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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
三章:異常なる『正常者』

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第87話 満月と狂信者

side テーレ


 私の転生特典としての『万能従者』は、基本的に常にスキルを万全に発揮できる状態にある。

 要するに、食べ過ぎてもほとんど太らないし、手入れしなくても枝毛になったりしない。睡眠時間も必要ないわけじゃないけど、最小限の休養で回復できるようになっている。

 栄養不足や精神疲労、魔力切れは別だけど。


 そんな私も、今は結構疲労が溜まっている。

 ここ最近、この事件が始まってからは睡眠中も緊急事態に対応できるようにスキルを起動しているから睡眠の質が悪い。


 流石に明日は万全にしておかなければと、マジックアイテムの構造と改造に必要な行程を確認した後は留守番組に警戒を任せてスキルを減らして少し深く眠った……はずだった。


 けど、何故かふと、小さな物音で目が覚めてしまった。

 警戒系のスキルのせいではない。単純に、私自身の意識が何かを捉えた。

 疲れて眠っていたはずなのに、無視できない音……あいつの、マスターの足音。

 

 土蔵の中はスペースを使い分けているとはいえ狭い。

 わざわざ夜中に歩き回るような場所ではない。強いて言うなら……隔離スペースにしてある簡易トイレくらいだろうか。


 それくらいなら、目くじらを立てるようなことでもない。けれど……音の方向が違う。

 この足音は、この土蔵の屋上に、出口に繋がる梯子に向かう足音だ。


 何のために?

 まさか、いや、いくらあいつでも一人でこんな村の中に出ていくなんてことはしない……はずだ。けど、一応微量だろうと胞子が舞っているはずの外に出るなんて、新鮮な空気が欲しくなってもやるべきじゃない。

 それは……合理的理由じゃない。


 だとすれば……


「何をして……」

「何をしているんですか?」


 私の独り言に被せるように発されたマスターの言葉に思わず跳び上がり、音を立てずに物陰に隠れる。

 いや、なんで? 何で私こんなにこそこそ……いや、どうしてそうしなきゃいけないと思ったのかはわからないけど、原因はわかる。


 マスターが声をかけたのは、私に向かってじゃない。

 そこに、もう一人起きている人間がいたから。マスターは、その人間に話しかけるために近付いた。警戒させないように、敢えて足音をしっかり鳴らして。


「えっと……ごめんなさい、少し外の様子を……」


 この声は……ルビア。ルビア・ショコラティエだ。

 こっちはかなり静かに忍び足で外に出ようとしていたらしい。


「リノさんの怪我もありますし、あまり戸の開放はすべきではないのですがね。ちなみに、私は本をもう少しだけ読もうかと思っただけです。土蔵の奥に面白い本があったので」


 気まずそうな息遣いのルビア。

 手当は済んでいるとはいえ、怪我をしているリノは微量な胞子でも感染する可能性がないとは言い切れない。もちろん、戸や隙間に微粒子を弾くためのルーンを入れておいたりしてある程度の対策はしているけど完全じゃないし。


 それでも外に出たいなんて……


「もしかしたら……私がこの村をよく見られるのは、これが最後かもしれない。そう思ったら……」


 ……そういう、こともあるか。

 元々が天界に属する天使である私には、そういう感覚はあんまりない。


 けど、人間であるルビアからしてみれば、明日の決戦は命懸けの戦いだ。

 感染者になっても即死ってわけじゃないけど、事件が解決できなければ中央政府に『殲滅』される可能性は十分に高い。

 それはつまり『自分』に戻ることはないまま死ぬかもしれないかもしれないということだ。


 自分から立候補したにしても、それは妹であるティアに危ないことをさせないためだと考えたら……むしろ、今になって怖くなってきても仕方がない。


 それを考えたら……


「……突入隊、やはりやめておきたければ申告していただけば私が掛け合いますよ。一応、テーレさんも魔法を温存すれば精神攻撃はできますし。やはり冒険者でもないルビアさんを連れていくのは負担が大きいと言えば理由にはなるでしょう」


 やっぱり、そう言うんだろうと思った。

 優しさじゃなくて、それが合理的だから。途中で腰が抜けて動けなくなるかもしれないリスクのある素人を連れていくより、置いていった方がいい。

 あいつは、優しさ抜きでそういう計算ができる人間だ。


 散々愛してるだのなんだの言ってる私のことだって、戦力として見るときには特別視はしない。

 自分に突き放されることがルビアにとってどれだけショックなことかなんて、気にも留めずに……


「それでもやはり、一緒に行くというのなら……まあ、いいでしょう。屋上には私も同行します。一応護衛ということで」


 ……え?

