第175話 『暴走転生者』日暮蓬
side 日暮蓬
『眠ってはいけない』、毎晩そうやって強く念じ続けているのに、結局眠ってしまう。
私の能力は外部からのダメージは防げても、私自身の内側から湧き出る眠気は防げないらしい。むしろ、なんか前世より眠くなりやすい気がする。いつも岩とかの上で寝てるから快眠とは程遠いだけかもしれないけど。
眠って、起きて、毎朝思う。
また、やってしまったらしいと。
「また……勝手に動いてる」
焼け焦げて削れた地面を見ればわかる。
十分に町から離れた場所にいたはずなのに、夜の間に町の方へ近づいて、戻ってきてる。
欠陥能力にも程がある……最近は、あの巨乳女神からも何も言ってこないし。とうとう制御不能だと判断されて捨てられたのかもしれない。
能力の不法投棄とかやめてほしい。返せって言うんならいつでも返すのに。
「こんなもん……どう使っても、どうにもならないってのに」
『転生者の能力を無効にする転生者』。
その情報は、私の希望だった。その人なら、これをどうにかできるかもしれない。
そう思って探し求めた先で……私は、そんな希望はまやかしだったことを知った。あの治療院という場所で、私の探していた人たちはただ、人間にできることを精一杯するだけの、人助けの旅をしているのだと知った。
それを知った直後から……私の能力は、制御を失っていった。
真実から逃げるようにさまよって、森や町を燃やさないように流れ流れて、この土地へ流れ着いた。
ここなら、燃えるものなんて何もない岩場にいれば、何かを燃やしてしまうこともない。そう考えていた。
けれど……とうとう、『魔人』は私の意識のない時に『一人歩き』を始めるようになってしまった。
移動した痕跡を見る限りでは、段々とあの町に近付いている。きっと……『守護者』という能力の機能に従って、私に石を投げたあの町の人間に『反撃』しようとしているのだろう。私が眠る場所を町から遠くしても効果がない。
「ほっといてくれれば、それでよかったのに……助けられないんなら、手なんて出さないでよ」
少し前、『ピエロ』が来た。
こんな場所に場違いな、風船のように丸々と太った身体に派手な衣装をまとった道化師。色付きの丸眼鏡と笑顔の化粧でずっと笑っているように見える白い顔の人。
すごく、優しそうに見えた。不思議と、その話は信頼できそうに聞こえた。
ピエロは言った。
『自分はその能力を改良できるであろう人物を知っている。ついてくれば、紹介する』と。
藁にもすがる思いで手を伸ばした。どこの誰だかはわからないけど、最後の希望を掴めるんじゃないかと思った。
けれど……私の手よりずっと先に伸びた魔人の手が、ピエロのいた場所を炎の腕で叩き潰した。
唖然とする私の視線の先、ピエロがいた場所には最初から何もなかったみたいに魔人の手形だけがあって……ピエロは、掻き消された霧か何かのように痕跡すらも残さず消えうせていた。
私は、どうやってもダメなのだ。
この魔人自身が、私を解放することを拒否している。
私が何をしてもこの魔人は私を離さない。他の誰が何をしても、この魔人を私から引き剥がすなんてことは……
「おっと、焦げ跡を辿ってみれば、堂々としていましたね。どうも、呼び鈴やインターホンの類が見当たらなかったので後先が逆になってしまいましたが、お邪魔してもよろしいですか?」
……誰か、来た。
黒い服(神父っぽい?)の男の人と、なんか軍人と冒険家を合わせたようなちょっと近代臭のする服装の金髪の女の子。私を説得しに来た町の人間……っていうのは違いそうだ。なんていうか、目が違う。
特にあの男の人の目は……よくわからない。いや、わからないわけじゃないけど……
「……私が、怖くないの?」
「さあ、どうでしょう。確かに畏怖すべき実力の持ち主であるとは思います。しかし、私にはあなたがそれを幸福に思うタイプの方なのか否かがまだわからないので保留しているところです。一応は、この状況からあなたがあの魔人を召喚しないことやその質問をすることから『怖がられること』を不快に感じるのではないかという方向に推測憶測が傾いていますが、修正が必要なら申告をどうぞ」
……やっぱり、よくわからない。
私が危険だということはわかってる。私が『魔人』を生み出している張本人だってこともちゃんと理解している。その上で、私のことを怖がる『必要性』はないって考えている。
