第190話 『何でも食べられる』
side テーレ
ネタばらしになるけれど、実を言えば今回の大領主ライエルのストーキングは『許可』を得てやっていた。
本人の許可じゃなくて秘書官のリィエルのだけど。
そもそも、日々の素行を見ようというのにその相手の関係者に許可を取ってどうするのかって思ったけど、まあ『許可なくやれば真面目に大領主を物陰から付け狙ったり機密書類を見てしまったりと後で問題になりますし』とマスターに言われてしまえば、しょうがない。
リィエルの方も秘書官として、そして姉として転生者チームとの間にある距離感は問題視していたらしいし、マスターもその雰囲気を推測して持ち掛けた話だ。
リィエルには数日前からスケジュールを調節して、私たちが仕事内容を見ても問題のないものに変えてもらったし、近衛兵たちにも『もし気付いても知らないふりをするように』と伝達されていた。それができてしまうあたり、やはり大領主の姉という立場もあってこの城の中で影の権力者なのだろう。
そして、蓬と荒野耕次にはその『許可』のことは伝えていなかった。
予め見られているのを知られているかもしれないという先入観があると、真面目に働いていても演技かもしれないという疑念が入ってしまうし、敢えて能力まで使って本気で隠れて見る方が『自分たちで調べた』という感じがしてありのまま見たものを信じられる。
もちろん、リィエルが先にそれを密告したという可能性はゼロではないけど、私のスキルとマスターの中のライリーがリィエル、ライエルの両者を見て確認する限りはまず間違いなくシロ。
近衛兵の中には警戒心を尖らせていたのも何人かいたけど、それはいざ私たちが何かおかしなことをした時に対応できるようにするために内々に指示を受けていたと考えればむしろ当然の警戒だ。
本当なら、一日の仕事風景を見て、特に『役人』や『貴族』への拒絶の激しかった二人に、割と慎ましく暮らしていて忙しく働いているライエルの姿を見せて多少なりともイメージが変わればと思ったんだけど……あの秘密の部屋は想定外だった。
というか、そのために日程を合わせられたらしい。
スケジュール調節のためにと説明されて不自然じゃない数日の範囲内に、ライエルが決まってあの部屋に行く日……後で聞いた話だと、母親の命日だそうだけど、その一番彼の『素』が見えるタイミングがあったのはマスターの『幸運』なのだろう。
あの会話に関しては、リィエルが私たちが聞いているのを承知で誘導したのだと思うけど。
そうして、その会話の節々から感じられる『貴族らしからぬ雰囲気』……というか、そんな人間に対して偏見と拒絶を持って接していた自分のあまりの女々しさに我慢できなくなった荒野耕次が姿を隠していた結界を解除して、四人仲良く自首することになりましたと、そういうわけだ。本来なら適当に切り上げて街を見て回っていたことにしてしまうつもりだったけど。
「はあ……お前らさあ……勝手にあんなところまで、はあ……」
というか……これは、あちらにとっても見られたことを知らなかった方がよかったのではないかという落ち込み様だ。
あの後、とりあえず狭い場所ではなんだからと場所を食堂に移し、マスターからの『交友のためになるかと私が発案しました』から始まる自白と謝罪が始まり、ライエルは思った以上に自由奔放な転生者チームの行動に頭を抱えた。まあだけど、一番の問題だった関係性の溝は大分解決したらしいから結果的に良かったと思ってほしい。
なお、リィエルはさらっと会話を誘導して無関係を装った。
いや、二人に与えたイメージが変わっても嫌だからそっちの方がありがたいんだけど、さすがはライエルの後継者争い生存の謎を(おそらくは)握っている女。強かな生存術の持ち主らしい。
