第26話 都合、効率、合理性
side 狂信者
さて、アーリンさんがクレバール氏の相手をしてくださっている間にこちらも決着をつけなければ怒られてしまいますね。
「どうも小柳さん、顔色が優れないようですが、ちゃんと呼吸はしていますか?」
『クソ役立たず共め! 死ね死ね死ね死ね! みんな殺して死んでしまえ!』
「残念ながら私に命令は効きませんよ。命令というより、ただ感情を吐き出しているだけ。つまり愚痴のようですが」
誰にでも命令できる立場の人間が責任の持てない言葉を感情のままに吐き出すとは、よくないですねえ。
少なくとも、相手が従うかどうかはともかく絶対に口にするべきではない言葉というものがあるでしょう。
『死ね』と言った相手が本当に死んでしまったらどうしようかとか考えないんですか。相手の精神状態によっては本当に死んでしまうかもしれないのに。
「まあ、私は別にあなたに求められても死にませんがね。あなたの言葉は軽すぎます。せめてもっと合理的論理的感動的に私が死ぬことのメリットを説いてみてください」
『黙れ! てめえに俺の何がわかる! いきなり死んだとか言われてこんな汚い世界に放り込まれて、こんな苦しい思いをさせられてる俺の気持ちがわかるわけないだろ!』
「この世界に転生させられた時点までは大差がない気がしますがね、私も小柳さんも。それに苦しい思いというのならテーレさんを奪われかけた私もそれなりに大変だったと思いますが」
『うるさいこのチート野郎! 大体なんで俺はこんな能力を持ってるのに、こいつらはそっちに味方するんだよ! おかしいだろ! どうやったら能力も使わずにそんなことができるんだ!』
「私は特別なことはしていませんし、皆さんは私の味方につこうとしたわけではないと思いますよ。ただ、あなたの敵に回っただけ。そして私の能力があなたに対して有利だからうまく立ち回れるように援護してくださってるだけです」
『黙れ!』
「そもそも、勝手に他人を操ったりしたら怒るのは当たり前です。本人だけでなく、周りの人間からしても友人知人家族兄弟姉妹が精神を操作されるというのは気分のいいものではないでしょう」
『黙れ黙れ黙れ! こんな能力もらったらこうするしかないだろうが!』
「そうでしょうか。私の能力もある意味『テーレさんを自由に操作できる能力』と言えるものですが、自重できないことはありませんでした。少なくとも、私は彼女を対等以上に思っています。きっかけは能力で作ったとしても、ちゃんと紳士的な対応をしていれば能力が解けたところで敵対はされなかったのでは? 友人として、本当の意味での仲間として振る舞っていれば、最初に『仲良くしてくれ』と言っておくだけで、本当の仲間になるのも難しくなかったように思います」
幸運なことに……とは、彼自身の選択の結果を考えれば言えませんが、精神操作にしても相手の自意識を封じるわけではなく魅了の一種として印象などに作用できるなら、それが正しい使い方でしょう。
まあ、それに対して私のテーレさんへの命令は強制力をテーレさん自身が認識しているようなので嫌だとわかっていることを無理やりさせてしまう危険がありますが。
「第一に、そもそも我々は死んでいるのです。あなたがどんな最期を迎えたかは知りませんが、本来は死ねばそこまでだったものを第二の生をいただいたのです。感謝こそすれ憎悪することではありません」
『綺麗事ぬかすな! 美の女神イディアル! 見えてるんだろ! 聞こえてるんだろ! あんたの渡した能力を使ったらこうなったんだ! 責任とれよ! 俺を助けろよ!』
はあ……困ったときの神頼み、ならいいのですが、これは単なるクレームですね。
小柳くんはどうやら最初から思い違いをしている様子です。
その勘違いをことがここまで至った上で訂正するのは非常に心苦しいですが、仕方ありません。
仮にも神官系の職業を与えられたものとして、その思い違いを正すとしましょう。説法しましょう。
まあ、結局の所私が自信を持って口にできるのは私の持論だけですがね。
「小柳さん、あなたは一つ、『神様』について大きな勘違いをしているようですね。あなたは神様に選ばれたと考えているようですが、それは違うのですよ。神様が今の見苦しいあなたを救うことはおそらくありません」
『どういう意味だ!』
