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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
三章:異常なる『正常者』

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第86話 増幅器

side ティア・ショコラティエ


 時間は日を跨ぎ、四日目に突入しようとしていた。


 乗合馬車が来るのは明後日の夕方。

 それをタイムリミットに据えた理由はハッキリとは言われてないけど……大体はわかる。


 自力でこの事態を収拾できていなければ、この治療院は終わりだ。

 情報がレグザルの街に届いてから事態が解決されても、きっと街の安全のために何らかの処置がある。何が起こるかはわからないけど、少なくとも施設としての存続はできないだろう。つまり閉鎖だ。


 それを防ぐためには、発覚前に解決して『とにかく既に終わったことだから手出しは無用』と言い張らなければいけない。

 あるいは、解決法を自力で見つけたと主張できればどこかで同じようなことが起きたときの対応のために多少の犠牲が出ていたとしても責任問題にはならないかもしれない。


 要するに、世間に広まるのは結果だけだ。

 かわいそうな犠牲者と呼ばれるのか、死ぬ気で問題を解決した英雄になるのか。それは最終的な結果を基準に判断される。

 そして、当事者の私たちにとってはここが分岐点。

 この会議こそが、その結果を分ける重要なポイントだ。


「まず始めに、私たちで研究した結果解明できた病原体の正体、それからその性質について説明していくわ」


 会議のメンバーはほぼ最初と同じ、私、お姉ちゃん、テーレさん、狂信者さん、そしてアンナ。

 それと、最初は会議にいなかったけど、戦略の顧問としてシロヤナギさんが会議に加わっている。

 彼は病原体については専門ではないけれど、冒険者として危険な村の中をどう動くべきか話し合うための御意見番として参加してもらった。これは私の案だ。


 一応、この会議は最終調整ではあるけど、解明過程はある程度把握してる。

 その上で、私の考えが採用された時に彼の助言が必要かもしれないから。


 会議はまず、話し合いの準備として情報の共有から始まる。

 話し手は少し口下手なお姉ちゃんの代わりにテーレさんが担当する。


「まずは核心から。今回の事件、村人達の変容を発生させた原因は『魔本カビ』と呼ばれる微生物、学名『サーキックコロニアインクリーブス』の変異種よ。あまり知られていないけど、魔本は本自体が魔力を溜めるわけじゃなくて、インクの中に増殖したカビが魔力を持ってるわ」


 それはお姉ちゃんから聞いたことがある。

 本が大好きだったお姉ちゃんは、本に書いてあったその部分を指して『どこかには人とお話しできる本があるんだ』って嬉しそうに語ってたはずだ。


「そして、そのカビは常に『自己保存』の魔法を発動しているのだけど、その過程として人間に自身を守らせることがある。『魔本』は術式を学習させてその引き換えに持ち主がカビにとって良好な環境で本を保存するって共生関係を利用してるんだけど……今回は、その性質がかなり能動的に変異している。人間の体内に侵入し、さらに行動を支配して他人の体内に一部を送り込んで血液中で増殖する。その繰り返しのおかげでとんでもなく厄介な病気みたくなってるわ」


 カビが噛み付かれた場所から血の中で増え続け、身体の自由すら奪われる。

 想像すると恐ろしい話だ。


 けれど、それは現状では救いのある話とも言える。

 本人の頭や魂を壊して凶暴化させたのではなく、ああやって動き回るのはそのカビの意思ということなのだから……治せる可能性が十分にある。


「この三日間の調査結果として、このカビは魔法の能力は高くなってるけど、その分だけ純粋な生物としての生命力が低下していると判明したわ。その結果、人間みたいな大型動物の血液の中以外での繁殖や生存がかなり困難になってる。だから、ああやって人間を襲うようになった……いえ、正確には人間という『血液の詰まった乗り物』を確保して生存圏を拡大しようとしている。一応胞子も飛ばしてるみたいだけど、それに関しては一定数血液に入らなきゃ休眠状態になってその内死滅するわ。リノは怪我をしたけど土蔵の中だったから助かったわね」


 つまり、直接噛まれる以外の形での『感染』はまずあり得ないということ。

 あるとしても、どこかに怪我さえしていなければ問題ない。


「外に出てないメンバーは知らないかもしれないけど、一日目に歩くしかできなかった感染者が二日目には走るようになった。けど、外気を舞う胞子そのものを調べてみたら、生物としての成り立ちがさらに変異しているわけじゃなかった。これは、カビの思念で繋がった総体としての意識が変化したから。感染者が増えたからっていうのもあるけど、肉体を使った動き方を学習したってことの方が大きいでしょうね。一体に使った手は二体目には通じない可能性が高い。罠で全部捕まえるっていうのは無理だったわね。無駄じゃなかったけど」


