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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
三章:異常なる『正常者』

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第82話 『森の民』と『旧都』の話

side 狂信者


 さて、テーレさんとルビアさんが病原体の解析を行っている最中ではありますが、それはそれとして人間とは衣食住が必要なもの。

 食事の一つも取らなければ実力を発揮し続けられなくなるものです。


 腹が減ってはなんとやら、こういう時こそ食べられる時にはしっかり食べるべきです。


「ま、私はガリの実でもいいのですが、せっかくなのでと……そういえば、コットンさんのお肉はラム肉なのでしょうか、それともマトンなのでしょうか。アンナさんによれば成体らしいのでマトンなんですかねえ」


 幸運にもテーレさんはリノさんのお産に際して持参の薬品の入ったバックパックを持ってきていたので旅の道中で食べるための保存食や途中で集めた野草があります。

 調味料は限られているのであまり複雑なことはできませんが、コットンさんの新鮮なお肉とハーブ系の香りの良い野草、それとチーズを少し加えて、軽く塩を振って炒めれば……と。


「こんなものでしょう。リノさんは少し弱っているそうですし、非常用のクッキーをオマケです」


 正確にはクッキーではなく穀類や砂糖を練り固めたエネルギーバーのようなものですがね。

 スキル使用でカロリーを消費するテーレさんの常備食で、普段から主食にすれば恐らく肥満になりますが弱っている方には丁度よいはずです。


 リノさんの娘さん(聞くのが遅れましたが女の子だったそうです。名前はまだ未定だとか)もお乳を求め始めたそうですが、リノさんが弱っていて出ない分はコットンさんのミルクで補います。

 本当に頼りになりますねコットンさんは。


 そういえば、ココアさんも具合がよくないようですが……


「……ココアさんの場合は栄養失調ではなさそうですし、無理に詰め込む必要はないでしょう。量が少なくても済むガリの実をいくつか付けておきましょうかね」


 私もテーレさん程ではありませんが、一応最低限の料理はできるのです。

 日本の台所のように火加減の調節が簡単な環境ではないので少々苦労しましたが……


「……ふむ、少なくとも生よりはマシでしょう」


 断られたら私自身で食べて処理しましょう。

 少なくとも私はこれを可食物と認識していますので。




 結果。

 ロックさんには突っぱねられましたが、他の方には『非常時にはこんなものだろう』と受け入れてもらえました。昨日はテーレさんのお料理だったのですが、テーレさんは忙しいので。


 あと、ティアさんはあまり料理が得意ではないそうです。

 肉料理以外は大丈夫なのだそうですが……まあ、理由は推測予測理解できないわけではありません。ルビアさんはそもそも台所に立たないように言われていたそうなので恐らくできないでしょう。

 あと料理ができそうなのは……


「ふん、俺だったら香草をもっとへらすで。これはニオイが強すぎじゃ」


 今、目の前でダメ出しをしてくださったシロヤナギさんくらいですかね。

 冒険者たるもの、野営や料理もできて当然といったところでしょうか。そして、そう言いながらもちゃんと食べてくださるのは緊迫した状況での栄養補給の大切さを知っているということなのでしょう。


「これは失礼を。羊肉は少し匂いが強いので大目にしましたが入れ過ぎてしまいましたか」


「そうか……あんた、俺の『シロヤナギ』の名前聞いても普通に肉出すんだな」


「はい、出しましたが……お肉はお嫌いでしたか?」


「……『シロヤナギ』は森の民の氏族の一つ、森の民の中には『自分で狩った獣以外の肉は食わん』という風習もある」


「それは申し訳ありません! 知らなかったもので……」


「ええ。俺はそれじゃねえでな。そりゃ、『アオザクラ』や『ハイツタ』の風習じゃ。それに、冒険者やっとりゃ食い物に風習なんていっとれんことも多い。信仰厚いドルイドではねえしな」


 どうやら例え話だったようです。

 しかし、確かに事前にそういった確認をしていなかったのは私の不手際でしょう。反省しなければ。


「それはよかった……しかし、何か信仰上の都合やアレルギー、あるいは単純な好き嫌いなどで避けるべきものがあれば食べ物に限らず申告をお願いします。私は風習や伝統に対してかなり無知である自覚があるので」


「……『無知』、か。無知にも種類があらぁな。あんたはまだええ、知らん自覚があるだけな」


「『無知の知』ですね。物事を知るためにはまず、己が知らないことがあること、未だ読んだことのない本があることを意識しなければならない。私の故郷では神託によりその叡智を認められた賢人が見つけた真理です」


「わかっとりゃいい……近頃のやつらは、森の民と見れば『ドルイド』だと決めつけて、酒場で酒の摘まみに肉を頼めば驚きやがる。『森の民はみんな役人嫌いで危ないやつだ』なんつって勝手に怖がりやがる。氏族の違いも知らずに一括りにしやがって……」