ほとんど塞がった気管に無理やり魔法を通して呼吸をする必死な形相は、救われることを祈っているというよりも救いのないことに抑えようのない怒りを噴出させているようにしか見えません。まあ、それも救いを求めていることには変わりないのかもしれませんが。
そんな姿勢であったとしても、神様に救いを求める今の彼にこれを言うのは酷ですがね。
「『神様』に、人間を救う義務はないのですよ」
脅すようにするか謙虚に控えめに祈るかの問題以前に、窮地において努力を放棄して神様に救いを求めるということが、そもそもお門違いの行為です。
「『神様』の本分は、世界の形を正しく保つことです。幸運の女神ディーレが善行を行った者にそれに見合う幸運を与えるように、美の女神イディアルが優れたものが正当に評価されるように美しさを与えるように、因果が正しくつながるようにすることだけです。我々はただ、小数点以下の数字を整数に直すように、世界の端数を切り上げるために僅かな慈悲を与えられたにすぎないのです」
日本では宗教団体と言えば詐欺師まがいの集団というイメージが絶えませんでしたが、それも当然です。最初から救ってもらうことを目的に信じるというのがそもそも間違っているのですから。
私は『狂信者』なんぞと呼ばれていますが、仮に私の信仰が世界の誰よりも強いとしても、誰よりも強い加護を受けるべきだとは思いません。
仮に加護に偏りが生じるとしても、それは神様の側の都合で決めることです。
もしも女神ディーレの存在を知ることがない誰かが、信仰と関係なく私よりも誰よりも熱心に善意に殉じて生きているというのなら、女神ディーレの一番の加護はその人物に与えられるべきであるのと同じように。
「神様の手助けが欲しいというのなら、その神様の好む生き方を貫くことです。神様はただ、私達をボードに並べて賽を振り、ルーレットを回し、カードを配るだけですから。より強いカードを置いて、より多くのチップを賭けて欲しければ、必要なのは期待を得ることです。『救ってくれ』と言うのではなく『期待してくれ』と言って己の力で道を開くべきです」
私は最初からそのつもりでした。
幸運の女神というある側面において勝利の女神とも言える女神ディーレに、自分に微笑んでくれなどと要求することはできません。そんなぎこちない微笑にいかほどの価値があるでしょうか。
逆なのです。
女神には微笑みを求めるのではなく、思わず女神が微笑んでしまうような生き様を見せるべきなのです。
『す……救う義務なんてない、だと? 転生者になって、力を与えられて……それが全部、ただのあっち側の都合、だと?』
「はい、神様から救いの手なんてありませんよ。私もあなたも同様にです」
与えられた力により救われるかどうかはこちらの勝手。それはただの結果です。
善意での行動が必ずしも相手から感謝されるとは限らないように、私達が救いだと感じる行為がただの善意によるものだとは限りません。
『一度は救ったのだから、今度もまた救ってくれるのが当たり前だ。期待させて最後まで面倒を見ないのは無責任だ』……などというのは、ただの希望願望切望を道理であるかのように語っているだけですよ。
それは信仰ではありません、ただの依存です。
「救われたいのなら、与えられたその能力で勝手に自分を救いなさい。美の女神が何を意図していたかなどと知ったことではないと、あなたはまず『どうやって能力を使うべきかよく考えろ』とあなた自身へ命令すべきでした」
飢えているときに魚を与えられようが釣り具を与えられようが、与えられた側はただ生きるためにそれを全力で利用するだけです。
与えられた側が救われようが堕落しようが餓死しようが、それは与える側の都合には関係ありません。
相手が立ち上がる機会を前にしても破滅を受け入れたというのなら、救えなかったと非難するのは理不尽、あるいは外野の無責任なヤジというものです。
『てめえは……救われないってわかってて、利用されてると理解してて……それなのに、自分を転生させた女神を信じるのか?』
「はい、信じます。善くあろうとすることが正しくあると、そうあるべきだと保証してくださる女神ディーレを信仰します」
私はここまで、数々の幸運に守られてきましたが、それは信仰のみによって救われたということではないはずです。
スリを行おうとしたラクタさんと友人になったことで、多数の追っ手から逃げ切れました。
アーリンさんに誠心誠意頭を下げたことで、こうして味方として戦ってくださる彼女がいます。
