第九十話『第三試合へ』
「……」
名前を呼ばれた物の緊張のためか青い顔で身をすくませるひばり。その様子に、綾香が心配そうな顔になった。
「ひばり大丈夫か? 顔が真っ青だぞ?」
「……だ、だいじょうぶ」
気丈に答えるが、小刻みに震える肩などまるで大丈夫には見えなかった。
その様子に、綾香が息を吐く。
「……無理すんなよ。なんなら棄権したって……」
「大丈夫!」
棄権を薦めようとした綾香をさえぎり、ひばりは強い口調で宣言した。
と、大きな影が彼女の頭上にかかった。それに気づいて首を巡らそうとすると、頭に何かが被さった。
「わぷっ?! な、なに?!」
驚いて声を上げるひばり。
と、自分の頭に大きな手がのっかっているのに気づいた。
「……前田君?」
「やっぱり支倉の頭はちょうど良い高さにあるなあ」
そう言って笑うのは、巌のごとき身体の少年、前田俊夫であった。
「あ、あたしの頭はアームレストじゃないよっ?!」
「はっはっは」
声を上げるひばりに答えず、俊夫はひばりの頭を撫で始めた。
「うにゃあぁっ?! な、撫でないでよっ?!」
「はっはっは、支倉の頭は撫でやすい高さにあって良いな」
「あたしちっちゃくないよっ?!」
俊夫にかいぐられながら、ひばりはさらに抗議の声を上げるが、彼は気にした風でも無く撫で続ける。
「うひゃあっ?! やめてやめてやめて〜っ?!」
「はっはっは」
必死に抵抗するひばりの頭を俊夫が笑いながら撫で続ける光景に、八組の面々はあっけにとられたままだった。
と、綾香がひばりの肩が震えていることに気づいた。それも、先ほどまでの震えとは別種のものだ。
「お、おい俊夫。もうその辺で……」
まずいと思った綾香が声を掛けたときには、すでに手遅れだった。
「い、いい加減にしなさあぁいっ!!」
ひばりの声があがり、スパアァンッ!! と小気味の良い音が響いて俊夫の巨体が揺れた。
「うぉっと?! 相変わらずの鋭い一撃だな……」
「やめてって言ってるでしょっ!? だいたい前田君は、デリカシーがないよっ!?」
そこから始まるひばりの説教モード。しかしそれを綾香が苦笑いしながら止めた。
「まあ待てってひばり。お前はこれから試合だぞ? 説教なんてしてる暇ないだろ?」
言われて、あっ?! となるひばり。
「いっけない! 早くステージに上がらないと!」
そう言ってステージに上がるひばり。その表情は、普段通りの彼女の物だった。
「……さんきゅーな、俊夫」
不意に綾香に言われ、俊夫が苦笑いする。
「……ま、このくらいのことはな」
言いながらブース奥のベンチに座る俊夫。毒の効果が抜けきっていない彼は、まだ本調子ではないのだ。
そんな彼からひばりへと蒼い視線を移し、綾香は表情を引き締めた。
ひばりの前に立つ少女、東野辰美。温和そうに笑う彼女の立ち姿には一分の隙すら見あたらない。居合道を修めているらしいと言う話は洋介の情報で知っていたが、これほどとは思わなかった。
「……こいつは思ったより難敵だぞ? 気を付けろよひばり」
綾香は、我知らずにつぶやいていた。




