第68話 土蔵修理
side 狂信者
働かざる者食うべからず。
まあ、この前コインズの街で家庭教師をして稼いだお給金もありますし、金銭で払えないわけではないのですが、一宿一飯の恩を労働で返すというのも悪くないもの。
というわけで、レグザル治療院来訪二日目はお仕事の時間です。
具体的には最近雨漏りや隙間風が発生し始めたという離れの土蔵の修繕です。現在は朝食後、早速作業を開始したところですが、まだ軽いウォーミングアップといったところ。
「テーレさん! 木材はこの長さで合っていますか?」
「いいよー! こっちにパス!」
役割分担は主に私がテーレさんが付けた印で木材を切る係、そしてテーレさんが屋根の上で材料を受け取って破損個所を修繕する係です。
テーレさんは『古馴染みだからって便利に利用された』と多少は怒っていましたが、ココアさんの方が上手だったのか結局はこうなりました。
まあ、私はDIYが嫌いなタイプではないので、むしろ楽しんでいるのではないかというくらいですが。
ちなみに、アンナさんには土蔵の中の物品の運び出しや、村の資材置き場から材料を運んでくる役を担当していただいています。
力は強いのですが修繕のような技術の必要な作業は苦手らしいので。
今回の修繕は、できれば隙間なくきっちりと空間を隔離できるようにしなければならない案件とのことで、スピード優先で突貫工事というわけにもいきません。
というのも……
「ご、ごめんなさい……実験の手伝いをさせちゃって……」
この土蔵、修繕のついでにルビアさんの研究で使うカビの培養スペース、つまり『実験室』としての密閉空間を作ることになりました。
ルビアさんは元々土蔵を使う予定だったそうですが、久方ぶりに帰って来てみれば最近起きた嵐のせいで気密性が損なわれていたので修繕が必要になったそうです。
私たちが来なければ、街の業者に依頼をして来てもらうといった手間と時間がかかったわけですし、ルビアさんの日頃の行いが良かったのでしょう。
「構いませんよ、ルビアさん。使えるものはなんとやら、それに私たちは善行をよしとするディーレ教徒。目の前にその機会があれば自己修養の意味でもやるべきです」
「あ、ありがとうございます! わ、私も手伝いたいんですけど……ちょっと村の方に行かなくちゃいけなくて……」
「そうですね。久方ぶりの帰省であればご近所への挨拶やその他諸々の用事もあるでしょう。どうぞご遠慮なく、私たちは冒険者なので身体を鍛えるついでにやっていると思ってください」
ここレグザル治療院は医療機関であると同時に、山間の小さな村でもあります。
というよりも、山間の小さな村だからこそ療養地となり、治療院という隔離性の高い施設が作られたのでしょう。
そういった場所ならば、近所付き合いも大切でしょうね。
「お、お昼にはお弁当を持ってきますから!」
走り去っていくルビアさん。
そういえば、朝から妙に焦っているようにも見えましたし、村に何か気になることでもあるのでしょうかねえ。
寮生活中に何か変わっていそうなことがあったりとか……まあ、治療院の村の住人の多くが『患者』であることを考えればいくらでも理由は想像できますがね。
さて、仕事仕事……
「お兄ちゃん! これ、どこに置いたらいいかな?」
「おや、アンナさん。あまり使われていないものはまとめてあちらにと……」
「でもこれ、昨日使ったみたいだよー」
「そうですか。ところで、その中身が何かわかりますか?」
「えっとねー、なんか『絶対開けちゃだめ』って書いてあるよ?」
「そうですか……ちょっとそれ見せてください」
side ティア・ショコラティエ
私はこの治療院の次期院長、そして同時にこの村の次期村長でもある。
当然、小さな村であっても村長ともなればそれなりに仕事があるし、治療院は仮にも医療施設。
村の住人兼治療院の職員である皆が頑張ってくれても、消耗品の補充に患者さんの状態の確認、その他諸々の経理関係の仕事もある。
一族の技を継いだ『癒し手』として代わりの利かない仕事をしているお母さんの分まで細々とした仕事は山積みだ。
そんな仕事の合間。
我が家のテーブルで落ち着いてお茶を飲める貴重な時間なんだけど……
「どうも、ティアさん。お休み中、申し訳ありませんが……お話が。主に昨日辺りのことで」
先に二人分のお茶を用意して待ち構えていたお客人。
こればっかりは自業自得だ。しょうがない。
「はいはい、昨日のこと、昨日のことね? で、何の話?」
一応、誤魔化してみる。
まあ、他に理由はないようなものだし、しょうがないんだけど。
十中八九、私が昨日やった『悪戯』のことだろう。不発だったけど。
「ティアさん、どこか具合の悪い所でもあるのですか?」
「別にないけど……」
「そう言わず、些細なことでも構いません。家族に相談しにくいことであってもいいですよ。勝手にココアさんに話したりしないことを約束します」
「いやないって、そんなに具合悪そうに見える?」
あれ?
