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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
二章:無価値なる『価値』

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第44話 社会見学①

side グラード・ローリー


 算術の家庭教師。

 私はこいつが信用できない。


「お前も、もう明日で家庭教師となって一ヶ月か。本当に延長するつもりはないのか?」


「はい、冒険者としての活動もあるのでそろそろ拠点を移そうと考えています」


 こうして、任期満了の祝いだと言って夕食に招いたのも、これまでの働きで信用を得たからなどではない。


「そうか……私はてっきり、理由を付けて留まろうとすると思ったのだがな。コネクションだけが目的とは、随分と謙虚なことだ」


 むしろその逆だ。

 この男は、娘に深く取り入りすぎた。娘を誑かした。


 生かしておけない。

 このタイミングでなら、こいつが消えたとしてもそれほど不審がられはしない。

 偽金のことをどこで掴んだか、他に誰が知っているのか……そんなことは、縛り上げて吐かせればいい。一ヶ月もあれば、その道のプロや薬を用意するのには十分だった。


「さあ、せめてもの礼だ。存分に飲んで、食べてくれ」


 ここで始末しなければ……いつかこいつは、娘を私から奪いに来る。妻を奪ったあの男のように。




 私の二人の子の母である妻は貴族としては下級の家系の出身であったが、秀才で容姿も優れ、女でなければ当主として家を大きくしていただろうと言われた優れた女だった。


 だが、女は当主になれない。

 法では女が当主になることを禁じていないが、古くからの慣例というのは強固なものだ。才能があり優れた女であった妻も、それを覆すほどの天才ではなかった。


 私は、その優れた才能を我が家の血に加えるため、妻と結ばれた。

 そして、二人目の子である娘が産まれたすぐ後……あいつが現れた。


 田舎出の護衛騎士……低層民出身の、妻の旧友を名乗る男。

 妻を寝取り、私を殺して我が家を乗っ取ろうと画策した裏切り者。


 幸い、その企みは防いだが妻を奪われた。

 持たざる者は機会があれば手を選ばず金も女も権力も、既に権威を持つものから奪い取ろうとする。

 こいつも……今も、娘までも奪おうと画策しているやつらのように娘に手を着けようとしている。


 そんなこと、許してたまるか。


 娘に(たか)る害虫は、毒だろうが薬だろうが手段を選ばず排除する。

 今までも、そしてこれからも。


「申し訳ありませんが、アルコールと併用すると危険な薬を常用しているためお酒は遠慮させていただきます。香りから高級なものであろうことはわかりますが……本当に申し訳ない」


 ……チッ。

 勘付いたか。これだから冒険者は。

 涼しい顔をして、こちらを信用しているような素振りをして毒への警戒を解いてはいなかったか。この偽善者が。


「さて、明日は最後の授業の予定ですが……その前に、少々御当主様にご相談したいことがありまして。お時間をいただいてもよろしいですか?」


「相談? 明日、今ではなくか?」


「はい、タイミングを見てと言いますか、最後の授業に少々協力をしていただきたいと思いまして。それほど労をかけるつもりはありませんが」


「ふむ、まあいいだろう。聞くだけ聞いておこう」


 屋敷の中であればそのまま吐かせるのも楽なのだが、酒の中の薬に感付かれたのなら今日は警戒されてしまう。無駄だな。

 仕方がない。次の機会を狙うとするか。


「それはよかった。機会は多い方がいい。どうか、より多くの幸福に繋がる選択を」


「それはどういう意味だ?」


「もちろん、『皆が幸せになれるのが一番いい』という話です。『お父様』が人として立派な貴族であることを示せば、それは必ずやお嬢様の成長に良い影響を与えることでしょう」


 ……ふん。

 相変わらず、よくわからんやつだ。







side カーリー・ローリー


 今日は先生が家庭教師として来て、一ヶ月目。


 最後の授業……社会見学。

 一つ前の家庭教師の先生が出て行ったのを確認して、先生と考えた『作戦計画書』を確認しながら使用人の人や兵士さんに見つからないルートを通って屋敷の裏の林に入り込む。


 待ち合わせの場所はここ。

 そして時間は、先生の授業開始の鐘の音。


「カーリー・ローリー。時間ピッタリね。さ、今からロープ下ろすから掴まって」


 高い木の上に座るおねえさん。

 先生が言っていた、私に外の世界を見せてくれる人。


 このロープを掴めば、外に出ちゃいけないというお父様の言いつけを破ることになる。


 でも……見たい。見てみたい。

 ここで外を見られなければ……もう、二度と外へは行けないかもしれない。


「私はテーレ。マスターの命令であなたの護衛をすることになってるから、大人しく護られてよね?」







side 狂信者


 さて、そろそろテーレさんが侵入に成功した頃ですかね。


「なんだと!? 娘を外にだと!?」


「はい、御当主様がお嬢様を大事に思っているのはわかりますが、箱入り娘にもほどがあります。それでは彼女は環境の変化に順応できずいつか破滅します。彼女は本当に才能ある子供です。しかし、このまま経験不足で大人になれば偏った考え方に固執することになります」


