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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
三章:異常なる『正常者』

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第76話 期間は五日間

side ティア・ショコラティエ


 未だに状況がちゃんと理解できていない。

 リノさんが産気付いて土蔵でお産をすることになった所まではちゃんと理解できているはずだ。その後、診療所へ必要な薬と道具を取りに向かっていたのも。


 理解不能になったのは、明らかに正気じゃない職員さんに襲われかけたところから。


 さらに、同じように様子のおかしい村の人たちが一斉に迫ってきて、お姉ちゃんが彼らから逃げていて、私の隣にいた狂信者と呼ばれる男はその異常な集団の端にいた外科先生に近付いて、お辞儀をして、合掌して、容赦ない蹴りをかまして医療品鞄を奪取して戻ってきたと……いや、狂信者さん、特にあんた何やってんですか?


「いやあ、流石は悪魔や霊体系モンスターの蔓延る世界! 歩く死体(ウォーキングデッド)の出現は一応想定していましたがまさかこのタイミングですか! 時にティアさん、確認ですがあれは屍人(ゾンビ)ですか?」


「いやゾンビじゃないでしょ! こんな真っ昼間から……あ、お姉ちゃん! えっと、リノさんが産気付いて……」


「え、それどういう、いや、それより狂信者さん!? さっき逃げてって言ったのに近付いて行ってなかった!?」


「とにかく土蔵へ! 彼らはあまり足が速いタイプのゾンビではないようですが、小走りくらいの速度はありますからね!」


 そもそも『あまり足が速いタイプのゾンビ』って何?


 『屍人(ゾンビ)』っていうのは文字通り、屍が人のように動くものだ。

 その正体は、肉体を持たない下級悪魔や死体術者(ネクロマンサー)の使い魔が入り込んだ人間や動物の死体。


 高等な悪魔や特別な使い魔が入り込んだ完全な状態の死体は『ゾンビ』とは呼ばない。

 足の速いタイプのゾンビ、それだけ肉体性能が高いものは単純に死体を使って擬似的に受肉した『悪魔』か高位死体術者の『死体人形(ゴーレム)』と呼ばれるようなものだけだ。


 『ゾンビ』は中の霊体が低級だから動かすのが精一杯で肉体の修復や外見の改善はないし、知的な会話もできないし、素早く動かない。

 注意すべきは腐乱死体の持つ病気や呪いを爪や歯から感染させられる可能性くらいだ。


 もしも肉体を万全に動かせるくらいの高等な霊体なら、まず自分に合わせて肉体を作り替えることから始めるからただの死体とは外見からして別物になる。

 そうすることでより霊体と肉体が繋がりやすくなるから、『見た目だけ死体のまま動きのいいゾンビ』なんていないはずだ。


 だけど、少なくとも今こちらを追っている彼らは血管が黒く浮き出ていること以外は完全にいつも見ている彼ら自身の外見だ。顔形や体型に変化はない。

 そして、今は昼間。ゾンビに入るような力の弱い霊体は強い光を嫌うから、日中はあれだけ活発に動いたりしない。


 というか……


「お姉ちゃん! 何あれ!? 村の人たちどうしたの!?」


 ゾンビは死体に霊体が入ってできるものだ。

 戦場や殺戮の跡地ならともかく、この平和だった村でなんであんないきなり……


「か、患者さんの一人が行方不明になって、探してたら噛みつかれたって人が、そこからどんどん……」


「致命傷は見受けられませんし、傷は浅くとも噛まれればお終いのようですね! 歯からの感染となると体液感染が最も有力かと……」


「てかなんで狂信者さん医療品鞄持ってそんな走れるの!? 身体強化!?」


「アンナさんとの遊びで経験値を得られた幸運に感謝です!」


 とにかく逃げることしか思いつかなかった私と違って律儀にというかなんというか、医療品の入手っていう診療所へ向かっていた最初の目的をちゃっかり達成してるし。


 外科先生が医療品鞄を持ったままああなってたのは、それこそ『幸運』ってことなんだろうけど、私だけだったら同じ立場だったのに掴めなかったものだ。

 観察力云々の問題ではなくて、そもそもパニックというものがないのかもしれない。


「いやあ、しかし助かりましたね。医療品鞄は開けてないようですし、テーレさんの指示を達成できなくなるかと心配しましたがこれなら一通りのものはありそうです」


 というか、この事態でまず心配したのがテーレさんからの注文ってどうなのよこの人は。

 あと、その全力疾走で荷物だけ全く揺らさない走り方、器用過ぎてちょっと気持ち悪い。







 何はともあれ、私とお姉ちゃん、そして狂信者さんの走りについて来られなかった村の人たちを引き離して先に土蔵が見えるところまで辿り着けた。

 後はあの中に逃げ込めば……


「アンナさん! コットンさんと一緒に出てきてください! 大至急!」


 身体より先に届く狂信者さんの声。

 状況を伝えるのは必要かもしれないけど、なんでアンナ?