怒るどころか心配されてる? なんで?
「そうですか……おかしいですね?」
「昨日のことの話だよね? それがなんで私の体調の話になってんの?」
「実は土蔵のものを整理していたらこんなものを見つけまして。アンナさんの話では昨日ティアさんが開けたような臭いがすると。そしてテーレさんに聞いたところ、壺には特定医療目的の強い薬剤の粉末が入っていると書かれているとのことですが」
そういって目の前に置かれたのは、確かに昨日私が開けた壺だ。
封印はかけ直しておいたけど、臭いでばれたのか……
だけど、それでなんで私の体調を心配するんだろうか。
「確かにそれを開けたのは私だよ。お母さんの許可も取らずに勝手にね。それが何?」
私がやったのは、壺の中身を家に持ってくるお酒に少し混ぜただけなのに。
「……? 私はてっきりティアさんが重篤な病気で自らの治療のために処方したのかと思ったのですが」
「違うわ!」
予想の斜め上の予想をされていた。
確かにそういう使い方もできる、というか本来はそれ目的の薬だけども。怒られるかと思ったら心配されるとか、なんかがっくりきた。
「はあ……もう正直に白状するわ。私がそれを使ったのは、あなたにちょっとした悪戯をするため。それ、ほんの少量なら危険じゃないし。ちょっと深酒したみたいになるだけだから。お酒に入れてみたの。それだけ」
「そうでしたか。しかし私とテーレさんはお酒を飲まなかったので結局不発に終わったと。ちなみに、何のためにですか?」
……本当の目的は言いたくない。
酩酊させたままお姉ちゃんの部屋に連れていったら、勢いで何か進展するんじゃないかと思ったとか、言いたくない。お姉ちゃんのせいにするみたいだし、私が勝手にお姉ちゃんの気持ちがわかってしまうようなことを言うのも嫌だ。
ていうか、お姉ちゃんはお姉ちゃんですぐに熟睡しちゃって結局どうにもならなかったし。
「ただの悪戯……強いて言うなら、あなたたちのことが少し知りたかっただけ。酔っ払えば口も軽くなるでしょ?」
これも、噓じゃない。
一番の目的じゃなかったけど、お姉ちゃんの初恋の相手がひどい人だったら困るっていうのもあった。
それに……
「うちのお母さんはあのテーレさんって人を信用してるみたいだけど、理由は教えてくれないし。あなたはあなたでなんか変な感じだし。お姉ちゃんは変なテンションだし……私一人だけでも何かおかしいと思っちゃだめ?」
お母さんは職業柄人を見る目は確かだ。私なんてまだまだ遠く及ばない。けれど、それだって絶対じゃない。
特に、テーレさんという知り合いの紹介だから信用してるっていうんなら、先入観で警戒が緩んでいるかもしれない。
私には状況がよくわからない。
テーレさんのことも、お母さんに聞いても笑顔はぐらかされるだけで詳しいことは教えてくれない。
もしも、何か万が一のことがあったときは……私がこの家を、この村を護らないといけないんだから。
「……なるほど、『十人目の男』と同じ発想ですか」
私に疑いの目を向けられていると知った彼は、不快感を見せることなく、むしろ面白がるかのように笑みを深めた。
「『十人目の男』? 誰それ?」
「私の故郷に伝わる逸話。ユダヤという方々の裁判制度を元にした話なのですが、『議論の場において、十人の参加者がいて九人目まで同じ意見が出たら最後の一人は必ず違う意見を提唱する義務がある』というものです。特に危機管理や情報操作のあり得る議論の場では重要な姿勢ですよ。今回は、ショコラティエ一家の三人の内二人が『無条件の信用』を選んだために、あなたはその対極を取った。素晴らしい」
「そんなつもりじゃ……そんな話は初めて聞いたし……」
「逸話など知らなくてもいいのです。大事なのは考え方、むしろ自らその思考に至れるということは素晴らしいことだと私は思います」
「な……なによ、それ……」
悪戯しようとしたって言ってるのに、なんでむしろ褒めてくるのよこいつ……なんか恥ずかしい。
