第60話 『石化の呪い』⑥
side クルト・スウェード
魔法博士になりたかった。
お母さんみたいに町の魔法使いじゃ治せない病気になった人も治せる、どんな病気も治せる魔法を作りたかった。
だけど、おとうさんと一緒に商談で会った魔法使いの人にはむりだって言われた。
新しい魔法を作れるのは中央のいい学校へ行って勉強できるお金持ちだけで、ぼくにはそんなお金はないからって。
おとうさんががんばってはたらいて、ぼくにも商人としてやっていけるようにっていろんなことを教えてくれているのもわかっていた。だけど、このままだとぼくは魔法を覚えるチャンスなんて一生ないって、なんとなくわかっていた。
だから、あの家であの本を見つけた時……がまんできなかった。
あの本を読めば、ぼくも魔法使いになれるような気がしたんだ。
でも……それはまちがいだった。
ぼくがあんなことをしたせいで、おにいさんまで……
「ごめん……なさい……」
「謝ることなんてありませんよ。私は私の思うようにやっていますから」
目が覚めた。
周りは夜の暗さで、馬車は止まっていた。夜中に馬を走らせるのはけがの元だし、急いでいても馬にも休みは必要だ。今はその休みの時間みたいだ。
そして、そこまで考えてからやっと、自分が眠っていて、寝言を言っていたことに気付いた。
「おにい……さん……?」
石になった右手と右足。もうすぐ、自分の力で歩くこともできなくなるおにいさんは、ぼくのとなりに座ってガリの実を食べていた。
「おや、申し訳ない。寝言だったのですか。起こしてしまいましたね、少々訊ねたいことがあったので起きるまで待っているつもりでしたが」
「ご……ごめん」
「重ねて言いますが、謝る必要はありません。私に助けを求めたのはクルトさんの立場であればそうすべきことでした。そして、魔導書を読んでしまったことについても仕方のないことです。その時の帯は経年劣化で外れてしまっていたのでしょう? 不幸な事故ですよ」
「でも……」
涙がでてくる。
誰かを治せるようになりたかった。そう思って本を読んで……結局、おにいさんを巻き込んで呪われてしまった。
「ぼく……魔法博士になんて、なれないって……魔法使いのおじさんに、言われたんだ……商人の子供だし……魔法の、才能もないって」
できないことをしようとして、受けてあたりまえの罰を受けた。
だから、おにいさんは怒っていいはずなのに。ぼくのためにあの本を読む必要なんてなかったのに。
「そうですか……ところで、商人という仕事はお嫌いですか?」
「え……ううん、きらいじゃ……ないよ」
「そうですか。行商さんからも、あなたはいい子だと聞いています。計算も速くて、商品の扱いも丁寧だと。私は才能という言葉はあまり好きではありませんが、きっとあなたには商人としての才能があるということなのでしょうね。だからこそ、行商さんもあなたが商人になると疑わず、あなたに跡を継がせることにも疑問を持たなかったと」
「そっか……やっぱり、ぼくは魔法博士になんて……なろうと思っちゃ、ダメだったんだね……」
貴族の人たちが『人には生まれ持った身分がある』って言ってるのを聞いたことがある。
低層民は低層民の、商人は商人の、貴族は貴族の暮らしがある。それに逆らうと、ろくなことにならないって。
おかあさんの病気は……お金持ちなら、中央の街なら治せたんだって。
でも、病気になったのが中央から遠い地方で、中央まで行く時間もお金もなかったから……貴族じゃなかったから、そのまま死んじゃったって。
「確かに、魔法の才能はないのかもしれませんね。魔法博士にはなれないかもしれない……しかし、別に魔法博士でなくともいいのではないですか?」
「……え?」
「商人の仕事が嫌ではないのなら、商人のまま病気を治せるようになればいいではないですか。具体的には、商人として大成し、お金持ちになった上で資金を出して医療の発展に貢献したり地方の設備を整えさせる……要するに、現場は他人にやらせればいいのです。経済的後方支援はかなり重要ですよ? 私の故郷では人間でありながら天使と呼ばれたある人物も救護活動に関して『構成員の奉仕の精神にも頼るが、経済的援助なしにはそれも無力である』という意見を遺しています。適材適所というやつですよ」