そして、私も……私に関しては事前にあからさまな悪事とかは見えないのがわかっていたし、得るものはほとんどないかと思ったけど、実際にライエルと周りの臣下の態度を見ていて、考えさせられるものがあった。
私は……貴族の、それも大領主の後継者争いでどうやったら『領民から親しまれる理想的な君主』になれるような人間が生き残れるか、そんなことができるのは悪辣な手段を厭わない悪意の持ち主だと思っていた。けど、今では正しいのはおそらくマスターの説……『すごく頑張ったから』、というのが事実だったように思う。
もちろん、どれだけ努力しても越えられないものはあるだろう。
長男との年齢の差、母親の身分の差、受けられる教育の差、圧倒的に不利な状況だったのだろう……けれど、ライエルは近衛兵や使用人を見下さず、自然と軽口を叩けるほど親しまれる、『転生者』という強者に対して雇用主としての毅然とした態度を取らなければいけない時には見られなかった、貴族らしからぬタイプのカリスマがあった。
おそらく、それは平民の子として生まれ、第十六番目の大領主の後継者候補というほとんど期待されず重要視されないという環境で養われた平民らしい感性に由来するものなのだろう。そして、それは大領主の周りに仕え、貴族から見下されることに慣れてしまっていた周りの人間から協力を得やすいものだったのだろう。
確かに、ライエルは小さく、特別な才能もなく、悪辣な手腕もなかった……けれど、その代わり人徳があり、努力があり、あとは奇跡的な幸運に恵まれれば……きっと、後継者争いを生き残ることは不可能じゃなかった。
これらが全て演技だったとしたなら……まあ、その時はしょうがない。騙されない方がおかしいくらいなんだから、拍手でもしながらマスターと逃げ去ってやろう。今回のことで私の『不幸』が絡むとしたら、きっと騙されることじゃなくて騙されるのを警戒して信じられる人間を切り捨ててしまうことだったのだろう。
まったく、我ながら精神的にも影響が出る辺り厄介な性質だ。
そうして、私たちはこうやって覗き見を謝って、怒りどころかもはや呆れとちょっとした(羞恥の)悲鳴の混ざった苦言(もはや威厳はどっかいってさっきから『あのさぁ……』としか言葉にならない声)を甘んじて受け止めているわけだけど……
「はいはーい! おはなしは終わったかニャー? じゃそろそろ、混ざってもオーケー?」
「おお、アトリさん。いらしていましたか、お久しぶりです」
食堂にワゴンで台車で料理を運んでくる、チョコレートみたいな焼け方をした肌の女。
『芸術家』アトリ……コーチェンの町に行く途中の馬車で遭遇して、勝手にマスターの夢の中に侵入して記憶を覗き見しようとした挙句、失敗して悪夢から出られなくなっていたのを逆に救出された転生者だ。
人探しをしているそうだからと、クロヌスの大領主宛てに紹介状を書いて送り出し、最近までは荒野耕次の集めた難民の街で能力を使って食糧確保をしていたそうだけど……そういえば、近日中に合流できるとか言っていたし、それが今日だったらしい。
「ニャハハー、手紙呼んだよー。狂ちゃん銃で撃たれたとか、災難だったニャー」
「ははは、そういうアトリさんはお変わりないようで。お元気そうで何よりです」
……正直、私はこの女がちょっと苦手だ。
マスターに馴れ馴れしすぎる。ていうか『キョウちゃん』って、『狂信者』を『狂』って略すのはともかく、『ちゃん』て。
しかも、これがほぼ初対面の時からの態度だし。マスターによれば『なんだか波長が合う』らしいけど、そもそもいきなり頭の中を盗み見しようとした相手との距離感じゃないだろう。
まさか、洗脳料理とか惚れ薬とか盛られてないよね?
あの一件からアトリの料理は食べさせてないけど、大丈夫だよね?
