お互い様
ユリアの婚約者、ライアンの視点です。
ユリアの部屋からの帰り道。
ゆっくり歩きながら先ほどユリアと話したことを思い出す。
少なくとも婚約破棄をしたがっている様子はなかった。
つい先ほどまではユリアとウィリアムは互いに相思相愛で、自分は婚約者ではあるがユリアの幸せのために身を引くべきだと思っていた。
しかし、今はそうは思わない。
ユリアの実家の治療院と研究所で学生ながら仕事をさせてもらっている俺は学園にいるとき以外のほとんどの時間をユリアと一緒に過ごしている。
思い返してみるとユリアの口からウィリアムの名が出るようになったのは、つい数週間前からだ。
そんな短期間でそこまで親密な仲になれるとも思わないし、第一ユリアとウィリアムは学年も異なりほとんど接点がない。
事実ユリアから聞いたウィリアムの話は恋をしていると感じるには疑問がある。
例えば、
「今日ウィリアム王太子殿下をお見かけしたのだけれど、顔色も悪いし目の下にクマもあるしでとても体調がいいようには見えなかったの。勤勉なのはいいことだけれど倒れでもしたらどうするのかしら。」
や、
「この前のパーティーでウィリアム王太子殿下とどういう関係かってご令嬢たちに聞かれたのだけど、どういうつもりなのかしら。私にはライアンという婚約者がいるし自分から殿下に話しかけたこともないのに。」
と薬師らしく体調を心配したり、不貞を疑われたことに憤慨していた記憶しかない。
こんな話を聞いて二人は相思相愛だと感じるほうがおかしい。
つまり、何かしらの方法で思考を操作されているのだろうと思い当たるまで時間はかからなかった。
ユリアもきっとそれに気づいているのだろう。
そのうえで俺に何も言ってこないのは迷惑をかけられないだとかそんなことを考えているに違いない。
どこまでもお人好しで、強がりな彼女らしい。
そうこうしていると研究所まで戻ってきていた。
扉を開けると近くの椅子に座って作業していたクリスと目が合った。
「言い過ぎだとか、謝れとかは聞き入れないぞ。俺は間違ったことを言ったつもりはないからな。」
ふいっと目線を逸らすと、ふてくされたようにクリスは言った。
「わかってる。心配かけてすまないな。」
クリスなりに俺を心配してくれているのはわかっているし、彼はかなりの頑固者だ。
ここで俺がユリアを庇うような言動をすれば、さらに意固地になってユリアに嚙みついてしまうかもしれない。
いくら優秀な研究員とはいえ、平民という身分で雇い主のご令嬢に反抗的な態度をとり続ければ最悪解雇もあり得る。ここはクリスの神経を逆なでるような発言は控えようと頷くと、クリスは安心したのか今度は俺の顔を見てつづけた。
「いや、心配かけたとかは気にしなくていいけどさ。実際、お前とお嬢様はお似合いだと思ってたから俺自身ショックなだけだし。言いたいことはまだあるけど、お前はいい男なんだから自信持てよ。逃した獲物の大きさを後悔させてやればいいさ。」
クリスの言葉を聞いて俺は曖昧に笑った。
いい男云々については自信はない。
しかしユリアと出会ってから、自信がないことはユリアに失礼だと感じ始めた。
『魔法は兵器にもなれば、薬にもなる。ライアンは薬ね。どちらもそれぞれ必要な時があるのだから無理に兵器になる必要はないわ。』
攻撃魔法が苦手な俺が陰で馬鹿にされていた時。ユリアがそう言ってくれたから俺は薬でいいと思った。でもユリアを守るためなら兵器にでもなると決めた。
『たくさんの方に好かれるような言葉が言えなくても、私一人にあなたの優しさが伝わればいいじゃありませんか』
口下手ゆえに怒っていると勘違いされご令嬢を泣かせてしまった時。少し照れたようなユリアが愛おしいと思った。
欠点だらけの俺だが、ユリアはそんな俺でもいいと言ってくれる。
しかしそれは俺が許せない。
愛しい彼女の隣にいるために、彼女にふさわしい男は自分だと胸を張って言えるように努力しようと思ったんだ。
俺は彼女のために生きている。
王子だろうが、絶対に奪い返してやる。
そう決意し、自分の席に戻る。
ぞくりとしたものを感じたのか、クリスがぶるっと震えていたが笑顔を浮かべているライアンを見て気のせいかと作業に戻った。