「まあ、それに。私が怪しいというのは否定しようもありません。まだまだ世間知らずなのは自覚していますし、テーレさんも事情が複雑なのでココアさんと打ち解けすぎているのを不審に思うのは当然です。ですが一つだけ……だとしたら、こうして私と二人きりになるのは不用心です。私は仮にも冒険者で、しかも未知数。もしも私が、そうですね……『対面した相手を無条件に魅了できる能力を持った転生者』などだったらどうするのですか?」
「なにそれ、たとえ話? それとも……本気の話?」
「さあ……どうでしょうね」
空気が変わった。
確かに、不用心と言われればその通りだ。
けど……
「もし本気なら、こう言わせてもらうよ。『甘く見るな』って。『癒し手』が治療しかできないと思ってるなら、とんだ間違いだから」
私の手は、既に彼の首に届いていた。
ごく自然に、あと少し動かせば触れられる位置に。一切警戒させず、敵意を感じさせることもなく。
「……ほう、すごいですね。『悪戯』をされたはずなのに、悪意を感じなかったわけです。どうやったので?」
「『癒し手』は心に触れて人を癒す。けど、雑念が混じれば深く傷を残してしまうこともある。だから、敵意や悪意を制御する訓練は物心付く前から欠かしてないよ。これだけは、一流冒険者以上だと思ってる」
相手に警戒されれば心に触れるのも難しくなる。
だから、警戒されずに触れるための振る舞いは『癒し手』にとって必須技能だ。
そして、触れられるなら本気になれば『壊せる』。
治療のときにやってはいけないことをわざとやれば、普段とは反対のことができる。
禁じ手だけど、『癒し手』の手は優しく触れる以外ができないわけじゃないんだから。
「ふむ……降参です。失礼、侮りました。心配せずとも、私は悪事を働きに来たわけではありませんよ」
……噓ではない、かな。
ま、ならいっか。
「そう、まあお母さんも近いうちにテーレさんとの関係は教えてくれるって言ってるし。別にいいんだけど。ちなみに、あなた仕事中じゃなかったっけ?」
「小休止中ですよ。テーレさんが土蔵の土台がそもそも弱くなっているからと全体的な補強をするための図面を引いています。何十年かして建て直しさせられるよりは今やれば一日で済むからとか」
「ふーん。で、あなたは私の体調を心配してこっちに来たと。もしも私が本当にそれが必要なくらいの重病だったらどうするつもりだったの?」
「そうですね……称号の詳細が判明して最初に習得する魔法をその病気の治療に使えるものにしてみようか、などと軽く考えていましたが。私、これでも霊能系の魔法が強力らしいのですよ」
……数秒沈黙。
いやだって、薬で悪戯したら病気と勘違いされた挙げ句、もし病気だったら魔法を憶えてまで治そうとしてくれるつもりだったとか……
「あは、あははは! なにそれ! 気を張っちゃってたのが馬鹿みたいじゃない! あはっ!」
「これでもわりと本気で心配したのですがね。まあしかし、無病息災が一番ですよ。医者と警察は暇なくらいが丁度いいそうですし」
「あはは、はぁ……そうだね。心配ごとも取り越し苦労くらいが一番だし、変に手を出しすぎるのもいけないかな」
お姉ちゃんの初恋が実るかどうかなんて、私にはわからないし。この人の場合は変に手を出しても深読みして変な方向に拗れそうだ。
私はただ、傍観者に徹しよう。
だから、最後に一つだけ。
「狂信者さん、私は心配されるようなことなんてないから、その分お姉ちゃんと仲良くしてあげてよ。お姉ちゃん、昔から友達少ないし不器用だから。でも、私よりずっと頭がよくて才能もある、すごいお姉ちゃんなんだからね」
『癒し手』の禁じ手というのは、外科医で例えれば、血管に空気を注射するような暴挙です。
絶対にやってはいけないけれど、注射ができる技術があるのなら誰でもできるという怖い技ですね(運が悪いと相手が死ぬので絶対にやっちゃだめなやつです)。




