理由のない対立
「――私と、勝負して」
唐突に発せられた、カルミアの言葉。
その双眸には決意が込められており、白銀の剣がヴェロニカに向けられている。
意味が分からない。
いくら仲が悪かろうと、いきなり切っ先を向けて勝負を申し込むなんて、どういう了見なのか。
表情は乏しく、口数もあまり多くない上に接点もそこまで多くない僕には、察することなどできなかった。
「……何、言ってるのよ。何で、そんなこと……」
当然、それは僕だけではなかったらしく、ヴェロニカは訝しげに眉を顰めた。
しかし、それに対する答えは、僕たちが期待していたものとは大きくかけ離れていた。
「……確かめたいから。この世界では、どちらが上なのか」
眉を動かさず、微塵も表情を変えないまま。
そして、剣の切っ先を向けたまま、小さくそう言った。
言われた本人であるヴェロニカも、あまり言葉の意味が理解できていないのか怪訝そうな表情を変えることはなかった。
この世界では……ということは、勝負を申し込む理由は元の世界が関わっているのだろうか。
もしそうだった場合、やはり実の姉妹である二人にしか分からないことだ。
いくら仲間であろうと、他人の僕たちに割って入る余地などない。
「断るわ。あたしには、あんたと戦う理由なんてないもの」
「……そう。だったら――」
瞬間、カルミアは地を蹴り駆け出した。
素早くヴェロニカに肉薄し、白銀の剣を振り下ろす。
ヴェロニカは、咄嗟のことで反応が遅れ。
無防備な頭上に、煌く刀身が迫る。
だが、その刃がヴェロニカに直撃することはなかった。
ガーベラが間に立ちはだかり、碇のような武器で受け止めていたのである。
「愚かな。同じ血を分けた同族に対する行いではないぞ」
いつもの芝居がかった口調ではありながらも、確かな怒気を孕んでいた。
カルミアは答えない。ただ短く息を漏らし、後方に軽く跳んで距離をとる。
危なかった。
ガーベラが防いでくれなかったら、今頃どうなっていたか。
想像するだけでも、全身から血の気が引く。
「あ、ありがとう、ガーベラ。助かったわ」
「くははははっ! 海王神たる我に感謝するがいい! 貴様も我の眷属なのだからな!」
「あー、うん」
「めんどくさそうに流すなぁっ!」
何やら二人で漫才を繰り広げているが、今はそんな場合ではない。
カルミアは変わらぬ無表情で、今もずっとヴェロニカだけを睨み続けている。
正直、今のカルミアはいつも以上に思考が読めず、何だか少し不気味だった。
「あんた、一体どういうつもりよ! 今の、本気だったでしょ」
「当然。殺すつもりでやったの」
「……ッ」
ヴェロニカの表情が、驚愕と絶望に歪む。
実の姉から殺す気で攻撃されてしまえば、当然の反応だろう。
それも、明確な理由が何も分からないままなのだから尚更に。
一瞬〈キーワ〉か〈十花〉に入ったのかと思ったが、もしそうだったとしてもヴェロニカを狙う理由にはならない。
今まで何度か遭遇してきた〈十花〉たちは誰もヴェロニカを仲間へと誘わなかったから、きっと彼らの標的にはなっていないはず。
狙うとすれば、この中ではおそらく僕だけのものだろう。
そう考えると、ここまで強引な手を使ってでもヴェロニカに勝負を申し込む理由は。
彼女の個人的な動機であり、ヴェロニカとの間に生じた大きな溝が原因に違いない。
ただ、この姉妹がどういう関係であるかは、仲が悪いということしか知らないため推測すらできないが。
などと、心の中で思案を巡らせていたら。
カルミアは剣を鞘に納め、踵を返し、肩越しにこちらを振り向いて口を開く。
「じゃあ、最後に。あなたたちが、私と戦いたくなる情報を教えてあげる」
そうして、再び前を向き。
歩を進めながら、その言葉を放った。
「今の私は――〈十花〉の一人と手を組んでる」
それだけを告げ、カルミアはどこかへ立ち去ってしまった。
手を組んでる……? 一体どういうことだ。さっきの僕の考えは間違いで、いつの間にか仲間になってしまったのだろうか。
いや、あの言い方は、どうもそんな感じではないような気もする。
組んでいるのは、一人と言っていた。
それはつまり、〈十花〉に属している誰かが、個人的な思想でカルミアに協力しているのかもしれない。
誰が、どんな理由でなのかは、やはり何も分からないけど。
「……何で。何でなのよ、姉さん……」
遠くなっていく背中を見つめ、そう小さく呟くヴェロニカ。
僕たちを狙い、そして僕たち自身も探している〈十花〉と手を組んだということは、実の姉が敵に回ったということに他ならない。
ヴェロニカの心中は、推して知るべきだろう。
どんな言葉をかければいいのか迷っていたら、不意に背後から二つの足音が聞こえてくる。
振り向くと、ヒゴロモとアマリリスが慌てた様子で走ってきていた。
「あ、兄っ! ちょうどよかった……カルミアさん知らない?」
どうやら、二人はカルミアを探していたらしい。
カルミアは二人に言わず、勝手に僕たちのところに来たのか。
せめてパーティーメンバーの仲間には言っておくべきだろうと思ったが、この二人も〈十花〉のことは知っているし、〈十花〉と手を組んでいるなんて言えなくても当然か。
「ついさっき、向こうに言ったよ」
「あーとー。また今度ね、シオンちゃんたちーっ」
カルミアが去っていた方向を指差しながら答えると、アマリリスは肩を上下させながら言い、二人で走り出してしまった。
僕はそれを見送ったのち、ヴェロニカに声をかける。
「とりあえず、サンダルウッドに行こっか」
「……そう、ね」
浮かない顔をしつつも、小さく頷いた。
カルミアが、そして〈十花〉が僕たちを狙い続ける限り、これからも何度か遭遇することは免れない。
もしそうなった場合でも大丈夫なように、イベリスやネリネと合流することを優先しよう。
ただ、あの様子だと。
いつかは、カルミアとも戦わなくてはいけなくなるのだろうか。
そのときは、ヴェロニカは彼女と戦うことができるのだろうか。
先の未来を想像して、少し胸が痛くなった。