『立派な商人になって病気を治す』……考えたこともなかった。
商人になったら魔法博士になれない。魔法博士になれないなら病気は治せない……そう思ってた。
「でも……お金のない人は、治さないの?」
「……? 治せばいいじゃないですか。その場で儲けが出ずとも宣伝などにはなりますし。『お金はより大きなお金を稼ぐために使うものだ』という考え方は商人として立派な規範ですが、ちゃんと別の商談で利益を出してその一部を『趣味』として慈善活動に使うのなら相手が誰であろうと構わないでしょう。女神ディーレの信徒は慈善事業施設を経営していることも多いそうですし、有名でなくともそういった活動はもう既にあるのですよ」
「そう……なんだ……しらなかった……」
「当然です。世界の内で個人が知ることよりは知らないことの方が多い。そして、知っていることを増やすことはどこかで使える武器を増やすことになります。ですから……どうぞ、知ることを恐れないでください。今回は偶然にも扱いの難しい本を開いてしまいましたが、文字が読めること、本が読めることはとても幸運なことです。あなたがこれから先、どのような人生を歩もうが知識はあなたを支えてくれますよ。クルトさん……あなたは、なにも間違っていないのです。私が間違いにさせません。あなたが呪いを受けたことがあるという経験を次に活かせるように、私は死力を尽くします」
ずっと、間違いだったと思っていた。
呪われて、巻き込んで、迷惑をかけて、泣いてばかりで。
そのまま終わると思ってて……それを『経験』だと言う人なんて、どこにもいなかった。
「ふふ……こまったな……」
「どうかしましたか?」
「お礼……ぼくとおとうさんの持ってる全部でも、全然足りないよ……」
「クックッ、そうですか。それはこちらも困ってしまいますねえ」
そう言って、おにいさんは荷台の外の方を向いた。
夜空の黒の向こうから届いてくる、綺麗な星明りが幌の隙間から見えていた。
「そういえば、女神ディーレの旗印は『流れ星』だとか。ディーレ様が星の落ちる様を見てその先に人間の姿をした主神様を見つけたという逸話が……まあ、テーレさんによるとディーレ様にそんな記憶はなく完全に後付けされた神秘だということですが、意味が通じるので旗印としては良しとしましょう。私の故郷でも、流れ星に願いを唱えれば叶うというお呪いがありましたし、奇跡的確率でないと見ることの叶わない流星は幸運を司るディーレ様の象徴としてはふさわしいでしょう」
おにいさんは、小さくなったガリの実を一気に口に放り込んで、そのまま呑みこんだ。
そして、まだ肌の温かさを感じられる左手で、ぼくの涙をぬぐって、頭をなでた。
「報酬は、呪いの解けたあなたがしっかりと全力で頑張り続けること。そして、有名になった時にそうですね……商人として有名になったのであればロゴマークにでもしてもらいましょうかね。商品でもできたら、ディーレ様のシンボルをより多くの人が目にするようにどこかに入れておいてください」
『私とあなたが出会った幸運がなければ生まれないものですから』と、おにいさんはそう言った。
そして、立ち上がろうとして……
「おっと、ここに来た目的を忘れていました。クルトさん、質問をしても?」
少しおどけるように、振り返ってぼくの方にまた顔を向けた。
さっきまでとは変わらない調子で……きっと、さっきまでの話も、特別なことは何も言っていないつもりだったように。
「うん……いいよ……」
「では、クルトさんがあの本を読んだときのご感想……というか、どのような内容だと認識したかを確認しておきたいのです。私の認識と一致するか、一瞬でページをめくる形になってしまった私が見逃した何かがないかを調べておきたいので」
「あの本は……『壊れないものの作り方』……だったと、思うよ。難しくて、よくわからないところもあったけど……そういう話だった、と思う」
「そうですか……ふむ、私の認識と大きな差はありません。神器などの破壊不能な性質を人間に適用できないかというアプローチでしたし。わかりました」
そう言って、頷くおにいさん。
あの本を読んだとき……あ、そういえば……
「あと……気のせいかも、しれないけど……読み終わった時……声が……聞こえた気がした……かも」
「声、ですか? それはどのような?」
