第19話 嘘つき
side バリアン・クレバール
部下たちから報告が集まってくる。
ただの新人冒険者を追い込むだけの簡単な作戦だったはずが、押し寄せるのは想定外のトラブルの報告だった。
「報告が上がりました! 坑道の中に例の男が侵入しています! そして、同時に侵入ルートと思われる場所から大量の煙が……地下での火災は危険です。すぐに消火のための人員を向かわせていただきたい!」
前代未聞の事態だ。
街一つを牛耳る盗賊団に目を付けられた一冒険者が、街から逃げ出そうとするのならわかる。その対策としての人員は十分に割いている。
だが、まさかこちらのアジトである坑道に火を付けながら、自ら煙に巻かれることも恐れずに懐に入り込んでくるとは。
逃げるための混乱を生み出そうと火をつけるならまだしも、自分まで火に追われながら攻め込んでくるなど思いもしない。
「不許可だ。地下での火災が危険なことくらい誰でもわかる。大げさに煙を出す燃料か何かで火事になったふりをして人数を回させようとしているだけだ。むしろ、その他の場所に手下を回せ」
「しかしっ、万が一本当に火災が起きていたら俺たち全員が危険です! せめて煙の原因だけでも……」
「うるせえ。それが敵の思う壺だって言ってんだろ! そもそも、それこそ地下の全員が死ぬような火災なんて起こしたら自分も死ぬだろうが! そんな馬鹿いねえよ!」
優れた魔法使いなら、魔法で火炎から身を守ることはできる。
だが、空気中から魔力を取り込むには呼吸が必要だ。屋外ならまだしも、地下の火災の中では呼吸もままならなくなる。
火を使うモンスターならともかく、人間であるならまず選ばない手であるのは間違いない……だが、それはあくまで相手が正気だった場合の話だ。
俺にはどうしても、俺達が追い詰めようとしている男は正気で動いているようには思えない。
「ならば……あなたの『転生者』としての能力をお使いください。火だろうと煙だろうと、そのお力なら……」
「……俺に命令する気か? 侵入に気付かなかった自分たちの無能の尻拭いをさせようってのか?」
「そ、そんなことは……」
「だったら早く例の男を追い立てろ! 連れてこい! そうしたら消火でもなんでも好きにしろ!」
「……はい」
『転生者』に命令されれば、そうしないわけにはいかない。
部下たちに指示を伝え、次の報告を待つ。
多少の小細工があったところで、侵入者の一人や二人が捕まるには時間はかからない。政府軍から逃げ回って短期間でアジトを変える盗賊団ならまだしも、この街の盗賊団は最初からここの住人だ。言わばここは俺達の城。侵入者を包囲するルートくらい、事前に確立されている。
すぐに包囲したと報告が来るはず……
「お頭! やべえ!」
「どうした。そろそろ包囲はできた頃合いだろう。まさか正面突破されたのか?」
「違う! 包囲以前の問題だ! 炎がありえない速さで広がってやがる!」
「……なんだと?」
「炎や柱が燃えて崩落した天井で道が遮られていつも通りのルートなんて使えねえ! 包囲どころか、侵入者がどこで何やってるのかすらわからねえぞ!」
「くっ!」
正気がないどころか、侵入者の思惑以上の事態が起こっているようにしか思えない。少なくとも、狙ってやれることではない。
まるで、こちらに疫病神でもいるかのような災難が降りかかっている。
「……一刻も早く侵入者を探せ。消火はその後だ」
「何でだよ! お頭!」
だが、あの方の言葉に逆らうことはできない。
それだけは、絶対だ。俺達は従うしかないのだから。
side 狂信者
煙を起こして盗賊団の方々を攪乱してしばらくして、天使らしくほんのりと光を放ちながらこちらに駆けてくるターレさんを発見しました。
あと、何故かターレさんの頭の上からは光輪が見受けられません。ジャンプしたときに天井に当たらないようにと言う配慮でしょうか。
「おっと、これはこれはターレさん。やっと合流できましたか」
ちなみに、煙が予想以上に濃くなってきたので、ラクタさんには外へ続くルートを見つけたタイミングで帰っていただきました。
一応、素直に言うことを聞いてもらうためにお駄賃とともにちょっとしたお願いをしておきましたが。
「あの、あなたすごい煤だらけですけど、大丈夫ですか? まるで火災から逃げてきたみたいですけど……」
「これは失礼。途中煙幕を使ったのですが、思いのほか不完全燃焼するタイプだったようで。拭いておきましょう。それよりも、テーレさんの位置は今もわかりますか?」