隣の女の子も、呆れ顔はしてるけど恐怖を押し殺して男の人に付いて来ているわけじゃないらしい。むしろ、私より男の人が変なことをしないかどうかを心配しているように見える。
「……怖がられるのは、飽きた。そのままでいいよ」
「そうですか。では、改めましてご挨拶を。私は狂信者などと呼ばれております、一介の冒険者です。こちらはテーレさん、私のパートナーをして下さっています。そして、私たちはこのクロヌス領の大領主様からの依頼であなたに仕事の依頼を届けに参りました。加えて言えば、もし承諾していただけるのなら中央都市までの案内もさせていただくことになっております」
「そう……私に、依頼なんて持ってきたんだ。馬鹿だね、その偉い人。私が頼まれた何かをちゃんとできるように見える?」
「説得と交渉次第ではどうにかなるかなー……と、思ったのですが。どうやら、少々想定と違ったようですね。昨日の夜はもう少し活動的に見えましたが、今のあなたはどうにもやる気のないように見受けられます。何か悩み事が?」
「悩み事ね……たとえばそう、今も気を抜いたらあなたたちを焼き殺しちゃうかもしれないこととか?」
軽く火の粉を散らしてみせる。
昨日の魔人を見ていたのならこれくらい脅しにならないかもしれないけど、いつでもやれるってことはわかるはずだ。私が友好的じゃないとわかれば態度を変えるだろう。この人も好き好んで私なんかと対峙したいわけじゃないだろうし……
「ふむ、なるほど。つまり能力の暴走案件ですね。それならば、まずはその悩み事の解決を先にするべきでしょう。ええ、それを依頼の報酬とするつもりはありません。まずは前提としてその案件が解決しなければ勧誘交渉自体が成り立ちませんしね。では、詳細を伺いましょう」
「……え? なんで?」
「え? 『悩み事』は『能力が勝手に発動する危険があって生活にも支障を来していること』だと理解したのですが。違いましたか?」
「…………『帰れ』って意味だとは、思わない?」
「どうしてもというのならとりあえず距離は取りますが、帰っては問題解決ができないでしょう。何か調べ物が必要だとしても、まずはあなた自身から現在の状態についての情報をできる限り収集してからでないと効率が悪くなります」
……なんだろう、この会話ができてるはずなのに通じてない感じ。
なんでこの人は私を危ないと思わないの?
なんでこの人は私を助けるのが当然みたいな話し方をするの?
なんでこの人は私をどうにかできる前提で話してるの?
なんで……この人は、『私が困ってる』って、私が悪くないって前提で話してるの?
「あー、はいはい。マスター、その子困ってるからちょっと下がって。うん、まあ慣れてないとこいつの話し方はそういう反応になるわよね。あなたは悪くないわ、こいつがちょっと説明不足なだけ。私が話すわ」
男の人が引き下がって、女の子が前へ出てくる。
男の人よりは少し距離が遠いけど、まだ全然近い。私が魔人を出したら一瞬にして焼かれるってことはないけど、意識的に攻撃されたら無傷では済まないくらいに近い。
「まず第一に、私たちはあの町の連中からあんたを退治しろとかその手のことを言われてきたわけじゃない。というか、あそこのやつらは意気地なしだからそんなことを口にする度胸もないわ。他の街から被害の損害請求とかをしに来たわけでもない。そういうのは基本、転生者の担当神の神殿が尻拭いしてる。だからって何やってもいいわけじゃないけど、あんたは二次被害を出しながらも非道行為に走った転生者やら盗賊やらを退治してるから」
「……じゃあ、何しに来たの?」
「さっきこいつが言ったみたいに、仕事の依頼よ。具体的には、能力やら前世の知識やらでこの世界の社会を滅茶苦茶に破壊しようと暗躍してる転生者に対抗するチームへの勧誘。その転生者が裏で貴族とかとかなり繋がってるから、息がかかってる心配がなくて強い転生者に声をかけてるの。で……こいつは、それとは全く別件としてあなたが自分の能力で困ってるんならその解決を手伝いたいって言ってるだけなのよ。女神ディーレの信徒として、善意に従い最善を尽くすってね。だから『狂信者』なのよ、こいつは」
『狂信者』……そういえば、そう名乗っていた気もする。
すぐに帰っていくだろうと思って真剣に聞いていなかったけど、確かに危険も顧みないその行動は『狂信者』という名にふさわしい……というか、それって名前なの? あだ名とかじゃなくて?
