第18話 『煙幕』
side バリアン・クレバール
俺はこの街を牛耳る盗賊団の頭目だ。
いや、頭目だった男だ。
今は違う。便宜上は俺が頭ということになっているが、実質の頭は他にいる。
「で、あの黒服の男は見つかったのか?」
このお方だ。
強力な魔法の込められた数々の装備に身を包み、つい最近現れたと思えば、この街の冒険者の中でも一流の実力者達をパーティーメンバーとして従え、多くのモンスターを刈り取った、この世のものとは思えぬ力の使い手。
「見つかりはしましたが、捕まえることはできていません。どうやらスラム街を熟知した協力者がいるようで……」
「チッ、スラム街の掌握はまだだったな。偶然、力の届かない位置へ逃げ込んだか。運のいいやつめ」
そう、彼はこのラタ市の中枢を『掌握』したのだ。
常人にできるはずもないことを、あっさりとやってのける。普通なら、信じることもできない与太話だが、彼にはそれができる。
何故なら、彼は神の御使いとも言われる異世界からの来訪者……『転生者』だからだ。
「だが、スラム街へ逃げ込んだところでどうすることもできまい。いっそ、あんな汚い所燃やさせるか……」
「そ、それはさすがに!」
「あ? 俺に命令する気か? ……チッ、少し黙ってろ、仲間からの通信だ ……ああ? 先に計画狂わせたのはそっちだろうが! 俺に命令すんな! どいつもこいつも……わかった、やりゃいいんだろ!」
問題は、この方が圧倒的な力を持つと同時に、とても怒りやすいことだ。
今も、その怒りを宥め、部下の犠牲を出さないために、俺が代表して指示を聞いている。
「焼き討ちはやめだ。この鉱山へ追い立てろ。動かせるやつは全員動かせ。できるだけ早く終わらせる」
「しかし! そうなるとこのアジトの防御が……あの小娘も近付いていると聞いています。半端な戦力では残しても皆殺しにされます」
「そんなもん、俺が行ってやりゃ済む話だっての。案内しろ」
「しかし……」
「まさか、俺の力が信じられないとでも言うのか?」
圧倒的威圧感と恐怖、そして畏怖。
俺自身、何故こんなにこの人に恐怖を感じるのかを理解できないが逆らってはいけないことだけはわかる。
俺はこうして、頭を垂れるしかない。
「はい……どうか、そのお力を」
小娘は血濡れのまま、ゆっくりと歩いていた。
ギラギラと光る眼で、闇を見通しながら獣のように進んでいた。
その前に、『転生者』と、彼を護る冒険者四人が立つ。
「……どいて。じゃないと、殺す」
「『どこうとしたところを殺す』の間違いじゃないか?」
「……どかなくても、殺す」
小娘の言葉に、冒険者達が武器を構える。
「なら最初から『殺す』だけでいいだろ?」
「……怖がらないとつまらない。ていうか……」
次の瞬間、小娘はナイフを抜いていつの間にか『転生者』に迫っていた。
「さっさと殺してくれない? 待ってるんだけど」
激突音。
冒険者の内二人が、間一髪で攻撃を押し留めていた。
そして、『転生者』は小娘に向かって、俺には聞こえない言葉を放つ。
「……!」
「もういい。無力化完了だ」
『転生者』は振り返り、こちらへ戻ってくる。
小娘は動かない。冒険者達が恐る恐るゆっくりと離れても、短剣を振るった時のまま、全く動かない。
「ふふ、ははは、ハハハハハ! こんなもんか! あっちの転生者のチート能力は大したことないな! 警戒して損したぜ! そうだ、当然だ! 俺の方が強いんだからな!」
大笑しながら、『転生者』はこの街の王座である、盗賊団のアジトへ戻る。
「ちっぽけな幸運の女神の与えたショボい能力が、俺が美の女神『イディアル』から与えられた最強の能力に勝てるわけないんだからな!」
人間は、魔力を使い、自らの魂や炎を操るために魔法を作り、そのための手順を術式として練り上げた。
だが、神には最初からそんなものは必要ない。世界は神の意のままに動き、神は意のままに全てを操るものだからだ。
その神の言葉こそが、この方の授かった能力。
俺達には聞き取ることもできない神の言葉で、己が世界に欲するあらゆる事象を引き起こすための詠唱とする。
言葉のままに全てを操る。
それが、俺達を屈伏させこの街を掌握したこの方の能力。
「ハハハ……ふう。そいつはそこに置いておけ。あとはあいつが適当に煮るなり焼くなり好きにするだろ」
side 狂信者
さて、困りましたね。
