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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
六章:祀ろわぬ『御使い』

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第181話 ピエロとドラゴン

side 日暮蓬


 私には、前世で死んだ後の記憶がある。


 転生者になったという記憶じゃない。

 病室で心臓が停止して、パパとママが泣いてて、弟はほとんど直接会ったこともない姉の死にどう反応するべきかわからないみたいな顔をしていて、私の心電図がピーと長い音を立てた後の記憶。

 

 気付けば私は、真夜中の暗い病院の廊下に立っていた。

 足が透けたり身体が光ったりはしてなかったけど……なんとなく、わかった。


『あ、私……もう死んじゃってるんだ』


 自分が早くに死ぬことはずっと前からわかってた。

 だから、驚くことも戸惑うこともなかった。むしろ、最後の方の気分の悪さとか苦しさとかがなくなって、いつ以来かわからないくらい身体が軽いとすら思った……そもそも、肉体のない幽霊だったら当たり前かもしれないけど。


 生き返りたいとか、消えるのが怖いとかは考えなかった。

 最初から、私の人生は湿気ったロウソクみたいにある日、あっけなくフッと消えるものだと思っていた。


 だから……ラッキーだと思った。

 ただ消えるだけだと思ってた人生に、思わぬボーナスタイムがあったのだから。

 そうだとわかったら……一つだけ、やりたいことがあった。

 いつ消えるかわからない残り火なら、急いでやりたいことがあった。


 だから、私は走った。

 生まれて初めてかもしれないくらい軽快に……その先に、後悔が待ってるなんて、想像もせずに。










 私を治そうとしてくれた狂信者さんが撃たれた。

 私のせいで……私を襲いに来た町の人たちの誰かに撃たれた。

 私のために撃たれたのに……『大丈夫』だなんて……血を吐きながら……


「私のために……死んじゃいそうなのに……」


 ずっと病院にいたといっても、私は医者を目指していたわけじゃない。狂信者さんの撃たれた場所がどれくらい致命的なのかもわからない。だけど……軽傷じゃないのはわかる。

 あの人が、私のせいで、私のために、死んじゃいそうなのに……


「何で私……逃げて来ちゃったんだろ……本当は……」


 本当は……わかってる。

 なんで、逃げ出さなきゃいけなかったのか。

 二人が来ないここまで、自分でもどこかわからないような場所へ。

 けど、こんなの……



「ヒホホホホ! 泣いているのかいお嬢サン? それはいけないネエ! 美人さんが台無しダヨ!」



 特徴的なテンションの声がして、顔を上げる。

 けど、どこにいるのかわからない。私に見えるのは、私を囲う火の壁だけ。真っ赤な世界の向こうにボンヤリと見える岩場だけ。

 それが誰なのかはわかるけど。


「ピエロさん……生きてたんだ……」


「ヒホホホホ! ピエロさんはみんなの笑顔が大好きなのサ! ヒホホ! だからくらーい顔の子がいる限り、死んだりしていられないんダヨ!」


「フフッ……そうなんだ……よかったね」


 不思議と、声を聞くだけでも笑い声が漏れてしまう。

 前に来たときもそうだった……不思議なピエロさんだ。

 どう考えても怪しいはずなのに、何故だか怪しもうと思えない、不思議な人。


「ヒホホッ! なんで俯いているんダイ? 友達とケンカでもしちゃったカナ? ヒホホ、ヒホッ、ヒホホホホ!」


「ううん、ピエロさん……ケンカなんてしてないの。悪いのは私なの。けど、あの人はちっとも怒ってなくて……こんな私の心配までしてくれて、優しいの。だから……その優しさが、今は困るの」


「ヒホ? おかしなことを言うんダネ? 友達が優しいのはいいことダヨ?」


「普通は、そうなのかもね……でもね、ピエロさん。私、小さいときから普通じゃないの。普通じゃなくなっちゃったの……だから、優しい友達なんて作っちゃだめなの……きっと、嫌われちゃうから」


「『キラワレチャウ』ってなんダイ? ピエロさんにはわかんないナア? ヒホホッ! わかったヨ! キミはいたずらが大好きで、好きな子にチョッカイかけちゃうんダネ! ピエロさん、よくわかるヨー、ピエロさんったら、クラスの女の子みーんな大好きだったから、みーんなにいたずらして、みーんなに嫌われちゃったンダ」


