009話
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「ふぅ……」
ベッドから起き上がり、大きく伸びをする。時間を確認すると、まだ余裕があるな……予定表を開いてみれば、風呂の順番は母親の後だったのだが、すでに入浴完了通知が表示されていた。
「なら、すぐ入れるな」
着替えを持って浴室へ向かう。風呂へ浸かりながら、自然と今日の出来事を思い返していた。
人生初配信は、視聴者3人……そしてアニメや小説好きなら知っている、軍人みたいな教官。
「何だったんだ、あれ……」
思い出しただけで笑えてくる。湯船へ浸かりながらマルチギアで動画を開く。
検索したのは薙刀だ。ゲーム内で選んだ武器だからという単純な理由だった。
「へぇ……結構かっこいいな」
実戦演武、武道大会、創作作品の戦闘シーン……様々な動画が表示される。
薙刀は女性が扱う武器というイメージが強かったが、映像で見ると迫力が凄い。
長い間合い、鋭い斬撃、槍のような突き、思っていたより遥かに攻撃的な武器だった。アニメの戦闘映像では、薙刀を振り回しながら敵を薙ぎ払っているキャラクターもいたし、変幻自在に攻撃する
「こういうの出来たら面白そうだな」
ゲームなら不可能ではないかもしれない。
そんなことを考えながら動画を見続けている内に、気付けばかなりの時間が経っていた。
翌朝。
いつものように目を覚まし、身支度を整える。そして部屋の扉を開けた瞬間だった。
「フレア、おはよう」
姉ちゃんが待ち伏せしていた。
「うおっ!?」
「昨日の配信見たわよ」
「何で!?」
「ファースト君が教えてくれた」
余計なことを! 即座に方向転換する。
「待ちなさい」
「嫌だ」
そのまま階段へ向かうと、今度は下から穂乃果が現れた。
「お兄ちゃん、おはよう」
「おはよう」
妹もニヤニヤしていた。
「お前もか!」
妹の頭を軽く小突いてから食卓へ避難する。朝食を食べながらも2人から散々いじられたが、なんとか被害を最小限に抑えることに成功した。
駅前でハジメと合流する。
「よう! おはようさん。昨日は面白かったぜ!」
言い終わる前に軽く拳を入れる。
「いったぁ! なにすんだよ!」
「ゲームの中じゃ殴れなかったからな」
「理不尽!」
「よく分からん状態で配信始めたのに、あの言い方はねえだろ」
「何言ってんだよ。緊張してたからほぐしてやったんだろうが」
本人は善意らしいが、余計なお世話だった……そんな話をしながら駅へ向かう。
朝の通勤通学の時間帯、とはいえ昔の映像で見た満員電車ほどではない。ある程度混んではいるが、全員が余裕を持って立てる程度のスペースは確保されている。
利用者数に応じて自動的に車両が増発されるため、極端な混雑は発生しない。
「昔の人って大変だったんだな」
「何が?」
「通勤ラッシュ」
「あー、あれな」
ハジメも昔の映像を見たことがあるらしい。
「俺なら毎日キレてる自信ある」
「同感だ」
そんなことを話していると途中駅で正宗が乗ってきた。
「やあ諸君!」
「暑苦しい」
「朝から元気だな」
「筋肉は世界を救うからね!」
救わない……2人同時にそう思った。
大学へ向かう途中。
「おはよう」
聞き慣れた声がしたので、振り向けば綾乃さんがいた。
「「おはようございます! 今日も綺麗ですね!」」
「姉ちゃんもいたんだ」
綾乃さんが苦笑する。
「ハジメ、帰ったら覚えておきなさい」
「何でだよ」
「フレア君とマサ君はこんなに素直なのに」
「外面がいいだけだぞ」
「失礼だな」
いつものやり取りだ。
綾乃さんの隣には友人らしき女性が2人いる。どちらも美人だった。
類は友を呼ぶというやつだろうか? そんなことを考えていると、正宗が時間を確認した。
「まずいぞ。移動しないと遅れる」
今日の必須科目の授業棟は遠い。
「「失礼します!」」「行ってくる」
3人揃って頭を下げ、その場を後にする。後ろ髪を引かれる思いだったが、教授に怒られる方が嫌だった。
講義は3限で終了、ハジメたちと別れた俺は、そのままバイト先へ向かう。
駅から少しだけ離れた喫茶店で、高校2年生の頃から働いている場所だ。
「マスター、おはようございます」
「おお、フレア君。待ってましたよ」
マスターが笑顔で迎えてくれた。
「今日は約束通り、コーヒーの練習をしようか」
その言葉に自然と背筋が伸びた。ついに許可が出たのだ。
着替えを済ませ、カウンターへ入る、今日付き合ってくれる常連客は4人。
皆顔見知りだ。
「緊張してるね」
「そりゃしますよ」
「大丈夫。失敗して覚えるものです」
マスターの言葉に頷き、準備を始める。フィルターをセット、豆を量る、お湯を沸かす。
一つひとつ確認しながら進めていく。
蒸らし、抽出、湯の落とし方、注ぐ位置、集中していると周囲の音が消えていく。
ようやく淹え終えた頃には、軽く汗をかいていた。
「どうでしょう」
マスターがコーヒーを飲む……そして少し考えた後、苦笑した。
「普通なら合格ですが……うちの店ではまだですね」
やっぱりか……自分でも分かっていけど、飲み比べると違いがはっきり分かる。
香り、口当たり、後味……どれをとってもマスターの方が上だ。マスターの真似をして、同じように入れたのにここまでの差が出る……何でなのか分からない。
「難しいなぁ……」
「だから面白いんですよ」
マスターは楽しそうだった。
その後も何杯も淹れる、常連客たちも付き合ってくれた。1杯1杯は、エスプレッソより少ない量だが、それでも何杯も付き合ってくれて感謝だ。
「十分美味しいぞ」
「自信持ちなさい」
「伸びしろがあるってことだ」
励まされながら練習を続けた……途中からは気分転換に軽食も作った。
果物を使ったホットクレープを、常連たちの好みに合わせてトッピングを変える。
こちらは好評だった。
「料理も上手いね。コーヒーも美味しいけど、そこは経験も必要だから、マスターみたいにはいかないわよ」
「ありがとうございます」
少しだけ自信が戻る。気付けば閉店時間になっていた。
家へ帰ると、いつものように賑やかな夕食が待っていた。
姉ちゃんに配信ネタでいじられたり、穂乃果にそれを笑われ、オカンに可愛い可愛いと言われ、オトンが疲れた顔でフォローする。
食事を終え、自室へ戻る。
「さて……」
時計を見ると、まだ時間はある。
マルチギアを手に取り、エニシングの情報を開く。昨日はチュートリアルだけだった。
今日は違う、初心者卒業……少なくとも教官からはそう言われた。
「モンスター討伐でも行ってみるか」
配信もしてみたいし、薙刀も試したい。
やりたいことは山ほどある、自然と笑みが浮かんだ。
「よし」
再びダイブ装置へ横になり、意識が沈んでいく。
次はどんな景色が見られるのだろうか……そんな期待を胸に、俺は再びエニシングの世界へ向かった。
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