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過去を捨てた者、過去に囚われた者

 今いるこの世界がゲーム――セブンズの世界だってことは、割と早い段階で察していた。

 でも、一体どんな理由で、どんな人が、何で僕たちを……そういったものは何一つとして分かるはずもなくて。


 だから、暫く考えないようにしていた。

 ゲームの世界なら、人々の依頼をこなしたり旅したり、何かすればいいのではないかと。

 また、この世界のどこかには元に戻れる方法や、それに繋がる手がかりがあるだろう、と。

 そんな、楽観的な思考で。


 でも――。


「元の世界になんか、戻れるわけねえ。いや、戻させやしねえッ! あんな腐った世界ゴミのことなんか忘れてよ、この世界で暮らしたほうが絶対いいに決まってる。なあ、そうだろ」


 まるで、自分の思想が絶対的であるとでも言わんばかりに。

 僕の、今までの考えを否定されてしまった気がする。


「だって、よく考えてみろよ。この世界にいれば、俺たちを拒絶する邪魔な連中なんていなくなるんだぞ? もしこの世界にいたとしても、元の世界とは違って、ぶっ殺すことだってできる! どうせ、お前らは元の世界に帰りたいなんて思ってるのかもしれねえが、それは間違ってんだよ。ここが――俺たちの真の世界だろうが」


 ……狂ってる。

 過去にどんな辛い人生を送ってきたのかは知らない。それが相当に壮絶なものなら、同情はする。

 だけど、だからといって何をしてもいいことにはならない。


「……悪いけど、僕たちは元の世界に帰るよ」


「無駄だって言ってもか? 帰る方法なんか、ひとつもないとしてもかァ?」


「……それでも、永遠にここにいるつもりはないから」


 そりゃあ僕だって、ゲームは好きだ。

 最初、ゲームの世界に来たと知って、喜び、興奮を覚えたのも事実。

 楽しいと、感じたことも本当だ。


 でも、そんなことに巻き込まれたと知って。

 さすがに、ずっと付き合っていたくはない。


 ゲームは、あくまでゲーム。

 画面の前で、死の危機もなく、平和に楽しんでいたいから。


「……ちっ、分かってねえなァ。お前なら、もっと理解してくれるって思ってたんだけどなァ――シオン」


「どういうこと?」


「知らねえと思ったら、大間違いだぜ? ま、俺は知らなかったんだけどよ、トップの十人は、ちゃんとこの世界に来たプレイヤーのことを把握してやがった。もちろん、お前のこともだァ」


「……」


 僕の頬を、冷や汗が伝う。

〈キーワ〉の人たちは、一体どこまで僕たちのことを知っている? そもそも、どうやって調べた? この世界に連れて来るときに、あらかじめプレイヤーの情報を調べていたのか?


 訝しむ僕に、ヒースは遠くから手を差し伸べる。

 それはまるで、こちらへ来いとでも言いたげな様相で。


「お前は、そんな平和ボケした奴らと一緒にいるべきじゃない。なあ、お前は――こっち側の人間だろ」


「……ッ」


 歯を、強く噛み締める。

 もしかして、本当に僕のことを……僕の過去を、知っているのか?


 ヒースは――いや〈キーワ〉は、つまり自分たちと似たような境遇をもった人たちを集めているということだろう。

 辛く、凄絶で、悲惨で、嫌な過去をもった人たちを。


 その辛い過去というのにも、当然色々ある。

 辛いと感じる人もいれば、その程度全然大したことないと笑い飛ばす人だっているだろう。

 だから、おそらく勧誘する基準というのは、〈キーワ〉のトップに位置する十人のメンバーによる主観なのだと思う。

 ヒースの話を聞いて、何となくそんな気がした。


 コウモリの大群が、ヤマブキさんの部屋を襲撃した理由。

 あれをヒースは、プレイヤーの人に会いたかったからなどと説明していたが。

 本当は、僕を勧誘するためだったのではないだろうか。

 わざわざ、緋衣まで利用して。


「シオン、どういうことデス?」


 イベリスが、僕を見て問う。

 ヴェロニカも声には出していないものの、怪訝そうな表情でこちらを見てきていた。


「……違う。僕は、あんたらとは、違う。あんたらの仲間になんか、ならない」


「ちっ、交渉決裂かァ……」


 僕の返答に、ヒースは忌々しげに舌打ちをする。

 たとえ、どんな過去があったとしても。

 どれだけの拒絶を経験していたとしても。


 僕は――今を生きていたいから。


「じゃ、しゃーねえよなァ。そうなっちまうと、もうお前は敵ってことになっちまう」


「……」


 僕は、ヒースの言葉を聞きながら。

 頭の片隅に、何か引っかかるものを感じていた。


 ヒースたちが、元の世界に帰りたくないのは分かった。

 辛い過去と向き合いたくないから、この世界でずっと暮らしていたいことは理解した。


 だけど、それはあくまで、こいつらの事情だ。

 僕たちには、何の関係もない。

 赤の他人なのだし、僕たちが帰ったところで、こいつらに何か不利益をこうむることがあるとも思えない。


「……ヒース。話を聞いてて、ちょっと思ったんだけどさ。自分たちと同じ境遇の人たちは仲間だ、それ以外の平和で楽しい人生だった人たちは敵だってことだよね」


「あァ、簡単に言うとそういうこったなァ」


「納得はできないけど、それで仲間の人たちを勧誘するのは……まあ、分かるよ。でもさ、だからって他の人たちを敵と認識する必要はないし、そもそも僕たちが元の世界に戻ることに全力で反対して、そこまでして阻止しようとする理由って何なの?」


 僕の問いに、ヒースは暫し沈黙を返す。

 仮面の下から、睨まれているような、威圧されているような、嫌な感覚が僕を襲う。


「敵と認識する理由、かァ……そんなもん決まってんだろ。――敵だからだよ。俺たちは、どれだけ願っても、どれだけ望んでも、どれだけ求めても、あいつらは手を差し伸べるどころか、ただ拒絶してきやがった! じゃあ、何で、それ以外の奴らは平気で、平和に、楽しく暮らしていられる!? 俺たちと、何がどう違うんだよ! 敵でしか、ねえだろうが……ッ!」


 みんなを敵と判断するには、あまりにも自分勝手な理由。

 それは八つ当たりとも呼べるものだったが、僕はヒースの考えを完全に否定することはできなかった。


 悔しいけど。悲しいけど。

 僕だって、そうだったから。

 僕だって、そう思ったことはあるから。


 何で。どうして、自分だけが――って。


「……で、阻止する理由だが、それも簡単だァ。俺らの想いを、もう拒絶なんかさせねえためだよ」


「どういうことよ?」


「平和に暮らしてた奴らには分かんねえかもしんねえが、俺らは世界から見放された。世界が、俺らを捨てたんだよ。だから俺らは、そんな世界に復讐する! 新たに作った、この世界で! お前ら平和ボケした連中を――みな殺しにしてやんよ」


 その、最後の一言は。

 今までよりも、更に強く、深く。

 怨嗟の塊みたいな、声色だった。


「けどよ、俺らだって鬼じゃねえ。お前らが元の世界を捨てて、この世界で暮らすことを決めたら、殺さないでおいてやるよ」


 ある意味それは、究極の2択ってやつなのかもしれなかった。

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