指示
通勤途中,ポスターを見た俺はどんな手段を使ってでもお金が欲しいと思った。
とはいえ,世の中にそんなオイシイ話があるはずはなく,何か罠があるに違いない。楽してお金を稼ぐためには何らかのリスクを負わなければならないとはいえども,リスクを軽減する方法があればそれに越したことはない。
俺がポスターを剥がし,4つ折りにしてポーチに入れたのは,妙案が見つかるまでの間,誰かに先を越されないためである。
アイデアが浮かんだのは,週末に家の布団で横になりながらポスターを眺めているときであった。
簡単な発想である。このポスターを作った人間がお金を使って誰かを利用しているように,俺もお金を使って誰かを利用すればよいのである。
俺は,ポスターに細工をした。
テプラを用いて,ポスターの下部に記されていた電話番号を自分の携帯の番号に変更した。
さらに,日当の金額を3万円に変更した。残りの7万円については俺がマージンとして抜いてしまおうという算段である。
細工をしたポスターを元々あった場所から少し離れた場所の壁に貼っておくと,わずか2時間後に電話がかかってきた。
電話口の声は,筑紫光樹と名乗った。
こちらから聞いてもいないのに,大学を卒業して以来フリーターを続けていてお金に困っているという苦労話を延々としてきた。変な奴だが悪い奴ではなさそうだ。
筑紫は何度も「本当に3万円ももらえるんですか」と確認した。元から7割もマージンで引かれているといえども,3万円は十分に破格である。
俺は「ああ」と肯定する。
正直なところ,元の依頼主から10万円が首尾よく支払われるかは分からない以上,はっきりと約束はできない。とはいえ,ここで話を濁らせてしまえば,せっかく引っかかってくれた青年を利用することができなくなってしまう。
俺は「またこちらからかけ直す」と言って電話を切ると,元々ポスターに書いてあった番号に架電した。先ほどまで話していた好青年とは打って変わって,どこか心の置けない気味の悪い声だった。
その声に名前を聞かれたとき,俺は一瞬逡巡したものの,正直に答えた。
「下川弥一」
依頼主が俺の名前を復唱する。
名前を教えたはいいものの,それ以降,俺が依頼主から名前で呼ばれることはなかった。依頼主は俺のことを「お前」と呼び続けた。依頼主にとって俺は「道具」に過ぎず,名前などどうでもいいということかもしれない。
依頼主からの最初の指示は,昆虫のキーホルダーを買い,それを指定する住所に送ることだった。
俺は長くて頭に入ってこない昆虫の名前と,都心の一等地の住所をメモした。
そして,電話を切ると,メモを読み上げ,依頼主からの指示を右から左に筑紫に流した。
なお,郵送をする際の送り主の名前は,俺の名前-下川弥一を使うように指示をした。
筑紫は即座に行動に移したのだと思う。筑紫に指示を与えた翌日には「シモカワヤイチ」名義の口座に10万円が振り込まれていた。俺はその翌日,そのうち3万円を筑紫の口座に振り替えた。
マチェットを買うように指示されたときも同様だった。
指示を右から左に流し,写メを転送しただけで7万円が手に入った。なんて割の良いバイトだろうか。俺は筑紫から送られてきた写メを見て,初めてマチェットがナイフの一種であることに気付いた。
しかし,最後の指示だけは,右から左に流すわけにはいかなかった。
なぜなら,依頼主は俺に対して指定した日時場所に「来い」と告げたからである。
「来い」と呼ばれたということは,依頼主と会う可能性が高い。
俺の代わりに筑紫を行かせてしまえば,声でバレてしまう。それに筑紫はバカ正直な好青年だ。自分の名前を正直に言ってしまうかもしれない。
俺が直接依頼主に会うことはリスキーであるとは感じたが,過去2回の依頼は何ら危険は伴うものではなかったし,多額の報酬に味をしめた俺は戸田まで赴くことにした。
俺の覚悟とは裏腹に,約束の時間にJR戸田駅北口に着いたにもかかわらず,そこに依頼主はいなかった。