「あ、ティアさん。この鞄の表面に『洗浄』の魔法をお願いします。病原体を手術室に持ち込むわけには行かないので」


「私たちは!?」


 病原体を持ち込まないようにってことは、私たちは入れないってことだ。確かに、言われてみればその通りだ。

 お姉ちゃんは走るのが得意じゃないし、もう結構息も絶え絶えで限界が近い。土蔵の外で安全な場所を探す時間はないし……


「私たちは接触感染の可能性があるのでいきなり中に入るわけには行きません。なので、とりあえず土蔵の上に逃げます」


 土蔵の中からアンナとコットンが出て来る。

 そして、私たちを見て、背後に迫る黒い血管の浮き出る暴徒の集団に驚いた。といっても、相変わらず危機的状況を理解できるような状態ではないらしくて緊張感がない。


「うわー。お客さんいっぱいだねー」

 

「アンナさん、これを中に! あと、コットンさんの毛で私たちを土蔵の屋上に持ち上げて、その毛は切り離してください! それから、彼らは入れないでください!」


 狂信者さんの差し出した洗浄済みの鞄を受け取るアンナ。

 精神が幼児退行している彼女だけど、危機が迫っているらしい状況は理解できたのか、指示通りに私と狂信者さんとお姉ちゃんを屋上に上げるようにコットンに命令する。

 すると、私たちの身体は見えない糸に持ち上げられて土蔵の屋上へと打ちあがった。

 そして、さらに土蔵の入り口に向き直る。


「コットン、ちょっと血をもらうね……【──□─■──】」


 入口の扉と、その上の木材の部分に血を塗って何かの呪文を唱えたように見えたけど、その呪文は私の聞いたことのないもの。血を塗ったのは簡易儀式のようにも見えた。

 実際、それは何かの魔法を発動したらしく、私たちを追ってきた村の人たちは私たちを見失ったかのように足を止め、辺りを見回して散っていった。


「これでいいー?」


 一瞬であれだけの数の暴徒たちから建物一つを隠すほどの結界のようなものを展開できるなんて……記憶を失くす前は凄腕の冒険者だったのかもしれないとは聞いていたけど、こんなこともできたんだ……


 これには流石に狂信者さんも驚いたのか、散っていく村の人たちとアンナを交互に見て、そして……親指を立てた。


「グッジョブです。助かりました、アンナさん」







side テーレ


 私は今、昨日の工事で私自らが作った梯子に上って土蔵の屋上とを隔てる天井の扉の前にいる。

 さすがにここまで来ると、自分の性質が少し嫌になる。


「えっと、整理させて。つまり、こっちが出産の準備に四苦八苦してる間に、この村で感染者が狂暴化する病気がいきなり発生して、しかもマスターはそいつらと接触してきたと」


「正確に言えば、タイミング的にはリノさんが産気づくより前に感染が始まっていたようです。ルビアさんの話では、私たちと同じ乗合馬車で村に訪れた患者の一人が発症、彼に元から徘徊癖の症状があったため異常への認識が遅れ、行方不明になった彼を捜索していた職員さんたちに感染が拡大したらしいと」


 いくらなんでも、一日や二日泊まったくらいでこれはないだろうと思いたい。

 新種の感染症が目の前で発生って……落雷に直撃されるよりあり得ない気がするし。


「観察結果から感染者に噛みつかれた場合に感染するそうですが、一応念のため私たちは室内に入らずに屋上に避難しました。特に私は噛みつかれてはいませんが感染者の手を掴んでいるので。一応ティアさんに『洗浄』をしてもらいましたがね」


 適切な判断だろう。

 少しの病原体でも新生児やその母親には危険だ。最低でも無事に出産を終えて万全な隔離スペースを確保するまではそうするべきだ。

 それが簡単なこととは思わないけど。


「幸運にも接触感染はなかったようですが、一応念のためルビアさんの予備の手袋をお借りしました。あと、他にも二人程避難者を引き上げました。噛み痕がないことは確認済みです」


