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第一一二話『加速された世界』


「さて雪菜? これでわかったよね? あんたに勝ち目なんて無いって事が」

 押し黙る雪菜を前に、楓が肩をすくめながら言う。だが、雪菜は黙ったままだ。

 その態度に、楓はわずかに眉を動かしたが、つづけた。

「……降参するなら今だと思うけどな? それとも、ブザマに這いつくばりたい?」

 小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言い放つ。

 が、雪菜は動じることはなかった。それを見て、楓の機嫌が下降線をたどった。

「なーに? だまっちゃって。感じわるいんじゃなーい?」

 眉をつり上げ、半眼で雪菜をにらむ。すると、雪菜が口を開いた。

「……解せん」

「……は?」

 短く放たれた雪菜の言葉に、楓は虚を突かれた。それに構うことなく雪菜は続けていく。

「解せん。と言ったのだ。楓、貴様は頭が良く、運動も出来る。だが、基本的には面倒くさがりだ。試合もさっさと片づけて、あとはダラダラしていたいのが本音だろう」

「……それが?」

 雪菜の言葉を楓は否定しなかった。だから雪菜は言葉を続けた。

「はっきり言うが、貴様は手を抜いて手間がかかるくらいなら、全力で取り組んでさっさと終わらせ、余った時間をダラダラと過ごすはずだ。なのに、なぜそうしなかった? そのタレントを使えば、私を瞬時に打ち倒すことも出来たはずだ。それをしなかった理由は?」

「……」

 言われて楓は口をつぐんだ。それを見た雪菜は続ける。

「答えないか。まあ、良い。推測になるがおそらくおまえはそのタレントをあまり使いたくなかった。それは欠点なり弱点なりがあると言うことじゃないのか?」

 雪菜に言われ、楓は肩をすくめながら苦笑いを浮かべた。

「……まさか雪菜にきづかれるなんてね」

「どのような理由かは計りかねるがな」

 そう言われて楓はやれやれ……とばかりにかぶりを振った。

「……まあ、リスクはあるよ。教えないけど。それに、あたしが有利なことに変わりは無いしね」

 そう言って楓は自信たっぷりに笑った。

 対して雪菜も笑みを見せた。

「ふん、だとしても私が諦める理由にはならんな。戯れ言は、勝ってから言え」

 挑発じみた言葉。それを聞いて楓がムッとなった。

「あっそ。んじゃ終わらせたげる! あたしの勝ちでね!!」

 言うが早いか楓の姿が掻き消えた。タレントで高速移動したのだろう。

 目にも止まらぬ早さとは良く言ったものだ。だが、攻撃はすぐには来なかった。

 ただまっすぐに切りかかるような愚を楓はしない。彼女なりに勝ち方にこだわるであろう事も、雪菜にはわかった。

 だからこそ風が頬を撫でた瞬間、雪菜は自分の勘を信じて行動した。

 それを見ていた会場の全員が驚きの声を上げた。




 “加速”を使った瞬間、楓の視界から色が抜け落ち、すべての動きが静止した。いや、それは正しくない。挙動が緩慢になっていた。

 そのなかで楓は力を込めてサイドステップする。

 単純に行動が加速され早くなる。その弊害がこうも大きいとは楓も最初は思っていなかった。

 加速することで起きるのは、自分と周りの空間の速度差によって生じる“摩擦”だ。空気までシミュレートされた空間は、千倍に加速された楓に、千倍の空気摩擦を発生させた。

 そのため楓はゲル状物質に閉じこめられて動くような感覚に陥った。

 ほんの少し動くにも苦労し、振るった武器の重さが腕にのしかかった。さらには摩擦から少なからぬダメージをも受けた。

 それでも、周囲からは見えないほどの早さになっているらしいことを楓はシモーヌたちに聞いていた。

 ならば、切り札として使えれば良い、と割り切った。

 雪菜に読み切られぬよう、苦労していくらかフェイントを織り交ぜ、彼女の背後を突く。

 後は、フラッシュセイバーで二、三回切りつけてやれば終わる。楓は無造作に雪菜の背後に立ってトリガーを引いた。ゆっくりと光の刃が形成されていくのを見ながら、粘つくようにまとわりつく空気を押し退けながら、雪菜の背中めがけて全身で切りつけようとした。

 と、雪菜の背中に奇妙なものを見つけた。

 それは、小さな小さな突起だ。

「?」

 勢いのついた慣性に任せながら、楓は訝しげに思った。

 が、それが徐々に大きくなっていることに気づいた。

「??」

 訳の分からぬままそれを観察する。すでに刃は雪菜のわき腹に届いている。もはや勝負はついたようなものだ。

 不意に、楓は言いようのない感覚にさらされた。このままではマズいと心のどこかで警鐘が鳴る。

 そして、刃が中程まで食い込んだあたりで、“それ”の正体に気づいた。

「!?」

 槍の穂先だった。

 ゆっくり近づいてくる“それ”に、なんとか避けるべく身をよじろうとするが、加速された慣性と空気という枷は、なかなか楓の進行方向を変えさせてくれない。

 そして、楓はその穂先がゆっくりと自身の身体に食い込んでいくのを見つめていた。

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