第176話 炎の守護者
side 狂信者
「日暮蓬……十五歳、くらいだと思います。誕生日、近かったから」
安全を考慮していつでも距離を取れるようにと陣取った広い岩原の真っ只中。
通常の会話距離から考えればかなり遠めではありますが、ちゃんと向かい合っての会話を許可してくださった日暮さんは、まだ戸惑いが大きいようですが、どちらかと言えば前向きになってくださったようです。
私たちが自らを転生者の主従コンビであることを告白したこともありますが、その後に出した情報もなかなか効果的だったようですね。
「本当に……私の能力の分析なんて、できるの?」
「はい、テーレさんは元々能力を贈呈する側の仕事にも関わっていますので、他の転生者さんと対決対峙戦闘状態に入った時にはいつも得られた情報からその能力が如何様なものかを類推してくださってます。既に、昨夜の時点で大方の見当はついていますし」
「……そうね、あなたが女神に対してどういう頼み方をしたかはわからないけど、あなたの身体から出るそれは『守護者』って呼ばれてなかった? あと、これは未確定だけど転生の担当女神は『豊穣神アルファ』……違う?」
「……どっちも合ってる。すごい」
まあ、実を言えば担当女神が誰かというのは日暮さんの事後処理に動いている神殿勢力で大体わかってしまうのですが。豊穣神アルファ様から直接確認を取ったわけではないのであくまで未確定ということで。
信頼を得るのは大事です。日暮さんのこれまでの活動をちゃんと把握しているということにもなりますし。
それに、おそらく能力が『守護者』だというのは誰にも言ったことがなかったのでしょう。問診役にあたるテーレさんが信用を得るのはよいことです。
ちなみに私は、当面は『もしも日暮さんが暴走したらテーレさんを抱えて全速力で逃げる担当』です。その時は『恩師の加護』で全力疾走のつもりです。
「別にすごくはないわよ。転生者の能力には、系統ごとに原型みたいなものがあって、手順通りならそれを個人の要望に従ってカスタムして望み通りの能力にするものだから。『守護者』は『従者』と違って、基本的に転生者本体からの距離がほとんど離れないようになってることと、非実体のエネルギー型だとしても物理障壁として機能するのが主な特徴ね。あなたの『魔人』は全部炎でできてるのに、物を持ち上げたりとかできるでしょ? あれはその応用よ」
「そう、なんだ……それは前から少し不思議に思ってた」
「……担当の女神とか天使から、説明は受けなかったの?」
「……こんな能力、頼んでないから」
「能力を何も望まなかったの?」
「……頼んだよ、『丈夫な体』。簡単に病気になったりしない、普通に健康で丈夫な身体。それだけでいいって言ったのに、勝手に……」
「……『豊穣神アルファ』が、勝手に?」
「『適性と無意識から』って言ってたけど……私は、こんな食べ物も自分の口で味わえないような能力なんて、望んでない!」
日暮さんの身体から、小爆発のような一瞬の火焔が噴き出し、周囲の地面を焼き、小石を吹き飛ばしました。
私は既にテーレさんを抱え、距離を引き離しています。
日暮さんが急に襲い掛かってくるとは思っていませんが、安全確保をしっかりすること……日暮さんに『無意識に傷付けさせないこと』が、私の仕事です。
「あっ……ごめん、なさい。今、また私……」
「大丈夫です。この程度なら、先程の位置でもノーダメージでした。元の位置に戻るとしましょう。しかし……最初にご挨拶した時にも火の粉を振りまいていましたが、興奮すると意図せず熱や火が漏れてしまうということがあるのですか?」
「うん……でも、火の粉は……さっきの火の粉は、わざとやった。ごめん……帰ってほしくて」
「なるほど、威嚇として意図的に能力の一部を発動したと……意図せず発動することはあっても、発動しようとして発動しないわけではないと……いえ、失礼。今はテーレさんの質問タイムでしたね、はりきって、続きをどうぞ」
「はりきってはやらないけど……そうね。能力選択の時の話だったわね。確かに、能力選択で明確な指定が無ければそういう『適性判断』に任せることもある。豊穣神アルファの場合は……機械的な選択でそうやることもあるかもしれない。システムとしての側面が強い神格だから。けど、見たところ能力に『違法性』はない。正式な疑似権能としてあなたに定着している以上、能力の選びなおしとかはできないでしょうね」
「それじゃあ……」
「でも、転生特典は基本的に早逝し過ぎた人間への補償として与えられるもの。『役に立たない』ってことはあっても、『あって困る』っていうのはあり得ない。『絶対防御』だって必ずオフにできる機能が備わってる。特に、『何かを味わう』っていう人間の基本的な幸福すら阻害するような能力があるとは思えない。あるとすれば……」
テーレさんの言葉に、日暮さんが身を乗り出します。
無意識にでしょうが、前向きに解決に向かって協力してくださる気になってくれているようで大変結構です。私たちも努力しますが、何よりも彼女自身のやる気が必要ですしね。
