第五話 届かぬ想い
次の日も、僕らは森へ来ていた。
ラテはまた来たのか、と言いたげな顔をしている。
ただ、今日はあのグリフォンの姿が見えない。
ガラン、ゴロゴロ……バシャーン
どこに行ったのかと思っていると、下の方から何かが転がるような音が反響してきた。
まさか、と思いラテから降りて谷底を覗き込むと、あのグリフォンがいた。ただ、遠すぎて何ををしているのか分からない。
そのまま目を凝らして見ていると、また同じような音が響いてきた。水しぶきも小さく見える。
僕は息を呑んだ。どうやら、積み重なって川を塞いでいる岩を一つ一つ落としているようだ。一体何のために。
ヒュウウウ……
そのとき、また谷の中を風が通り抜けた。
しかしグリフォンによって岩が落とされ、風の通り道が広くなってきているせいか、音が小さくなっている。
そのとき、下にいたグリフォンが動きを止めた。どうやら上にいる僕たちに気づいたようだ。
グリフォンは飛ぶことなく足の爪、ときには曲がった嘴を使って崖を器用に登り始めた。
僕は慌ててラテのもとへ戻る。あのグリフォンの前でラテから離れていると危ない。
やがて崖を登りきったグリフォンはラテを見て、ラテの近くにいる僕を見た。
ラテを見る目には期待や喜び、興奮といったものが感じ取れたが、僕に対しては明らかに邪魔者を見る目だ。
けれど威嚇もしてこない。
僕を威嚇すればラテが怒る、と最初の一回で学習したのかもしれない。
グリフォンは知能の高い生き物であると言われているが、僕もそれを強く実感していた。
その後グリフォンは、近くの木に引っ掛けていたのであろう、大きな鹿を引きずってきた。前のイタチよりよっぽど大きな獲物だ。
季節的に角は生えていないが、大きさからして大人の牡鹿だと思われる。
大型肉食獣のグリフォンにとってはかなりのご馳走のはずだが、ラテのために食べずにとっていたのだろうか。
獲物が重くて投げられないらしく、地面に置いてラテに向かって鳴く。
ラテはやはり興味を示さない。危害を加えてこない可能性が高いと判断したか、唸りはしない。
しかし、断固拒否といった姿勢は変わらない。
グリフォンは諦めない。ずっと鳴き続けている。
獲物を嘴で押したり、翼をばたつかせたりもしている。
ラテは変わらず知らんぷり。後ろ脚で器用に頭の後ろを掻いている。
これでは気を引けないと判断したか、グリフォンはまた一声鳴いて、崖に寄った。
僕が気になって遠巻きに様子を伺うと、グリフォンが立っている地点の近くの崖に、大きめの窪みがあった。
そういえば、野生のグリフォンは山や崖の斜面や窪みに巣を作って子育てをするらしいと読んだことがある。子育てに適した場所を示して気を引こうとしているのかもしれない。
しかし、やはりラテは反応しない。見てもいない。
ここまで無視を貫かれているのを見ていると、流石にあのグリフォンが可哀想になってきた。
グウ……ウゥ……
とうとうグリフォンは弱々しい鳴き声をあげて、その場に座り込んでしまった。ちらちらと横目でラテの様子を伺っている。
本当に可哀想。僕が申し訳なくなってきた。
かといって、僕はラテに野生に帰ってほしいわけではない。板挟みである。
ラテは毛づくろいを終えると、まるであのグリフォンへ見せつけるように僕にすり寄ってきた。
クルルと甘え鳴きをしながら、僕の肩や腕に頭を押し付けてなでなでを要求する。
グリフォンが頭を上げてこちらを見た。目は少し見開かれている。まるで信じられないものを見るような目だ。
同族の、しかも大人である個体が自分よりちっぽけな存在に甘えているのだ。理解できないのも当然だろう。
ラテはひとしきり甘えて満足したのか、帰ろうとでも言うように来た方向を示しながら一声鳴いた。
グリフォンは変わらず、その場に座り込んだままだ。
悩みながらも、僕はラテの背に乗った。
ピイイイィィィ……!
少し離れた頃、後ろから悲痛な叫び声が聞こえた。
「調査員様!」
里へ戻ると、長老の息子が慌てた様子で走ってきた。
「先程、あの唸り声とは違う高い音が聞こえたのですが、大丈夫でしたか?」
彼はグリフォンの最後の鳴き声のことを言っているのだろう。
彼に今日の出来事を告げ、この調子なら川の流れもじきに回復するだろうし、雲や雨の方に関しても同様だと伝えた。
長老の息子は驚いたりほっとしたりと忙しい。けれど、天候が回復するかもしれない、と聞いたらとても喜んでいた。
しかしなぜあのグリフォンは岩を、と二人で首を捻っていると、長老の息子がぽつりと言った。
「……もしかしたら、ラテさんのためかもしれませんね」
彼は一息おいて言った。
「近くに巣と思われる場所があったのですよね。でしたら、その近くで大きな音が鳴るのは気になりますし、目立つでしょう」
確かに、と僕は思った。初めて会ったとき、あのグリフォンは音に反応が薄く、慣れている様子だった。しかし、巣があるとなれば話は別かもしれない。
それにあのとき、唸っていたラテが音に反応を見せた。その様子を見て、音が鳴らなくなれば、ラテの不安要素を一つ取り除けるかもしれない……とまで考えたかは不明だ。
そうだとしたら、音が鳴っている原因はあの岩だと自分で突き止めて行動に移したことになる。やはりグリフォンの知能は恐ろしい。
それから数日間、僕とラテは森に入り、あのグリフォンと対峙した。
グリフォンは相変わらず川を塞いでいる岩を落としたり、獲物をラテに渡そうとしたりしていた。
獲物の大きさを変えても駄目なら頭数だ、となったのか一度に鹿一頭、猪型の魔物を二頭持ってきたときはたまげた。
天に向かって高らかに鳴き声をあげたこともあれば、大きく羽ばたいて、すぐ近くの枝が折れるほどの風を起こしたこともある。自身の健康さと強さを伝えるためだろうか。
手を変え品を変え、彼は来る日も来る日もラテに向かってアピールを続けた。
しかし、何をしてもラテは基本無反応だ。
グリフォンの起こした風がかかったときなどには、ちらりとそちらを見ることもあった。グリフォンは期待した顔つきになるが、すぐに目を逸らすラテを見て勢いを失う。
なぜこうなるのに会いに行っているのかというと、ラテが見えないとそれはそれで問題が起こるからである。
一度だけいつもの時間に森へ行かなかったことがある。
その日は、森へ狩りに出て行った里の人たちが大慌てで帰ってきた。彼らは、里からそう遠くないところであのグリフォンに出くわしたそうなのだ。
ただ、襲ってくるようなことはなく、なんなら弱々しかったとのこと。
おまけに、森からずっとラテを呼んでいるような、あの高い鳴き声が響いてくるのだ。
ラテについてくるなら、里から遠いところまで誘導しようかと思ったこともある。しかしそれも駄目だった。
あのグリフォンは縄張りとしている範囲から簡単には出ようとしないのだ。
それに飛ぶこともなかった。ずっと鬱蒼とした森で暮らしていたのなら飛ぶ必要もなかっただろうし、もしかしたら飛行経験が浅いのかもしれない。
それでも、飛んでいるラテを見て翼をばたつかせることは何度かあった。
これ以上どうすれば良いのか、僕は毎日頭を悩ませていた。
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