 そういえば……サンプル採取から帰って来た時にティアさんから聞いたのですが、シロヤナギさんとロックさんの間で少々衝突があったそうです。


 聞く限りでは衝突というよりも、ロックさんが当たり散らしてシロヤナギさんがそれを聞き流しただけのようですが。

 この様子を見る限り……ロックさんは何か『森の民』に対する差別的な言及を行ったのかもしれませんね。それも、無知を自覚せず本人を怒らせるような知ったかぶりを。


「……私は、森の民という方々について詳しくありません。しかし、以前ドルイドの冒険者の方に助けていただいたことがあります。少なくとも私は、『森の民は危険だ』とは思いません。よろしければ、森の民というものが本当はどのようなものなのか、教えていただけますか?」


 利害の一致というものです。

 少なくとも、世間一般の偏見でバイアスのかかった情報よりはより正確な情報を知っているらしいシロヤナギさんから直接情報を得られるという私の利益と、おそらくですが『本当のことを理解してほしい』というシロヤナギさんの精神的な欲求は一致します。


 この明日をも知れぬ状況です。

 心に溜まった気持ちを言葉にして出しておきたいという欲求はわかります。

 食事も大事ですが、緊迫した中で時を待つこの状況ではこういったメンタルの支え合いも重要でしょう。


「……俺の話は長ぇぞ?」


「楽しみです。私の知らない多くを知れるのですから」


 私だって、気分転換に目の前の問題解決とは関係のない話をしたいという気持ちがないわけではありませんしね。




 はてさて、ご老人の話は長いものとは言いますが、しかし本や公的な情報源からは得られない生の情報を得られるという点ではかなり価値のあるもの。


 特に、『敵』と『味方』が差別され情報が偏りやすくなる文化や人種、民族の衝突問題に関してはその発端を知るのにこれ以上の情報源はないかもしれません。

 プロパガンダ的には『敵は最初から悪者だった』とするのが合理的で記録もそちらに偏るものですし。


 シロヤナギさんの話を抜粋すると、まず第一に認識すべきは『森の民』というのはこの『ガロム中央会議連盟』という大陸西岸地方を包括する巨大国家のやや北部に存在する『旧都』の向こう側、北西部の文化圏を中心に活動する十二氏族の総称であるということ。


 そして、その十二氏族は『森の民』と呼ばれていても年中森の中で暮らしているわけではなく、開拓を進めるより自然と共存する形での生活を営みながら、それぞれに村や集落、あるいは町を持つのだとか。


 その多氏族文化の交流の中心となっていたのが『旧都』であり……そして、先の戦乱の時代に彼らの住んでいた地域は特に大きな被害を受け、彼らの交流の中心であり信仰的にも大きな意味のあった『旧都』が大きく損壊し、今では『森』に沈んだ遺跡となってしまっているということ。


 元々、領土拡大への意欲がなく権力争いにも興味がなかった彼らにしてみれば、自分達と関係のない戦争の巻き添えで故郷を焼け出され、しかも神聖な都市を失ったというのだから中央側の人間と険悪になるのも仕方がないというもの。


 しかも、さらに悪いことに『森』に沈んだ『旧都』が後に、『財宝が山のように残された遺跡』として認識され、冒険者達から攻略対象として狙われるようになったというのだからたまったものではありません。


 拠点を失った十二氏族が体勢を立て直した時には既に多くの遺産が持ち出され、人的損失から多くの技術も失伝し遺産の復元も不可能。

 先祖代々受け継がれた独自の技術体系によって作られた門外不出のマジックアイテムや工芸品は高値で売り払われ、政府に抗議しようと回収不能。


 さらに、今でも残された遺産を目当てに遺跡探索という名の盗掘に来る冒険者が後を絶たず、『森の民』と中央側の人間の関係は悪化するばかり。


 しかも、森の民の側も十二氏族でスタンスが分かれ、その一部が強引な手を使っても掛け替えのない先祖の財産を取り返そうと蒐集家の屋敷や美術館に対して強奪を行ったり、『旧都』に来る冒険者に攻撃を行ったりという状況で中央側から『森の民』全体への印象も悪化。

 結果として互いの関係はどんどん険悪になっているそうです。


「十二氏族の中で方針を取り決めて意思統一をしようという動きは?」


 私は疑問を挟みました。

 聞いている限りでは、それが最も解決への近道になりそうだと思ったのですが……


「あるにはあるんだが……氏族を取りまとめる会議の開催権限を持つ大長がいねぇんだ。その称号を与える儀式をやるために必要な秘宝も『旧都』にあったが、今はどこにあるかわからねえ。だから、協定を結ぼうが何しようが言うことを聞かせられねえやつらが暴れていつもおじゃんになんだよ」


 なるほど。

 たとえそこが敵国に占領されていようとも決められた都市で戴冠式を行わなければ正当な王位を主張できない、というような状況に近いかもしれませんね。しかも、この世界ではそれが『称号』という明確な形で発現するためルールを曲げて臨時の代表者を決めても強硬派は納得しないと。

