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街の空気となって観察せよ

若き専務は無一文で東京に来た。高度成長で周りが湧き上がるなかヒントをつかむために。

専務の熱いまなざしに感じるものがある。

鉄子によって専務は拾われ、才覚を覚醒させはじめる。

御徒町の片隅で警備員をしている若者は、配属先の宝石商のビルで、出入りしているお客様を眺めながら考えにふけっていた。


ビルの玄関でアタッシュケースを抱えて入るスーツ姿の人たち。歳は自分よりも5歳くらい上だろうか?

自分も5年後、この人たちみたいになれるだろうか?そう思うと憂鬱になる。


受付に座ると出入りする取引先が分かる。デパートだったり、青山のジュエリーショップだったり。宝石商のビルは海外から原石を買い付けて、社内の職人たちが原石を削り出し、磨き、金具をつけて、原石は指輪になったりネックレスになったり。


夜中に交代しながら徹夜で守る原石は何の変哲もない石ころである。綺麗ではある、でも一億円で買いたい雰囲気はない。それが職人たちの手にかかると一億円に見える代物になる。その魔法に若者は興味を持っていた。


若者とは?そう読者にはお馴染みの、後々のアンドーチェーン専務が28歳。1966年の東京、上野の近くで警備員をしている。東京では珍しい、スーツ姿の警備員だ。


誰にも秘密と。専務は小さいながらも会社を作っていた。とは言っても会社と思っているのは自分だけで、役所に登記もしていない。


会社の場所は自分のアタマの中にある。


いや、彼がいつもポケットに入れている緑の小さなノートが会社なのかもしれない。ノートには気づいたことがビッシリ書かれていた。


警備員として配属している宝石商のビルディングがどこと取引し、デパートやジュエリーショップでいくらで売られ、どんな人が買うのか調べては書き込んでいた。

休みの日にはデパートの宝石フロアに一張羅で出かけて。


警備の職場では「専務」と呼ばれていた。

小さな警備会社で働いているうちに、彼は営業もするようになり、社長の片腕のような働きぶりだからだ。


2年前にオリンピックがあった。その時に東京で警備会社ニコムなるものが誕生し、新しいビジネス、警備業界が始まった。

またたく間にニコムを真似た警備会社がたくさん生まれた。みな警察官を真似て始めている。そこに多くの若者が志願した。


みな「用心棒だな、オレは柔道部だぞ!」と体力自慢が集まるなか、専務は「東京中の会社の中を覗くチャンス」と思った。


そう思ったら即実行。生まれ育ったこの街を出て東京の、この小さな警備会社に入り込んだ。


ここの社長は女性である。警察官でもないのに警察官みたいな格好は偽物みたいで嫌だと、うちの警備員はスーツ姿でSPみたいにしようと戦略を練った。門番だけでなく社長に同行して24時間守ります。これがウケた。


クライアントは「大金やら機密情報やらを」抱えるワンマン企業。社長の美貌でクライアントはホイホイ舞い込む。そこに送り込まれるのは若き専務だった。専務はいろんなクライアントに配属された。


「鉄子社長、駒犬工業の決算報告が社長室で聞こえたのですが」

それで?と社長が言うと

「来年の4月に上場します。買いです。」

「専務、駒犬工業は確か特許があったわね?」

「はい、確か自動車から飛行機にも使える燃料制御に関する部品だったと。」

「私は廊下やハイヤーの中で断片が聞こえるだけですが。」


鉄子社長が率いるテッペキ警備保障は、クライアントの社長を守る代わりに情報を頂く。警備料金は破格の安値である。


これは問題では?いやいやそれが違った。

鉄子社長が直球で提案する交換条件に、クライアントの社長は

「いいだろう、君がそれで這い上がれるなら。」

「君が投資したいと思われるように頑張るよ。」

というわけだった。


若き専務は働くうちに、この鉄子の目の付け所や勝負感に惹かれていた。

もしかしたら好きになっていたかも知れない。

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