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底辺からの慟哭

 デイジーから仮面を見せられ、ヒースが関与していそうなことは分かっていたが。

 まさか、このタイミングで登場するとは思わなかった。

 複数のキマイラだけでも大変な上に緋衣もいるこの状況で、ヒースまで現れてしまっては厄介なことこの上ない。


 ヒースは、歩く。

 真っ直ぐに、キマイラと緋衣のところへ。

 やっぱり、緋衣とヒースは組んでいたのか……。


「一匹でもキマイラを倒したことは褒めてやるけどよ、そんなのじゃ無駄だぜ? こいつの職業クラスは魔物使い……キマイラなんか、いくらでも呼び出せるんだよなァ」


「……いくらでも、デスか……?」


「そうだァ。お前らが一匹倒しても、新たに二匹呼び出す。お前らが二匹殺しても、更に三匹呼び出す。いつまでも、そんな魔物を相手に戦ってたらよ、いつになっても終わんねえぞ?」


 だから、既に最初より二匹も増えてしまっているのか。

 一匹斃すだけでも、当然楽ではない。それなのに、そうやって何匹でも出されてしまったら、本当にヒースの言う通り、無限に続いてしまう。

 体力などの関係から、僕たちはいずれ限界が来る。

 このままキマイラを相手にしていれば、勝てるものにも勝てなくなるだろう。


 だったら、どうすればいいか。

 そんなもの、決まっている。

 決まっているから、最後の一歩を踏み出すことができなかった。


「そんな……。じゃあ、あたしたちはどうすれば……」


「あァ? 何言ってんだァ? 簡単だろうが」


 嘲笑うように。

 一拍あけ、その言葉を言い放った。



「――緋衣こいつを、殺しゃァいいんだよ」



 緋衣は無表情で、何も反応を示さない。

 ヒースの言葉の意味を理解できているのかすら、分からなかった。


「さっきも言ったが、職業クラスは魔物使いだ。無限に、魔物を呼び出すことができる。けどよ、それはあくまで本人が生きていれば、の話だァ。死んじまえば、もう魔物を呼び出すことなんて永遠にできなくなる。なァ、簡単な話だろ」


 確かに、そうすればキマイラの問題は解決する。

 だけど、それじゃ意味がない。

 緋衣の問題は、何も解決できないじゃないか。


「ほら、さっさとしろよ。できない、なんて言わねえよなァ?」


「……シオン」


 ヴェロニカが、僕を見る。

 僕は俯いて拳を握り締めるだけで、見つめ返すことができなかった。

 だから、口を開いた。


「ひとつ、質問させて。何で、デイジーのペンダントを奪ったの?」


「あァ、そのことかァ……。別に、大した理由なんかねえよ。ただ、そうすればプレイヤーの誰かが来てくれっかなって思っただけのことだァ。さっきコウモリで襲撃したのも、プレイヤーの姿が見えたから、デイジーに協力してんだなって分かったから、やらせただけのこと。それ以外の理由なんかねえ」


「プレイ、ヤーの……?」


「お前ら、プレイヤーだろ? 分かるぜ、俺もだからなァ」


 もしやとは思ったが、ヒースもプレイヤーだったとは。

 じゃあ、こいつも僕らと同じってことじゃないか。

 なのに、何でこんなことをしたんだ。

 訝しむ僕をよそに、ヒースは更に続ける。


「俺はなァ、どうしても俺たち以外のプレイヤーに会いたかったんだよなァ。――ぶっ殺すために。勧誘するためになァッ」


 何を言っているのか、聞き取れないわけではない。

 ただ、言葉の意味を理解できなかった。


「俺たちの組織名は――〈キーワ〉っつーんだけどよ……まあ、「怒り」とか「拒絶を手放す」って意味からつけられた名だァ。結構な人数いるんだけどよ、意外にもそいつら全員、全く同じじゃないとはいえ似たような思想、目的をもって行動してんだァ」


「……キーワ? 何の、話?」


 心の底から、理解不能だった。

 今この場で、一体何の話をしているのか。何の話に誘導しようとしているのか。


 でも、そんな自分語りは。

 次の一言で、僕たちにも少なからず衝撃を与えた。



「――世界への復讐。そいつによって色々な考えとか別の目的もあるかもしんねえが、俺たち〈キーワ〉の目的を大雑把にすると、そのひとつに纏められる」



 復讐。

 彼に何があったのかなんて知る由もないことだけど、その単語ひとつで決して生易しいものではないということが嫌というほど分かった。


「現実世界で幸せな人生を送っていた奴らに報復し、逆に俺たちと同じような過去を持っている奴らを〈キーワ〉に勧誘する。言ってしまえば、それだけの目的だがなァ」


「同じような過去って……?」


 ヴェロニカの問いに、暫くヒースは言葉を返さない。

 右手を強く握り、何やら逡巡しているかのような様子。

 しかし、やがて意を決したのか、大きく息を吸い、叫ぶ。

 己の、心からの慟哭を。


「俺たちは――世界から、嫌われた。憎まれた。蔑まれた。見捨てられた。見放された。同じ人類だと、認められなかったッッ!! 何が平等だ、何が人間だ、何が世界だ! 幸せで満ち足りた生活をしていた奴らもいれば、ゴミみたいな底辺で生きているのかどうかすら分かんねえような奴らもいる! あんな糞みたいな腐ったもんを世界と呼ぶなら、そんなものはいらねえッ!」


 その言葉に込められていたのは、全力の憎悪だった。

 仮面に隠れた顔が、今どんな表情を映しているのかは分からない。

 でも、その叫びだけで。

 どれだけの過去を嘆き、恨み、憎み、絶望したのか想像できてしまう気がした。


「俺は……俺たちは、あの世界を、心から憎む。簡単に捨ててしまえるくらい。容易に滅ぼしてしまえるくらい。そして、新たに最っ高の世界を創り出してしまえるくらいになァ」


 ……最後の一言を聞いて、僕は一瞬だけ思考が止まった。

 始めは、意味が理解できなくて。

 理解ができてからは、その言葉を心の中で反芻した。


 それでもやっぱり、頭が思うようについて行くことができずに。

 ヒースの言葉を、そのまま鸚鵡おうむ返しで呟く。


「創り、出す……?」


「あァ、そうだ」


 ヒースは頷く。

 更に、続けた。


「〈キーワ〉っつーのは、元々数人だけだったみたいでなァ。俺も、他の奴らも、ほとんどこの世界に来てから勧誘された奴らばっかなんだけどよ。最初から組織にいたトップの奴ら十人に、教わったんだよ――『とあるゲームをハッキングしてみせた』ってなァ」


〈キーワ〉とやらが何人の組織なのかは知らないが、トップに位置する人物は十人なのか。 でも今は、そんなことよりも。

 頭の中に浮かぶ推測が、どうしても離れてくれなくて、それどころではなかった。


「大体、予想はできてんだろ。その顔見りゃ分かる」


 僕の顔を見て、ヒースは嗤う。


「そう。このゲーム世界は――俺たち〈キーワ〉が創り出した世界だってことだよ」

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