27 たくさん話をしよう
最終話です。
最後までお読みいただきありがとうございます。
「――と君、恵人君」
……ん?
「りつ――え?」
目を開けると祖母がいた。
ついさっき別れた律子さんじゃなくて、令和で、東京で会った祖母だ。
すっかり歳をとった白髪まじりの頭。
……え?!
元の世界に戻ったの?!
いつ?! どうやって?!
「随分と疲れていたみたいね。こんなところでうたた寝しちゃって」
えっと? ここはどこ?
……ん? 目の前の景色は、さっきと似ている気がするけど。
ということは、祖父が運ばれた病院の待ち合い……?
あれ? あゆちゃんは――。
そっか。今が令和なら、もうあのあゆちゃんはいないのか。
「お母さんが目を覚ましたよ」
「え?」
「早く顔を見せてあげて」
「うん」
◇◇◇ ◇◇◇
四人部屋の病室も、これまた既視感があったけれど、病室なんてこんなものだよな。
「お母さん――」
長いこと会っていなかった気がする。
母はすっかりやつれていて、いつもの気力が感じられない。
どうしよう。なんだか泣きたくなってきた。
「恵人。心配かけたね。ごめん」
「……全然」
今、僕はどんな顔をしているんだろう。
表情を作ろうとして、どんな顔が正解なのか分からず、うまく作れないまましゃべっちゃってる。
リュックを椅子に置こうとして、中に固い物が入っていることに気がついた。
開けて見ると、写真立てが入っていた。
……あ。
引っ越しの時、祖母が「持っていて」と渡してくれたやつだ。
僕が写真立てを取り出すと、母が、「あっ」と顔をほころばせた。
「それ、倉敷で撮ったんだよ。恵人は小さかったから覚えてないかもしれないけれど」
「へぇ」
……ん?
これ――この木って、あゆちゃんと律子さんの写真の木と似ていない?
「もしかして山の上にある桜の木?」
「そうよ。あら? 覚えてたの? ここの近くにある鶴形山の山頂にある桜の木でね、私も子どもの頃、母と一緒に記念写真を撮った場所なの」
「そうだったんだ」
あの桜の木だ。
「ちょっと開けてもいい?」
「ん?」
どうしても確かめたかった。
あゆちゃんと律子さんと過ごした時間が、夢じゃなくて実際にあったことだと。
写真立てを開けると、前回同様に古い回数券が出てきた。
「うわぁ。それ――忘れてた。そういえばそこに入れてたんだった……」
「お母さん、これ――」
そう言いかけてハッと気づいた。
あの時、新幹線の中で見た回数券は印刷が消えかかっていて、区間も印字されていなかったはずなのに。
手元にある回数券には、岡山と尾道の文字がくっきり印字されている。
「それね。子どもの頃に一枚だけ使って、残りは記念にとっておいたの」
母が自分で使った?
一人で尾道に行ったの?
お父さんとは話をしたの?
待て待て!
じゃあ僕が使った回数券はこれじゃないの?
今僕は――十歳のあゆちゃんと一緒に過ごした時間の延長線上にはいないってこと?
