第191話 放火殺人鬼
わかる人にはわかるネタ。
side テーレ
私とマスターは、交渉の時に役割分担をすることがある。
それは、明確な『嘘』が必要なときだ。
蓬のプラシーボ効果を狙った治療の時、マジックアイテムの説明ではどうしても嘘の情報を吹き込まなきゃいけなかった。その時には、どうしても必要な嘘だとしても自分は口にできないからと、マスターは私の言葉を保証する『ように』隣に立っているだけだった。
もはや何かの呪いでもかかってるのかと思うけど、実際に噓をつくのは私の方がずっと上手いし、マスターは噓を言わないことで信用を得られる。そういう理由で自然と役割分担が決まった。
……その変な拘りを捨てさせたら私の必要性がなくなるんじゃないかとか、別に思ってないけど。
まあ、何はともあれそういう事情で、マスターは情報取得を『棄権』することがある。他言無用の情報、その情報に関して何かを質問された場合、『知らない』以外を口にすると状況が悪くなる可能性が高い情報だ。
私があのディナーの後、夜中にライエルの秘書の態度に戻ったリィエルから受け取った情報も、その手の情報。万が一、マスターが質問されたらマズい情報だった。
「うわぁ……これは……」
それは、アトリの依頼で集められた『何でも食べられる能力』の持ち主と思われる転生者の情報……そして、その死亡記録。
しかも、その転生者を殺したと思われるのは……『日暮蓬』。能力を扱いきれていなかった頃の蓬だと断定されていた。同時期の周辺情報を見る限り、暴走していて先に仕掛けたのは相手方だったみたいだけど……
「なるほど、これは渡せないわね……」
アトリはこの情報の調査依頼の対価として、クロヌス領に協力している。いずれ渡さなければいけないことになっているけど、このまま渡せばようやくまとまってきた転生者チームが崩壊しかねない。
マスターの性格からすれば、もしもアトリと蓬が『ケンカ』になった場合は戦闘能力の不利を補うためとアトリの側に付く可能性もある。
かといって、改竄した情報を渡しても別のルートから調査したらわかる話だ。アトリはこれまでクロヌス領とは別の地方で調べていたから見つからなかったけど、このクロヌス領の内部で調査すれば私もそれっぽい情報は移動のついでで掴めている。そのリスクを放置するのはいつ爆発するかわからない爆弾を道端に捨てることになりかねない。
つまり……
「これを、私がなんとかしなきゃいけないのか……はあ、どーしよこれ」
一晩経った今でも、あんまり解決策が思いついていない。
また、マスターはアトリと変なことで盛り上がってるらしく一緒に城の書斎でいろいろと調べてるみたいだけど、今はそれに構っている場合じゃない。というか、むしろありがたい。今は一人で考えごとをしたいし、アトリとの話は長くなるけどその間に変なことをやらかすことはない。
単純に放置したら知らない間に新魔法を試して城に大穴を空けるとかやりかねないし。
荒野耕次は何やら難民の街についてもう一度ライエルと話し直すと言っている。あの転生者はマスターとは別方向に変な転生者だし、『役人嫌い』よりも『漢らしさ』を優先するということなのだろう。
問題は……
「昨日の音から察するに、蓬も忘れたわけじゃないんだろうし……うっかりすると、それ以上の問題が出てきそうだな」
日暮蓬……この城に集まった転生者の中でも、下準備なしの戦闘力で言えば間違いなく最強だ。それは、暴走したときの危険が大きいということでもある。
元々、蓬は暴走気味な自分を何とかするために、自分の能力を消せるような転生者を探していた。件の転生者に出会ったのもそんな時、そして、そうやって対面した転生者からはその強力さから即座に警戒されて敵意を向けられ、返り討ちにして……三人を、焼き殺している。
この前までなら、能力が暴走状態だという認識のままならそれもただの『事故』で済まされた。いや、実際に過剰防衛な部分もあったけど、入手できた情報からすると相手はけんかっ早いというか、行きすぎた正義漢だったり好戦的すぎだったりと、私から言わせてもらえば自業自得と言ってもいい事案だ。
大方、『所構わず暴れる迷惑転生者』とかの噂を聞いて名声と……転生者を倒して担当神に転生特典のちょっとした強化をねだろうとか、そんな所だったのだろう。
それが返り討ちにされたというだけなら同情するのも馬鹿らしい。というか、マスターよりも前にあった転生者がみんなそんなタイプだったのが不運だった。いや、話を聞くタイプだったとして他のやつにどうにかできたとは思わないけど。
そして、転生者の他にも……
「本格的なPTSDとか、それこそ治療院案件……」
「あの……テーレさん、今、大丈夫ですか?」
「うぉわ!?」
思わず可愛くない悲鳴がでた。
いやだって、いきなり蓬の声がしたし。今、マスターと私に割り当てられた部屋でベッドに寝っ転がって考えごとしてたし。不意打ちすぎ。
けど、あんまり動揺を見せるのもよくない。
「あ、ちょ、ちょっと待って! ちょっと散らかってるから! ほんのちょっと待って!」
とりあえず、昨日受け取ったこの致命的な調査書はどんな不幸が起きても流出させたくはないからバックパックの中の機密書類用の封筒に入れておいて、後は軽く散らかしておく。すごい散らかってたのを最低限片付けたように見えるように。嗅覚が鋭い蓬に怪しまれないように匂いの出るものは避けて、道具類とかを脇に寄せておく感じで。
「はい、入っていいよー。何の用事?」
「は、はい。では、お邪魔しまーす……」
静かに……人目を忍ぶように入ってきた蓬。
最初に接近に気付かなかったのは、この部屋に来る段階で気配を隠してたからか。その様子から読み取れるのは……後ろめたさと、躊躇い?
