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第5話 凪紗と居酒屋「さと」(前編)

「こんばんは、今から大丈夫ですか?」

「もちろんよ! こっち。座って」

手招きするママに、導かれるようにして店内に入る。


「今日も仕事?」

「はい、さっき終わったとこです」

「お疲れ様。……これ、今日のメニュー」


手書きで書かれた「おしながき」。


マカロニサラダ……

じゃがいもとチーズのカリカリ焼き……

たことポテトのガーリック炒め……


小料理屋のような雰囲気を漂わせる店構えとは、打って変わり……居酒屋メニューが所狭しと並ぶ。


(もっと小料理屋っぽくすれば良いのに……)


毎回同じ事を思いつつ……とりあえず、生ビールを注文する。


「あと……お漬物セット、お願いします」


居酒屋「さと」

店内は10畳ほどの広さしか無い。座席もカウンターの6席だけ。初めて来た時、あまりの狭さに驚いた。


ママの愛嬌に親しみを感じて、気分転換がてら、たまに来るようにしている。


「凪ちゃん、いつもより今日は遅かったんじゃない?」

着物の袖を優雅に押さえながら、ママがビールを出してくれた。


「あ、今日は3時からのお客様だったんですよ」

「あー……確か、男性の方って言ってたっけ?」

「そうです」


「……とりあえず、乾杯しましょうか」

「はい」


先ずはビールで乾杯をする。この「チンッ」という音が、私はたまらなく好き。


ぐぅーっとまずはビールを喉に流し込む。


「くぅー……!」

お仕事終わりの、この一杯が……たまらない。


「あっはっは! 相変わらず、凪ちゃん良い飲みっぷりねぇ!」


聡美ママ。

スラっとした美人ママだ。年齢はもうすぐ60歳になるらしい。


とっても不思議な美人さん。2年前まで、隣の市でエステサロンをやっていたらしい。でも、全くお客様に恵まれず……ひっそりと店を閉じた。


自分の事を棚卸した時に、「昔、飲食で働いていたから……」ということで、この居酒屋「さと」をオープンさせたとのことだった。小料理屋で働いていたこともあるらしい。


……ちなみに、この狭いお店。土地から買って、自分のお金で建てたみたい。


……一体、どんだけお金持ちなの。


「いやぁ~……やっぱり……お仕事終わりのビール、最高ですねー」

「そうね。夏はやっぱり……ビールよね。……はい。お漬物」

「あー、ありがとうございます!」


ダイコン

ニンジン

キュウリ

……ぬか漬けかな。


「あー、美味しそうですねー」

「ぬか漬けよ。家で漬けてるの」

「ママの家でですか? 頂きますっ!」


ママが出してくれるものは、全部美味しい。

「流石……小料理屋で働いてたことはあるな」と毎回思う。


でも


ママの所は、量が少ない割に……値段が高い。

その証拠なのか、味は抜群なのに、お店は閑古鳥が鳴いているのだ。


「ねえ」

「何ですか?」

「凪ちゃんてさ、結婚……しないの?」

「はいっ?」

ママは思った事をいつもストレートに聞いてくる。


「……まぁ、興味無いですね」

「勿体ないなぁ……美人さんなのに」

「そんな事、無いですよ」

私は愛想笑いを浮かべながら、お漬物のキュウリに箸を伸ばす。


「さっきの、男性のお客さんとか!」

「いやいや……」

「結構、カッコ良いんでしょ? 爽やかな感じって言ってたじゃない」

「……お客様ですから」


「私はあんまり、そういうの気にしないけどなぁー」

ママがビールを飲みながら言う。


「たぶん結婚しないですよ。私」

「だってさ、凪ちゃん今いくつ?」

「……今年の12月で32だったかなぁ」

「そろそろだと思うけどねー」

「……うーん」

「何? どうしたの?」

「実は私、バツイチなんですよ」

「え!」

ママが大声を出して、のけぞった。


「何! 凪ちゃん……結婚してたんだ!」

「……あっちにいた頃ですけどね」

「東京にいた頃かぁ」

「はい」


ビールが入ったグラス。少し汗をかいている。


「あんま続かなかったんだ」

「……そうですねー……2年くらいかな」

「そうだったんだね。……人生、色々ねぇ」

「その時も、割と嫌々だったんですけどね」

「そうなの……」

「自分で整体をやっている人だったんですけど」

「自分でお店やってるってこと?」

「そうです。……あ、この『のりたま餃子』、もらおうかなぁー……」

「のりたま餃子ね。飲み物は……まだ良いかな」


グラスに残ったビールをぐーっと飲み干す。

……ぬるい。


「……『れいざん』、もらおうかなぁ」

「れいざんね。ちょっと待ってね」


れいざん。

熊本の日本酒だ。

こっちに来るまで、私はれいざんの存在を知らなかった。


「凪ちゃんって、れいざん好きよね」

「だって美味しくないですか?」

「辛口が好きな人には……良いかもね」

「向こうで飲んだこと無かったですよ。私」

もう、この「れいざん」を知っただけでも……こっちに移住してきた価値が十分あると言っても良い。


「はい、どうぞ」

「わーい!」

ママが入れてくれる「れいざん」は、マスから溢れ出し……受け皿いっぱいいっぱいまで、並々と注がれた。


「じゃ、頂きます!」

私は顔をマスに顔を近づけて、ズズズズ……ッッと口に含んだ。


「いやぁー! やっぱ美味しいな! これ」


ママとの夜は、まだまだ続く――


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