 屋上へ、二人で?

 あいつが……気を遣った?


「でも……」


「私の同行が認められないというのなら、外に出ることは不許可です。私を張り倒して行くというのなら別ですが」


「は……はい。それじゃあ……お願いします」


 二人で、天井の戸を開けて外に出ていく音。

 そして、戸が閉まった音を聞いて……すぐさま、音を消したまま梯子を登って戸に耳を当てる。

 いや、別に二人の会話が気になるからとかじゃなくて、何かあったらすぐにあいつを護るためだけどね?


 私の聴力を最大限発揮すれば、板一枚の防音性は障子紙と変わらない。

 何をしていようが、聞き逃すことはない。


「おっと、外は寒いですね……しかし、空気は澄んでいるように感じます。外は胞子が舞っているにしても、やはり土蔵の中では空気が淀んでしまっているのでしょうね」


「そう、ですね……それに、星も綺麗です」


「ええ、確かにそうですね。村の方々がああいった状態にあるおかげで、というのはなんですが。夜の光が全くない中で見る星空というのはなかなかにいい。冒険者としての旅の途中でも大体焚き火くらいはありましたし、木々に阻まれて空全体を見渡すことは難しかった。事件の一日目は感染者の観察に集中していましたから、星を見ている余裕はありませんでしたしね」


「星……好きなんですか?」


「……少なくとも、月は美しいものだと思います。他の星も……嫌いな物ではありません」


 『月が綺麗ですね』……その言葉が、マスターの前世の世界で特別な意味を持っていたことを、私の知識は知っている。それは文学作品の中の一文が元ネタだから、この世界では通じない隠語だけど……


「まさか……」


 いや……ありえない話ではない。

 あいつの私への『愛』は、性的な意味じゃない。あいつのディーレ様への狂信的な信仰も一つの愛ではあるけど、あいつはディーレ様を性的な対象とは見ていない。普段の振る舞いからしてこれは明らかだ。


 信仰や愛の規模(スケール)や表現方法は間違えていても種類(ベクトル)は混同しない。

 狂信者であっても盲信者ではない。それがあいつのスタイルだ。


 だとしたら……同じ、女神ディーレ様に仕える『同志』である私とは別に、ルビアに『異性』という意味での意識を持っていても不思議はない。


 少なくとも、ルビアはあいつにその意識を向けている。

 もしかしたら、私の知らないどこかのタイミングでその気持ちを打ち明けたかもしれない。


 そうだとしたら……行動はあれだけど、誠実にあろうとはしているあいつのことだから、ルビアのことを『異性』としての概念を強調して見ることも、あるかもしれない。

 だとしたら……


「なんで、月は特別なんですか?」


「それは……月というのは視認できる中でも特に『真球』に近い物体だからです。実際には自転の遠心力により僅かに楕円になっていますし、表面はざらついていますが……しかし、回転しながら中心の重力に向けて物質が自然に集合した結果として、必然的に真球となった巨大な石の塊……しかも、一説ではその『制作期間』はたったの一年と少しと言われています。人間には、あの規模であの精度の真球を造る技術はありません。同じ時間で造ろうとすればもっと不可能に近いでしょう。きっと、魔法を使っても」


「真球……丸いものが、好きなんですか?」


「丸くなくともよいのです。ただ、必要以上に複雑なものでなければ」


 違う……かな。

 隠語とかじゃなくて、本当に単純に、月を褒めただけか。あいつは、少なくとも嘘つきではないから。ああ言うんだったら、月をわざわざ相手に伝わらない複雑な言葉を伝えるためになんて使わないか。

 ただ、私とはそういう話をしないけど……聞けば、同じように答えるのかな。


「私は、あまり頭が良くありません。だから、皆さんが言っていることがよくわからなくなるのです……ロックさんの言ってることも、よくわかりませんでした。私はただ、状況を見て、前に進むべきだと思っただけなのに……絶望しないことは、そんなにおかしいことなんですかね。どんなに頑張ってみたところで死ぬか生きるかわからないような苦境であれば、とにかく死ぬまで一歩でも前に進んでみる……それは、間違っているんですかね」