「でも、勘違いかも……」
「いえいえ、その時はまだあれが『魔導書』だという確信がなく、また魔導書自体に劣化防止以外の魔法がかかっていないということから『本が話すわけがない』という先入観によって記憶への確証が薄れている可能性があります。何より、あなたは純粋に本の内容を理解しようとして原典に目を通したはずです。直接的な理解を拒んだまま本を開いた私とは違う。重要なことかもしれません。教えてください。勘違いかどうかは私が検証します」
あの時、聞こえた声……いや、はっきりとした声じゃなかったけど、でも何故か、そう問いかけられた気がしたのは憶えてる。
だってぼくは、それに『答えた』覚えがあるから。
「『本当にこの魔法を覚えたいか?』って……ぼくは、『うん』って答えたよ……魔法が使えるようになるんなら……なんでもいいって、思ったんだ」
side テーレ
魔方陣の上に置かれた魔導書を前にして、手の中の『魔本』を起動させる。
「魔本『供給福音』適用。【解析】」
魔導書にかかっている魔法や魔力保有量を調べる魔法をかける。今回は二度目だけど、前よりもよりじっくりと、徹底的に調べ上げる。
けれど……やっぱり、劣化を防止するための呪紋以外の現実性の歪みは検出できない。
これは確認作業……いや、責任逃れみたいなものだ。私が事前準備の時に雑に調べたせいでああなったのではないというのを確認するだけのこと……そのために、現状では一日一度分だけ魔本の魔力で使える自由な魔法を消費したのは、私の精神安定のため。
「何やってんのよ、私は……」
何が『九割方成功する』だ。
私は幸運の女神に仕えてはいても、本質的には不幸の天使だ。常に魔法で呪いを分散させているといっても、私の関わる出来事は他よりも不幸が起きやすいという事実は変わらない。
致命的な不幸が自然発生する確率の境界線を超えないところまでは抑えていても、それは普段ちゃんと注意深く生きていれば問題なくても行動次第では事故が起きる程度のもの。戸締まりを怠れば盗人に入られるし、火の不始末をしていれば火事になる。
今回だって、私が可能性を見逃した。
戸口の鍵を入念に閉めておいて窓の鍵を忘れたようなものだ。
最初からわかっていたことではあるけど……私の性質は、転生者の同行者に向いていない。
現世の人間相手でも短期間、一時的に関わるだけならそれほどひどい不幸は起こりにくい。けれど、ずっと一緒にいるとなれば自然と不幸の発生率は上がって行くし、トラブルが起きやすくなる。
その上、私はこの身体じゃ普通の魔法すらろくに使えない。
器用貧乏が売りの『万能従者』という特典の最大の利点、一番の万能性を持つ手札であるはずの魔法が魔本に頼り切った制限付きの切り札としてしか使えない。
ターレは美の女神に唆されて私を排除して同行者のポジションを奪おうとしていたけど、実際の所は従者として性能が高いのはターレの方だろう。
頭はちょっと悪いけど、従者は転生者の指示に従うものだから私みたいになまじ悪知恵が働く方が扱い難いはずだ。
それなのに……
「それを承知で私を選んだんなら、こんなところで躓いてんじゃないっての……」
お門違いな言葉なのはわかってる。
そもそも、『転生特典』は神器と同じで神々の権能の代行権限みたいなものだ。
本来人間には過ぎた力、その危険性から転生者が死んだ後は速やかに天使が回収することになっている。
けれど、前の戦乱の時代には天界も悪霊の処理やなんかで仕事がパンクして、戦死した転生者の遺した転生特典やその産物がかなり行方不明になった。
この魔導書もおそらくそのうちの一つ。
つまり、本来現世にあってはいけない理不尽な代物であって、しかも私たち天界の仕事の不備でここにあるものだ。そして、私自身がそれを見逃して使用を許可した。
だから、謝るべきなのはあいつじゃない……ってのに。
やっぱり、私はことあるごとに不幸を引き寄せる。不用意に独り言なんて言うべきじゃない。
「本当に申し訳ありません。テーレさんに相応しい転生者であろうとは常々思っているのですが」
不意に背後から聞こえた声の方向に目を向けた。
ここ数日、落ち込んでいるのか考えに耽っているのか座ったままほとんど動いていなかったマスターが、石になった右足を引きずってすぐ近くまで来ていた。