「……それは、ちがうよ。あの人たちは、そういうんじゃないの……だけど……私を治そうとしてくれて、すごく優しい人たちなの……」


「ヒホホ! じゃあ、キミが元気になればみーんな解決、うーんピエロさんあったまイイ! きっと、その人たちもキミが治ったら喜ぶヨ!」


「……うん、そうだよね……私が治れば、それでいいんだよね……」


 わかってる……わかってる。

 すぐに治らない私が悪い。

 周りの人がどんなに頑張ってもよくならない私が悪い。

 みんなの努力も心配も励ましも、全部無駄にしてしまう私が悪い。

 そんなことは、ずっと前からわかってる。

 けど……


「ヒホホホホ! そんなお嬢さんに良いお知らせダヨ! なんとピエロさんのお友達に、キミのことを治せる人がいるんダヨ!」


「うん……それは、前も聞いた。けど、そのすぐ後に……」


「ノンノン! 話は最後まで聞いてヨ! 前は最後まで話す前にこわーい巨人さんに邪魔されちゃったけど、ピエロさんは諦めないンダ! だからさ、ほら、上を見てゴラン?」


 言われたから、上を向いてみる。

 ピエロさんの声のする方……ほとんど、真上と言えるくらいすごく高い場所へ、視線を向けて、驚いた。


「あわ……」


「ヒホホホホ! ピエロさんはお空も飛べるようになったんダヨ! これで、巨人さんにお話のお邪魔をされたりはしないネ!」







side ???


 高所から山岳地帯の地形を睥睨しながら、仲間からの連絡を待つ。


「ピエロの旦那め……この仕事が終わったら本格的に文句言ってやる。俺とニドラを足に使うなってな」


 俺の相棒、ニドラの背の棘に背中を預ける。

 これから冬で馬車では帰りに困るかもしれないからとかいうふざけた理由で一緒に来させられた側の気持ちになってほしい。

 よりにもよって、こんなろくな娼館も宿もないような僻地のド田舎に。


「ボスもボスだぜ。冬の間の調節も見据えるだかなんだか知らねえが、有力な新人のスカウトとか……もう十分に過剰戦力だってのに」


 計画を次の段階に進めるためとか言われたが、ピンと来ない。

 そもそも俺は研究とかには興味がない。ただ、俺の強さが証明できればそれでいい。現地人とのイザコザなんて知るかって話だ。俺達みたいな一流転生者からすれば、この世界の住人なんて何百いようと話にならない。


 敵方に転生者が立つとしても、『普通の転生者』が俺達に敵うわけがないってのに。俺のニドラが最強の使役獣なのは当たり前の話だが……認めるのは癪だが、あの王冠野郎と人間やめた怪物野郎、それにボスの懐刀の小娘もいる。

 今、下にいるピエロの旦那も敵に回したら厄介極まりないやつだ。植物マニアは強いのかどうだか知らないが、ボスが俺達の同格として幹部の一人に置いてる辺りただの研究者ってわけじゃないんだろう。王冠野郎の腰巾着もなんか底知れねえ不気味さがある。


 そして、ボスはボスで底知れないやつだしな。

 ボスは味方の強化や発明しかできないと言われればそうかという感じがするし、逆に実は誰よりも強いと言われても違和感がない。変な能力と本人の頭脳のせいで何ができて何ができないのかよくわからないから逆らえないという困った相手だ。


 まあ、俺にとってはニドラの強化に利用できればそれでいいんだが……


「厄介な敵になる前に取り込めれば最善ってのはわかるが……このやり方は完全にピエロの旦那の趣味だろうな。わざわざ、あそこの町のやつらから迫害させて、孤立させてから手を差し伸べるとかよ」


 町のやつらを皆殺しにさせてその罪悪感につけ込むか、完全に悪堕ちさせて力を求めさせるつもりか……ピエロの旦那の性格からして後者だろう。

 確かに、俺もあれだけの力を持ってて現地人に気を使って戦えないとか損だと思うがな。


 てかそもそも、対戦ゲームの世界でNPC(モブ)の英雄になっても意味ないだろ。

 転生者(プレイヤー)からの敵意(ヘイト)を無闇に上げるのは後で面倒だって考えはわかるが、暴走って大義名分があるんなら好き勝手やりゃいいのに。もったいないぜ……こんな山奥に引きこもって何考えてんだか。


 ピエロの旦那みたくNPCを操ってなんかできる能力ってんならともかく、NPCの家やら畑やらを他人が焼いただけで犯人扱いされるような能力でそんなプレイングしてて勝つ気があるのかわからねえな。


