第一一九話『キスの意味』
「ゴメンナサイ」
仁王立ちになる小さな体躯のポニーテール少女の前で、金髪碧眼でバニーコスに上着を羽織った少女が正座をしながら両肘を横に突き出すようにしつつ手を地に着き、額を地につけんばかりに伏していた。
ついぞ見ることの出来ない見事な土下座である。
「わたし、こんなに綺麗な土下座って見たこと無いヨ……」
「わたしもだ……」
その様を見て、あかりと雪菜が何ともいえない表情で言葉を交わす。
ほかのメンバーも大半が似たような顔をしていた。
しかし、怒髪天を突いている小さな少女、支倉ひばりは険しい表情で土下座中の丸い背中を見下ろしていた。
そんな彼女の肩に手が置かれた。ふと見上げれば、癖のある金髪の少女が困ったような顔で立っていた。
「……ひばり、もう良いよ。あたしはそんなに気にしてないからさ」
「……けど」
許してやって欲しいという綾香に、ひばりが眉をひそめた。が綾香は苦笑いを浮かべた。
「いや、まあ舌を入れられたのはびっくりしたけどな? キス自体は別に平気なんだ」
「そ、そうなの?」
綾香の言に、ひばりが目を丸くした。その様子に綾香が笑みを深くした。
「……うちの実家じゃ、挨拶みたいなもなんだ。マンマと父さんがそうだったからな。小さい頃に『親しい家族への挨拶』って教えられて、あたしはずっとそうだと思って育ってきたし。だからタカ辺りとはしょっちゅう……」
「え゛?」
苦笑いしながら言う綾香に周囲の空気が固まった。
その空気に気付いて綾香があわて出す。
「え? あ……い、いやいや今はしてないぞ? 小学校の高学年くらいでなんかおかしいな? って気付いてからタカにもしなくなったし!」
「……てことは、小四くらいまではそのタカって奴とキスしまくってたんだろ?」
楓が綾香の言葉尻をとらえて揚げ足を取った。
「……ま、まあそうだけどさ」
綾香は困ったように頭を掻きながら肯定した。
「それはともかくとして、あたし自身は挨拶の延長くらいにしか感じてないからさ」
そう言われては、ひばりも矛を収めるしかない。
「……はあ。綾香ちゃんがそう言うなら……」
ため息をつきながら言うと“小烏丸”を軽く振った。その瞬間、“小烏丸”は魔法のように消えた。それを見て綾香が半眼になる。
「……いつも思うんだが、それどうやってるんだ?」
「企業秘密です」
胸を張って答えるひばりに綾香が肩を落とした。
「まあ、あれだよんとりあえずあやっぺは気にし過ぎだよん♪」
土下座から解放されたクリスはいつもの調子で言う。すると綾香が困惑した顔になった。
「……気にし過ぎですか?」
そう訊ねた綾香に、クリスはうなずいて見せた。
「そもそもこのプレマッチフェスタに参加しているのは、りすくを度外視してあやっぺに協力してくれてるはずだよん。それはなんでか? よく考えることだねい」
「……」
クリスの言葉に綾香は黙り込む。そんな彼女にひばりが声をかけた。
「ねえ綾香ちゃん。綾香ちゃんはあたしの友達なんだよね?」
「ん? そうだぞ? あたしはひばりの友達だ♪」
答えながら綾香は笑った。それを見てひばりも笑顔になってうなずいた。
「うん。あたしも友達だと思ってる。そして、その友達を助けるためなら、たとえでんな困難なことでも一緒に立ち向かうつもりだよ」
「ひばり……」
笑いながら告げるひばりに綾香は声を詰まらせた。それを見ながらひばりは続けた。
「……だからこそ、謝らないで欲しいの」
「!」
ひばりの言葉に息をのむ。だが彼女の話は終わらない。
「だってそうでしょ? 困ってる友達のためだもん。ね? そうでしょ?」
笑いながら言うひばりに綾香も笑った。