「あの、えっと……テーレさんは、その……お医者さんみたいなこともできるん、だよね? ちょっと相談があって……」
……やっぱりか。
蓬の『守護者』は独立した別の生命体のように見えることもあるけど、本質的には本体の意思に従い、その身を護り願望を叶える存在だ。それを直視すれば……
「その……もしかしたら、お医者さんというか、カウンセラーとかの人に相談するべきなのかもしれないけど……」
自分が……自分の手足が誰かを殺していたことに気付いてしまう。確かに、コントロールが難しい能力ではあるし、意識的な部分では制御不能だったけど、そう簡単に割り切れることじゃない。
転生者の中には、あまりに軽く人間を殺せてしまったことで壊れる者もいる。
大抵は、命の危機に瀕して『殺さなければ殺される世界だ』と認識することでそこら辺が緩くなっていくんだけど……蓬の場合、力の差がありすぎた。魔人を出さなければ殺されていたかもしれないとしても、魔人を出しても殺さないことはできたかもしれない。けれど、実質制御不能状態だった蓬の火焔にはそんなコントロールはできなかった。
意識的には命の危機を感じることなく、無意識の危機感で反撃して人を殺してしまった。その認識を再確認して、平静でいられる人間はそうはいない。
「……いいわよ。話っていうのは……アトリの昨日言ってた転生者のことで、合ってる?」
「はは、やっぱり知ってたんだね……うん、まあ、そのことっていうか、それでちょっと気付いたことがあるっていうか……」
「……あんまり専門じゃないけど、話してみて。大丈夫、とりあえずどんな相談でも怒ったり責めたりしない。能力のことまで含めて事情をしっかり把握できてる相手じゃないと、話せないことでしょ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
向かい合えるようにベッドに座って、マスターの方のベッドに座らせた。そして、蓬の話を聞いた。
その内容は、全体的に前にも聞いた話……その中の、前はあんまり厳密に言葉にしなかった、盗賊や冒険者なんかに攻撃された時に相手をどうしたか……相手を『返り討ちにした』『やっつけた』、というのを確かに『焼いた』『殺した』と言い直して。
そして……
「昨日、アトリさんが言った人が私の焼いた人……焼き殺した人かもしれないって聞いて、すっかり忘れてたのを思い出して……それで、少しあれってなっちゃって……」
泣き出してしまったら、どうやって慰めようか。
というか、本当に感情が暴走して魔人が出てきたら私はどうにかできるんだろうか。蓬からはわからないように、とっさに飛び退けるように体重を動かす。
何が起こるか……こういうとき、悪くない意味でドキドキしてしまうのは背徳を悦んでしまう私の性なのだろう。
さあ、蓬の今の気持ちは……
「それが……あの、なんか何にも思わなくって……アニメとかだと、人を殺しちゃったりするとなんかすごい吐き気がしたり、自分が嫌になっちゃったりするって言ってたのに、私ってなんかそういう感情なかったのに気付いちゃって……」
ここで、ズコッてなってしまった私はきっと悪い子だと思う。
いや、彼女の真剣な悩みに変な愉悦を求めちゃった段階でいけなかったんだけども。
蓬も予想外の反応にビックリしてるし……まあ、魔人出現よりずっといいんだけど。
「い、いいよ……話、続けて。その、つまり罪悪感とかがなかったことに気付いたってこと?」
「はい、その、これは私が世間知らずなだけかもしれないけど……人を殺したりすると夢に出るとか、気分が悪くなるって、ただのフィクションだったのかなって。それか……そういう、こと感じないのって、私がおかしいっていうか……えっと、ほら、私って変な育ち方しちゃったし」
……ああ、なるほど。
そういう主旨の相談だったのか。
まあ、確かにそれは色々と心配になる部分もあるだろう。一般的なケースとは言えないだろう。
けど……よかった、私の専門だ。
「蓬、今からいくつか質問をするわ。できれば正直に『イエス』か『ノー』で答えてほしい。答えたくない場合はそれでもいいけど、嘘の回答はできればやめて。どう答えても嫌いになったりしないし他の人には言わないから。あ、メモ取るけど後で焼却していいから」
「あ、はい」
「じゃあ、まず最初に質問……『人間の性別や顔を見分けるのが苦手である』」
「えっと……イエス」