「問題はなんかよくわからない黒服と小娘だが……運良く旦那の仕掛けで撃たれたしな。あんなモブキャラ気にする必要ないか。どうせ、ここにいる限り俺は無敵だ。そうだろ、ニドラ?」


 ゲームの鉄則は敵に倒されずに敵を倒すこと。

 自分が絶対に負けない状況を作れば後はじっくり相手を追い詰めて削り殺すだけだ。一方的に、圧倒的に、それが強さだ。

 だから……


「ハッハッハッ! 『高さ』を味方につけた俺は最強だっ……ぬわぁっ!?」


 足場(ニドラ)が、突如として大きく傾いた。







side 狂信者


「捕まえましたよ……真の放火犯のドラゴンさん」


 『恩師の加護』で強化された身体能力をフル活用した上に、普段は法具(サイコロ)専用で使っている称号『奉納者』で貯蓄した【祝福】による幸運ブースト。

 それでも一撃で決められるかは賭けでしたが、幸運でしたね、上手く行きました。


「町の方が『ドラゴンが火を吐いていったかもしれない』という説を提示してくださったおかげで、あなたの存在にすぐに思い当たることができました。焼け跡を確認しましたが、確かに火事が起きたのは事実……しかし、日暮さんが行ったのは『投石』です! 確かに岩は熱されていましたが、爆発するようなものではない……なのに、火事の現場の痕跡は明らかに爆発性の『火炎弾』の痕跡でした! 投石が町の外に命中した痕跡も確認済みです!」


 綱を握りしめ、より強く引きずり込みます。

 ドラゴンさんは翼にかかった輪にバランスを崩されまいと抵抗しますが、ドラゴンの翼は魔力と筋力を併用してその巨躯を浮かせるための器官。浮力自体は魔力の出力で補えたとしても、そのバランスを保つための動作を妨害されれば無事では済まないでしょう。


「マスター、暴れ始めた! タイミング合わせて!」


「はい!」


 テーレさんも共に綱を引き、ドラゴンさんにとって最も嫌なタイミングに力の緩急を合わせます。さすがはテーレさん、この手の戦術的嫌がらせのセンスは一流です。もっと普段からこの才能を誇ればいいと思うのですがねえ……ま、それはともかく……


「逃がしませんよ? 日暮さんの無実を証明するのにあなたの身柄が必要なのですから」


 先日の崩落対策で丘に打ち込んで生長させたガリの木の根に【過剰回復(オーバーヒール)】を重ねがけして作った投げ縄は、しっかりと高度数百メートルの位置にいるドラゴンさんの翼を捕らえています。

 私の今の膂力にも耐えていますし、切れそうになったら【過剰回復(オーバーヒール)】で直せます。ドラゴンさんの翼を折ってしまうのは望むところではないので、大人しく降りてきてほしいところですが、しぶといですね。


「あなたがどんな理由で人里に火弾を放ったのかはわかりません。ドラゴンさん自体がこの辺では滅多にいないそうですし、きっと深い理由があるのでしょう。もしかしたら、誰かに利用されたのかもしれません……しかし、それはそれとして冤罪で傷付いた方がいるのです。証明が終わったら、帰ってもらって構いませんので! ちょっとだけお時間をいただきます……よっと!」


 ぐんと一引き、さらに一引き。

 高度を落としてバランスを取ろうとする瞬間を狙って、その思惑以上の高度を奪わせていただきます。

 こちらに向けて火弾を放つ可能性も想定はしていたのですが、何やらバランスを保つことに執心していて他のことに気を割く余裕はないようです。


「マスター! もうすぐ息継ぎ! 崩れるよ! そこで思いっきり引いて!」


「はい!」


 必死になれば一時的に無呼吸になるのは人間もドラゴンも同じ。

 しかし、魔法を使う生物である以上は呼吸をして魔力を放出し、取り込む必要がある。浮力に魔力を用いているのならなおのことです。

 であれば……


「くっ……いま!!」

「りょう……かい!!」


 必死になって暴れた後に訪れる、無呼吸の限界。

 全身の力みが緩まざるを得ないそのタイミングを狙い……大きく、高度を落とさせました。テーレさんの声かけもあり、タイミングはどんぴしゃです。

 この調子なら、あと三回くらい同じことを繰り返せば安全に地上まで……ん?


「あ、何か落ちましたね……もしかして、誰か乗ってたんですか?」


 必死に墜とされまいと抵抗していたドラゴンさんが一転、自分の上から落ちた人影らしきものを追って地上に頭を向けたのはその直後のことでした。


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