私の独り言が聞こえていたらしい……間が悪い。怒っても仕方のないタイミングだ。
だというのに、彼の表情は怒りの色を見せていない。
「何よ……解呪の手がかりなら……まだ、進展はないよ。こんな悪質な魔導書、本来読ませたい相手にはどうやって読ませるつもりだったのかもわからない。もしかすると、魔導書の体裁すら保ってないただのトラップかもしれない」
転生特典の従者である私は、主に対して『嘘』を言うことはできないから気休めにもならない事実しか口にすることができない。
それにしたって、『まだ』を付けたのは奇跡でも起これば何かわかるかもしれないってだけで、【解析】で新しい情報が出ないことが今しがたわかったところ。つまり、わからないということがわかっただけだ。
そもそも、魔導書は資格のある人間には魔法
が習得できるように、未熟者を弾くためのトラップとして呪いを仕込むものだ。
それなのに、魔法使いが魔導書解読に使うフィルターの類や精神耐性を素通りして転生特典の効果で呪いを強制入力する本なんて本当に読者のことを想定しているとは思えない。
「ふむ、防御不能の呪いを付与した魔導書を、本来読ませたい相手にどう読ませるかですか……む?」
「これがただのトラップとか魔導書としての役割を果たせない失敗作で捨てられてたって言うんなら本当にどうしようも……」
「テーレさん……提案ですが、そのネガティブ思考、ストップです」
突然、マスターの左手が私の右頬を軽く摘まんだ。
弱い力で頬を引っ張られて、数秒の沈黙……いや、なにやってんの?
「いい加減、テーレさんのお悩み顔は食傷気味です。偶には笑顔が見たいです」
「……笑わせてるつもり? 片方しかできてないし……どうしても見たいって言うんなら、『笑え』って命令してみれば?」
「そういうズルで笑っていただいてもあまり意味がありません。私はテーレさんの笑顔が見たいのと同時に、テーレさんが笑える現実が欲しいのです」
「……『笑顔が見たい』んじゃなくて、『笑わせたい』ってこと?」
「そうとも言いますね」
頬をぐにぐにと弄られるけれど、片手しか動かないから笑顔じゃなくて変な顔にしかならない。
マスターは小難しく考えるように唸りながら、私に話しかけているのか独り言なのかよくわからない調子で言葉を続ける。
「そもそもテーレさんは最近後ろ向き過ぎです。私が前向きな生き方を心掛けている分背中を護ってもらえていると考えれば嬉しくはありますが、最初はグイグイと私を引っ張ろうとしてくれたではないですか。それなのに一度や二度、百や千の失敗でその調子でどうするのです」
「いや、流石に千回も失敗してないよ……してないよね? ていうか、それでめげなかったら逆に引くでしょ」
「私は反省はしますが後悔はしません。というより、後悔というものがよくわからない部分があります。どんなにたくさんの賽子を振っても6が出ないときには出ないものです」
『それもまた、その逆境に挑み、学習せよという世界や神々の意向でしょう』。
呪いを受け不自由を噛みしめているはずのこの男は、その運命を呪うのではなく、心から祝福を受け入れるようにそう言った。
私と同じように『呪い』に苛まれる立場になっても、何も変わらずに。
「マスター……前にも話したよね。私の『呪い』は不幸を呼ぶ。今回のことも、多分ターレとかだったらこんなどうしようもない魔導書に出くわさなかった。きっと、マスターが前世で見てきたフィクションみたいに簡単に助けられるヒロインでも拾ってたよ。それでも……『呪いのせいだから仕方ない』って開き直れって言うの?」
「それに関してですが、私はむしろ『テーレさんの呪いのおかげで彼らと会えた』と捉えています。私のパートナーがターレさんであったなら、おそらく私は彼らと接触することもなく、その存在すら知らず……そして、彼らは為す術なく呪いに負けていた。テーレさんの呪いが『不幸』つまり『悲劇』を呼び寄せ、それに巻き込まれる、あるいはその発生を因果律的に近い場所に引き寄せるとしても、それは世界の不幸の総量を増やしてはいません。知らない場所で起こるはずだった悲劇が、目の前にやってくるだけです」
「それは……やっぱり、私のせいで巻き込まれるってだけじゃない?」