「マスター?」
「ああ、これは失礼を。日暮さんは初対面になりますね。こちらはアトリさん、非戦闘員としてですが、私たちと同じようにライエルさんの下で働く転生者です。話はもう聞いているかもしれませんが、『特殊な効能を持つ料理を作る能力』を用いて今まで荒野さんの街で働いていたのですが……こちらの料理は?」
「仲直りの料理、自己紹介も兼ねてニャ。そろそろ早めのディナーにはいい頃合いだしニャァ」
そう言って、料理を食堂のテーブルに並べていくアトリ。
金属製のドームカバーで蓋をされた皿がテーブル上に並べられ、立ち上がっていたマスターが私の隣の席に着く。皿の数はフルコース並み。
自己紹介も兼ねてということは、それも能力で作ったものなのだろうけど……
「気を付けて、期待するほどおいしいかどうかはわからないから」
『生産系』『効果付与』に分類される転生特典の一種。
厳密には『特殊な料理を生み出す能力』じゃなくて『作った料理に特殊な性質を付与させる』という能力だ。普通は食べられない土や石を食べ物に変えることもできるけど、それはあくまで『これは栄養があって食べられる』という性質を能力で付与するだけであって、その場合は普通の食材以上の特殊性はない。
石を手の中でパンに変えることもできないし、並んでいる材料を一瞬で料理に変えられるわけでもない。
何が言いたいかと言えば、本人の技量としてコース料理が作れなければコース料理は作れない。
能力で見た目や香りを付与できても、ちゃんとおいしい料理かどうかは作り手の技量次第だ。たとえば『創った芸術作品に魂や思念を込める能力』で描いた絵が本当に『名画』になるかどうかはその作者次第なのと同じだ。
まあ、商隊の馬車では運賃代わりに料理を作ってたみたいだし、そこそこ評判はよかったから人並みに料理はできるんだろうけど……
「ニャハハー、心配性だねテーレちゃんは。心配しなくても、『本当は不味いものを美味しいと勘違いさせる』なんてナンセンスなことしないからニャ」
そう言って、アトリは最後の皿を置いて、ドームカバーに手をかける。その目は、友好の証に自分の手料理を出してみる……というようなものではない。
素人とは思えない自信に満ちた瞳……おいしくないかもしれないと言った私に対する挑戦心すら窺わせる、プロの目だ。
「ふむ、【万物鑑定】。少なくとも、害意や悪意の色はありませんね。毒味もしてもらっているとは思いますが。テーレさん、警戒する必要はおそらくありませんよ。料理を楽しみましょう」
「……不味かったら、二度とマスターにあんたの料理食べさせないから」
私がそう揺さぶりをかけても、アトリが動じる様子はない。
むしろ、私の審査が厳しくなるのを楽しむように目を細める。
「もちろん。ワタシは『芸術家』……売れるかどうかに興味はないけど、彫刻絵画に服飾料理、化粧に玩具に機械、ワタシは何だろうと『美しく』創る。美観だろうが美容だろうが美食だろうが、人に出す物に手は抜かない……ニャハハ」
ドームカバーが開かれて、料理が姿を現す。
私の目の前のそれは、一見して何も不思議のない、強いて言うならすごく清んだ水みたいな感じだけど、感じる温度と香りでスープ器に入ったスープなのだとわかる。種類は……コンソメスープ、だろうか。見た目は悪くないけど……!
「これって……」
「わっ! すごい! いま、何か泳いで……」
蓬が騒ぐ。
私も見えた、スープの注がれた狭い皿の中、透き通っていて何も固形物なんかないはずなのに、何かが泳いでいるように見えた。現に、水面を何かが横切ったかのような波紋も立っている。
「アトリさん、他のお皿を見ても?」
「ニャハ、オーケー! 誰も見たことない異世界ディナーをご覧あれ!」
次々にドームカバーが開かれる。
「え、なにこれ!?」
「動いてるのか? というより生きてるように見える……」
「ほう、これはどう食べればいいんじゃ? まあ、どれも食えないもんには見えねえが」
「なるほどなるほど、これはこれは。テーマは『見て美しく、食べて楽しく、味わって美味しい』というところですかね」
まるで、それぞれの皿の上に小さな箱庭があるかのような様相。
サラダは動物型に加工された根菜が草食動物のように葉野菜を千切って自分を彩り、ドレッシングの泉を飲んでいる。
ドリンクの中にも色の違う液体がクラゲのように舞い踊り、デザートは本物の小動物と見まごうような形をしている。それでいて、どれも食べることができないというほどのリアリティではなく、デザインに楽しみながら食べられるだけの工夫が凝らされている。
……どれもこれも個性が強すぎて評価がつけられない。
いや、見た目悪くないし、材料は見た目だけでなく取り合わせた味や香りも考えられているようだから、インパクトのために奇をてらっているだけではなさそうだけど。
まずはスプーンでスープを掬ってみる。
さっき中に見えた何かは……すごく小さい魚型の、ゼリー?