小四の夏休みを、僕と一緒に過ごした記憶のあるあゆちゃんは、どこか別の世界線にいるのかな。
この世界であの夏の出来事がないのなら、母と祖母の関係性は、母が倒れる前と変わっていないのかな。
――でも。
あゆちゃんが変わったように、僕だって少しは変わったんだ。
「お母さん、あのね」
母が寡黙だからと言い訳しないで自分から話しかけるんだ。
あの十歳の少女がどんな風に大人になって、誰と出会って僕を産んだのか、たくさん聞きたい。たくさん話したい。
「あゆみ。恵人君」
祖母が買い物袋を持って病室に入って来た。
「天領祭りで屋台がたくさん出ていたから、たこ焼きを買ってきたんだけど、飲み物を忘れちゃって。コンビニに寄ってとりあえずコーヒーとかお茶を買ってきたから好きなのを飲んで」
……‼︎
あゆちゃんの好きなたこ焼き。
そういえば、お母さんはいつも僕の好きな焼きそばを買ってくれて、たこ焼きは買わなかったよね。
「懐かしいな。屋台のたこ焼き。恵人は焼きそば派だもんね」
「まあね。でも、たこ焼きも好きだよ?」
「え? ほんとに?」
うん。好きになったんだ。
母が爪楊枝二本で器用にたこ焼きを挟む仕草は見覚えがある。
僕も真似をしてたこ焼きを口に運んだ。
あの夜の焼き立てと違って冷めているけれど、懐かしさがスパイスになって、涙が出そうなほど美味しく感じる。
今なら勇気を出して言える気がする。
「お母さん。お母さんに謝らないといけないことがあるんだ」
「え? 急に何?」
「僕――クラスのみんなに、うちがシングルマザーって言われるのが嫌で、ずっとお母さんに腹を立てていたんだ。何も恥ずかしいことなんてないのに、勝手に卑屈になって。みんなだって、別に深い意味なんてなく言っていただけなのに、僕が過剰に反応して、勝手に傷ついて、ほんと、馬鹿みたいなんだけど――」
母の顔がみるみる変わっていく。
側にいた祖母までもが同じように辛そうな顔をしている。
悲しませたくないのに。
僕は相変わらず話が下手だなぁ。
「恵人。私こそ、ちゃんと話さなきゃいけないって思っていたのに、言い出せずにいたのよ。お父さんのこと知りたいよね」
母はチラッと祖母を見て視線を落とした。
「お祖母ちゃんもね、女で一つで私を育ててくれたの。私もシングルマザーって言われてたんだ。私もお母さんのこと恨んでた。シングルマザーだからじゃなくて、大好きなお父さんと離婚したから」
気まずくなったのか、祖母も目を伏せてしまった。
そんな祖母に、母がすまなさそうに声をかけた。
「お母さん。私も謝るわ。本当にごめんなさい。どうしようもないことなのにね。ただの八つ当たりで長い間意地を張って。私のお父さん――恵人のお爺さんはね、東京の出身だったの。私はお父さんの真似をしてずっと標準語を使っていたから、まあ田舎じゃ浮くよね。結構いじめられていたから、早く田舎を出て東京に行きたかったの。ずっと東京に行くことしか考えていなかったんだ。東京で結婚して幸せな家庭を築くって決めていたの。それが気づけば、あんなに嫌っていたシングルマザーになっちゃって……。恵人には父親のいない子ども時代を過ごさせちゃって申し訳ないと思っているけれど、でもね。一人じゃなくて、子どもと一緒って、それだけで本当に幸せだったの。だからお母さんの気持ちも分かったのに、あまりに時間が経ち過ぎていて、なかなか言い出せなくなって――。胸の奥の方にガチガチに凝り固まったモノができちゃって、自分でも壊せなくなっていたのよ」
聞きながら祖母が目に涙を溜めている。
急に僕たちに背中を向けたのは、涙を流す姿を見られたくなかったからかな。
「時間が経って固まるなんて、それってなんだか化石みたいだね」
「はは。本当にそうね。まさか恵人が発掘してくれるとは思わなかったわ」
「そうだ、お母さん。せっかく倉敷に引っ越したんだし、歩けるようになって外出許可が出たら、大原美術館に行こうよ」
「え? うん。そうね。久しぶりに行きたいわ」
「僕、ちょっとだけ調べたんだよ。『なまこ壁』って知ってる?」
「なまこ壁?」
母も知らなかったのか。
「あのね、白い壁の外壁に――」
……お母さん。
たくさん、たくさん、話したいことがあるんだ。
今までの分だけじゃなくて、これからも。
お母さんもあるよね。
お母さんと僕。お母さんとお婆さん。疎遠にしていた期間は長かったかもしれないけれど、空白はすぐに埋められるはず。
だから三人で出かけよう。
天領夏祭りに行こう。お祭りだけじゃなく、阿智神社で願掛け組紐を結んで写真を撮ろう。
僕とお母さんが、子どもの頃にやりたかったことを全部やるんだ――三人で。
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