「いえいえ、私が言いたいのは……テーレさんはいつだって困った人を見つけられる『才能』を持っているということです。今回は少々準備不足だったかもしれませんが、常に備えていれば見えることすらできずに見殺すしかなかったはずの誰かも助けられます。何せ、テーレさんは呪いがあったとしても『幸運』を司る女神ディーレの天使なのですから」
運命を変える『可能性』に関わる権能である『幸運』の加護。
それは、この世界の運命が結果の決まったどうしようもないものではなく、意思と選択によって変わり得るものであることの証明。
ある意味、私の大量の『不幸』を押し付けて結果を悪い方へと固定する魔法と同じ原理だ。
私の魔法だって、対象の行動が導く結果が極端に失敗から遠いものだったら失敗する。つまり、私の『不幸』は『悪い結果』が起きる確率を上げるだけのものであって、『悪い結果』を確定させるものじゃない。
そして、こいつは……そのデタラメな『信仰』と『幸運の加護』で、招き寄せた『不幸』を真正面から打ち破って『善い結果』を出せば起こるはずの不幸を打ち消せると言っているのだから、呆れるしかない。
その馬鹿みたいな前向きさには……
「……ぷっ」
吹き出しそうになったから顔を隠した。
いけない……こんな状況なのに、こいつがあんまりにもおかしなことを言うせいで……
「テーレさん? 肩が震えていますが、もしや笑っているのでは?」
「う、くっ、くっ……だ、だったら何よ?」
「どうして見せてくださらないので?」
「だ、だって……」
答えられずに顔を隠し続ける私の顔を覗き込もうとするマスターから逃げて背中を向け続ける。
今見られるのは本当に困る。だって……
「テーレさん、もしや『笑顔』が苦手なのでは?」
「ギクッ」
「……あー、なるほど。ええ、わかりますとも。私は笑顔以外が少々苦手ですが、テーレさんは笑顔を作るのが苦手と。隠しているということは顔が全く変わらないわけでなくとも『変な顔』になると」
「へ、変な顔っていうか! えっと、その……ほら、一応私って『天使』でしょ? だからイメージが大事な仕事っていうか……善意の女神に仕えてるんだから、笑うなら『朗らかな笑み』とか『優しい微笑み』って形容される感じであるべきっていうか……」
「……ちなみに、テーレさんの笑顔を以前形容した方はどのような表現を?」
「……『相手を小馬鹿にしつつ嘲笑する天使の振りをした悪魔のような笑み』」
「あー……私は構いませんが」
「私が構う!」
くっ……営業スマイルが必要な仕事は大体ターレを頼りにしてたのに。
あの裏切り者め……あのホワンホワンした能天気な笑顔はある意味本気で尊敬してたのに。
これから先の仕事で祝福与えに行く時とかどうしろと。
今までは『優しい天使と厳しい天使』ってキャラ付けみたいな感じで誤魔化してたのに。
私一人だと、普段はそこそこ天使っぽい顔できてるのに笑顔になるとやたら悪人面になるから相手が騙されたんじゃないかと不安になるとかって苦情が来て困るのに。
「そうですか……仕方がありません。また、次の機会を見逃さないように気を付けましょう」
「次の機会って……下手したら一生石化したままかもしれないのに、前向きっていうか能天気っていうかこいつは……」
「ああ、そのことですが……解決の糸口が見つかったのでご報告をと思って声をかけたのでした。しかも、その用件を後回しにしたおかげでさらなる答えが得られました。この幸運の加護には本当に感謝しかありませんね」
…………は?
何を言っているんだこの男は。
要件を後回しにしたおかげでって……私は『解呪の方法が皆目見当もつかない』って報告をしたはずなんだけど……
「明日一日は記憶の中の魔導書を読み直し、その検証に充てますが……来る明後日、勝負に出ようと思います。その時に私の手足や口がちゃんと動くかわからないので、先に準備をお願いしたいものを言っておきますが……」
マスターは……私の招き寄せた『不幸』を真正面から打ち破ると言った男は、もう見るのも嫌になっておかしくないはずの魔導書を、まるでそこにいる獲物を逃がすまいとするように真っ直ぐと見つめながら、再戦を挑むように宣言した。
「もう一度、それを読ませてください。今度は逃げることなく、その真理を直視してみせましょう」




