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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
六章:祀ろわぬ『御使い』

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第177話 触れ合いの意味

side 日暮蓬


「はあ……私って、どうして……」


「午後の実験、お疲れ様でした。思ったよりも疲労が溜まってしまいましたか?」


 夕暮れの長い影が私の足先に触れる。影の根本を見ると、私の隣……といっても五メートルくらいの距離があるけど、私の座っているのと同じ岩に歩いてきた狂信者さんが腰を下ろすところだった。


 栄養補給のためにといって、ガリの実という如何にも硬そうな外見をした木の実を削るように食べている。硬くて潰れず栄養があるってことで冒険者の移動食として使われることが多いらしいけど、美味しくはないそうだ。私も食べてみたいけど、さっきの実験では消し炭にしてしまった。


「疲れてはいないんですけど……全滅したのが結構ショックで……」


「まあ、それも実験結果ですよ。むしろ、パターンが徹底されているというのは性質が安定しているということ。わかりやすくて助かります。確率ならば必要な実験数が格段に増えますからね」


 午後の実験、巨大化の後の実験では、『私が触れるもの』を特定するために、テーレさんが置いたいろんなものを手に取ってみるという実験だった……で、全部燃えた。燃え尽きなかったものも黒焦げだった。

 岩の器に入った水は蒸発、紙や布は当然のように燃えてガリの実は消し炭、石は持ち続けると真っ赤になったし金属の金具は融けた。

 しかも、燃え尽きなかったものも私に直接触れた感触がない……最初の頃は、燃やしちゃいけないと思ったものは服越しならなんとか燃やさずに持っていられたはずなのに、最近ではただ触れることすら拒絶されている。


「ふむ、事前の話では最初期には何か『攻撃』や『危険』を感じることで魔人さんが出現し、身体の周りのものを一片通りに焼き払ってしまうため、そういったものを感じなければ大切な物を持ち続けることができた。そうですよね?」


「はい、あとこの服と同じ素材で作った袋の中のものは一応、蒸し焼きにはなっても燃えなかったりとか……」


「それで貨幣などはある程度などは持ち運びができたと。ちなみに、その袋はいまどこに?」


「えっと……暴走がひどくなった頃に、燃やしたくなくてそこの村の人に預けて……」


「なるほど、賢明な判断ですが……となると、逆に考えると……」


 何やら考え事を始めてしまった狂信者さん。

 今日一日、ずっと一緒に『実験』をやっていてわかったけど、この人は間違いなく一般で言うところの変人の類だ。マンガとかアニメで出てくる『正義のためとかはどうでもいいけど自分の発明品を試したいからヒーローのラボで働いてます』みたいな感じのタイプ。それでいて、研究対象である私にはすごい誠実というか……普通の人にはよくわからない流儀みたいなのを持ってる感じ。


 『狂信者』っていう割には『我が神を崇めよ!』とか『異教徒は死ね!』みたいなことは言わないけど、信仰しているのが『善意の女神』だからなのか、私が善良な人間だっていうのを決定事項みたいに決めつけて助けようとしてるように見える。まあ、私もそっちの方がありがたいけど。

 『善意に従う』っていうのがディーレ教徒の定義だとしたら『あなたも当然、女神ディーレを信仰していますよね』って信仰の押し付けになるんだから、まあ確かに狂信者らしいといえばらしい。私も、別に転生させられたからといってあの巨乳女神を信仰しているわけじゃないし。


 この人が本当に悪い人に会った時には騙されないかっていうのは心配になるけど……テーレさんは普通っぽいから大丈夫なんだろうきっと。

 むしろテーレさんは本当は『天使』らしいけど、どこが人間と違うのかってくらい人間的だ。正直ちゃんと説明されなかったら狂信者さんの方が天使でテーレさんが転生者なんじゃないかと間違えそうなくらいに。


 今は、今夜の二人の野営地点を決めるために離れてるけど、転生者とその転生特典(私は今まで『能力』って呼んでたけど、テーレさんのように自我を持つタイプもいるからこちらの呼び方が適切らしい)という関係で、なんだかんだで上手くやってるコンビなんだろう。私と違って。