「思ったより追撃が厳しいですね。スラム丸ごと焼き討ちにでもしてきそうな勢いです」
「なあにいちゃん。本当に何したんだよ。なんか思ってたよりヤバい案件みたいなんだけどさ」
「何と言われましても……テーレさんの尻拭いと、ギルドに行ったついでに少々備品の拝借を……お金を置いてきたはずなんですが、足りませんでしたかねえ」
「にいちゃんホントすげえな。ほら、こっちが鉱山の秘密の入り口、昔の坑道だ」
「ありがとうございます。ラクタが優秀な道案内で本当に助かりました」
「へへっ、駄賃はたんまり貰うぜ?」
うーむ、貯めておいたクエストの報酬で足りるでしょうか。
私の取り分として半分は自由にできる金銭をもらっていますし、ガリの実の購入くらいしか使用用途がなかったのでそれなりに残ってはいますが、ラクタさんが満足する額かどうかはわかりません。
……と、そうでした。一応確認しておくべきことがありましたね。
「ところで、ラクタさん。一度『私はラクタです』と言ってみてくれませんか?」
「ん……? 別に良いけど」
翻訳機能、一時解除します。
「○▽▲、▲□□」
翻訳機能、再起動します。
想定通りですね。
「ふむ、やはり聞き取れませんでしたね……ラクタさん、もしかしてあなたの名前は偽名ですか? 何か別の一般的な単語を弄ったものであったりしますか?」
「ああ、そうだぜ。ガラクタばっかり拾ってくるから、ガラクタ、ガラクタって言われてる内にラクタって呼ばれるようになったんだ」
何度か試してみた所、特別な意味を持つ単語でなければ人名などの固有名詞はその音がそのまま日本的発音に翻訳されているようです。
例えばアーリンさんなどは翻訳を切ってもそのまま聞き取れましたし。
地球にも存在する概念に通じる神の名前やそれに由来する原型をほぼ残した名前はそれらに対応する単語をもじったものになるようですが、偽名などもその元となった単語に近いものに翻訳されるので機能を遮断してみればこのように見当をつけることができます。
まあ、ラクタさんは呼ばれ方から盗人としての通り名の可能性が高そうだとは思っていましたが。
「なるほど、こちらでは『ガラクタ』に当たる単語の最初の音が消えやすいのですね。なら、大丈夫でしょうか……ラクタさん、それが愛称、通称の類であるということは、本名は別にありますか?」
「まあ……一応あるよ。どうしてそんなこと聞くんだ?」
「疑問に思ったものですから。一応、奴隷解放が成されたのなら戸籍が登録されていると思いましてね。ラクタさんは自分の戸籍名を把握しているのかと……」
「戸籍名ってのは、ギルドとか役所で書くらしい本当の名前か? 一応、生まれたときには役所に言うことになってるからあることはあるぜ。まあ、読み書きはまだほとんどできないし使ったことないけどな」
「なるほど……この坑道に詳しいのは、ご両親が鉱山で働いていたから、で合っていましたか?」
「ああ、父親にはほとんど会ったことないけど、物心つくくらいまでは母親とここら辺に暮らしてた。母親は鉱夫小屋の家事とかやってたんだ。で、母親が病気で死んで、オレは役に立たねえし世話見るやつもいねえからってつまみ出されて、スラム暮らしになったんだ。父親は落盤で死んだって噂で聞いた。よくある話だろ?」
「そうなんでしょうねえ。いえ、この世界における普通を知りませんのでよくわかりませんが。ラクタさん、あなたは自分の境遇について、運命や神様を呪ったことはありますか? 生まれた環境に強いられた貧窮に、やり場のない怒りを覚えていますか?」
「言い方が難しくてわかりにくいけど……そりゃ、もっと金持ちのところに生まれてたら、腹減らして死にそうになることもないかなって思うよ。運命やら神様ってのも……嫌いっていや、嫌いかな。でも、いつも怒ってるなんてことはない。届かないところに石を投げたって、腹が減るだけだ」
「そうですか。では、もしもこの街が特定の神様や、それに近しい存在、あるいは完璧なシステムにより支配されたとしましょう……あなたはそれを歓迎しますか? それが人々を幸せにしてくれるかはまだわかりませんが、状況を一変させてくれることは期待できるとします」