だからその幸運を感謝するのです。
女神ディーレの保証する真理に基づいて行動した結果として得られた幸運に感謝するのです。
『なんでだよ……チクショウ! チクショウ! わかんねえよ! ふざけんな! こんな下等なやつらと仲良くてはなったのがそんなに偉いか! 操れるから操ったことの何が悪いってんだ!』
おやおや、どうやら私の持論は小柳くんの持つ世界観と上手く馴染まなかったようですね。
こんな状況でなければこれから食べ物屋にでも行ってもっと詳しく議論を交わしたいところですが、それはまた今度、機会があった時にしましょう。
とりあえず、今は彼に冷静になられては困る場面ですし。
「……そうですか。では、一つ質問をしましょう。これに心の底からイエスと答えられたら、私はあなたの行動に一切の罪がなかったと認めましょう。つまりは私の負けです。その時には逃げるなり戦うなり好きにしてください。私は止めません」
『……何を、言ってるんだ?』
これは私の信念のようなものですがね。
共通の善悪を決める上で、一番大事なことだと考えています。
逆に本当にこれを見事論破されてしまえば、私はモチベーションダウンして自発的に降参してしまうかもしれません。
「質問します。『あなたのこれまでの行動によってあなた以外の皆さんが感じた不幸を超える幸福を、あなたは感じていますか?』」
少なくとも、盗賊さんの内テーレさんが排除してしまった方々は命を落としているので、最低値でも相当量の幸福が要求されますが。
確かに私の言葉を聞いたはずの小柳くんは……言葉を失っています。
質問の意味が分かりにくかったですかね?
「あなたが操った方々、あなたが操った方々の周りの人々、その全てがあなたの行為の結果として感じた不幸を絶対値で上回る幸福をあなたが得ているというのなら、それは世界の幸福の総量を増やした行為。つまり善行です。それならば何も言いません」
『な……何を、言ってるんだ? 自分のしたことを反省しているかどうかを聞くならまだしも、それを幸福に感じているかどうか、だと?』
「はい、そう言っていますが。そもそも、それがより多くの幸福につながる行為なら、それは悪事ではありません。反省する必要などありません。むしろ、誇るべきです。支配したことも、殺したことも、騙したことも、貶めたことも、辱めたことも、間違ったことも、それが世界をより幸福にするための行為であったのなら、より幸福な世界の実現に成功したのなら、堂々とそれを善とするべきです」
それが当たり前のことです。
世界をよりよくするためにどうすればいいかを考えれば、誰もが簡単に思いつくべきことです。
「正直に言って、私がその能力を持っていればそれ以外の使い方は思いつかないのですがね。名前を知るだけで、その人を『幸福』にできるその能力は極めて幸福の実現に効果的です。その能力により、常にあらゆる事情に『快』を感じるように常識を変えてしまえばいいのですから。あなたの能力は世界をより幸福にできます。効率的に幸福を量産できます。さあ、あなたはまずあなた自身にこう命じればいいのです。『今まで他人に与えてきた全ての不幸に釣り合う分の幸福を感じろ』と。そうすれば、あなたは罪を清算できます。私もあなたを赦しましょう」
私の言葉を聞いた小柳くんは、何故か恐怖と思われる感情を顔に浮かべて、後ずさります。
『そ、そんなことをしたら……廃人になっちまうだろうが! この能力で与えてきた不幸の分の幸福なんて、死んだやつもいて、百人以上も操って……なんてこと考えるんだこいつ! この狂人が!』
「ふむ、『狂人』ですか……おかしいですね。私は至極真っ当なことを言ったつもりなのですが。合理的に考えて、帳尻を合わせるにはそれが一番早いでしょう?」
『なん……だと……』
やれやれ、やはりそうなのですか。
慣れてはいますが、嫌なことですねえ。
「小柳さん。あなたが何故こんな凶行に走ったのか、はっきりしました。合理的な結論を理解できず、情緒も不安定であり感情に任せた後先考えない破滅的行動に身を任せてしまう……あなたは、無自覚に狂ってしまっているのです」
『……は、はあ?』
わからないのも無理はありません。
本当の狂人と言うのは、自身が狂人であるという自覚を持てないと言います。