 少なくとも、敵が賢くなって行っているというのなら、それを決戦前に知ることができなければ致命的だったはずだ。

 それに、サンプルを相手が賢くなりすぎる前に採取できたのも大きい。狂信者さんの捕獲案は最初の案として提案されて失敗には終わったけど、結果的にはベストタイミングだった。


「だが、そりゃつまり『百人分の目と手足を持つモンスター』を相手するようなもんじゃろ? この人数でそりゃキツくねえか?」


 質問を挟んだのはシロヤナギさん。

 冒険者として意見を求めるために呼んだ意図を理解してくれている。


「そうね。実際、まともに武力行使で無力化っていうのはほぼ不可能でしょう。あっちは捨て身で傷一つ付けただけでもほぼ勝ちが確定するし、そろそろそれくらい学習していてもおかしくはない。だから、総体の意識を狙う。上手く行けば一網打尽よ。ただ……」


「精神攻撃を仕掛けるにしても、勝てるという保証はないということですね。その手の攻撃手段としてルビアさんやティアさんの『癒し手』の能力、それにテーレさんの魔法を使ったとしても、根本的には『自己保存』に特化した性質を持つ彼らを自壊させるには至らない可能性が高いと」


 冷静に問題点を指摘するのは狂信者さん。

 彼がテーレさんの発案に水を差すようなことを言ったのは正直意外だったけど、実際その通りだ。彼が言わなければ私が言っていた。言わなきゃいけないことだ。


「そうね……人間の体内にあれば生存自体はできるんだから、守りに入られて潜伏されたら時間稼ぎくらいにしかならない。決めるなら、大出力の一撃で仕留めたい。そのために、ちょっと大きな儀式が必要になるかもしれないけど……」


 ここだ。

 私が意見を言うべきは、ここなんだ。


「はい! そのことに関してですけど……思念波が増幅できればいいなら、儀式をしなくても何とかなるかもしれません」


「……え?」


 驚いたように声を漏らしたお姉ちゃん。

 それはそうだ。こればっかりは、私とお母さんしか知らないことだ。


「この村の結界を張ってるアイテムがあるんですけど、それは警報だけじゃなくて疫病や呪いの対策でもあって、悪魔は心の弱った人を狙いやすいから、その干渉を遠ざけるための思念波も出てるんです。今は通常設定だから弱い波しか出ていないけど……調節すれば、増幅器(ブースター)として使えるはずです」


 違法改造で『癒し手』の能力や精神系の魔法と合わせて簡単な洗脳装置も作れちゃうから、そういう使い方は本当はしちゃいけないし部外者に知らせるべきでもないけど、今回はことがことだ。

 責任は私が取るしかない。


「え……あれ、そんな使い方あったの? 私、知らなかったんだけど……」


「一応、悪用されないように院長と次期院長だけの秘密ってことになってるから。勝手に触らないようにっていうのはお姉ちゃんも昔から言われてたでしょ? ただ、装置の改造まではわからないから……」


「それは私で何とかする。私がいれば少しは感染者の攻撃も弱まるはずだし」


 予想通りだ。

 狂信者さんが自分の『鑑定鏡』を作ったのがテーレさんだって言ってたからもしかしてと思ったけど、やっぱりできるらしい。

 つまり、カードは揃ってる。


「なるほど……そのアイテムが増幅器となるのなら、自壊以外の命令もできそうですね。上手く行けば、安全に感染者の身体からカビを排出することもできるでしょう。ならば……」


「はい、私が行って……」

「ティアはここにいて! 私が行くから!」

「お姉ちゃん!?」


 ここに来て、お姉ちゃんが声を大にした。

 いつもは人前でそんな目立つことしないのに、どうしてここに限って……


「ティアはこの治療院の次期院長。当然、ティアは安全地帯にいるべきよ」


「お姉ちゃんだってこのカビのことを調べるのに必要でしょ?」


「もう、ここで調べることは粗方調べられたわ。後は、その知識を外で活かすだけ。それに、『癒し手』の能力が強い方がいいのなら私が行くべき……そうでしょ?」


 お姉ちゃんは才能がある。

 治療院を継ぐ『癒し手』を継いだのは私だけど、お姉ちゃんも能力としては劣っているわけじゃない。むしろ、能力の『強さ』という点では私に勝ち目はない。私たちの間には才能の壁がある。