 さて、予想通りではありますが、激おこですね御当主様。

 ここで許可を出してくだされば、最もスムーズに話が進むのですが。


「『外に出れば娘が奪われる』、そうお思いですか? 出て行った奥様が今も彼女を付け狙っていると。しかし、それは考えすぎだと思います。この一ヶ月の間に調べさせて頂きましたが……あなたの奥様は新たな配偶者と共に充実した生活を送っているようですよ。誰が常に屋敷を見張って隙を突こうとしているなどということもありません。あなたは一種の盲執症(パラノイア)に陥っています」


「黙れ!」


「そもそもとして、奥様の幼なじみだった騎士さんをあなたは暗殺未遂犯として追い出したそうですが、それは冤罪です。今は家なしとなった元兵長から詳しく聞きました。確かに彼は奥様を慕っていましたが、決して彼女の立場を壊すつもりはありませんでした……全ては、旧知の仲として彼に気を許した奥様を見て『もし彼が自分を排除するつもりなら』という仮定から産まれた被害妄想です。その結果、あなたは奥様すら敵として認識して……実際に二人を追い出してしまった。兵士達は、護衛騎士としての彼の誠実さを知っていたために、それを無実だと知っていたからこそ、彼は奥様と共に故郷まで生きて帰れたのです」


 古い気質で低層民への差別を続けていた彼は、多くの敵を作っていました。屋敷から気軽に外出できないほどに。

 そして、屋敷に引きこもる時間はその恐怖をさらに現実以上のものとして増大させてしまった。

 娘のカーリーお嬢様を奥様と重ねて『外に出れば低層民に奪われる』と信じて疑えなくなってしまうほどに。


「彼女はまだ間に合います。少なくとも、全く外界を知らずに大人になるよりは僅かにでも今の内に外を見て知っておいた方が良い。『外にいるのも同じ人間なのだ』と」


 授業開始の鐘が鳴ります。

 予定通りならば、丁度そろそろテーレさんとカーリーさんが合流している頃です。


「……は! 誰か、娘の部屋を見てこい!」


 気付きましたか。

 まあ、注意を引きつけておく役はこれで十分のはずですが。


「御当主様! お嬢様がいらっしゃいません! 靴もなくなっていて……」


 ふむ、作戦は順調なようですね。

 ならば問題はありません。


「ご心配なさらず。お嬢様の安全は私の最も信頼しているテーレさんが御守りしています。しかし、私に何かあればテーレさんにも伝わるので……その時には、お嬢様の安全は保証しかねますが」


「き、貴様!」


「おっと、軽率な行動はお控えください。お嬢様をどこかへ攫っていってしまうつもりなら、私はここにいません。きっとお嬢様と一緒にどこともしれない場所へ向かっているでしょう……つまり、私がここにいるのはお嬢様の無事を証明するためです。私はただ、外を見てみたいという彼女の希望に協力すると約束したために、事後承諾を御当主様へと取り付けに来たに過ぎないのですから。私が御当主様を説得できない内は、お嬢様も怒られるのが怖くて帰れないかもしれませんがね」


「くっ!」


 顔が真っ赤ですね。

 高血圧で倒れられては困ります。


「御当主様、まだ何も起きていません。御当主様次第では、何も起こらずにいつかの笑い話で済む話なのです……そのために、まずは対話を。この通り丸腰の私に向けて、殺気を放ってなんになりましょう」


「貴様……要求はなんだ。金か? それとも地位か? 活躍をでっち上げて爵位でも与えろというのか?」


「いえいえ、そんなものはいりません。こう見えても私は、真面目なディーレ教徒のつもりです。善意に従い行動し、日々の幸運に感謝することを理想としています」


「ディ、ディーレ教徒……そうか、丸腰とは、まさか貴様……!」


 おや、何かとても驚いているようですね。

 私はそんなにもディーレ教徒らしくないのでしょうか?