十分後。
色々と関係ないものもブラフとして混ぜてみて、確信が持てた。蓬が正直に全問回答してくれたから、すぐに確信が持てた。
「うん、結論が出たわ。まず、蓬が心配してる部分だけど……あなたが他人を死傷して何も感じないのは、育ち方の問題じゃないわ」
「え、それじゃあ……」
「先天的な性質。人を殺すことに罪悪感を感じないというよりも、本質的には『他の人間を同種の生物と認識するのが難しい』って感じね」
「それは、病気……じゃ、ないの?」
「世界や時代、場所にもよるけど……私から言わせれば病気じゃないわ。何かが『悪い』っていうより、『違う』ってだけだから。むしろ、個人を見分ける能力が少し落ちるけど反射神経や五感の処理能力はかなり高くなる。その嗅覚もその部分が目覚めたものかもね」
世界によっては……『殺人鬼』、そう呼ばれる性質でもある。
『快楽殺人者』とは違う、『種族が違うが故に簡単に殺す』という存在。世界によっては、それが転生で完全に消失しなかった『人間以外の種族』の感覚的な記憶が覚醒したものではないかというのが定説になっている。この世界ではやってないはずだけど、意図的にそれを引き起こして現世に介入している天界もあるとかって噂だ。
蓬にした質問の答えは、見事にその特徴と一致した。
「あと、骨相学的な話なんだけど……生え際辺りに、ちょっとした出っ張りとかない? 一つから三つくらい、触ってわかるくらいのやつ」
「え……あ、ホントだ」
額を指先で撫でて感触に夢中になる蓬。
その様子は、もう既に何が原因で相談に来たのかを忘れているように見える。それは、この子が冷たいとかじゃなくて、単純に『重要が低いこと』だから気が回らないだけだ。背徳を好んで『悪いこと』という認識を持った上で殺人を好んでしてしまう私と違って、この子の殺人はただ『軽い』だけ。
軍人とか殺し屋で言うところの『引き金を躊躇いなく弾けてしまうタイプ』、ある種の才能だ。マスターみたいに何事にも動じないような精神を持ってるわけじゃなくて、『殺人』に関してだけだってことは気を付けないといけないけど。それに、理解のない世界では『罪悪感を覚えないこと』に罪悪感を求めて逆に暴走させたりすることもある。
その点では……相談相手が私で、本当によかったと思う。争いの多いこの世界でだってそれほど理解の多い個性じゃない。
「先に言っておくけど、あなたはこれから先、何人殺そうともそのこと自体に関して罪悪感を、いえ『同種殺し』に関して本能的に感じるべき不快感を覚えることはまずないわ。強いて言うのなら、他の人間よりも狭い認識的な『同種判定』に適合する稀な個体が例外になるかもしれない。けどね……『何も感じないこと』に関して不快感や疑問を持つことも、また間違いじゃないわ。殺した転生者には悪いと思ってないけど、アトリには悪く思ってるんでしょ?」
「それは……うん。その、変だと思ったけど……」
「あなたには心がある。約束を破ったり恨まれたりすれば傷付く心が。それは嘘や錯覚じゃないから、捨てちゃダメよ。そこをごまかそうとすると……本当に『悪』になっちゃうこともあるから」
本質として『殺人鬼』だからって、潜在能力の話だから殺さなきゃいけないわけじゃない。
一人も殺さなくていい人生なら自覚しないまま天寿を全うすることもあるし、もちろん法律に裁かれることもある。心神喪失どころか、心神が健全なままそれができちゃうから問題なのだけど。
むしろ、他の側面で心を病むことに用心が必要だ。
同種としての認識に失敗する、それはつまり自覚してしまえば周囲の世界が一瞬にして『人類』によく似た『類人猿』に変わってしまうということ。
器用に刃物や鈍器を扱い、『人語』を理解し、異物を排除しようとする『人間大』の動物が何百何千と日夜目を光らせていて、その中に紛れ込んで仲間のふりをして生きている。その上、本質が露見すればかなりの確率で迫害される。
そこら辺の認識に気を付けないと、いつか大暴走することになる。
「幸いと言うべきか、あなたは前世で人口密度が極端に少ない環境で育ったし、そもそも接する人間の数が少なかったから命の危機を感じて相手をやっちゃうこともなかったし、サンプルが少なくて自分と他の人間について違和感を持つこともなかった。そして……今では『守護者』って見えない壁がプライベートゾーンを確保してるから対人ストレスも受けにくい。だから、はっきり言って……うん、気にしないのが一番よ。だって、蓬の場合はそもそもそこらの有象無象の人間がどんなに束になっても傷一つつけられないんだから」