「はい。しかし……彼女は今、二つの意味で危険な状態です。本性の暴走は継続中ですが、盗賊団に反撃されたのか傷ついています。今は、私の光輪を使って拘束と治療を同時に行っていますが、まともに会話ができる状態ではありません」
「そうですか。ではすぐに向かいましょう」
「はい! そうしましょう! この世界での身体は私たちにとって乗り物みたいなものですから、できるだけ早く天界に送還すればテーレさんもこれ以上苦しまずに済みます!」
「わかっています。私はあなたが仰ったあの言葉を言う。それが最速最善の手段、ということですよね?」
「はい、その通りです」
「では、案内をお願いします。なるべく早く」
ターレさんは早足で私の前を走って行きます。
それにしても……その必死な姿は、どこか微笑ましくもありますね。今、この場において思うべきことではないかもしれませんが。
「あれ? ■■さん、どうかしましたか?」
「いえいえ、何でもありませんよ。ターレさんとの合流を達成し、テーレさんの居場所もわかり、全て順調だなと思っただけですので」
本当に……順調、なのでしょうね。
少なくとも、表面的には。
ターレさんの後に付いていくと、地下空間である坑道の中の、比較的広い空間に出ました。
壁際にはいくつもの松明が焚かれ、揺れる炎の明かりが不気味ながらどこか風情のある雰囲気を醸し出しています。
しかしまあ、今は内装は重要ではありませんね。
重要なのは、空間の中心でターレさんの光輪で腕と胴体を締め付けられながら俯く返り血と傷から流れた自らの血で汚れたテーレさんです。
ターレさんはテーレさんの痛々しいと表現できる姿から目を逸らし、私を見つめました。
「さあ、テーレさんにあの言葉を」
「その前に……テーレさんの拘束を、解いてあげてくれませんか? 苦しそうなので」
「ダメですよ! また暴れ出したら……」
「『従者である彼女は主人には直接的危害を加えられない』。そう言ったのはターレさんだったと思いますが。私が暴れないように、逃げないように直接言えば拘束など必要ないでしょう。仮に逃げようとしたときのために、あなたはこの入り口の前にいてください。周りを見る限り、一番逃げやすいのはここなので。他の場所からなら、声をかける時間くらいはあるでしょう」
「……では、あなたが暴れないように、逃げないようにと命令したのを確認したら、拘束を解きます。それでいいですね?」
「ありがとうございます。では、行って参ります」
心配そうなターレさんに見送られながら、テーレさんへと歩み寄ります。
ふむ、近くで見ると少し痛々しくはありますが、致命傷は見られませんね。見栄え優先ですか、お優しいことです。
「これはこれはテーレさん。先程ぶりです。急にどこかへ行かれてしまって心配しました。大事なお話があるのですが、これは約束なので先に済ませておきます。その拘束が解けても、周囲の人間に危害を加えないでください。そして、そうですね、私の位置から十歩以上離れた場所へは行かないでください。これでいいですね?」
ターレさんの方へ確認すると、返答のように光輪がテーレさんの身体を離れ、ターレさんの頭上へと戻ります。
「ありがとうございます。さて、これでテーレさんは動けるようになったわけですね。大丈夫ですか? 喋れますか?」
もしや意識がないのではないかと思っていましたが、光輪が離れても立っているので意識はあると見えます。しかし、俯いて表情が見えません。
膝を曲げ、顔の高さを合わせます。俯いているのでまだ正面からは見えませんが、何かを必死に堪えているように見えます。
「どうしました、テーレさん。辛いなら何が辛いのかを教えていただきたいです。傷が痛いのですか? それとも……心が痛いのですか?」
バルザック氏の話では、殺人を気に病むタイプではなかったように思えたのですが。
意外と後になって冷静になってしまったということも、ありえないということはないかもしれません。よくわからない感覚ですが。
「話してもらえますか? 何故、一人でこんなところまで来てしまったのか。何故、そんなにボロボロになってしまっているのか」
「見られたくなかったから……」
「……何をですか?」
「見てわからないの! 聞いたんでしょ! 私、盗賊を殺したんだよ! それも笑いながら……楽しみながら……」
「らしいですね。それがどうしました? 敵対したので排除したのでしょう?」
「わからないふりしないでよ! 私がおかしいってもうわかってるんでしょ! もうどうにでもすればいい! 自殺でもなんでも命令してよ! そんなふうに無理して優しくしたりしないでよ! 私を天界へ還して! そのためにここに来たんでしょ!」
