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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
三章:異常なる『正常者』

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第83話 できること、できないこと

side 狂信者


 サンプルを持ち帰ってから約丸一日経過。

 つまり、土蔵への籠城三日目の午後。タイムリミットも残り三日です。

 乗合馬車が予定通り明明後日(しあさって)の夕方に村へ到着し、柵の中の惨状を目撃すればこの事態は隠密に解決することは困難になります。


 感染者の進化も考えると、柵を越えるようになる前に焼夷弾のような攻撃……『サラマンダー・エッグ』でしたか。それが使われる可能性も高いでしょう。

 当然、感染の可能性のある私たちも諸共に。


 しかし、私の認識では山場は今日、今この時です。

 テーレさんとルビアさんのサンプル解析と対策が佳境に入り、ライリーさんのミッションも大詰め。私はと言えば……


「魔法知性学においてよく議題に上がる『群知能の証明』は実の所まだ不明点も多く、特に『魔法を使うための群知能』を『魔法による思念の伝達』により成立させているという矛盾が論議の焦点となり……」


 ルビアさんから借りた『魔法知性学』の本を読みあさっています。

 といっても、さすがに付け焼き刃では理解できないことが多いのですが、そこは私なりの解釈と日本の知識で補います。


「どうやらこの本の論法では『知能の向上』からの『魔法発動』という前提での論理展開で行き詰まったようですね。この著者は唯物論的な思想が強いのでしょうか、物質的器より先に知性の存在が確定するパンスペルミア理論や無生物に精神を見出すアニミズム思想は……この世界では一般的ではないのかもしれませんね。それを代入すればこの段階での疑問は解消できそうなものですが……」


 印象として、魔法知性学は細々とした数字を無視して大筋だけを理解しようとすれば難しくはありません。というか、これは私が『日本人』としての経験を持っているという幸運によるものですかね。


 この世界では、『魂』や『精神』という概念は魔法により『存在が実証され、定義が確定したもの』です。

 そのため、その根本を解き明かそうとする魔法知性学は地球で言えば『重力の正体を解明せよ』というような『純粋にそうあるもの』をわざわざ分析するような学問であり、想像が難しくなります。


 しかし、日本で私が見聞きしたフィクションの数々においてはその世界観の数だけ『魂』や『精神』の定義や設定がありました。

 何せ、あちらには魔法がなく、触れることのできない概念でしたから。その分、『架空の存在』とされてきたそれらに関する想像力もこちらよりずっと豊かです。


 要は、新しい作品の設定資料を見てこの世界観での『魂』や『精神』『知性』の設定を推測理解するつもりで読めばいいのです。

 まあ、本当に勝手な解釈ばかりになりますから、学会で使える理論ではありませんがね。

 しかし、私がそう認識し、ライリーさんにその認識を共有してもらえるのなら今回はそれでいいのです。


 重要なのは『観測』です。

 恐怖とは未知から生まれるとよく言われますが、目を見開いて見なければ闇の中の怪物だとしても、臆せず見つめればただの『闇のように黒い生物』というだけですから。

 たとえそれが猛獣であったとしても、実体として認識できるかどうかで対応のしやすさが違います。


 本当に幸運なことに……ライリーさんは、自称だとしても夢魔(インキュバス)ですからね。闇の中を見つめる観測者としてはこれ以上ないはずです。

 あとは……


「…………おや? アンナさん、どうしました?」


 いつの間にやら、アンナさんが私の肩に顎を乗せて一緒に本を読んでいました。

 いえ、読んでいるというより見ているだけのような気配ですが。ページを捲っても反応が薄いですし。


「ひまー。お兄ちゃん、あそんでー」


「……申し訳ありません。今、私こう見えて結構忙しい状況なのです。昨日、シロヤナギさんからためになる話をしていただきましたが結構時間を使ってしまったので睡眠時間もかなり削っています。正直ちょっと仮眠したいくらいなのですが、タスクがまだ残っているのです。魔法合成の実践もしたいところなのですがその時間もありませんし……」


「時間なんて別にいいでしょ? 本読んで、魔法の練習したいだけなら」


「私は速読術の使い手でも魔法の天才でもありません。魔法知性学の理解にも魔法の修得にもそれなりに時間がかかりますし集中力が必要です。今回の事件にはタイムリミットがあるので遊び相手なら他の方に……」


