船上の邂逅
カルミアとのハプニングがありはしたものの、とりあえず僕たちはガーベラの船へと戻ってきた。
乗り込み、すぐにガーベラが舵を取る。
目指すは――勤勉大陸サンダルウッドへ。
どんな場所なのか、どういう出会いが待ち受けているのか。
そして、イベリスかネリネのどちらかとも再会できると思ったら、どうしても少し緊張してしまう。
操舵はガーベラに任せ、僕たちは船の内部へ入る。
目的地に到着するまでは、まだしばらく時間がかかるだろうし、今のうちに休んでおこう。
どうせ、そんなにすぐ見つかるとは思えない。行ったことのない未知の領域で探し回る可能性もあることを考えれば、体を休ませておくに越したことはないだろう。
ヴェロニカとトレニアが部屋に入るのを確認したのち、僕も自分の個室の扉を開け――。
「……よぉ。待ってたぜ、シオンさんよ」
――すぐに、扉を閉めた。
何だ。誰だ、今のは。
全く知らない男性が僕の部屋に入っていて、僕が部屋に入るや否や笑顔で手を振ってきていた。
いや。いやいや、ここはガーベラの船であり、僕用の個室だ。
さすがに、そんなことあるわけがない。きっと何かの間違いだろう。
深呼吸をし、もう一度おそるおそる扉を開く。
「よぉ。待ってたぜ、シオンさんよ」
さっきと一言一句違わない台詞が、また発せられた。
見間違いでも幻覚でもなく、本当に僕の部屋の床に知らない男性が座っている。
一昔前のV系バンドみたいな、黒と赤が入り混じったブレイズヘア。
拳にはグローブのようなものが嵌められており、ガタイのいい胸筋が見えるくらい胸元のはだけた服に身を纏っている。
当然の如く、僕は今までに会ったことなど一回もない。
「おお、驚いてやがんなあ。しゃーない、まずは自己紹介すっか」
明るい口調でそう言い、男は立ち上がる。
そして、不敵な笑みを浮かべたまま続けた。
「俺の名は、カレンデュラ。職業は、格闘家だ。んで、所属は――〈十花〉」
「……え?」
ほぼ無意識に、口からそんな声が漏れた。
この男が、僕がまだ遭遇していない〈十花〉の、残り三人のうちの一人だったのか。
どうして、そんな人が、ここにいるのか。
いや、そこまで不思議でもないか。
彼らは、僕のことも仲間に入れようと躍起になっている。
船の中で待ち伏せをしていても、何らおかしくないだろう。
「おお、おお、そんな警戒すんじゃねえって。別に、〈十花〉だからってお前と戦いに来たわけじゃねえんだからよ」
「……そんなの、信じられるわけが」
「ま、そうだよなあ。でも、本当のことだ。俺は、お前と話をしに来たんだよ。そんなとこで立ってねえで、とりあえず入って来いよ。それとも何か? 俺と二人きりじゃ不安か? 大丈夫だって、襲ったりなんてしねえよ。ガキにゃ興味ねえし。それにお前、中身は男だろうが」
僕の名前も、中身の性別が異なることも知っている。
それらの情報は、きっと未だに謎のままのボスから聞いたのだろう。
当然、まだ疑いが完全に晴れたわけではないが。
それでも本人は戦いに来たわけじゃないと言っているし、僕としても〈十花〉の面々とはいつか話をしておきたいと思っていた。
だから、僕は部屋の中に入り、後ろ手で扉を閉める。
「それで、何しに来たの?」
「だから、お前と話がしたかったんだっての。ボスが、お前のことをすげえ大切に思ってるらしくてよ。どんな奴なのか、単純に気になっちまったんだ」
「ボスって、誰なの?」
「おいおい、さすがに言えねえことくらいはあんぞ。知りたかったら、俺らの仲間になるしかねえかもなあ」
もしかしたらと少しだけ思いはしたが、やはり話してはくれないか。
僕のことを大切に思っているというのは、他のメンバーからも何度か聞いていた。
その都度、疑問が増すばかりなのだ。
僕のことを、そこまで大切に思っている人物なんて、思い当たる節が何もない。
「ま、話しに来たとは言ったけどよ、正確にはただ雑談をしに来たわけでもねえんだ。お前に、一応教えておこうかと思ってよ」
「教える? 何を……」
「――カルミアのことだ」
カレンデュラから、その名が発せられた途端。
すぐに、察しがついた。
そうか。
カルミアが言っていた、協力してくれている〈十花〉の一人とは、カレンデュラのことだったらしい。
ヴェロニカのためにも、できることならカルミアとの問題はどうにか解決させてあげたいところだ。
協力しているということはカルミアの事情もある程度は知っているのだろうし、話を聞いておくべきだろう。
「何で、カルミアに協力してるの?」
「ま、理由は色々あんだけどよ。あいつが、他人とは思えなかったんだよな」
そうして、カレンデュラは遠い目をして語りだす。
その表情は、どこか悲しげなように見えた。
「俺にも、妹がいたんだよ。あ、シオンもそうだったよな。けど、俺の場合はどちらかと言うとカルミアと似たような感じで、すげえ仲が悪かったんだ。毎日喧嘩が絶えない日々で、暴言だけじゃなくて時には暴力とかも普通にするような関係で、お世辞にも居心地がよかったとは言えねえ。『兄貴のクズ、死ね』が、あいつの口癖だったっけな」
カレンデュラは力なく笑う。
椅子に腰を下ろし、ひとつ溜め息を漏らしたあとで更に続ける。
「俺も若かったし、意固地になっちまってさ……言い返したりやり返したり、今になって何馬鹿なことしてたんだろうなって思うよ。俺はあいつに、何もしてやれないどころか……傷つけるだけ傷つけて、肝心なときには助けの手を差し伸べることすらできなかったんだからよ」
片目を押さえ、奥歯を強く噛み締める。
そういったカレンデュラの仕草は、何だか辛い過去を思い出して、必死に涙を堪えているかのようだった。
「ある日、あいつは病気になって入院した。俺は、どうせ行っても喧嘩するだけだと思って、お見舞いすることもなくて……喧嘩別れしたまま、二度と合えなくなっちまった。せめて、悪かったの一言だけでも言えたらって、今でも夢に見るくらい後悔してんだ」
〈キーワ〉や〈十花〉の人たちは、全員が何かしらの辛い過去を持っている。
だから、僕やネリネたち辛い過去を持った人たちを仲間へと誘い続けているわけだが。
カレンデュラには、そういった過去があって、それで〈十花〉に入ったということなのか。
「ま、そういうわけで。俺にもそんな過去があるからよ、あいつの事情を知って放っておけなかったんだよな。喧嘩別れしたまま、二度と会えなくなるみたいなことがないように……あいつらも、さっさと仲直りしたほうがいい。そのほうが、何倍も幸せだろ」
これは驚いた。
〈十花〉は仲間じゃないし、どちらかと言えば敵だが、悪人の集団ではないことを思い出した。
いい人じゃないか。できることなら、カレンデュラとは争いたくなんてない。
「あ、そうそう。もうひとつ、驚くべきことを教えてやるよ。今この船に――カルミアも乗り込んでるぜ」
「え……?」
「きっと今頃、妹と対峙してんじゃねえかな」
そう言って、カレンデュラは優しげな瞳を海の向こうに向けた。