そういった人間に『あなたは狂っています』などというのは苦痛しか生まないために、普段から自重しているのですが、こういった周囲に被害が出るケースでは仕方がありません。
「驚くことではありません。その症状は自覚がなく、しかも普遍的であるが故に異常と認識されにくいものです。私も昔は気付くことができず、ずっと疑問に思い続けていたのですから……まさか、人類の大半が無自覚の内に合理的思考が困難なほど狂ってしまっているなどという事実など」
この事実に気付くまでの私は、世界のことがほとんど理解できませんでした。
何故、誰もが存在しない境界線や無意味な慣例によって簡単に手に取れるはずの幸福を妨害され、しかもそれを『当たり前だ』と認識しているのか。
何故、自身が一の幸福を得るために、他者に十の不幸を与えることがまかり通ると思ってしまっているのか。
何故、自分が十の不利益を被ることで百の幸福を生み出すことができるような場面で、誰も動かないのか。
ある日、その事実に気付いた時には本当にショックを受けました。
ともすれば自分以外の全員が狂ってしまっているかもしれない世界を認識した上で正気を保ち続けるのは、本当に大変な日々でした。
彼もきっと、最初は正気だったのでしょう。
しかし、世界の狂気に呑まれてしまった。だからああして、世界の幸福量を減少させる害悪となってしまっているのです。
「さあ、幸福になれないのなら、せめて不幸を止めましょう。あなたの狂気を根治する魔法はありませんが、せめて美の女神と出会って生まれた歪みだけでも治しましょう」
『く、来るな……来るなこの狂人がぁあ!』
空気の不自然な揺らぎを感じたので小柳くんの正面から横にずれると、袖の端が大きな岩に掠ったかのようにたなびきました。
アーリンさんや冒険者の方々の戦闘で舞い上がっている砂埃があったのですぐ気付けたのは幸運でしたかね。速度からして直撃したら命にかかわっていた可能性もあります。
攻撃の正体は、魔法を用いた指向性の音響兵器のような音波ですかね。
しかし、弾速が音速だとしてもその発生前に周りの大気が大きく揺らぐので回避は容易です。発動までの時間は熟練度や精度の問題でしょうし、能力で無理やり威力を底上げしただけの魔法ではこんなものでしょう。
全方位に音を放ち面制圧を狙って来たら今のような回避はできないかもしれませんが、この地下空間でそのような音響攻撃を全方向へ放てばどうなることか……できるのか、あるいはその攻撃法に思い至っているかは知りませんが、実行可能だとしてもお勧めはできませんねえ。
『来るな! クルナァアアア!』
後ずさりながら剣を抜こうとしますが、震える手で引いた柄は刃を鞘の中でひっかけて抜かせません。
切れ味のいい剣ほど、事故で鞘から抜け落ちて持ち主を傷つけないように作られているはずですし、慣れていなければそうなることもあるでしょう。
居合という『刀を納刀した状態』からの動きを極める道もあるのですから、スムーズに剣を抜くというのは想像よりも難しい。
そして、最後に最も重大な失敗の原因を付け加えるとするのなら、覚悟もないのに混乱しながら剣を抜こうとしたことでしょうね。
彼には刃はまだ早かったということです。
「まずはあなたを罪に誘うその欲求の一つを殺しましょう」
さあ、せっかくですし私もテーレさんのように少しは格好良く決着を付けましょう。
「【私の刃は炎の爪 刻む奇跡は無欲の証】」
私の炎は命を殺すことはできませんが、代わりにあなたを焼き焦がすその感情を殺しましょう。
「【色欲殺し】」
『ぐ……ぁ……」
「大火力で魔力を注ぎ込んだ呪紋を胴体に刻ませていただきました。魂まで刻まれた『浮気封じの呪紋』です。あなたは二度と誰かに魅了されることはなく、性欲に悩まされることもありません」
倒れてしまっては、聞こえていないかもしれませんが。
少なくとも、これで二度と美の女神に誑かされることもないでしょうね。
side テーレ
無理して目覚めたら、あいつが永久去勢呪紋とかいうエグい攻撃で美の女神陣営の転生者を撃破していた件について。
いや、私に内緒で魔法習得してたことについて色々言いたいところではあるんだけど、結果として助かったから何も言えない。
ただ一つ、言うことがあるとすれば……
「転生特典なしで他の転生者に勝っちゃったよ……あの馬鹿」
転生特典で転生特典を使う他の転生者と戦って勝つなら、それはそれほど驚くことじゃない。