「要求というわけではありませんが……そうですね、せっかくの機会ですし相談したいことはないわけではありません。たとえばそう……こんなものがありまして」


 懐から出したりますは、中が絶対に透けて見えないように厚く作った封筒です。しっかりと蝋で封もしてあります。


「この屋敷の内外で集めた署名です。この屋敷の使用人の雇用、並びに御当主様がスラムの低層民を利用して行っている商会を通さない非公式事業。これらを破棄していただきたい……というような話はどうでしょう? 使用人の方の中にはリスクを冒してでも仕事を辞めたいという方もいるようなので」


「なっ!? 貴様いつの間にそんなものを……誰だ! こいつに手を貸したのはどいつだ!」


「もちろん、報復行為や事業の独断再開の禁止も含まれた契約書を用意してあります。きっちりと、商会に通じる正式な形式を調べました。これにサインをしてくださるというのなら……その英断をお嬢様に見ていただきましょう。それが、最も安全で誰も傷付かずに済む結末です。あなたも真に心からお嬢様の見本となりたいのなら……彼女の目に見せられないような汚い仕事をすべきではありません」


「うぐぁあ!」


 さて、勝負はここからです。

 テーレさんにお任せしたお嬢様との社会見学(デート)の時間を少しでも長く引き延ばすことが、私の役目。

 できることならば、時間稼ぎと同時に、御当主様に考えを改めさせることができれば最高なのですが……


「それとも、こう言うべきでしょうか。『ある日、突然に愛する家族を奪われた人々の気持ちを考えたことがありますか?』」


 それは少し難しそうですね。

 責めすぎると御当主様は高血圧で勝手にお亡くなりになりそうなので。

 気長にじっくり、真綿で首を絞めるように話を引き延ばすこととしましょう。







side テーレ


 さて、マスターは『あれ』をどのタイミングで使うつもりなのやら。効能をわざわざ細かく指定してきたし単純な使い方をするつもりじゃないんだろうけど……


「テーレ! テーレって先生とどんな関係なの?」


「あーはいはい、カーリーお嬢様。先生とテーレおねえさんは利害関係の一致というビジネスライクで大人な関係なんですよーっと」


 とりあえず、私は目の前の仕事をするしかない。

 いつもは使わない『命令』まで使われたんだから、仕事は完遂するしかない。あの馬鹿マスターを屋敷から回収するのは指定されたチェックポイントを全部回った後だ。


 それも、非常時以外にはなるべくこの箱入り娘のペースに合わせて、ちゃんとその場所についての知識を教えてから移動するという厄介な指定付きで。


「おねえさん? テーレはお姉様じゃないでしょ?」


「年長の若い女性は肉親でなくてもおねえさんって呼ぶことがあるの」


「へー、そーなんだー」


 私はまだ若い。

 少なくとも肉体年齢は満15歳と一ヶ月少々だ。魂年齢だと二百歳くらいだけど。

 天使や神々には人間みたいな寿命なんてほぼないようなものだし、美の女神なんかは少なくとも三千歳を越えているのに自分を若いと言って憚らないのだから、私なんてまだまだ幼児みたいなものだ。


「でも、テーレっておねえさんって感じしないよ? どっちかというと使用人みたいな感じ。テーレって、先生の使用人じゃないの?」


「違うわ!」


 この子供は御主人様(マスター)じゃないから嘘を言っても何にも問題はない。

 まあ、嘘じゃないけど。使用人じゃなくて従者ってだけで。そこを訂正するとむしろ私の立場が低く見られるし。


「あっ! 見て! 見たことのない食べ物! お外には珍しいものがあるのね!」


「お嬢様、それはガリの実といってそう珍しくない……って、お金! お店の人にお金払うまで口に入れちゃだめ! あとすごく固いからいきなり思い切り噛むと危ないから!」


 いきなりお金も払わずに店頭の商品を食べようとする箱入り娘。店主に謝りながらお金を渡しつつ、固いから少しずつ削るように食べるようにと注意する。


 本当なら、変なことをしないように負ぶって移動したいくらいだけど、それはできない。

 マスターから受けた命令のせいだ。


『お嬢様に物理的危害が加えられない場合は、可能な限りお嬢様の行動を阻害しないようにしてください』


『お嬢様を傷つけようとする人間がいても、攻撃せず防御と回避、逃走に専念してください』


『損傷がその後の行動を阻害しない程度の軽微なもので済む場合、身を挺してでもお嬢様を護ってください』


 マスターは、これを遵守した上で、重要見学地点(チェックポイント)を巡れと言ってきている。

 つまり、私は軽く怪我をしても問題ないから盾になってでもお嬢様を護れと。


「……ま、箱入り娘みたいに大事に安全に扱われるなんてそれこそ真っ平御免だけどね」


 箱の中のお人形が幸せなのは、箱の外を知らない間だけなんだから。


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市長「丸腰のディーレ教徒…まさかラビットッ!?」
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