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話し下手な僕たち  作者: もーりんもも


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11 あゆちゃんの同級生

「あゆちゃん。プールとかは行かないの?」

「行かない」


 相変わらずの僕たちの会話パターンだ。


「宿題は? 夏休みの宿題ってたくさんあるんじゃない?」

「まだいい」


 へぇ。意外。

 母ならさっさと片付けてしまって、それから心置きなく遊ぶタイプだと思っていた。

 まあ小学生だもんね。


「じゃあさ。美観地区を案内してよ。僕、初めてだから」

「……」


 ……う。表情で返事をするのはマジで勘弁してほしい。

 そういうの読み取れるくらいなら他人との会話に苦労しないんだけど。


「行っても何もないよ」


 お! 行ってくれるんだ。


「まあ観光地なんてそんなものかもしれないね。でも、実際に行ったっていうのが大事なんだ。それだけで満足できるから」

「……」

「今から行ける?」

 

 えっと。じっと見てくるだけで何も言ってくれないけれど、行けるってことだよね?



   ◇◇◇   ◇◇◇



 玄関を出た時、あの時見た祖父が、同じように立ってこちらを見ているような気がした。

 外に出た瞬間に固まってしまった僕を、あゆちゃんは(いぶか)しがるような目で見ながらも、何も言わずに歩き始めた。

 道案内も兼ねて先導してくれるらしい。正直助かる。





 連れ立って歩いているのにずっと無言というのはどうなのかな。

 普通じゃないよね。

 普通は年上の僕が、もっと話題を振って楽しませるべきだよなぁ。

 ――まあ無理だけどね。

 できもしない理想を思い浮かべて、即座にできないと自己完結してしまった。

 情けない現実にため息をつきたくなる。


 僕が僕自身に傷つけられてへこんでいることを、勘のいいあゆちゃんはそれとなく察しているように思う。

 それでも何も言わない。

 そういうことに頓着しない小四はすごいと思う。

 ――なんか、母らしいな。





 結局二人とも黙ったまま美観地区まで歩いたけれど、ちっとも苦じゃなかった。

 あゆちゃんがそれでいいならいいんだと、思い切ることができたから。


 美観地区にやって来て少し意外だったのは、人混みでごった返していないことだ。

 観光地と思えないくらい歩いている人がまばらだ。

 それに東京と比べて音が少ない。

 全体的にのんびりしていて、穏やかな時間が心地よく流れている。



 不意にあゆちゃんが僕を見上げた。

 目の前に白壁の建物が見えたので、さすがに「到着した」の合図だと分かった。

 瓦屋根の日本家屋が立ち並ぶ風景は確かに美しいけれど、あゆちゃんが忠告してくれたとおり、それだけとも言える。

 まあ僕たちに情緒がないだけで、おしゃれ女子とかは好きそうだ。

 なんとなくだけど、川越に似ているかも?

 いや。川越は全体的に黒っぽかったから、白っぽい倉敷の方が洒落てる感が強いか。



 通りを入ると川縁に出た。

 よく写真で見るところだ。

 阿智神社からも見えた。

 柳の緑が涼しげでいいな。

 写真を撮りたいけど、さすがに人目があるところでスマホは取り出せない。ま、見るだけいいか。


「このまま少し歩いてもいい?」

「え?」


 ……え? 普通は歩くでしょ。

 サッと見渡しておしまいなんて聞いたことがないよ。


「観光しに来たんだからね。ちょっとでいいんだ」

「……」


 その顔はいいってことだよね?

 まあね。観光しに来たのは僕だけだけどね。




 他の環境客たちはカメラで写真を撮っている。

 昔のデジカメがエモいとかじゃなくって、スマホを持っていないからだ。

 大きなカメラの人もいるけれど、割と小型のカメラもあるんだな。

 あゆちゃんの――あゆちゃんが小さかった頃の、それこそ生まれたばかりとか、とにかく律子さんが離婚する前の写真とかもあるはずだよね。

 お父さんが恋しいならしょっちゅう昔の写真を見ているんじゃないかと思うけど、一度もそんな光景は見ていない。

 どうしてだろう?

 きっとこの美観地区にも親子三人で来たことあるよね?



「この辺に住んでいる人たちもさ、たまにはここに来るのかな?」


 またしてもあゆちゃんは僕を見上げるだけで答えてくれない。


「いつでも行けると思ったら、やっぱり来ない感じ? あゆちゃんが最後に来たのはいつ?」


 あれ? なんだろう。

 なぜだか、とにかくあゆちゃんをしゃべらせるぞモードに入っているみたいだ。


「ずっと前」

「ずっと前?」


 僕のおうむ返しにムッとしたのか、急に走り出してしまった。


「あ、待って。あゆちゃん!」


 足、速っ!