依頼主の番号に何度かけても電話に出ない。
40分後くらいにようやく依頼主から折り返しの電話が来たと思ったら,ただ一言「帰っていい」と言われただけだった。
何か緊急事態が起き,依頼主の計画が中断したのかもしれない。翌日以降,依頼主から報酬が支払われることはなかった。
電話が来ることもなかった。
その数日後,代わりに警察官から電話があった。
警察官は筑紫の名前を挙げ,筑紫に対して電話で指示を出していたかどうかについて俺に尋ねた。
疚しさゆえに俺は最初はとぼけていたものの,警察官の追及がしつこかったため,ついに正直に答えた。
すると,警察官は「ご協力ありがとうございました」と一言だけ告げ,電話を切った。
なんとなくだが,これ以上警察から電話が来ることはないような気がした。
「そろそろ,ちゃんと仕事を探さなきゃな」
今回報酬として手に入れた14万円と少しの貯金を使えば,次の仕事を探すまでくらいはやっていけるだろうと考えた俺は,派遣会社をやめた。
俺はぼやきながら,求人誌ではなく,その隣に落ちていたリモコンを拾い,中古で買ったテレビに電波を飛ばした。
「あっ」
思わず声が漏れる。ニュース番組のカメラが写した映像は,つい最近訪れた場所だ。JR戸田駅である。
入社したての20年前からほとんど顔の変わらない名物美人アナウンサーの読み上げ原稿によれば,戸田で殺人事件があったらしい。しかも,自分が依頼主の指示に従って戸田駅に行ったちょうどその日である。
心臓が跳ねる。何か自分が関連しているかもしれない。
しかし,被害者である目黒みゆう,犯人である目黒健斗の名前と写真はいずれも見覚えのないものだった。
なんてことはない。自分はたまたま同じ日に同じ場所にいたというだけだという話である。
目黒健斗は地元では有名な資産家らしいのだが,不倫がバレて妻と仲違いをした挙句,河川敷で妻を殺してしまったらしい。
「金があっても幸せだとは限らないんだな…」
俺はぼやくと,伸びきったカップラーメンの麺をすすった。
皆様,ご無沙汰しております。菱川です。
連載作品が全く完結していないのでヤバいと思いつつ,通勤途中に壁に貼ってある怪しいポスター(内容は「日当10万円」ではない)を見ていたら短編ミステリーのアイデアが浮かんでしまったので,3連休を使ってワーッと書き上げました。
こういった短編ミステリーのアイデアは他にもいくつかありますので,また気が向いたら投稿します。
えーっと,何かプライベートについて報告した方がよいですかね?
先月,東京ゲームショーに行ってきました。
そこで「VRサクラ」を体験しました。そうです。JKのサクラちゃんとイチャコラできるVRです。
このVRゲーム自体はとても完成度が高く文句なしなのですが,体験ブースには大きな問題があります。ブースに独立性がないため,サクラちゃんとの秘め事が周りの人から見られてしまうのです。
そんな「外の事情」など気にせずにサクラちゃんは積極的に攻めてきます。スタートダッシュからポッキーの一端を口に咥え,目を閉じてくるのです。
背後からスタッフの声が聞こえます。
「サクラちゃんを優しく抱きしめて,そっと口づけしてください」
いやいやいや。恥ずかしすぎるから!
ただし,バカ正直な僕は,スタッフの指示に素直に従いました。案の定,観客からは笑い声が漏れます。若干,僕の抱きしめ方が気持ち悪かったようです。
その後も,スタッフからは,
「サクラちゃんの右脇を嗅いでみてください」
とか,
「この場面ではサクラちゃんのスカートが噛んでパンツが見えるので,後ろに回りこんでください」
といった,サクラちゃんがVRでなければ犯罪教唆になるかと思われる指示が飛びました。
無論,僕はバカ正直にそれに全て応じ,大層観客を楽しませましたとさ。めでたしめでたし。
サクラちゃん,いい匂いだったなあ。。