「……じゃあ、早いとこその人を連れて帰ったら?」
「お生憎様、私もこのままあなたを見過ごして帰ろうとは思ってないわ。昨日なんて怪我人が出たんだし、これで放置して帰るとか間接的に町を滅ぼすようなもんよ。絶対に後々面倒くさいことになるわ」
「そう……昨日、被害出たんだ。もう、そこまで勝手に動いてるんだね」
私の言葉を聞いて、ハッと口許を隠す女の子。
多分だけど、私が眠っている間に魔人が勝手に動いてることまでは察していなかったらしい。それは、私の暴走がそこまで酷いとは思っていなかったということでもあるのだろう。
気付いたんだろう。とても、そんな軽い気持ちで手を出すべきものじゃないって。
そう簡単にどうにかできるんなら、私だって……
「なるほど、合点がいきました。あなたがその気になればあの町を焼き尽くしてしまうのも容易いのに何故あのような半端な被害で留まったのか、そしてあなたが彼らを赦しているのなら直接的な被害は出ないはずであるのに何故被害を与えてしまったのか。つまり、あなたの能力の自立性が暴走していることが根本的な原因である、そういうことですね?」
「……私がやったこと、でしょ。私の能力がやったことなんだから」
「はい、責任という観点から言えばその通りかもしれません。しかし、これから問題を解決するにあたっては『結局の所、あなたが悪である』という安易な結論は思考停止にしかなりません。機械が動かなくなれば買い換えるという手もありますが、人間ならば唯一無二。まるごと交換できないというのならどの機能が不調なのか、どの部分で止まるのか、どの部品を直さなければならないのかを見極めなければなりません。何より、こうしてあなたは私たちを前にして能力を抑えようとする意志がある。つまり、あなたの自由意志は善なる者たろうとしているのです。だというのにあなたをまるごと切り捨てるなど、とてもとても」
詭弁、ご機嫌取り、屁理屈。
普通なら、そうとしか思えないような論法だ。
けれど、目の前で見ていてわかる……本気だ。この人は本気で言っている、静かに熱弁している。
『狂信者』という名乗りが堂々とできてしまうこの人は……確かに、どこかおかしいのだろう。おかしくないと本気で言えないようなことも、おかしな人が言っているのだから本気だと感じられる。変な話だけど。
でも……
「……やっぱり、だめ。どうせ、どうにもできないから」
それだけのことを言うということは、それなりに自信があるのだろう。何か、魔人をどうにかできるっていう根拠みたいなものがあるのかもしれない。
けど、それでも……
「この能力はどうにもできないし、どうにもならない。転生者の能力っていうのは、魔法の暴走とかとは話が違う。特に私のは、私の意思とは無関係に、眠っている間も勝手に動く。私の『魔人』そのものが意思を持ってて、私の言うことなんて聞かない」
「ええ、知っていますとも。そういった能力があることも、転生者の能力が暴走すれば本人の意思での制御が不可能になることがあるというのも」
「なんで……そういう転生者の知り合いでもいるっていうの?」
私がそう問いかけると、二人は顔を見合わせて……狂信者を名乗った人はにこやかに微笑み、女の子は呆れたように肩をすくめ、苦笑しながら首を振った。
そして、二人はこちらに向き直って……
「再度、改めて自己紹介をさせていただきます。私は『狂信者』などと呼ばれておりますが、女神ディーレを信仰し始めてまだ半年足らずの若輩……女神ディーレに転生させていただいてから信仰を始めた、地球での死を体験した転生者です。そして、こちらは私の転生特典として天界から同行していただいている女神ディーレの眷族のテーレさん。見ての通り自我を持ち、一応お願いは聞いていただけますが私に忠誠や服従を誓うつもりは毛先ほども持ち合わせていないという、誇り高く尊い天使様です」
……いきなりのカミングアウトに、言葉が出なかった。
けど、確かにさっきの機械のたとえもこの世界の人間が使うようなものじゃなかったし、この女の子は彼に『マスター』なんて呼び方を使っていた。
言っていなかっただけで……全く、隠していなかった。
「私は『自我の強い転生特典』との付き合い方についてはそこそこ経験がありますし、この現世においてテーレさん以上に『転生特典』の仕組みや内実について詳しい方はそういらっしゃらないでしょう。それについ先日、能力が解除不能に陥ってしまっていた転生者の方を安全に止めることにも成功しました。今までに何度、期待し失敗してきたかはわかりませんが……もう一度、私たちと共に挑戦してくださいませんか?」