でも、今回は私がほぼ完封されてる状態だった。『従者』と『命令権』は能力としての相性が最悪だからそれはしょうがないと言えばしょうがないけど、それで完全勝利してしまった。
「絶対他の女神たちに目を付けられた……ああもう、こんな予定じゃなかったのに」
本当に、心底思い通りに動いてくれないやつだ。
これでせめて重傷の一つでも負ってくれたらギリギリでどうにか勝てたってことにできたのに。
「テーレちゃんだっけ、大丈夫?」
立ち上がる元気もない私に声をかけてくるのは、勝手にあいつに魔法を教えたらしいドルイドの女冒険者。アーリンと呼ばれていたっけ。偽名にしてもすごい名前だ。
「大丈夫、じゃないかも。ちょっと無理しちゃって」
「そうだね。身体から魂が外れかけてる……よいしょっと」
「にゃあっ! ちょ、いきなり押し込まないで!」
ズレた戸を元に戻すくらいの気軽さで魂の接続を治されて思わず変な声出た。
だけど、おかげで何とか立ち上がれるようにはなったけど。このドルイド、力業にもほどがある。
「あー、身体ダルい。あれ、そういえばあなた、あの大男と戦ってたんじゃなかったっけ?」
「ああ、盗賊の頭領さんなら、そこで倒れてるわよ。急に弱くなったから勢い余って吹っ飛ばしちゃった。頑丈な人で良かったわ」
弱体化した瞬間とはいえ、私でも割りと手こずりそうな相手を一撃で……今回、こいつが敵じゃなくてよかったわ。
「どうやら、転生者自身への洗脳が解けて他の人への洗脳も弱まったみたいね。これで勝負は決まったわ」
「そうね……ところで、あなた『天使』なのよね?」
あ、そういえばこの人変装して全部会話近くて聞いてたのか。
あんまり言いふらしたいことじゃないんだけど。
「少なくとも今の能力は『人間』よ。転生特典の中でも強力な部類じゃないし、あなたみたいな戦闘狂の望むような強さはないわ」
「あっそ。じゃあやっぱりあっちが育つのを待つしかないか」
油断ならないなこいつ。
実際、私に付加された器用貧乏を極めた特典じゃ勝てなさそうだし。ターレみたいな単純なタイプでもなさそうだ。
あいつは何でこんなのを味方に付けようと思ったのか……今は仲良く出来ていても、力を付ければ絶対に喧嘩をしかけてくる。この女はそういうタイプの戦闘狂だ。
いや、むしろだからこそか。
さっきのぶっとんだ会話は倒れたままでも大体聞き取れたけど、あいつの行動パターンに納得できる部分もあった。
あいつにとっては、普通の人間にとっての『狂気』が『正気』だと感じられるらしい。だから、何かに狂ってる人間にこそ好意的に接する。
死に物狂いで生きてるスラムの子供には異様に誠実で、いつか自分に噛みついてくるつもりの戦闘狂を頼りにして、不本意ながら本質が悪魔に近いのに天使をやってる私に恥ずかしげもなく愛しているなんて言ってくる。
扱いが難しいにもほどがある。
「あーあ、ターレに押し付ければよかった、あんなやつ」
「私がもらってあげよっか?」
「それはお断り……あんなのでも、一応は今の御主人様ということになってるから」
扱いは難しいけど、野放しにする方がもっと怖いのは確実だ。
それにまあ……一週間であれなら魔法の素質は高そうだし、ハイリスクハイリターンと考えれば悪くない。
「とりあえずはあの変態転生者を私も一発ぶん殴ってやりたいし、拘束して口塞がないと……あれ?」
あの転生者がいない。
あの転生者と戦ってたうちの馬鹿は……倒れた盗賊の男と何故かそいつの近くまで来たあのスラムの子供に気を取られてて気付いてない。
「無理な魔法行使の精神疲労でまともに動けないはずなのに……それに、あの鎧を着た冒険者は!?」
「あ……しまった、背骨折って放置したままだったわ」
つまり、逃げられた……と。
こんなに敵に囲まれた中で、満身創痍になりながら『幸運』にも誰にも気付かれずに脱出できた……と。
「大人しく倒れてた方がマシだと思うけど」
一時的にでも、私を実質的に『所有』していたということは……ターレの加護を失った今、あの転生者にそんな『幸運』がただで訪れるとは到底思えない。
それに、幸運不運は因果応報。
ディーレ様に背くと言うことは、幸運に背を向けるということ。何事もなく生きていられるという『幸運』すらも自ら放棄するということだ。
これまで、悪意を持ってディーレ様の所有物を盗もうとして無事に済んだ者なんて誰もいないんだから。