「気にしないでいいの!?」
「強者の余裕ってことにしておきなさい。それに、それだけ破壊力の高い自動防衛能力持ってて毎度自分のやった殺しにビクビクしてたらやってられないわ。そういうのは、軍人とか転生者が血を吐きながら自分の心をぶっ壊して得る能力を最初から持ってるってだけなんだから。むしろ、だからこそ『守護者』があれだけの殺傷力を持ってるのかもしれないけど」
手加減の配慮がないって意味で。
思えばマスターが寿命を十五年削ったって言ってもそれほど驚かなかったというか、その時はすごい謝ってたけどその後はあんまり気にしてる様子ないし。
「ただ、お酒とタバコはできれば手を出さないことをすすめるわ。やめられなくなるから。あと、意図的な放火も避けること。質問の結果的に殺しの性質とは別に、そっちもクセになりやすいみたいだから」
「うわー、私って危ない子だったんだ……」
さすがにそれは自覚が遅い気がするけど、受け止めてくれたなら何よりだ。
料理に使う包丁だって、治療に使う薬品だって、『危ない』ものは使い方次第でどうにでもなる。少なくとも、私の性質の『悪い』部分よりはずっと扱いやすい。
「テーレさんと狂信者さんに止めてもらわなかったらすごく大変だったかも……」
「『歩く災害』とか呼ばれておいて何を今さら。言っておくけど、私やマスターに理解があっても他の人間に理解されるとは限らないから。遺族とかから罵詈雑言受けたら普通に辛いわよ」
「それはまあ……確かに。もしも狂信者さんからキツいこと言われたら精神的に死んじゃう気がする」
「あいつに怒られたくなかったら誰かを不幸にしないことね。それと……罪悪感がなくても、誰かに悪いことをしたら謝ること。自分がどうかはともかく、相手のために」
「そっか……そう、だよね……謝らないと……」
何を考えてるか……は、一応わかるにはわかる。
蓬の中では、認識上の種族はなんであれアトリは一緒に戦うべき『仲間』になっている。知らなかった、そしてほぼ正当防衛だったとしても、その『仲間』の大事な探し人を殺してしまったかもしれないというのは一大事だ。
そして、それに関して罪悪感を抱いていないというのを告げるのもまた……
「じゃあ、調べてみよっか。アトリがどのくらい、その探し人に思い入れがあるのか、どういう関係なのか、どう謝ったら怒りが少なくて済むのか」
「……え?」
「ずるいと思った? けど、別に変な話じゃないでしょ。相手を必要以上に怒らせようってわけじゃないんだし、もしかしたら探してるっていうのは恩人とか味方としてじゃなくて憎い相手だったりするかもしれない。それだったら、そこまで怒らないかもしれないわ」
低い可能性ではあるけどね。
何だかんだ言って戦力的に圧倒的に上な蓬が素直に謝れば転生者チームが割れるまでいかないかもしれない。悪くてもアトリが去るだけなら戦力そのものの低下はそこまでじゃない。
それに……
「相手からの反応がどうであれ……ちゃんと謝った後なら、マスターも私もあなたに味方できる。逆に言えば、謝るまではマスターがあっちに付く可能性が高い。それなら、とにかくまずは謝ること。その後は……恨まれようが憎まれようが、私たちはあなたを肯定できるわ。黙っててもその内ばれるし、嫌なことは早い内に終わらせちゃうべきよ。すっきりとね」
「はは……慣れてますね、テーレさん。私がそういう人間だってわかっても全然普通に話してくれるし」
「そりゃあね……」
その先は、ちょっと驚きながらも褒めるようにそう言う蓬には、聞こえないように、顔を背けるしかなかった。
「人殺しが怖くて天使なんてできますかっての」
何気に『デスゲーム』の方では出なかった『殺人鬼』と『放火魔』のハイブリッド個性。
本気を出せば『六桁級』かつ『歴史的』の称号を狙えますが、コーチェンを焼かなかったことで『後戻りできない』ルートを回避し『素質はあるけど普通寄りの女の子』ルートに入りました。
ちなみに、アトリが狂信者にクロヌスへの紹介状をもらっていなければ彼女はそのまま『転生者探し』の旅を続けてコーチェンへ向かうことになっていたので、そこでも地味にルート分岐が発生しています。
ゲームだったらバッドエンド多すぎてクレームが来そうな世界ですね(笑)。