「テーレさん……」
「さっさと命令してよこのろくでなし! 『自害しろ』の一言も言えないのこの馬鹿! いつもいつも私の思った通りになんて動いてくれないし、予想外のことばっかりしてくるし、扱いづらいのよ! あんたなんて大外れよ! 私はディーレ様のために、あなたを利用しようとしてるだけなの! それなのにこんなふうになっちゃって、もうダメなの! 今回は諦めて終わりにしたいの! だからもう、ディーレ様のところに帰らせてよ!」
そうですか……私と一緒にいたことで、そんなにもストレスを与えてしまっていましたか。
私としては、テーレさんにはできるだけ楽をしてほしいと思っていましたし、言われたことにはなるべく従ってきたつもりでしたが……そこまで思い詰めてしまったというのなら、しかたありませんね。
「そうですか……では、テーレさん」
「……自殺、させてくれる?」
そんなに期待を込めた目で見られてしまっては……やはり、困りますね。
予定通り、順調なのはここまでですよ……ターレさん。
「テーレさん、一緒にディーレ様のところへ帰りましょうか。一緒に死んで、一緒にごめんなさいすれば、きっと許してもらえますよ」
正直に言ってしまうと、私はこの世界からまだ離れたくありません。
しかし、テーレさんなしで生きていくというのも、どうにもイメージがわきません。ならば、一緒に天へ還るというのも一興でしょう。
「ディーレ様にも申し上げましたが、私が女神ディーレの不利益になるのならいつでもこの第二の命を返上する心構えはできています。テーレさんが私のせいでそこまで追い詰められているというのなら、命を返上して直接懺悔するしかないでしょう。まあ、さすがに転生者に第三の生があるなどという都合のいいことはないでしょうし、死んだらそこで消滅かもしれませんが。その時は謝罪の意思があったことだけでも伝えていただけると助かります」
私の言葉に驚いた顔をするテーレさん。
そして……背後から、ターレさんの焦ったような声。
「ま、待ってください! テーレさんを天界に還しても私が従者として仕えますから! それは……」
「申し訳ありませんターレさん。私、こう見えて不器用なもので」
時間にすれば一週間の仲ですが、テーレさんはこの世界において生まれ変わった私の命の恩人であり、師であり、相棒でもあるのです。
彼女を切り捨ててこの世界を生き長らえるには、この世界と彼女との比重が世界に向かって大きく偏っていなければいけませんが、私はそうではないのです。
「だ、ダメです! 待ってください! そんなことをしては、そんな勝手なことをされては……」
ターレさんの困惑もわかります。
確かにそうですね、いきなり天界にお邪魔しても、ディーレ様の御迷惑かもしれません。
「ふむ。確かに、重大事項を事後報告というのはよくありませんね……では、事前報告をしておきましょう。転生時の会話から察するに、テーレさんはディーレ様との直通回線のようなものを持っていますね? 念話か天啓のようなものかと思いますが。テーレさん、念話でも何でもいいので今すぐにディーレ様に緊急の要件で連絡を……」
「ダ、ダメです!!」
ターレさんの大声で私の『命令』が遮られてしまいました。
これはこれは、私の命を案じてくださるなら、ありがたい話ではあるのですが……
「……クックッ、ターレさん。必死ですね。しかし、どうしてこのタイミングだったのでしょうか? こう言っては何ですが、ディーレ様は私に踏みとどまるように言ってくださると思うのですが、どうして連絡を止めるのですか? もしや……ターレさん、ディーレ様にこの状況を知られて困ることでもあるのですか?」
「……っ!」
息を呑んだのがここまで気配で伝わってきましたよ。
やはり、図星でしたか。
「クックックッ、やはりテーレさんは天使としては特殊な部類なようですね。ターレさんは悪意の扱いに慣れていないご様子。悪巧みを疑われた時の反応がわかりやすいですね。微笑ましいほどに。逆の立場にテーレさんがいれば、きっともっとうまく誤魔化しましたよ」
「わ、悪巧みなんてしていません! それより早くあの言葉を! テーレさんが何かする前に!」
「さて、ターレさんはどうしても私にキーワードを言わせたいようですが……申し訳ない。実はあの難しい言葉、忘れてしまって言いたくても言えないのですよ」
「は……はあ!?」
まあ、驚きますよね。
しかし、忘れてしまったのは嘘ではなく事実なのでどうしようもありませんが。もう一度教えてもらっても言うつもりはありませんし。