「もしかしたら、その『ON・OFF機能』か、あるいは『発動条件設定』が変なところで固定されちゃってるのかもしれない。そういうのはカスタム可能だし、他の転生者に知られれば弱点になるから外見からはわからないようになってるけど、そういうのって転生者にわかりやすく説明するなら……新しく買った家電製品のモードが初期設定のままになってて使いにくいみたいな感じなの」
「つまり、私の場合は……」
「まずは、その『魔人』が現状でどんな設定になってるかを調べる必要がある。それだけでも、『防御対象』になってるものを特定すればその『暴走』を防げるし、対象を上書きして被害を防げるかもしれない」
「でも、どうやって調べるの? 女神は最近、全然……」
「そうね。言い換えれば防御特化の転生能力の守備範囲という『弱点』を探ることになるんだから……やることは、一つでしょうね」
テーレさんがこちらに目を向けます。
そうですね、目の前に法則性が解き明かされていない現象があり、その解明が必要だというのなら、やるべきことは有史以前からおそらくは文明の果てまで何も変わりません。
人類最初の名もなき知の探究者が、何もわからない状態から『火』の性質を解き明かした大偉業と比べれば私なんぞにできることなどその真似事でしかありませんが、やはりそれは天使ではなく現世の人間である私が宣言するべきなのでしょう。
「さあ、『実験』を始めましょう。初めて火種におっかなびっくり手を伸ばした時の人類のように、恐怖を忘れず大胆に。日暮さんと荒ぶる魔焔が和解するための研究の時間です」
実験をする上で行われることは、まず安全の確保。
そして既にわかっている性質の確認です。
「とりあえず、半径五十メートルのラインに印をつけました。投げられる大岩などもありませんし、あの岩壁の先は急斜面になっていますので何かあって私たちが魔人さんの攻撃対象になったらすぐさま逃げることができます。これで遠慮なく魔人さんを展開していただいて構いません」
日暮さんが私たちを気にかけて魔人さんを抑え込んでしまっては実験の精度を欠くことになるので万一の場合を考えて環境を整えました。といっても、日暮さんの痕跡を追う過程で丁度いい土地を見つけていたのでそこに誘導したというだけなのですが。
そして、必要そうなものは手持ちの物品から出すことにしましょう。
とりあえず、適当な紙でメガホンを作りました。日暮さんはメガホンを持つ以前に燃えてしまうそうなので、簡易にいくつかの合図をジェスチャーで取り決めて憶えていただきました。『問題なし・続行・OK』『緊急事態・中止』『YES』『NO』という感じで。
「では、まず魔人さんを暴走しない範囲で意識的にできるだけ出してみてください! 大きさを調節できるのなら小さい状態から大きな状態へ! これ以上は危ないと思ったらすぐに止めて解除してください!」
『OK』のジェスチャーの後、私たちが岩陰に半身を隠したのをしっかり確認してから身に炎を纏い始めました。最初は、身体を包む楕円形の琥珀のような形状でしたが、巨大化するにつれて段々と人型に近くなって行きます。
おおよそ人型として成立したのは、身長三メートル程度の段階。しかし、下半身は日暮さんの身体を露出させないためか股下が分かれることなくスカートのように一体化し、その向こうに日暮さんの姿が見えています。何も知らずに見れば火刑に処されているかのように見えそうですね。
「日暮さん! 全身包まれているように見えますが! 熱さや息苦しさなどはないですか! 大丈夫なら『YES』、苦しさがあれば『NO』で答えてください!」
一瞬、火焔の魔人さんの身体が揺らいだと思った後、その内側の日暮さんの影が動き『YES』のサインを形作ります。やはり、本人は全身を炎で包まれていてもそれによる苦痛などは感じないようになっているようですね。
そして、人型をとった炎はより巨大化していきますが、四メートルを超えると日暮さんの身体は持ち上がり、魔人さんの胸部、人間であれば心臓のあるであろう位置へと移動します。すると、魔人さんの脚が二本に分かれ、他の部分もより人間の形に近いものになっていきます。三メートル時点ではシルエットで人型と解る程度でしたが、今は目や鼻といった顔のパーツまで確認できます。
「日暮さん! その浮き上がる時の感覚を記憶しておいてください! 足場ができて持ち上げられるのか、それとも身体がフワリと浮き上がるのか、記録しておきたいので!」
『OK』のジェスチャーです。
魔人さんは巨大化を続けます。
五メートル……八メートル……十メートル……もはや、ちょっとした怪獣並みですね。
ここまでくると、魔人さんの形状がかなりはっきりとしてきます。私の所感で表現するのなら、そうですね……全体的な印象としては金剛力士像や地獄絵巻の鬼に近い造形に見えます。腰回りなどは炎が激しく揺らめいていて細部まで観察することができませんが、頭の辺りはかなり形が安定していて表情まで見て取れます。その顔は鬼の形相に見え、怒髪天から突き出す額の双角が特徴的ですね。