「だーかーらー……」


 アンナさんが滑るように私の前側に移動し、額に指を突きつけました。丁度、アンナさんが私にキスをした場所を指差しているようにも感じます。

 そして、呆れかえったようなお顔で……


「そんなに『時間』ないなら『鍵』、使えばいいんじゃない? 流れの速いとこ連れてってあげるから。やること早く終わらせれば、遊んでくれるんでしょ?」


 ……ああ、なるほど。

 これ、そういう使い方もありなんですね。

 勝手に動き回れば竜宮城へ行った浦島太郎さんの二の舞になると聞いていたので気軽には使えないかと思っていましたが、『一歩も動かない』という前提ならばその危険もないということですか。あまり安易に使うべきではないものかと思っていましたが、これはむしろ……使えますね。


「わかりました。せっかくいただいたものです、最大限有効活用しましょうか。アンナさん、鍵の使い方のご指導、よろしくお願いします」







side ティア・ショコラティエ


 私は、お姉ちゃんにあまり勝てたことがない。

 四つも歳が離れているけど、そんなことは関係なくお姉ちゃんが何かをできるようになった歳で同じように何かをできるようになったことがない。


 強いて言うなら、友達の数だけはお姉ちゃんより多いけど、それはお姉ちゃんの頭が良すぎて、周りの人がお姉ちゃんの話や考え方をよく理解できないからだ。


 今だってそれは変わらない。

 お姉ちゃんはこの非常事態で、問題を解決するために学院で学んできた知識を使って頑張ってる。私には、何をどうすればいいのかもわからない分野だ。


 お姉ちゃんはもっと自分に自信を持っていいはずだ。

 今回のことで、それが少しでも変わってくれたらいいと思う。


「まず、この村のことを何とかしなきゃだけどね……はいはい、あったかいミルクですよー」


 私にできることは、リノさんから生まれた赤ちゃんの世話を見つつ、リノさんの健康管理に気を配るくらい。


 リノさんは体力がかなり落ちていたけど、何とか出産に成功した。テーレさんの処置が良かったのもあるけど、本人の気力が回復したのが大きかったと思う。それに、外で大変なことが起き始めていたことが雰囲気から伝わったってことも。


 赤ちゃんを産みたい、そして守りたい。

 そのために、苦しくても諦めずに生き抜いた。

 お乳は出る量が少なくてコットンさんのミルクで補ってるけど、少ない母乳を必死に吸おうとする赤ちゃんを抱く彼女は……少し前まで妊娠を認められなかった『患者』とは思えないほど、母親の顔をしていた。


 強い人だ。いや、強い人になったんだ。

 あの時に感じたお腹の中のこの子の意志が、母親のリノさんを強い人にした。

 きっと、これは一つの奇跡なのだろう。


 そうじゃなきゃ、リノさんはきっと死んでしまっている。この子も、きっと無事じゃない。


 外の感染者はまだきっと生きている。

 お姉ちゃんとテーレさんが治す方法を探しているけど……もしも、身重のリノさんが感染してあの中にいたら、無理矢理に身体を動かされていたら、たとえ治療法が見つかっても無事に元に戻ることはなかった。

 そして、避難しただけでもきっと、リノさんの精神が治っていなければ、ここまで耐えることはなかった。


 守るものがある強さ……心の強さ、それがこの状況で生き残るのに必要なものだ。

 リノさんは、もしもこの土蔵が安全地帯でなくなったとしても、この子がいる限り諦めないと思う。


 私は……どうなのだろうか。

 私は、世間一般で言えば……きっと、そこそこ『強い』人間だ。


 いずれ、この村の長となる者として、一族の守ってきたこの治療院を守護する者として、引退した冒険者の人たちや時折診察に来る外の人たち。それこそ、ここに避難してきたシロヤナギさんにもだけど、魔法や戦うための術を学んだ。