 話を聞く限りでは、一番感染の可能性が高いのは感染者を取り押さえたマスター自身だ。

 そして、自分たちを含めて感染の可能性のある人間を屋上に隔離することを考えたのも彼自身。


 真っ先に自分が感染源になる可能性を……自分が発症する可能性を理解しながら、それを冷静に分析して判断した。

 その上で、その声に一切の悲観は見られない。


「今のところ体調も良好ですし、感染者の発症時間を考えればむしろ安全だと考えるべきかもしれませんね。接触感染での潜伏期間だけは長いというのであればお手上げですが」


「……医療品を取りに行ったこと、後悔してる?」


「いえ、むしろ幸運だったでしょう。事態に素早く気付けましたし、ルビアさんも救出できました。これからのことを考えれば、医療品とルビアさんの存在は必要不可欠ですから」


「これからのこと?」


「はい。もちろんテーレさんも必要です。魔法と関わる微生物研究の専門家であるルビアさん、一通りの専門知識を検索できる生き字引のテーレさん、そして実験設備と実験室の備わった土蔵(シェルター)。これだけ揃っていて救助を待つというのはないでしょう」


「……まさか、私たちでこの事態を解決しようってこと?」


「可能ならば、ですがね。しかし、この感染症が発生したのがこの隔離された治療院だったというのなら、かなり幸運なことです。ここで適切に対処できれば大きな犠牲を事前に防ぐことができます。そして、もしもこれが『幸運』により揃った要因だとするのなら……これは私たちが自力で解決すべき問題なのだと思います」


 ここで対処できれば……それは、本気で言っているのだろうか。


 話を聞いている限り、外で発生している『ゾンビ』は死霊とかの類じゃない。

 明らかに生物的な感染性異常現象。つまりは疫病の類だ。

 マスターがいくら強力な浄化魔法を使えるとしても有利にはならないし、いくら医術に憶えがあると言っても私だって対処法がわからないような現象だ。


 いきなり発生した生物災害(バイオハザード)を、なりゆきで解決しようと……


「……私が中央政府の人間ならば、この村の現状を感知すれば救出作戦よりも殲滅作戦を取ります。情報も拡散しにくい山間の治療院、感染力が高く対応の難しい感染症。私たちが自力で解決できなかった場合……最初に感染が拡大するのは、『観光都市レグザル』です」


「……っ!」


 この世界に、少数の人間……しかも、言い方は悪いけど世間から『できそこない』扱いされる治療院の人間のために大量感染パニックのリスクを許容する余裕はない。

 大のために小を切り捨ててようやく人類が生存できる、それが魔王やモンスターに脅かされるこの世界の現状だ。それは必要悪とされるものだ。


 おそらくだけど……昨日の村や乗合馬車の中で騒ぎにならなかったことからして、この『病気』が変異したのは私の『不幸』に当てられてから。

 他の地域で発生してただ潜伏していただけだとしたら、流石に噂になるかレグザルで移動規制が敷かれているはずだ。


 つまり、ここは事件の現場であり、同時に感染拡大を止められるかどうかの水際でもある。

 というか、そう思わないと私たちじゃどうしようもない事態だ。別の世界を救えるようなヒーローに期待するしかない。


 もしもここで感染を食い止められず、五日後の乗合馬車の客なり馬なりが感染してレグザルへ逃げ帰れば、そこは国中各地から客を集める観光都市。

 規模も簡単に封鎖できるものじゃない。

 勝手に領地に逃げ帰る地方貴族なんかがいればあっと言う間に死都誕生だ。


 そのリスクを冒すくらいなら、この山ごと滅却した方がマシだとなるだろう。少数の尊い犠牲を悼みながら。


 そして、今の私たちはその少数側にいる。

 