「能力で動くように? あっ!」
口に運ぶ前にスプーンから逃げてスープに逃げられた。
透明度が高いスープの中で見えないのは、光の通り方がほとんどいっしょなのか……
「ちょっとこれどういうこと!」
「ああそのゼリー、スープと一緒に掬って食べるとすごく美味しいんだにゃ。お勧めニャ」
「いや一緒に食べられないんだけど!?」
「それが簡単にできるやり方があんのニャ。正解を見つけると自分から食べられに来てくれるからニャ。他も同じように食べるのにコツがいるから探して見るニャ」
「なんでわざわざそんな面倒な……」
私が嫌がらせかと思いながら何度もゼリーの魚を取り逃がしていると、他の一同も挑戦を始める。そして、数十秒して……
「ああ、なるほど! こうやって影の中に誘い込んで食べるのですか」
「さすが狂ちゃん、正解!」
マスターの声にみんなハッとなり、真似をしてスプーンの上に手で影を作りながら掬い上げると、ゼリーが逃げることはなくスープと共に口に運ぶことができた。しかも……悔しいけど、味は悪くない。端的に表現してしまえば、すごくおいしい。スープ単品でもなかなかだけど、味の違うゼリーの味が溶けてさらに何段も味がよくなってる。
まだ、スープの中には魚ゼリーが何匹もいる。この感じなら、最後まで味の組み合わせを楽しめるだろう。
スープの飲み方を見つけた面々は、他の料理にも手を出し始める。どれも、ただ食べられるままになってくれそうにない。近付いた食器を避けたり、グラスの底に逃げたりというふうに。
どれもこれも、違う特別な食べ方を見つけないと美味しく食べられそうにない……なんでこんな面倒な細工を……
「あー! わかった、一度このサラダの首のあたりをちょっと撫でる感じにするとお腹出してくれるみたい!」
「なるほど、日暮さんよく気付きましたね」
「へへっ、それほどでもー」
「よっしゃ、わいも負けんで! 次はわいが……」
「なるほど、俺は見つけたぞこのデザートの正しい切り方を。まずこの皿の端のクリームを咥えさせるのだ」
「なんじゃと!?」
…………自然と、会話が始まってる。
それぞれが自分の見つけた食べ方を他に教えることで、自然に打ち解けて行ってる。この視界の開けた食堂で向かい合っていて食べ方を隠すことはできないし、教え合いになるのは当たり前だけど……一緒に遊んでいるみたいに、ゲーム感覚で会話が進む。
「狂ちゃんから、ディナーのテーマは『仲直り記念』だってリクエストされたからニャァ。で、テーレちゃん、お味の程は?」
「……くっ、合格よ」
「ニャハハ、仲良きことは美しきこと。美しい料理、美しい味で食べた人も美しくする。それがワタシの『美学』ニャ。さ、ネタバレの心配もなくなってきたし、ワタシも料理を楽しむニャ」
おいしい……おいしいのが悔しい。
私の『万能従者』で作れる料理より、ずっとおいしい。そして、この料理を用意しただけでまだ少し気まずかったライエルと転生者チームが自然に会話できるようになってきてるのが、さらに悔しい。
しかも、その明るい雰囲気も会話に途中参加した不利を感じさせることなく自然に入り込んでるし……。
「……別に、張り合おうとか思ってないし。こんな……」
あいつが、私以外のやつと一緒に楽しそうに料理を囲む姿とか……あんな変人に私以外にそんなことができるやつがいるのが、こんな空気を作れるやつがいたことがちょっと意外だっただけだし。
このメンバーを集める時だって、私ができたことなんて何も……
「あ、そういえば! ちょっとみんなに質問があるニャ。前も聞いた人もいるけど」
大方の皿の食べ方が共有されて、空気が和らいできた頃合いでアトリが思い出したように声を上げる。
「ああ、そうでしたね。みなさん、少々お時間を」
それを見て、何かを察したように手を叩いて短い静寂を作り出すのはマスター。前もって何かの話をするとわかっていたかのような反応だ。
「おう、どうした?」
「え、なになに? 質問?」
「…………」
みんなの注目が集まる。
そういえば、マスターがなんかアトリの旅の目的について言ってたっけ。二人きりの時に話したらしいけど、確か……人探し、だったっけ?
「ニャァ、実はワタシ、ちょっと探してる人がいるんだけど……『何でも食べられる』って能力の転生者の人、知らんかニャ?」
その瞬間……誰かの足が動揺を示すように、椅子に踵をぶつけた。そんな音がした気がした。
料理スキルランキング
1.アトリ(転生特典関係なく芸術品)
2.ライエル(実は自分で栄養管理してる。健康食特化)
3.テーレ(『万能従者』によるチート)
4.荒野(大工仲間の飯炊き係。味は家庭料理、しかし手際は大所帯を支えられるくらい)
5.狂信者(手際は悪くないが味付けが雑なので作る度に違う味。食べられないものは作らないがおいしいとは限らない)
6.日暮蓬(家事の手伝いすら経験なし。もれなく黒焦げ)




