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第1章:天を裂くもの

「あークソ! もうすっからかんだぜ……おい、イオ! お得意の勘で次勝てるか教えてくれよ!」


 フォルミカ連合第72基地。

 訓練帰りの若い隊員たちが、カードで賭け事に興じていた。


 イオ・セラムはそこから少し離れた席で、熱心に教本を読んでいた。

 同僚の呼びかけに、冗談めいて返す。


「ばかだな。勘で勝てるなら、俺も最初から混ざってるよ」


 イオの返事に、軽い笑いが起きる。


「そらそうか。しかし、帝国のやつら、北のバンブア王国を落としちまうかもな。旧型のアピスじゃ、帝国の新型ヴェスパ相手には厳しそうだ」


「そうだな。なんせ、やつら条約違反のクローン兵で頭数確保してるらしいしな。

 まあ、俺らのアピスⅢなら余裕だろ。当分こっちには来ないだろうけどな」


 兵士たちは談笑しながら、再びカードに手を伸ばす。

 でも、イオだけは、笑っていなかった。


(俺はまだ予備パイロットだけど……いつ敵が来てもいいように備えないと)


 複数の自治国家によって統治される、穏やかな惑星フォルミカ。

 そこへ、隣接星系のエルガス帝国が攻めて来たのは半年ほど前のことだった。

 フォルミカ側は連合軍を組織し、必死の抵抗を続けている。


 10代後半のイオ・セラムはまだ訓練途中の身ながら、繰り上げで後方基地に配属されていた。


(そういや、父さんの部署がこの基地で新型機のテストするって聞いたけど、そろそろ到着してるのかな……)


 スケジュールを確認しようと、立ち上がりかけた、その瞬間。


 ズドン。


 基地全体を揺さぶる轟音が、すべてを吹き飛ばした。


――


 床が傾いていた。

 誰かの怒声が遠くで鳴り響く。


 イオ・セラムは、気がつくと床に倒れていた。

 頬が熱い。こめかみから血が流れている。

 それでも、身体は動いた。


(やられた……? いや、少し頭を打っただけだ)


 薄暗い通路を、非常灯が赤く染めていた。

 サイレンが鳴り響く。繰り返される自動警告。


 ──《全パイロットは速やかに格納庫へ。これは訓練ではない。繰り返す、これは──》


 訓練じゃない。本物の襲撃だ。

 言い聞かせるよりも先に、足が動いていた。

 格納庫。まずそこへ行くべきだ。


 だが──その途中で、視界の端に見知った顔が見えた。


「父さん……!」


 技術主任、セラム大尉は輸送船の横で周囲の部下に指示を飛ばしていた。


「イオ……無事か。避難は……?」


「避難なんてしてる場合じゃない。パイロットが足りてない。俺だって──!」


「落ち着け。お前にはお前の役割があるだろう」


 父の手がイオの肩を押さえた。その表情は、普段よりずっと険しかった。


 だがそのときだった。


 ――キイィィィィン……


 耳をつんざくような高周波の後、空が真っ白に裂けた。

 再び、イオは地面に叩きつけられる。


 燃え盛る輸送船の隙間から、上空に帝国の爆撃機が垣間見えた。


 揺れる視界と黒煙の中、父の姿を探す。


「父さん!」


 地面に倒れたセラム大尉の身体。左腕は血に染まり、意識が朦朧としていた。

 近くでは、イオも知るベテランパイロットが崩れ落ちていた。すでにピクリとも動かない。


「パイロットが……くそ……!」


 イオが周囲を見渡したとき、父の声が微かに響いた。


「……イオ……あれに……乗れ……」


 セラム大尉の手が、崩れる輸送船の中に覗く機体を指差す。

 イオは、力なく垂れる父の手を握った。


「無理だ……俺はまだ訓練兵なんだよ、父さん」


「訓練だけで終わらせるな……おまえなら、乗れる……!」


 セラム大尉は、イオにアクセスキーを手渡すと、仕事を終えたかのように動かなくなった。


 一瞬、目を伏せた後。

 決意を固め、イオは走り出す。


 爆煙の中、なんとかコクピットへ飛び乗る。

 起動したシステムの中央に、機体名が表示された。


 


  BTF-9-10《モナーク》


 


 少年は今、羽ばたき始める。

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