 というか……


「うーむ……あと一つ、決定的な要素が見つかれば仮定が完成するのですが……」


「ねえ、もしかして狂信者さんとテーレさんって付き合ってるの?」


「…………おっと、それは男女としてという意味ですかな?」


「うん、だって一緒に旅してるんでしょ? しかも『従者』ってことはご主人様とメイドさんでしょ?」


「『従者=メイドさん』というのは少々違うような気はしますが、まあ確かに便宜上はそういった関係に近いですかね」


「だったら! やっぱり男と女、ご主人様とメイドさん、長旅の宿の中、なにも起きないはずはなく……」


「想像力豊かですね、日暮さんは。しかし本職のメイドさんにはちゃんと誇りを持って公私を分けているかたもいると思いますので他で言ってはダメですよ?」


「で、どうなの? どこまでいった? A? B? C?」


「えっと……キスって、どれでしたっけ?」


「『A』! プラトニック!」


「キスと言ってもそこまでロマンチックなものではありませんでしたよ? その時のテーレさんはある種の精神攻撃を受けていまして平静ではなかったので……」


「それってテーレさんを助けるためにキスしたってこと!? すごいロマンチックじゃない!?」


「いえいえ、テーレさんを私は受け入れただけですよ。後でちゃんと下手人の小柳さんと戦って取り返しましたが」


「ロマンチック! すっごいロマンチックだしドラマチック! 主人公みたい! 狂信者さんなのに!」


「最後の一言だけよくわかりませんが、人は誰しも自分の人生の主人公ですよ。それを隅々まで読めるのは神々だけかもしれませんが」


「それでそれで!? どこまでいくつもりなの!? プロポーズするの!?」


「はは、結婚の申し込みという意味でのプロポーズの予定はありませんね。それに、恋愛感情というのは……私は、性愛というものを抱くのが少々難しいタイプの人間なのですが……テーレさんも、私に対して『異性としての意識』というものを抱くことはまずないでしょうねえ」


「えー!! なんで!?」


「テーレさんは『天使』ですからねえ。以前聞いた話なのですが……テーレさんは嘘偽りなく言ったんですよ。人間、嫌いなんですって。理由は『弱くてすぐ死ぬから』だそうです」


「なにそれ!? キスまでしたのに!?」


「まあまあ、そう言わず。テーレさんはああ見えて、百年以上は年上なのです。種族として別種なのもありますが、テーレさんから定命の人間に特別な感情を抱くということは、きっと後々を考えると辛いことなのですよ。私はどうやっても永遠には生きられませんし……」


「なによそれ!」


 何かが割れる音。

 轟々と周りがうるさい、夕日のオレンジ色が眩しい。

 けど、そんなことよりも!


「永遠じゃなくたっていいじゃない! 頑張れば百年くらい生きられるでしょ! そんなに生きられるのに贅沢言わないでよ! テーレさんから見て一瞬だとしても、狂信者さんにとっては一生のことでしょ! どうでもいいことじゃないでしょ! 狂信者さんの好きってその程度なの!?」


「ひ、日暮さん……?」


「私は……私は、前世で好きな人いたよ! 好きな人がいたのに、もっと話したり私をみたりしてほしかったのに、もっともっと、もっともっともっと、それなのに私は……」


 ゴウゴウゴウゴウ、風の音がうるさい。

 眩しいオレンジの光が視界を覆っている。

 なんだか、狂信者さんが小さく見える。


「傷付けたっていいじゃない……傷付いて、苦しんでくれたっていいじゃない……だって、こっちは本気で好きだったんだから、本気で泣いてよ……こっちは最初で最後だったのに、ずっとずっと……」


 なんだか、喉がガラガラしてきた。

 ああ、いけない、なんか涙が……涙が……


「……あれ? 私……」


「……そうですね、ありがとうございます、日暮さん。私も……種族の違い、時間の流れを言い訳にしていました。あなたの熱意、確かに伝わりました……そして、聞き苦しい話をしてしまったこと、心より謝罪します。どうか、御心を落ち着かせてください……でないと、テーレさんへの愛について真剣に考える前に死んでしまいそうなので」


 気付けば、私はすごく高い場所から狂信者さんを見下ろしていた。

 狂信者さんはさっきより少し離れた場所にいるけど、それでも熱風に……私の『火焔の魔人』に炙られて、すごい汗をかいている。むしろ、よく一目散に逃げださずにそこに立っているという驚きが沸き上がるほどの危険域だ。

 よく見れば、その手はどこかに向けられて『待て』と指示しているように見えて……その先には、岩陰で飛び出すのを我慢しているテーレさんがいた。


「あ……ごめんなさい、私……」


「いいえ、感情の高ぶりで能力が発動するのはこれまでの観察からもわかっていたことです。むしろ、真剣なアドバイスをありがとうございます……そして、あなたも年頃で無念にも他界した死者であることを失念し、前世の未練や後悔を連想させかねない話をしてしまった私が不注意でした。申し訳ありませんでした」


