第1話:花籠のなかの刺
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雨模様です!
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揺れる。不規則に、けれど容赦なく。
「おい、もっと慎重に担げ! 中におられるのは、ただの娘ではないのだぞ!」
牛車の外から、甲高い男の声が飛ぶ。都の役人が発するその声には、苛立ちと焦りが混じっていた。
絹の帳に囲まれた狭い籠の中で、私——文は、膝の上でぎゅっと拳を握りしめていた。
纏わされているのは、農村では見たこともないような上質な着物だ。けれど、その重苦しい布地は、私にとって窮屈な鎖でしかなかった。
(……なんで、こうなっちゃったんだろう)
小さく息を吐き出し、籠の隙間からそっと外を覗き見る。
視界に飛び込んできたのは、高くそびえ立つ朱塗りの門と、どこまでも続く白い砂利道。平安の世に酷似したこの世界の中心——後宮の入口だった。
私が目指していたのは、こんな煌びやかでドロドロした場所じゃない。
前世の過労死なんて忘れて、ただただ田舎で平和に、のんびりとスローライフを送ることだったのに。
思い返せば、すべての狂いはほんの数ヶ月前、あの泥にまみれた村で起きた『第一の災難』から始まっていたのだった。
◆
「おい、文! いつまでそんな雑草を捏ねているんだ。手伝わないと昼飯は抜きだぞ!」
怒号とともに飛んできた土塊を、私はひらりと身をかわして避けた。
泥のついた裾を軽く払い、ふうと息を吐き出す。
「お父ちゃん、これは雑草じゃないよ。オオバコの葉。こうして潰して汁を傷口につければ、膿むのを防げるんだから」
「あぁ? また妙なことを言い出しやがって。農民の娘が知ったような口をきくんじゃない!」
父親は呆れたように鼻を鳴らし、再び壊れかけの鍬を荒っぽく振るい始めた。
(……まあ、信じられないのも無理はないか)
私は前世の記憶を持っている。
白衣を着て過酷な医療現場を駆け回っていた「看護師」としての記憶だ。激務の末に倒れ、次に目を覚ました時には、貧しい農村の娘として生まれ変わっていた。
現場で叩き込まれた医療知識はもちろん、実家の環境やそこで身につけた生薬の知識もある。けれど、自分がなぜこれほどの知識を持っているのか……その生い立ちや手の内を、わざわざ人に明かす必要はない。無駄に目立って怪しまれるのもごめんだ。
(今度こそ絶対に、無理せずのんびり生きるんだから)
そう心に決めていたのに、私の平穏を脅かすトラブルは、向こうから勝手にやってきた。
『隣村から疫病が流れてきたぞ!』
村中がパニックに陥り、「神の祟りだ」と意味のない祈りを捧げ始めたとき、私は一目でそれが汚染水と衛生環境の悪さによる「感染症」だと理解した。
「飲み水は必ず沸騰させて! 外から帰ったらきれいな水と灰汁で手を洗って! 病人は隔離して!」
必死の叫びも、村人たちには冷笑で返された。
「農民の小娘が」「薪の無駄遣いだ」と嘲笑う大人たちに、私は冷ややかに言い放った。
「信じないなら結構。でも、私は私の家族を絶対に死なせない」
自宅の井戸水を煮沸消毒し、家族に徹底的な衛生管理を叩き込んだ。さらに山で薬効のある草を集め、丁寧に煎じて飲ませ続けた。
十日後。
村の半分以上の人間が激しい下痢と高熱で倒れ込む中、我が家だけはただの一人も病に倒れず、ピンピンしていた。
「助けてくれ、文……!」
泥に顔を伏せ、掌を返して縋り付いてきた男たちに、私は白湯と薬湯を差し出した。
「助けるわよ。——ただし、これからは私の言う通りにしてもらうわ」
院内感染対策のノウハウをフル活用し、私は瞬く間に村の疫病を鎮圧してみせた。
(よし、これで家族も無事だし、今度こそ静かなスローライフに戻れるはず……!)
安堵の息を吐いた私だったが、それは破滅へのカウントダウンに過ぎなかったのだ。
◆
牛車がゆっくりと門を潜り抜け、後宮の広い庭園へと進んでいく。
籠の隙間から見える豪華絢爛な宮殿の景色を見つめながら、私は遠い目になった。
(疫病を解決しただけで終わっていれば、まだ良かったのに……)
私の「平和な田舎暮らし」を完全に止め刺した『第二の災難』——それは、その直後に訪れた恐ろしい冷害だった。
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