16 夏祭り③
「別にあんなこと言わなくてよかったのに」
「あはは。だよねぇ」
……は! どうしよう。
二学期が始まったら、また三人から詰め寄られるんじゃ……?
「今は? 四年生になってクラスはどうなったの?」
「今はまた別」
「そっか。じゃああんまり会うことはないね」
「うん」
そこで会話が途切れたので、僕はフランクフルトを食べ切って、棒をゴミ箱に捨ててラムネをぐびぐび飲んだ。
あれ? 大きなゴミ箱があちこちにある。東京じゃお祭りでもゴミ箱は置いてないのに。
めちゃくちゃ助かるな。
……あ!
たこ焼きの屋台発見!
「あゆちゃん。たこ焼きがあるよ。買う?」
「うん」
三人ほど並んでいるけれど、作り置きがたくさんあるから待たなくてよさそう。
数分で順番が回ってきた。
「一つください」
「あいよっ。五百円ね」
「はい」
「マヨネーズかける?」
「はい。お願いしま、あ、かけていいよね?」
「うん」
あゆちゃんが返事するより前にもうマヨネーズはかかっていた。
OKでよかった。
「八個入りで五百円て、安いね」
「……?」
そうだよね。相場なんて分かんないよね。ごめん。ごめん。
爪楊枝が四本も刺さっていた。シェア用か。
二人づれとか関係なくマニュアルでそうなってんのかな?
先にあゆちゃんに渡すと、あゆちゃんが親指と人差し指を器用に使って、二本の爪楊枝でたこ焼きを食べ始めた。
なるほど!
二本でつまめば落ちにくいね。
半分に割って食べたあゆちゃんがトレイを差し出したので、僕も同じようにして食べた。
ものの十分もしないうちに二人で食べ切ってしまった。
まだまだ食べられそう。
「あゆちゃん。まだいけるよね? 食べたい物あったら言ってね」
「うん」
お! あゆちゃんもようやくエンジンかかってきた感じかな。
「ああいうイカ焼き系は?」
「いらない」
「だよね。じゃあ、かき氷は? もっと食べてからにする」
「……うん」
あれ? かき氷って、全女子が好きなのかと思ったのに。違ったみたいだな。
「焼きそばもあるね」
「唐揚げ」
「唐揚げ? あ、あそこか。すぐそこにベンチもあるね。座って食べようか」
「うん」
唐揚げを買ってベンチに座ると、なんだかここで落ち着きたい気分になってしまった。
「せっかくだし、焼きそばとかもうちょっとだけ買ってくるよ。ここで待っててくれる?」
「うん」
◇◇◇ ◇◇◇
結局、あゆちゃんが食べられなかった場合に自分で処理できる量に抑えて、焼きそばとお好み焼きとチョコバナナを二つ買ってきた。
「お待たせ。無理して食べなくてもいいからね。最悪、僕一人で全部食べるから。あ、そうそう。定番の射的や金魚すくいもあったよ。ヨーヨーを引っ掛けるやつとかも。これ食べたら行ってみようよ」
「……? ……うん」
あはは。あんまり興味ないんだね。
確かに女の子向きじゃないよね。
ヨーヨーは僕が好きだったんだ。
小さい頃は、ヨーヨーを見つけたら母にせがんで必ずやらせてもらった。
なんで水の入った風船をヨーヨーと言うのかは分からないけれど、あのブニョブニョした感覚が好きで、上手に引っ掛けてヨーヨーが取れた時は、歩きながら手の上でバウンドさせていたっけ……。
「このお祭りってさ、毎年お母さんと一緒に来るの?」
「……うん」
あれ? なんで返事をする前に一瞬、驚いた顔で僕を見た?
「お母さんの話はしたくない?」
「別に」
もう僕の方は見ていない。
「――あのさ。あゆちゃんて、僕と似ているんだよね。うちもシングルマザーだし、兄弟もいない一人っ子だし」
「……」
「別に兄弟を欲しいと思ったことはないんだ。兄弟がいたらどんな風に接していいか分かんないし。あ、でも――生まれた時からいたら自然にどうにかなるのかもしれないか。まあ、よく分かんないや。東京は人が多いから、本当に色んな人がいるんだ。そもそも田舎ほど人付き合いが密じゃないっていうか、他人にはあんまり干渉しないのが暗黙のルールっていうか――」
なんでこんなこと話してんだろ……?
相手は僕を産んで育てる母親なのに。
それにパーソナルスペースに踏み込まないのは、土地柄というよりは時代的なものだと思うし。
「あゆちゃんは――別にお母さんのこと、嫌ってる訳じゃないよね?」
「……!」
ブンって音がしそうなくらい、あゆちゃんがすごい勢いで顔をこっちに向けたから焦った。
僕だって母とは話なんかほとんどしないけど、それって母を嫌っているのとは違う。
「親に腹が立つ気持ちも分かるんだ。どうしてよそとうちは違うんだろうって、小さい頃はよく思ったよ。普通が羨ましくって――どうしてうちは普通じゃないんだろうって――」
あぁぁ。
僕は何が言いたいんだ? 何でこんな話を始めたんだ?
あゆちゃんにどう思ってほしいんだ?
「それでもだんだん分かってきたんだ。中学、高校と進んでいくと嫌でも大勢に出会うし、たくさん人の話を聞くからさ。子どもの頃に普通と思っていたのは理想だったんだって気がついたよ。両親が揃っていて家族みんな仲が良くて、父親はそれなりの会社に勤めていて、お金にも困っていなくて――なんて、そんな完璧な家族って逆に珍しいんじゃないかって」
子ども相手にする話じゃないよ。
「親が暴力を振るっていたり、ネグレスト――家事をしてくれないから自分で掃除や洗濯をしたりとかさ、介護をしなきゃいけない家だってあるんだ。片親だったけど、うちって十分普通だったんだなぁって思ったよ」
……ほんと、そうだよ。分かってたのに。
どうしてずっと怒りを抱えているような態度で母に接していたんだろう?
「……」
十歳の子を困らせてどうするんだ!
しかもせっかくのお祭りなのに!
あぁほんと馬鹿だなぁ。
「ご、ごめんね。急に変な話しちゃって。あ、食べたんなら金魚すくいしてみようよ!」
あゆちゃんは何も言わずに僕について来てくれたけど。
さっき……泣き出すかと思った……。
ほんと、ごめん。
結局、その後も僕一人が馬鹿みたいにはしゃいで、あゆちゃんが口を開くことはなかった。
家に戻って律子さんに、「楽しかった?」と聞かれても、僕だけが饒舌に屋台が立ち並ぶ風景を話しただけで、あゆちゃんはさっさと部屋に戻ってしまった。
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