そして、十五メートルまで大きくなったところで……巨大化が止まりました。
日暮さんの様子を見ると、ジェスチャーは『NO』です。『実験中止・緊急事態』は想定外の事態が起こった場合を意味するので、これは想定内での巨大化停止。つまり、日暮さんの意思で可能な巨大化の限度ということでしょう。
「なるほど……昨夜は三十メートルまで巨大化していましたが、いつでもあそこまで行けるわけではないということですか。ふむ、十分に有意義なデータが取れました。テーレさん、スケッチはどうですか?」
「大丈夫、途中から形自体はほとんど変わってないし……ほら、こんな感じ」
テーレさんの見せて下さったスケッチはしっかりと魔人さんの姿を要点を押さえて描き出してあります。
私は絵のセンスがないので非常に助かります。
「さすがはテーレさん。では、次の実験に移るとしましょう」
「いいけど、この状態の持続時間は計測しなくていいの?」
「それはまた次の機会にしましょう。限度があるか自体わかりませんし、限界まで続けて疲れてもいけません。まずは広く実験結果を出して、日暮さんに『進展』を実感していただきたいのです」
「なるほどね、わかったわ。じゃあ、次の実験準備も始めちゃうわね」
「ありがとうございます……日暮さん! ありがとうございました! 通常状態に……」
私がメガホンでそう声を発した瞬間……突如として、魔人さんが動きました。
地面に手を……いえ、指を突き立て腐葉土でも握るように岩場の地面を抜き出し、片手に収まる大きさに握りつぶしたそれを私たちを無視した明後日の方向へとオーバースローで投擲しました。
「おっと……日暮さん! 意識はありますか!? 魔人さんを戻せますか!?」
日暮さんの影が『YES』と『実験中止』を交互に何度も表現します。
意識はあり、魔人の大きさも制御できるものの、『勝手に動いた』……ということのようです。
幸いにも、投擲方向はコーチェンの町とは反対だったので、被害はないでしょうが……下手な巨大化はやめた方が良さそうですね。
日暮さんは元に戻ると、かなりバツが悪そうな顔でこちらを見ています。
様子を見る限り、まさか地面を掴み出して投擲物を作るというのは今までになかった、ということなのでしょう。危険すぎるから実験をやめる、などということを私たちが言い出さないかと不安を憶えているようです。
しかし……今、テーレさんに『黒い光輪』を飛ばして確認してもらっていますが、ハンドサインは『セーフ』。つまり、投擲した先には人の気配などはなかったそうですし、無人の岩場が少し崩れただけです。
火焔の守護を解いた日暮さんに近付きます。
本当は直接触れられる距離まで行きたいところですが、五メートル程度までが現状の安全距離です。
日暮さんはすぐに近付いてきた私に驚いているようですが、こちらが動揺を見せるべきではありません。それは失礼というものです。
「日暮さん! 大丈夫ですか? 意識が遠のいたり気分が悪くなったりはしていませんか?」
「い、いや、私は平気、だけどまた……」
「ご安心を。テーレさんが今、マジックアイテムで遠見を行っていますが、無人の岩場が崩れただけのようです。つまり、これは幸運にも被害を出さずに巨大化実験の危険性が発見できたということ。つまり、これはこれで実験成功です。次からはサイズを無闇に大きくせず実験する方針で行きましょう」
「実験、成功?」
「はい、まあ事前の予定ではどの程度自立行動をするかの実験はもっと後にする予定でしたが、被害がでなかったのなら結果オーライです。そして、不十分な安全確保で巨大化限界の実験を進めてしまい申し訳ありませんでした」
「え、いや、そんな……悪いのは……」
「これはあなたの能力暴走を解決するための実験です。実験手順に従って起こった被害の責任は被験者のあなたではなく実験者の私とテーレさんにあります。なので、そんなにも怯えないでください。それでは、こちらも謝りにくくなってしまいます。日暮さん……不安な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げます。
本当は、『一発殴ってくださっても構いません』くらい言うべきなのですが、今の日暮さんの場合はそれができないのでこれくらいしかできません。
「しかし……私は、これに懲りずに次の実験に移りたいと考えています。ご協力願えませんでしょうか?」
「あ……は、はい! こちらこそ、今度は何か危ないことになる前に頑張って戻します! だから、つ、次の実験もよろしくお願いします!」
「いえいえこちらこそよろしくおねがいします!」
「いえいえいえいえこちらこそ!」
こうして、お互いのいえいえ合戦はテーレさんの突っ込みが入るまで続きました。
日暮さんの性根がとても優しい子だとわかったことが、この実験での一番の収穫かもしれませんね。