 もしも、モンスターの大移動が起きて村で防衛戦が起きたとしても指揮ができるように、非常事態への対応方法も勉強した。

 それが、村の長を継ぐ者としての教養というものだ。


 けど、この事態でお姉ちゃんやテーレさんがいなかったら……私だけだったら、きっとどうしようもなかった。

 お母さんが体調を崩している今、本当なら私が全部の指揮を執らなきゃいけなかった。


「この村を……元通りに、できるのかな?」


 私は『強い』。

 けど、それはお父さんから受け継いだという魔法の才能があったというだけの話。実戦経験は村の人の狩りを手伝ったことがあるくらいでほとんどないし……人間を相手にしたなら、同じようにはできない。

 ましてや、何かの病気に感染しただけの村の人が相手なら、きっと何もできない。


 きっと、困惑している内に噛み付かれて仲間入りしていただろう。


「……あれ? 最初、何で助かったんだっけ?」


 あの時は医療品を診療所に取りに行ってて……


「そっか、お姉ちゃんが来てくれて、噛み付かれちゃだめって教えてくれたんだっけ」


 何か忘れている気がするけど、大筋はそうだったはずだ。それで、走って逃げて、土蔵に逃げ込んだ。

 それで、それからどうするかを会議したけど、私は意見を出せなくて……


「……今のままじゃ、ダメだよね。『十人目の男』の役として、村の代表者として意見を出さなくちゃ」


 『最悪の場合は最も安易で暴力的な解決が必要になるかもしれない』、会議でそういう話が出たとき、私は『そんな選択肢は絶対に取らせない』って言わなきゃいけなかった。

 たとえ、それが棄却前提の提案だったとしても村の代表として意思表明すべきだった。

 どこかで聞いた『十人目の男』という話のように、議論を進展させるために意見を出すべきだった。


 村人を傷付けず、全てを解決する。

 不可能に近いとしても、それを主張することは犠牲の少ない作戦の立案に繋がる。


 少なくとも……最初から『不可能だ』と思っていたら、思いつかないような案が浮かぶかもしれない。

 考えるだけなら、減るのは時間だけだ。

 何をすればいいかわからない私は、考えることが仕事かもしれない。


「お姉ちゃんはきっと、私よりこの病気のことは詳しい。この病気のことでお姉ちゃんの思いつけないことは、私にはきっと思いつけない。けど……この村のことなら、お姉ちゃんより私の方が詳しい」


 だてに設備保全や備品の管理に毎日の時間を費やしてない。

 長く村を離れてたお姉ちゃんも、外から来たテーレさんも、今のこの村に何があるのかを私ほど正確に把握できてるわけじゃないはずだ。使える手札を知らずに悩んでいるかもしれない。

 余計かもしれない。けど、何もしないよりはきっとマシだ。


「……村にある物を書き出してみようかな」


 設備も消耗品も建物も、川や土や草木だって、もしもこの事態を無事に収められるのなら惜しいものじゃない。

 この村を守るために、この村にあるものを最大限に使う。モンスターからの防衛戦だろうと病気への対処だろうと同じことだ。


 それが最善の行動かはわからないけど……動かないより、ずっといい。


「私だって……強くならなくちゃ」







side ロック・ウェイトマン


 もう嫌だ。

 もう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だもう嫌だ……


 耐えられない……未来なんてないのに、どう考えても希望なんてないのに、どうしてやつらは前を向いてるんだ。


 聞こえてんだよ。

 感染者のやつら、前より強くなってたんだろ?

 作戦は一部成功なんて言ってるが、それは思い通りにいかなかったってことだろ?


 もう諦めろよ。

 諦めて、さっさと絶望してくれよ。

 『絶望して当たり前だ』って、思わせてくれよ。

 そうじゃなきゃ、俺が弱い人間みたいじゃないか。俺だけがうずくまって、惨めに見えるじゃないか。


『            』


 なあ、正気なのは俺だけなのか?

 絶望して当たり前の状況に絶望してる俺がおかしいのか? いや、違うだろうが。


『アハ          』


 おかしいのはやつらの方だ。

 だから……


『アハ  ハハハ ハハハ 』


 俺の耳元で……


『アハッ、ハハハッハハハ!』


 笑うな!

 俺を見て笑うな!

 俺を惨めにしてるのはやつらだ!

 クソッ、なんなんだよこの笑い声は! 他のやつには聞こえてないのか! 俺の頭がおかしくなったとでも言うのかよ!


「待ってろ……俺よりもずっと惨めなやつを見せてやるよ」


 だから、早く俺から出て行ってくれ……この悪魔が。


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