 それは……きっと、『弱音』なんて言ってはいけないのだろう。

 むしろ逆だ。

 あいつは……これまでの人生で湧き出た感情全てを当たり前のように抱えたまま生きて来られてしまった彼は、その時その時の感情で一喜一憂し、絶望できてしまうという人間の弱さが理解できない。


 きっと、他の転生者ならこの状況に絶望しているはずだ。

 状況を一変できるチートもない、相手は謎の病気に感染しただけの人間、しかも日に日に学習して手強くなっていく集団、そして時間制限。

 あるいは、『助けられるかもしれない人間を殺す』という一線を越えるかもしれない。

 あるいは、『自分だけでもこの村から逃げ出す』という選択をするかもしれない。


 それは、あいつにもできた選択だ。

 私に命令すれば、いつでもできたことだ。

 それなのに、あいつは……



「まあ、どうでもいいことですがね。私は頭は良くありませんが、要するに事件を解決すればいいのですから。ロックさんとはその後で、もう一度冷静になってから話をしてみましょう」



 自ら、その『賢い選択』を捨てた。

 英断ではなく即断で『諦める』というカードを手札から捨てた。


 感染者の集団に遭遇して診療所に医療品を取りに行くのが困難になった時は、即座にその場で代わりになる物を探して手に入れてきた。

 感染者の捕獲作戦は失敗に終わったけど、あいつはそれを最初から想定に入れていた。

 一つの攻略法(ルート)が失敗したら、スピードを落とさずにそのまま次の攻略法(ルート)に移行する。そうやって、とにかく前に進み続けた。


 どんなに『幸運』に恵まれていても、カードを引かなければ勝利の鍵となるカードを引くことができないのと同じように、失敗を恐れず前へ進んで、新しいカードを引き続けた。


 新しい魔法を勝手に修得していたのも、なんてことはない。

 少しでも使えるカードを増やしておこうとした。それだけのことだ。『狂信者』の称号を考えると合成だろうが何だろうがリスキーなことを勝手にするのやめて欲しいんだけど。

 ココアの理論からすると、私が関わらなかったからこそ実用できるデメリットで済んでるのかもしれないと思うと複雑だ。


「私は……狂信者さんは、それでいいんだと思います。おかげで、私もティアも、きっとテーレさんも、ひたすらに解決のために頑張れたじゃないですか」


 ……まあ、ルビアの言うことも一理ある。

 少なくともあいつは、一度として『何で自分がこんな目に』なんてことは口にしなかったし、たぶん思ってもいない。そんなことを思うタイプなら、さっさとターレにでも乗り換えているだろう。


 あいつはただ、ひたすらに信じている。

 この状況が『幸運』に繋がると。この事件が自分たちの最善の行いによって解決でき、そして分の悪い賭けに見合った結果(リターン)が手に入ると。


 ……まあ、あいつの場合はこの状況をハッピーエンドに導ければ、それだけでも『幸運の加護』が証明されたって解釈して満足しそうな気もするけど。

 また『旅のディーレ教徒が観光都市の危機を救った』って話にでもなればディーレ様への信仰も少しは増えるだろうし。


 『天使』の私がこう言うのもなんだけど、あれだけ見返りなしで信仰に身を捧げることができる人間というのはありがたいを通り越してちょっと怖いくらいだ。

 生まれたときから神に仕える天使の私がそうなんだから、人間ならなおのこと理解が難しいだろう。


 あるいは……だからこそ、あの時のディーレ様の一言が、それだけ価値を持っていたのかもしれない。

 過去の全ての感情を持ち続け、新しい感情に心を揺り動かされなくなってしまったはずのあいつが、たった一言で全てを捧げてしまいたくなるほどに……ずっと、渇愛し続けていたのか。


 もしそうだとしたら……ルビアが、あいつにちゃんとした『愛』を与えられたら、それだけであいつは変わるかもしれない。


 もしも、そうなってしまったら……私は、どうするべきなのだろう。


 きっと、あいつは信仰を捨てない。

 それはそれ、これはこれで『聖地』の創建のために尽くしてくれるだろう。

 ルビアが反発したらわからないけど、ルビアもあいつのあの性格を知った上で好意を持っているのなら、まず信仰よりも自分を選べとは言わない。


 それがあいつの魅力かどうかはともかく、自分と信仰を天秤にかけられてバッサリ切り捨てられる可能性があり得るというのは怖いだろうし。


 けれど……『聖地』を創建しようとすれば、ディーレ様を嫌う他の女神から攻撃を受けるだろう。


 下手をすればあいつは死ぬ。

 いや、実質転生者としての特典がないに近いあいつと他の転生者では確実に不利な戦いを強いられるのだから、下手をしなくても少し運がよくなかったというだけでも死ぬかもしれない。