「わ、私もごめんなさい! 狂信者さんだってテーレさんのことを考えてるからそうしようって決めたはずなのに、私のわがままな理屈を押し付けちゃって……」


 また暴走を始めない内に魔人を戻して、自分の足で狂信者さんの前に立つ。

 だけどやっぱり……この人は、逃げようとしない。放射熱で火傷しながら、しっかりと私の前に留まっている。


「マスター! 大丈夫!? すぐに処置するから見せて!」


 テーレさんが駆け寄り、狂信者さんは脱力したように腰から落ちるように座り込む。

 その目は私には向けられず、真っ直ぐに彼だけを見ている。心の底から心配して、治すことだけを考えている。私に怒りを向けるほどの余裕もないほどに。


「本当にごめんなさい! 私を助けようとしてくれてるのに、どうやってお詫びしたらいいか……」


「はは、心配いりませんよ。これくらい、【常時再生】の魔法ですぐに治りますから……お詫びというのならば、今度は日暮さんの『好き』の話でも聞かせてもらいましょうかねえ。それだけ感情を込めて語れるということは、あなたの人生もまたドラマチックだったのでしょう。私はこんななので、恋愛のABCについても詳しくご教示いただきたいものです」


「え、あ、それは……」


「マスター、それだと火傷のお詫びとして交際しろって言ってるようにしか聞こえない」


 テーレさんの冷静な口調でのつっこみ。

 いや、確かにそういうふうにも聞こえるけど、問題はそこじゃなくて……


「失礼、この言い方ではセクシャルハラスメントのようになってしまいますね。口頭での体験談だけでもいいので、教えていただけたらという話です。もちろん、無理強いする気はありませんが……どうしました、日暮さん?」


「あ、あの……偉そうなこと言っちゃって、言いずらいんですけど……私、その、好きな人がいるにはいたけど、その……(キス)もしてないっていうか……いや、違うの! していいんだったらきっとしてたよ! でも、どうしてもできない理由があって、その……」


「日暮さん、別に無理をして理由を作らずともいいのですよ? 十五歳というのはまだまだ青春の始まりもそこそこですし、自分が急に亡くなるとは誰も……」


「ち、違うの! そ、その……あの、えっと……」


 口にしていいのかどうかを躊躇う。

 これは、きっと私自身が話せることで、一番重要なことだ。

 きっと、私が魔人を出してしまった原因でもあるし、私がこの人たちを本当に信頼するなら、きっと言わなきゃいけないことだ。他人には軽々しく言えないことだからこそ、本当に信頼するつもりなら話さなきゃいけないことだ。

 だったら……今、火傷を負っても逃げずにいてくれたからこそ、言うべきなのかもしれない。

 一度、深く呼吸をして、目を見開く。


「狂信者さん、テーレさん……今から私が何を言っても、私のこと、嫌いにならないって、約束してもらえ、ますか?」


 数秒の沈黙。

 そして、互いに目を見合わせて頷き合う二人。

 男女としての進展はないとしても、確かに心が通じ合っていると思える動作だ。


「はい、もちろんです。日暮さんが覚悟を決めて告白してくださるというのなら、私はそれをちゃんと受け止めましょう。あなたのその部分を愛せないことはあるかもしれませんが……無闇に嫌ったりはしませんよ。テーレさんも……いいですね?」


「はいはい、もう正体ばれちゃってるから言うけど、『天使』から見れば人間の業とか本性なんてどれもこれも大差はないわよ。ていうか……私よりひどいのはそうそういないしね。安心して話なさい、こいつがデリカシーのないことを言ったら私が締め上げてやるから」


「そして万一テーレさんがデリカシーのないことを言ったら私が全力で謝りますので」


 二人の間での、信頼の感じられるやり取り。

 つい熱くなって火傷を負わせてしまった負い目もある。治してもらう立場として、いつか打ち明けなければいけないと思っていた部分もある。

 そして……この魔人のおかげで向き合わずにいられた問題に、また向き合わなければいけないことでもある。

 だから……告白しよう。


「実は、私は……小さい頃からずっと病気で……免疫不全で、他の人に触ったこと自体が、あんまりないんです」





 転生者の死因ネタは親しい仲でもデリケートな問題。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「傷付けたっていいじゃない……傷付いて、苦しんでくれたっていいじゃない……だって、こっちは本気で好きだったんだから、本気で泣いてよ……こっちは最初で最後だったのに、ずっとずっと……」 本気…
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