「そりゃ……いや、やっぱりいらね。それってあれだろ? たまにいる、評判のためにスラムで金やら食べ物やらをばらまいていくやつらみたいなもんだろ? いらねんだよ、ああいうの。あいつらが帰った後は、金を拾ったやつを狙って襲う奴らが出て来て、下手すると何人か死ぬし。どうせ、ばらまくわけじゃなくても金を渡すから汚いことやれって言ってくるんだ。冒険者を襲えとかな。それで、返り討ちにされてほとんど帰ってこない、所詮オレたちスラムの低層民は捨て駒さ」
「ふむ、自力で這い上がらないと意味がない、いえ、未来がないということですね。それでいくと、私もその類の人間では?」
「にいちゃんはいいんだよ。食べ物は店で奢りだったし、人前で金渡さねえし、一人しか雇わねえから。それだけオレを信頼して買ってくれたんだろ? あれだ、固定客ってやつだ。末永くよろしくって言うんだよな。それくらいは知ってる」
「ええ、それで大体あっています。しかしまあ、この街を代表してラクタさんがそう言ってくださるなら、問題ありませんか」
「ん? 何やらかす気だ?」
「これからテーレさんを救出に行くのですが、場所が場所なので脱出は大変な苦難が予想されます。そこで、少々騒ぎが起こると思うのですが……場合によっては今のこの街の権力図、支配の構図を壊してしまうかもしれないので。さすがにその後残って支配者やるつもりはありませんし、ラクタさんが絶対の支配者なんて必要ないというのなら構わないかと」
街を支配する盗賊団にケンカを売ってしまいましたしねえ。
このまま脱出しても悪い因縁が残って後に響いて来て困ります。やるのなら徹底的にやりたいところです。いえ、交渉で済むのならそれに越したことはないのですが。
こちらが納得できるカードを出せなければ強引な手に出る必要があるかもしれません。
私は支配者という柄ではないので荒らしていくだけになってしまいますが。
「はっ! にいちゃんはやっぱすげえぜ! 女一人助けるためにこのラタ市をぶっ壊すってか!」
「あくまで可能性の話ですよ。大体六割六分程度と見ていますが」
「だけどさ、にいちゃんならこの街の新しい王様になってもオレは構わないぜ! 飛びっきり悪い王様になって、世界征服とかやってくれよ! そしたらオレ、一番の手下になってやるからさ!」
ふむ、ラクタさんは考え方のスケールが大きいようです。
この街の現状への不満があることは聞きましたが、この街のシステムの破壊のついでに世界丸ごとの改革を要請するとは。私のどこを見てそんな大それたことができると考えたのやら。
この世界に来て一週間そこらで何故か街一つの中枢から全力で排除されそうになっているような体たらくの私に。
あと、私が当然のように悪人と誤解されているのは置いておくとして……
「ラクタさん、申し訳ありませんが……私は、もしそんなことができる力があったとして、それを支配に使うことはありません。私はこの一週間、この世界を見てきましたが……この世界は好ましい。大きく変えたいとは思えない、素晴らしい世界だと感じるのです」
「素晴らしいってどこがだよ? こんな追い回されておいて」
「今だって、感激の中にいますよ。この世界は本当にいい……生きているだけで幸せだと、誰もが知っている」
「はあ? なんだそれ。当たり前だろ。何があったって生きてられりゃ儲けもんだ。死にたくなったら物乞いも盗みもやめて、道端に座り込んで適当に野垂れ死ねばいい」
日本でそれをやれば、きっと補導されて面倒なことになるのでしょうがね。
ラクタさんは『生きる』という言葉が動詞であることをちゃんと理解している、いい人です。
「ええ、そうですね。この死が身近な世界では、生きるために努力しなければ生きていけないのですから。生きていることが苦痛な人がその努力をし続けるのは難しいでしょうね……私にはそれが、狂おしいほど美しく見えます。荒野にしっかりと根付き、僅かな雨と強い風の中でハッキリとした緑色で映える、草花のように」
「よくわかんねえな、そのたとえ。要するにそれ、雑草だろ?」
「私の一番好きな植物ですよ、雑草は。まあ、それはさておき、私はこの世界の人々がかなり好きです。少なくとも今まで会った方々は、私の元いた世界、つまりは故郷の人々の大多数より格段に。他の日本人には、野蛮で未発展で愚かで哀れに見える可能性もありますが……私は、この世界を大きく変えたくはないと思っています。ラクタさん、あなたは死にかけたことはありますか? 死んで当然の苦難を乗り越える幸運、あるいは覚醒、あるいは閃き、そう言ったものを憶えていますか?」