 それに、『敵』によってはルビアが攻撃の的になるかもしれない。人質に取られたり、悪ければ利用されて殺されたりすることもあり得る。

 それを考えると、あいつはルビアの好意を心では受け入れながら拒絶しなければならないかもしれない。


 『全ては女神ディーレのために』。

 『テーレさんの幸福が「ディーレ様のために行動すること」を根源としている。そこにおかしいことがありますか?』


 そうなった時……それは、本当にディーレ様のために必要な犠牲と言えるのだろうか。

 ディーレ様は、神々の間での信仰争奪戦には乗り気じゃない。

 ただ、善良な人々にその行いに見合った幸運が与えられることだけを望む、敵意や欲望と無縁な女神。だからこそ、善意を司るのに相応しい者として主神様にその神格を任されたくらいだ。


 ディーレ様は本当に純粋に、自分にとって初めての転生担当であるマスターの第二の人生が幸福であることを望んでいるはずだ。


 けれど、私はあいつを『聖地創建』という私自身の考えたディーレ様のための作戦に使っている。最初は騙すつもりで、それが頓挫してからも、あいつの自己犠牲を厭わないほどの信仰心を利用している。


 今までは、歪ながらもお互いの利益がほぼ完全に一致していた。

 けれど、もしもあいつが『聖地』なんて遠い目標よりもずっと手近で確かな幸福を見つけた時には……それを妨げてまた危険な冒険の旅に連れ出すのは、ディーレ様のためになるのか。


 それは……さすがに、私のエゴではないのか。

 少し前までならそんなことは考えなかったかもしれない。けれど、あの魔導書の一件であいつから私が私の幸福のために行動していると言われてから、こういうことが頭を(よぎ)る。


 あいつの命を賭け皿に乗せて、それで負けてしまったら……ディーレ様は、悲しむのではないだろうか。あの優しい女神様は、あいつが本望だと言ったとしても、私が勝手なことをしたからだとわかっていても……それが『善意』の結果ならば、絶対に否定しないのだから。


「……馬鹿か、私は。その程度の覚悟で現世に来たわけじゃないでしょうが」


 ディーレ様に『聖地』が必要なのは絶対に変えられない。

 ディーレ様自身が信仰争奪戦に乗り気でなかろうが、争いを好まなかろうが、ディーレ様が他の神々から軽んじられている状態は間違っているのだから。


 たとえ、人間一人、転生者一人の人生を食い潰してでもディーレ様は信仰を集めなければいけない。

 分の悪い賭けだとしても……賭けられるチップが一つしかないというのなら、それを使うしかない。

 それによって、私が『悪』になるとしても。


 戸を押し開け、屋上に顔を出す。

 ルビアには悪いけど、これ以上仲良くされても困る。


「あんたら、そろそろ眠りなさいっての! 寝不足で作戦失敗したら怒るわよ!」


 さり気なくマスターとの距離を狭めようとしていた所に後ろから声をかけられて驚くルビア。

 それと引き換え、私が現れたことに驚きもせずに……それどころか、もしかしたら最初から私がいることを知っていたのではないかとすら思える平静な反応で振り返るマスター。

 これで完全に、先程まであった『いい雰囲気』は霧散した。


 恋する乙女のフラグを折る。

 はいはい、背徳背徳。どうせ私はディーレ様の眷族にあるまじき意地悪天使ですよーだ。





 『全ては女神ディーレ様のため』は揺るがないけれど、『女神ディーレへの信仰のため』か『ディーレ様の願いのためか』はまた別の話。

 悩む理由はそれだけかどうかも……また別のお話だったりして。


 あと、何気にまた月に狂わされている狂信者。

 ちなみに、『ジャイアントインパクト説』での月の成形シミュレーションは、早ければ一ヶ月ほどで形がまとまり、球形の月が完成するにはあるシミュレーションでは一年ほど、別のシミュレーションでは百年ほどだと言われています。

 どちらも天体規模の話で言えば一瞬です。ある意味『奇跡』や『魔法』みたいなものですね。

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