 失敗できない作戦で必要なのは責任感なんかじゃなく、純粋な能力……人間相手の治療ならともかく、感染者の総体意識を相手にするのなら増幅されるとしても元の能力は強ければ強いほどいい。


「でも……」


「行かせてあげなさい、ティア」


 この会議に参加していないはずの人の声がした。

 振り返り、姿を確認すると……予想と違わぬ、少し弱った様子のお母さん。

 この事件が起きてから、急に具合を悪くしてほとんど寝込んでいたはずなのに……


「ココア! あんた休んでなさいって……」


「悪いわね、テーレ。でも、少し良くなったからこれくらい大丈夫よ。それに、体調が悪くなった原因も今の話で大体わかったわ。だから大丈夫なのよ、もうすぐ良くなるわ」


「それって……もしかして」


 『思念波』というのは平たく言えば心の波だ。

 私たち『癒し手』が相手に触れて感じ取るものと本質的には同じもののはず。

 お母さんが体調を崩して感染を心配していたけど……問題は、別の所にあったんだ。


「私はここの患者さんみんなの心に触れて、波長を調節してるからね。彼らの発する波が強くなってちょっと混乱しちゃったみたい。でも、逆に言えば『癒し手』の能力はちゃんと彼らにも通じるわ。コットンさんが頑張ってくれてるから、調子も戻ってきたけど、まだ少しふらつくわね……本当は私が行くべきかもしれないけど、ルビアに任せるわ」


「お母さん……」


「その代わり、やることはきっちりやりなさい。心の中にどんな気持ちがあってもよ。いいわね?」


「……うん、任せて。この治療院は必ず元に戻すから」


 ここで『必ず』と言えるのがお姉ちゃんで、『頑張る』としか言えないのが私だ。

 本当にお姉ちゃんは対人関係以外ならできると言ったら必ずやれてしまうのだから。


 だからきっと……大丈夫。

 一応は責任者なのだし、私は毅然とした態度で仕事を任せる。それが私の仕事だ。


「じゃあ、お姉ちゃんは突入隊として、私とシロヤナギさんはここの防衛に専念します。そして、コットンさんとアンナさんは捕獲作戦の時のように思念波を乱しながら感染者が突入隊に殺到しないように陽動をお願いします……もちろん、危なくなったらすぐにここに戻ってくるように」


「わかったよー!」

「メェー」


 私が防衛と陽動のメンバーを指名すると、名前を呼ばれなかった狂信者さんが問いかける。


「となると、私とテーレさん、それにルビアさんの三人で結界の起点へ突入、ということでよろしいですかな?」


 私が答えようとすると、その直前に割り込むようにテーレさんの声が上がる。


「マスターはここで待機。万一のことがあったら私も動けなくなるし、感染者に有効な攻撃もできないでしょうが。なんか知らないうちによくわからない魔法が増えてたけど、あれどっちかというと防御用でしょ? ダメよ、足手まといだから」


 ズバリと辛辣にそう言い放つテーレさん。

 冒険者としてコンビを組んでいるはずだけど、そんなに戦力差があるのだろうか。

 いや、狂信者さんはロックさんを普通に倒してたし、テーレさんが強すぎるのかもしれないけど。


 流石にそうなるとお姉ちゃんが足手まといになるのが心配だ。

 純粋な運動神経はわりと大したことないのがお姉ちゃんだし。むしろ、そこで勝負を仕掛けて勝ってもこっちが負けた気分になる程度には。


「新技習得して活躍したいのはわかるけど、感染者は本人の限界が来てもカビが動くから首締めとかじゃ殺しかねないわ。だから却下、お留守番」


「いえ、テーレさん。新技については、まあその通りかもしれませんが一つ訂正が。新技はもう一つありまして……後で実験を見て欲しいのですが、そちらならおそらく感染者の肉体をほとんど傷付けず無力化することが可能かと」


「……本当に? てか、いつの間に」


「テーレさんとルビアさんが研究に励んでいる最中にです。偶然にできたと言えばそれだけなのですが、これはこの作戦での被害を最小限に抑える上で幸運ではないかと」


 もしも私が重病だったのならまずその病気を治す魔法を習得する。

 そんなことを真面目に口にしていた彼は、至って真面目に決戦までに事件解決に必要な魔法を手にして、当たり前のように誰一人犠牲者を出さずに結末を迎えるための手段を手札に加えていた。


 何かを言おうとして何を言うべきかと悩むように額を押さえるテーレさんに代わり、お母さんが狂信者さんに笑みを向けてその役割を言い渡した。


「狂信者さん……ルビアのことを、よろしくお願いね」


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