 しかも、その秘宝紛失の原因が対立している中央側の人間では、それは和解できませんね。


 難しい問題です。

 アーリンさんは『転生者』に敵意を向けていましたが、彼女はまだ無闇に『敵』を大きく括らず憎しみと上手く折り合いを付けていた方なのかもしれませんね。

 単純に強い相手と闘いたいだけかもしれませんが。


「あんたぁ、ドルイドに助けられたそうだな」


「はい、魔法の基礎も教えていただきました。どうにも私の魔法は独特の結果を発揮するようで教えてもらった通りには使えていないのですが」


 手を振ってみせると、手袋の口からはみ出た火傷痕が見えたらしくシロヤナギさんは目を細めます。


「暴発……いや、暴走か?」


「ええまあ、一応『石化』と併用すれば火傷はせずに済むのですがね」


 これに関しては『石化』で感覚を鈍化した状態だと体内の胞子に幻炎が効かないかもしれないと思ったからわざとやったのですが、それを口にするとテーレさんにバレたときに怒られそうなので。

 それにしても、もう少し出力を抑えてもよかったかもしれませんが。


「なんじゃ、あんた。『魔法の合成』は教えられんかったんか?」


「『魔法の合成』……ですか? いえ、教えられていませんが……」


「難しいことじゃねぇ。要は二つの魔法を一緒に使うときのために、二つを合わせた魔法名を付ければええだけじゃ。なんか、その二つと関わる名前がえぇなあ」


 なるほど、一種の暗示ですね。

 連想ゲームのように二つの魔法の発動を想起させ、その魔法名を思い浮かべるだけで同時にそれらが発動するようにすると。


「すごいですねぇ。新しい魔法を作ってしまえるというのは」


「そうすごいことじゃねぇ。中央側のやつらの頭が固いだけじゃよ。やつらが使い始めた『法具(トーテム)』も元々は森の民の考えたもんじゃしな。俺らは昔から誰でも使えるもんより自分の手に合うもんを作る方が得意だでな」


「それはつまり、『法具(トーテム)』の技術は流出しパクられたものと?」


「いんや、そうじゃねえよ……交友がないわけじゃねえんだ。俺みたいに冒険者やりながら、真っ当に稼いで宝を買い戻そうとしとるやつも結構おる。ま、おらぁ一つも買い戻せんかったがな。それこそ、十二氏族が力合わせんと集められんだろ」


 忸怩たる思い、というやつですかね。

 話を聞く限り、森の民のマジックアイテムも数が少ないものの量産品よりも性能が高いようですし、もしかしたらアーリンさんが転生者を探していたのは、そういった『レアアイテム』のコレクターを探しているのかもしれませんね。


 今度会えたらアーリンさんのスタンスを訊いてみましょうかね。

 氏族も知りませんし性格からして武力行使を嫌うタイプではなさそうですが、話のわかる女性ではありますし。何かお役に立てるかもしれません。


「ま、穏健派の方が多いつっても、目立つのは騒ぎを起こす方だな。おかげで昔からよく避けられたもんだが……あんたぁ、違うな」


「ええ、まあ。差別主義者ではありませんので」


「違ぇな。あんたぁ、差別じゃなくて区別しとらんだけじゃ。男も女も、老いも若いもな。その丁寧口調も、単に相手の立場が上だか下だか区別しとらんからそうしとるってだけじゃろ」


 ……ふむ。

 言われてみればそうですね。

 なるほど、確かにそうかもしれません。


 『個性を認める』だとか『違いを受け入れる』だとかいう文言を聞く度、個人が認めまいが受け入れまいが無関係に存在するはずの個体差についてどうしてそんな当たり前のことを格言のように言うのかと思っていましたが。


 思えば、先程の料理に使う肉のこともそうですし、地球にも女性が肌を夫以外に見せてはならないと黒衣を頭から足先まで覆うように纏う文化がありますね。

 こちらが気にせずとも、信仰の都合上あちらの禁忌(タブー)に触れているという場合もあると。

 そして、それらは自分からは言い出しにくいこともあるかもしれません。


 そういった場合の問題を防ぐため、事前にその手の配慮が必要かどうかを確認し、衣服や食事などを専用のものにするといった『区別』も必要であると。


「これは失礼を……言われてみれば単純にまとめて料理をしてしまいましたが、年長者用の料理は油気を減らすなどの配慮もすべきでしたかね。暗に注意されてしまいましたが、これは失念でした。次回からは事前に要望を聞いてからの調理を心掛けます」


「……なんか少しズレとるのぉ、あんた。あの娘さんも大変そうじゃわい」


 何故か呆れられてしまいました。

 どうしてでしょうね?





 ちなみに、狂信者は料理下手ではありません。

 しかし味付けが雑(味見をしてもそれが『美味しい』のかよくわからない)ので出来栄えが安定しません。

 さすがにはっきりと『不味い』ものくらいはわかるので食べられるものにはなります。

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