ。だから、お前には力づくで来てもらうことにするさ」
緋衣を洗脳している間は、他の人も同時に洗脳することはできない。
それを聞いて、少し安心した。
勝ちの目が、見えてきた気がしたから。
「正直、僕にはヴェロニカの言い分もヒースの言い分も分かるんだ。けど、どっちが正しいのかなんて、明確な答えはないと思う。だから、ヒースも僕たちも、自分たちの正義を信じるしかできないんだよ」
僕は告げる。
ヒースを見据えて、己の意思を。
その、決意を。
「だから、僕たちは自分の正義に則って――お前を斃す」