「ああ、スラム暮らしなんてやってりゃしょっちゅうあるぜ。捕まったら殺されると思いながら逃げたり、死ぬ寸前のところで食べ物を見つけたりな」
「はい、私もこの世界に来てから何度も死ぬかと思いました。だからこそ、生還の度に思います。『生きていることだけでも奇跡を感じられる』というのは、この世界の美点だと。だからこそ、日々を神々に感謝しながら生きられるのです」
少なくとも、この世界に来てからは『死にたい』などということを思ったことはありません。もちろん、女神ディーレに所望されればいつでも命を捧げるつもりではいますが。
「うーん、わかんねーな。さっきから世界世界言ってるけど、そんじゃにいちゃんの言ってる元の世界ってのはどんなところなんだよ」
「そうですね。ここよりも生きることは容易いのですが、その代わりに大切な何かを失ってしまった……いえ、持っているものの『大切さ』を失ってしまった、そんな世界ですかねえ」
贅沢なのは理解しているつもりですが。
ラクタさんにあの国のことを事細かに説明すれば、衣食住が保証された理想郷だと言うかもしれません。実際、理想郷を作ろうとして偉大な先人たちが積み上げてきたあの世界を、無闇に貶したくはありません。
しかし……それでも、この世界より絶対的によい世界だったと、私の口から言うことはできません。私は嘘が嫌いですから。
「……おっと、ラクタさん。お静かに。前から足音……いえ、後ろからもです」
「え、なんで……」
「坑道に入ってからそれなりに進んでいるにしろ、正規ルートから入った冒険者や盗賊の方々に包囲されるには早いですね。それか、偶然包囲されてしまうほどの多数の人員が割かれているということかもしれません」
「おい、どうすんだよにいちゃん! なんかすげえ魔法とか使えんだろうな!」
「残念ながらそんなものは使えませんが……手はありますよ」
私、こう見えても強力な能力で無双プレイをするタイプの主人公よりも、閃きと小細工で窮地を切り抜ける手品師のような主人公の出る話の方が好みなので。
映画でもスパイの使うオーバーテクノロジーアイテムの活躍より熟練軍人が森の中のあり合わせの物で作るブービートラップの方の活躍するシーンの方をよく見てました。
そこで取り出しますは、電池切れの携帯電話と、ギルドで拝借したある種の燃料を丸めて固めてあるもの。それとこの世界では合う鍵穴がないであろう私の生まれ育った家の鍵です。
携帯電話も最後の最後まで役に立つのなら供養になるでしょう。
ちなみに、用意した固形燃料とは緊急時に焚き火に放り込んで狼煙を上げるのに使うと講習で習ったものです。まあ、この世界での発煙筒と思えばいいでしょう。
それが通常の一回使用量の数十倍。
「さあ、ラクタさん。この布を口に当ててください。喉を痛めるかもしれませんので」
「お、おう。で、何すんだ?」
「まず、適当な燃料に火をつけて大きくします。リチウムイオン電池は刃物などでセパレータを貫通すると化学反応で発火するので携帯電話を使いましょう。そうですね、この朽ちたトロッコレールの板を一枚拝借して、壁際に立てかけてギルドでいただいたランタンオイルでもかけておきましょうか。鍵を石で押し込んで電池を貫通させて発火を促し、財布に残っていたお札に火をつけて、それを移せば……ほら、勢いよく燃え始めました」
「お、おう? てかこれ普通に放火……」
「ご心配なく。周りの壁は少し湿気ていますし、壁際なら近くに引火する可燃物もないのですぐに消えるでしょう。一時的に激しく燃えてくれればいいので。さ、明かりで気付かれる前にことを済ましましょう」
「あ、足音来てるぞ! 急げって!」
「では、この発煙玉を手頃な石と警棒でゴリゴリとすりつぶしたものを、この火の中にポイと投入」
「うおっ!? 煙がっ!」
ここまで即効性が高いとは、正直想像以上ですが、問題はありません。
大は小を兼ねる。煙は多いに越したことはありません。
「さて、後は簡単。視界が悪くなったのを利用して、気付かれずに走るだけです」
「え、それってただの煙幕……」
「さ、はぐれないように掴まってください。行きますよ!」
「ちょ、これ本当にすぐ消えるのか!? なんか勢いがヤバイ気がするんだけどさ!」
「ははは! 心配せずとも鉄鉱山が地下のボヤ騒ぎから全焼するなんてありませんよ! 炭鉱じゃないんですから!」
さあ、煙が消えないうちに事を済ませてこの街から逃走しちゃいましょう。