「つまり……最短であと五日以内、次の乗合馬車が来るまでに?」


「幸いにも、治療院の村を囲む柵は彼らに越えられる高さではありません。最悪の場合でも……『被害』はこの村の中に収まるでしょう」


 マスターが何を言っているのか……他の天使にはわからないかもしれないけど、『悪』の性質を持つ私にはわかってしまう。


 『最悪の場合』の対処法……感染者を私たちの手で全員抹殺し、この土蔵の中で保護した生き残りと共に脱出する。

 より完璧を期すなら、感染者の肉体や病原体の付着しているであろう器物全てを殺菌して生物災害(バイオハザード)を根絶する。

 それが、ここにいる少数を確実に生かし、そして世界に被害が拡大するのを防ぐことのできる方法。


 五日以内に『感染者』を元に戻す方法、この事態の原因、そして根絶法を見つけ出すことができなければ……私たちは、その最悪の解決法を取らなければいけない。

 『癒し手』の一族が守り続けたこの村を、この手で滅ぼすことになる。


「……テーレさん、そういえば、リノさんのお子さんは無事にお生まれに?」


「……ええ、やっぱりまだ少し小さすぎたみたいだけど、一応は五体満足よ。女の子。でも……こんな時に、こんな場所で生まれなければ……」


 素直に祝福されたはずだ。

 未熟児であっても必死に生きようとする姿は、人々に喜ばれたはずだ。

 なのに……この状況では、一歩間違えば自分の足で立つことすらなく天に還ることになる。

 それもきっと、私の『不幸』で……


「そうですね……その子が今、生まれようとしてくれてよかった。その子、いえ、彼女と呼ぶべきですか。彼女は実に素晴らしい幸運を運んでくれましたね」


「……え?」


「まずはリノさんです。彼女は妊婦、身重で彼らから逃げることは難しかったでしょう。しかし、このタイミングだからこそ私たちは彼女をこの安全な土蔵へ運び、無菌室まで展開したのです。元々やつれていて抵抗力の低かった彼女が生き残る道はこれしかなかったでしょう」


 確かに……そう、なのかもしれない。

 このタイミングでなければ……臨月まで待っていては、そもそも生まれてくることすらできなかった。


 私たちがこの異常事態を解決できたとしても、妊婦とそのお腹の中の胎児を完全に救い出すのは無理だろう。

 事件の後先が逆だったなら、彼女たちに気を割く余裕はないと判断せざるを得なかったかもしれない。

 感染者がどんな理屈で狂暴化しているにしろ、それが肉体的負担を与えているのなら、感染すれば犠牲は避けられなかっただろう。


 どうやっても切り捨てるしかなくなるはずのものを、切り捨てずに済んだ。

 それこそが『幸運』といえば、その通りだ。


「それに、私たちも土蔵へ集合し、他の村人の方々のように不意討ちで感染を受けるということがありませんでした。この事態に対処するのにこれ以上ない戦力が、奇しくもリノさんのお産に対処するという目的でほぼ集合していましたしね。外科先生だけはそれが叶いませんでしたが、ルビアさんも医療品の入手過程で合流し、土蔵が安全だと伝えることができました。しかも、ここはつい昨日の改築で最低限の研究設備と気密性が保たれ、強度も十分。加えてアンナさんの隠された結界技術。対感染の本拠地としてこの村でここ以上の場所はありません」


 十分な設備があるとは言えない。

 謎の感染症の治療法や解決法なんて、そう簡単に見つかるものじゃない。

 『万能従者』で引き出せるスキルを超えるその手の分野の専門家が何十人、もっと大きくて専門的な機材のある施設があったって、五日で解決できる問題じゃない。


 けれど……贅沢を言わないなら、この(デッキ)で揃えられる最高の手札(カード)はここに揃ってる。

 全く足りないとしても、これ以上望むべくもない程に。


 だったら……諦めるのは少し早い。 

 

「……マスター、ちょっと待ってて。土蔵にある物一度確認して使えるもの集めてくる。それと、できれば簡易実験室をもう少し改良しておきたいからアンナから材料(コットンパーツ)もらってくる」


「私にお手伝いできることは?」


「外の感染者の動き、観察して気付いたことあったら教えて。どんな些細なことでもいいから」


「了解しました……ああ、それと。及ばずながら、私から一つアドバイスを」


 アドバイス?

 流石に医療知識に関して私が負けるとは思わないんだけど……


「確か、テーレさんは私との意思疎通を円滑にするために地球での一般的な知識をある程度持っているとか。ならば、『ゾンビ映画』で検索を。参考になりそうなデータがあるかもしれません」


 『命令』じゃなくて『アドバイス』だから断ってもいいけど……まあ、魔法医療がないのはともかく純粋な病気に関しての技術はマスターの前世の世界の方が進んでいる。

 こっちでは魔力で変質した病原体が多いから一般レベルの医療知識が検索できても役に立つとは思わないけど、一応は見てみて損はないだろう。


 『ゾンビ映画』……と、ん?


「…………何このジャンルめっちゃ使えそう」


 とりあえずコットンの毛を使って、噛まれても大丈夫な防護服を作るところから始めようかな。


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