「いやいや、本当にすみません。途中から話半分で聞いていましたので。何語かもわからない音の配列というのはなかなか記憶に残らないものです」
「は、話半分……」
「だってターレさん、話の中で私に『嘘』を言ったでしょう? 『嘘』が含まれる可能性があると認識すると、どうにもその会話の情報価値が低下してしまって集中力が持たないのです。というか、『嘘』を口にするとわかった人物の言葉を記憶すること自体が難しくなります。先程からもターレさんとの会話は結構頑張って文脈を保っている状態です」
「ど、どこが『嘘』だったなんて思うんですか!」
「テーレさんの暴走についての説明で『予想外の事態』を強調したあたりですよ。本当に予想外だったなら、なんで対処に来られたのですか? 行動を確認していたのなら、何故テーレさんが本格的に暴走を始める前、私を押し倒そうとしたあたりで来なかったのですか? 全てを把握していたのなら……何故、テーレさんが殺人という、一般的な感覚において取り返しのつかない事態が起きたすぐ後に、私の前に現れたのですか? テーレさんの位置も私の位置も把握しているのに、私達が離れ離れになってから? テーレさんをこうして拘束できるのに、被害の拡大を防ぐ前に私の方へ? まさか運悪く最悪のタイミングまで対応が遅れたと? 『幸運の女神の眷族』がですか?」
「……!」
「それに、テーレさんの性質を表現する際に『欠陥』『本性』『歪み』などの差別的表現が目立ちました。私にそういった印象を与えようとしているという部分もありそうですが、それ以上にあなたがテーレさんに対して敵意や悪意、あるいはある種の劣等感から来る嫉妬を抱いていると感じます。しかし、純粋無垢な天使はそういった感情を持つことがあまりないようで、隠しきれていませんでした。それでいて『テーレさんを助けるために』というのを主張するのでどうにもチグハグに感じたのです。嫌いなら嫌いで、それでも仕事だから助けなければいけない。それなら理解できるのですがね」
「う……ぐっ……」
おやおや、これが推理ゲームならターレさんのHPゲージが真っ赤になっている感じですかね。
テーレさんは性根が悪い子だそうですが、ターレさんは性根が良い子なのに無理して悪いことをするからそうなるのです。
「さて、ところでテーレさんが先ほどから黙ってしまっていますね。それでいて、驚きに絶句しているわけでもないご様子から察するに……ターレさんの企みについて言及できない状態にあるのでは? 私への罵倒しかできないように、誰かに『命令』されているとか」
「な、あ……」
「さて、これは憶測推測邪推の類ですが、ターレさんが言わせようとした言葉というのは『自我消失』や『精神崩壊』といった類の言葉ではないでしょうか? 少なくとも、テーレさんにとってただ天に還るだけである『自殺』がずっとマシな部類の。だとすれば、罵倒の中でなんとか私に自殺を命じさせようとしたことも理解できます。まあ、これは自律的に行動しようとする精神がなくなれば命令に忠実になるでしょうから嘘とは言い切れませんが……天使とは思えない悪辣な手です。それでいて、ターレさん自身はそれを隠しきれるほど悪意を使い慣れていない……共犯者がいるとみるべきでしょう。この状況を作り、都合よくテーレさんが暴走するように差し向けた方。仮にも転生特典であるテーレさんに強制力を行使できるほどの存在……そこにいますか? 『転生者』さん!」
私の言葉が洞窟に反響すると、それに応えるように足音が聞こえてきます。
壁に彫られた溝、いえ、二階程度の高さの層に作られた、この広間を見下ろすための壁際の通路ですか。
そこに、モンスターの毛皮のコートを着た少年が腕を組んで現れました。
「ターレ、結局ばれてんじゃねえか。だから言ったんだっての。そんなやつ、騙して誘導するなんてまどろっこしいことせずに、ズタボロにして言うこと聞かせて言わせりゃいいってよ」
彼は、私とテーレさんを見下ろし、唾を吐き捨てました。
「俺が美の女神から受け取った能力が、こんなやつらに負けるわけねえんだから」
狂信者のスタンスとしては
『聞かれなかったからね』はあり。
『あなたのためを思ったから……』はなし。
そのルール的に、従者として最初から『嘘はつけない』状態だったテーレはどんなに騙そうとしてもセーフでした。
そして、狂信者自身も例外ではないので『一緒に死にましょうか』という宣言も鎌かけではありますが至極本気の提案です。
危うく心中エンド。