 ここで(はぐ)れる訳にはいかない。

 家までの帰り道があやふやなんだよ。



  

 必死に追いかけていたら、あゆちゃんがピタリと立ち止まった。


「あゆちゃん。ハァハァ。足――速いんだね」


 ん? どうした?


「あー! あゆみちゃんだー」


 おっと。

 正面からあゆちゃんと同じ年頃の少女が大きく手を振っている。

 あゆちゃんはというと、手を振り返すでもなく仏頂面をしている。


「もしかしてお友だち?」

「……」

 

 駆け寄って来た少女に、「あの、お兄さんですか?」と尋ねられた。

 ……しまった。

 何気にピンチかもしれない。

 とうとうあゆちゃんの知り合いに目撃されてしまった。


「親戚の人」


 おぉぉ! あゆちゃんが対応してくれている!


「あ、そうなん? あゆみちゃん、お兄さんおらんかったもんなぁ。びっくりしたわぁ」


 あれ? あれれ?

 今、この少女から、一軍の女子特有のあの嫌な匂いがした。

 少女は、「ふーん」と言いながら、興味深そうに僕を見ている。

 その目は、僕個人に対してではなく、あゆちゃんと僕との関係性についてもっと知りたいと言っている。


「お兄さんも倉敷に住んでるんですか?」

「ん? あ、いや、僕は東京だよ」

「あ。ほんまじゃあ! 標準語じゃが。そっかぁ」


「そっか?」って何? この子は何に納得したんだ?

 あゆちゃんの両親が離婚したことや、あゆちゃんが標準語を話す理由をクラスのみんなは知っているのかな?


「ええと。二人は学校の友達なのかな?」

「うん」

「……」


 ……あゆちゃん。

 肯定しないってことは、学校は同じだけど友達じゃない、いや、友達とは思っていないってこと?

 ふぅ。

 会いたくない子と会っちゃったのかな。

 どうしたものかと思っていたら、遠くの方から、「ゆうかぁー」と呼ぶ声が聞こえた。

 

「あ、お母さんが呼んどるから行くわぁ。ほんならなぁ」


 そう言い残して少女は母親の元へ走って行った。




 その背中を見ながら、少女が十分離れたところで聞いてみた。


「あの子とは特に仲がいい訳じゃないんだね?」

「……」

「おんなじクラス?」

「うん」

「もしかして、しょっちゅう絡まれてる?」

「絡まれる?」

「ええと。あゆちゃんが話したくないと思っているのを知っているのに、それを知らないフリしてうざったい話題を振ってきたり――とか」


 あゆちゃんが、「え? どうして分かるの?」とでもいいたげに目を見開いて僕を見た。


「難しいよね。無視したらしたで、クラスの立ち位置が微妙になるしね」

「うん」


 僕はその解決策を知らない。

 ただやり過ごして時が過ぎるのを待っていただけの僕は。


「喉乾いたね。ジュースでも飲もう」


 スタバでもあればと思って通り沿いに緑の看板を探したけど、なかった。

 ……スタバっていつできたんだ?

 あれ? 観光地なのにカフェらしきものが見つからない。 


「あのさ。大人たちがコーヒーとかを飲もうと思ったらどこに行くか知ってる?」


 無言以外の返事を求む!

 そう願っていたら、あゆちゃんがちょっとだけ考えてから、「あそこが有名だって聞いたことがある」と指差して教えてくれた。


「どこ?」

「あの緑の」

「……ん?」


 店の近くまで来て、ようやく全貌が見えた。

 店を隠すように壁一面を蔦が覆っている。

 入り口の白いドアの上の(ひさし)が半円形に出っ張っていて、多分フランス語で店の名前が書いてある。


『EL GRECO』


 うん。読めない。

 ――と思ったら、ドアの横にちょこんと『エル・グレコ』と書いた小さな看板があった。


「へえ。エルグレコか。有名なんだ……」

「多分」


 ただ、ちょっと。

 オシャレ過ぎて入りづらい。

 どうしよう。コーヒー一杯二千円とかしたら……。

 そうだよ! 今は電子決済もスイカも使えないんだった。

 百円以下の小銭をじゃらじゃらかき集めて足りなかったら?


「コンビニに行こうか」

「うん」


 僕の心の中の葛藤が全部顔に出ていたらしい。あゆちゃんは何も言わず賛同してくれた。


「じゃあ、お昼ご飯を買って帰ろう」


 ほんと、お洒落なカフェで奢ってあげられなくてごめん。

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